# 第2話 刀を振り続ける日々
九重鳴依に「届かない」と言われてから、数日が過ぎた。
静けさが残る鍛錬場に、規則正しい呼吸と刀を振る音だけが響いている。
鳴神葵は、まだ誰も起きていない時間から一人、刀を振り続けていた。
的は五つ。以前ならどれか一つは外していた配置だ。だが今日は違う。一撃、また一撃。刀が閃くたびに、五つの的が寸分違わぬ深さで貫かれていく。
「今日も来たのか、その顔で」
背後からの声に振り返ると、不知火煉が呆れたような、それでいてどこか誇らしげな顔で立っていた。
「煉くん……見てたの?」
「見てたっつーか、今の見えたか? 五つとも同じ深さだったぞ、お前」
「え……そうだった?」
「自分で気づいてねえのかよ」
煉は笑いながら、少し離れた的に歩み寄り、貫かれた跡を指でなぞった。
「前は絶対どっかブレてたのにな。……お前のそれ、もう十分すげえよ」
不器用な褒め言葉に、葵はふっと頬を緩めた。
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朝食後の座学は、水瀬蒼真が隣の席で一枚の紙を広げていた。
「見てくれ、葵。この二週間の実技記録をグラフにしてみた」
「……蒼真くん、そこまでする?」
「趣味だよ。ついでに面白いことがわかった。威力の伸びはほぼ横ばいなのに、命中精度の曲線だけが急に立ち上がってる。……普通、こうはならないんだ」
蒼真は珍しく、少し興奮した様子でグラフを指でなぞった。
「つまり葵は、才能でごまかせない部分だけを、地道に積み上げてる。僕はこの伸び方の方が、よっぽど恐ろしいと思うけどね」
「恐ろしいって、それ褒めてる?」
「最大級の賛辞のつもりだよ」
昼休み、食堂で薬師寺結衣が眉をひそめて葵の手を取った。
「葵ちゃん、また手にマメが……。ちゃんと休んでますか?」
「大丈夫だよ、結衣さん」
「大丈夫じゃないです。無理は禁物ですよ」
結衣は扇をそっと振り、淡い光を葵の手にあてる。じんわりとした温かさが染み渡り、マメの痛みが和らいでいく。
そんな他愛のない会話の途中、煉が懐から一枚の古びた写真を取り出した。
「見てくれよ、これ。去年の祭りの写真。親父とお袋、それと妹だ」
写真には、日に焼けた大柄な男と、その隣で笑う女性、そして煉によく似た表情の幼い少女が写っていた。
「妹、俺の赤耀の手甲を見て『兄ちゃんかっこいい』ってはしゃいでてよ。今年の祭りも、また同じこと言うんだろうな」
「……素敵な家族だね」
「だろ? 今年は帰れそうにねえけど、卒業したら絶対顔出す。妹に手甲の技、見せてやらねえとな」
煉は写真を大事そうに懐へ戻し、いつもの豪快な笑みに戻った。葵はその写真を、そしてその笑顔を、しっかりと目に焼き付けた。
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その週の実技試験は、模擬戦形式だった。
相手は上級生の男子生徒。速さと威力に定評のある使い手で、葵はこれまで一度も対等に打ち合えたことがない。
試験開始の合図とともに、相手の雷撃が放たれる。葵は動じず、最小限の動きでそれを見切り、切っ先を一点に集中させた。
「――そこ!」
放たれた蒼雷が、相手の雷撃の隙間を縫うようにして通り抜け、寸分違わず籠手を弾いた。
勝敗こそつかなかったが、審判の教官が驚いた顔で葵を見た。
「鳴神……今の、狙って通したのか?」
「はい。相手の雷撃の軌道に、一瞬だけ隙間ができるので」
「見えるのか、それが」
「……最近、ようやく」
周囲がどよめいた。
「あの蒼雷の子、いつの間にあんな真似を」
「地味に努力してるって噂、本当だったんだな」
嘲笑ではなく、素直な驚きの声。葵はそれを、静かな達成感とともに受け止めた。
まだ何かが変わったわけではない。けれど、確かに積み重ねが形になり始めていた。
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その日の夜、鍛錬を終えた葵は、月明かりの下で刀を見つめていた。
鳴依の言葉が、今も耳の奥に残っている。
(その程度で満足しているようでは、私には一生届きませんよ)
届かせてみせる。そう心に決めながら、刀を鞘へ収めた。
「おい、葵」
振り返ると、煉が腰の袋に赤耀の手甲を提げながら笑っていた。
「今度、お前の全力ってやつ、俺にも見せてくれよ。手加減なしでな」
「……いいよ。楽しみにしてて」
葵はそう答えると、小さく笑って頷いた煉の懐に、先ほどの写真がそっと収まっているのが見えた。
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