# 第7話 黒き炎との再会
「東部辺境、黒炎の調査依頼か……」
依頼票を手に、蒼真が静かに呟いた。
「危険度は未知数だ。下手すれば命に関わる」
「それでも、行く」
葵は迷わなかった。
「もしあれが本当に煉くんなら……確かめないと。会いたい気持ちと、怖い気持ち、両方あるけど……それでも」
「わかった。付き合うよ」
「私も、行きます」
結衣が扇を握りしめながら頷いた。
出発の前日、律が慌ただしくギルドへ立ち寄った。
「先輩、聞きました。東部辺境の黒炎調査……」
「律くん」
「僕も同行を、と言いたいところですが」
律は少し申し訳なさそうに言葉を切った。
「実は、僕も報告があります。……自分のパーティを立ち上げることにしました」
葵は一瞬、言葉を失った。
「……そう、なんだ」
「はい。これまで先輩の隣で多くを学ばせていただきました。でも、僕自身の力で、僕にしかできないことを試したいんです」
律の声には、迷いがなかった。
「今回の調査には同行できませんが……先輩の光の通り道であったことは、僕の誇りです。どうか、ご無事で」
「……応援するよ、律くん。あなたなら、きっとやっていける」
嬉しさと、一抹の不安。光雷連携という、あの完成された連携がもう気軽には使えなくなるかもしれない――そんな寂しさが、葵の胸をよぎった。それでも、律の選んだ道を止める権利は、葵にはなかった。
律と固い握手を交わし、葵たち三人は東部辺境へと発った。
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辺境の集落は、静かな緊張に包まれていた。
「黒い炎を纏った男を見た。目が合った瞬間、逃げるしかなかった」
「畑も家も焼かれたが……なぜか、人には手を出さなかった。まるで、何かを堪えているみたいだった」
住民たちの証言に、葵はわずかな希望を見出した。まだ、完全には呑まれていない。
森の奥へと進むにつれ、空気が重く、焦げた匂いが濃くなっていく。そして――
「……そこにいるのは、わかってる」
葵の声に、木々の陰から、ゆらりと黒い影が立ち上がった。
煉だった。だが、以前の面影はどこか歪んでいた。黒く濁った瞳、全身から立ち上る禍々しい黒炎。手甲は変質し、無骨な黒鋼の爪へと姿を変えていた。
「……葵、か」
声だけは、確かに煉のものだった。
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「煉くん」
葵は一歩、また一歩と近づいた。
「探したよ、ずっと」
「近づくな……! 俺は、もう……」
煉が唸るように後ずさる。手甲の爪から、黒炎が禍々しく立ち上った。
「俺の中の何かが、おかしいんだ……頭の奥で、誰かが囁いてる……壊せ、燃やせ、って……!」
「煉くん、聞いて」
葵はそれでも止まらなかった。
「あなたは、家族を思って泣いた人だよ。妹に技を見せたいって、あんなに嬉しそうに笑ってた人だよ」
「うるさい……!」
「煉くんが本当に憎むべき相手は、村の人たちでも、私たちでもないはずだよ」
葵の声が、静かに、しかし確かに煉に届いていく。
「思い出して。あの日、蒼真くんが言ったよね。あれは、誰かが意図的に仕組んだことだって。……その誰かを、ちゃんと見据えて」
煉の身体が、小さく震えた。
「俺、は……」
黒炎が、わずかに揺らぐ。
濁った瞳に、一瞬だけ、光が戻った。
「俺は、何を……村の人たちに、手を出すところだった……お前らにも……」
「煉くん!」
葵が駆け寄り、震える煉の肩に手を置いた。触れた瞬間、黒炎がわずかに鎮まっていく。
「大丈夫。ちゃんと、戻ってきてる」
「葵……すまねえ……本当に、すまねえ……!」
煉はその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。黒く染まった手甲の下から、涙が幾筋も流れ落ちる。
「俺は、あの日から……ずっと……」
「わかってる。もう、大丈夫だから」
遅れて追いついた蒼真と結衣も、安堵の表情を浮かべた。
「煉くん、良かった……本当に……」
結衣が涙ながらに駆け寄る。蒼真も、珍しく感情を露わにして煉の肩を叩いた。
「馬鹿野郎が。心配させやがって」
久しぶりに顔を揃えた四人。それでも、煉の身体には、まだ黒炎の名残が燻っていた。完全に元に戻ったわけではない。その不安定さを、葵は肌で感じていた。
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束の間の安堵に浸っていた、その時。
「……葵、あれを見ろ」
蒼真が険しい表情で、東の空を指差した。
地平線の向こうに、無数の軍旗と、鈍く光る鋼の隊列が見えた。
「あれは……ヴァルハイト帝国の紋章……!」
「まさか、もう……!」
黒炎の調査どころではない。遠くから響く軍靴の音が、確実にこちらへと近づいてきていた。
「侵攻が、始まる」
葵の呟きが、緊張した空気の中に静かに溶けていった。
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