# 第1話 蒼雷は届かない
瑞穂皇国術式養成校、実技試験場。
澄み渡る秋空の下、鳴神葵は静かに刀を構えていた。
歴代雷帝の証である日本刀――そのレプリカにすぎない訓練用の一振りを右手に握り、切っ先を的へと向ける。呼吸を整え、魔力を練り上げる。
「はあっ!」
鋭い気合とともに刀を振り抜くと、刀身から淡い青の雷光が迸った。蒼雷。葵に与えられた属性であり、そして彼女を長く苦しめてきた属性でもあった。
雷は的に命中し、小さく弾けた音を立てて消えた。
だが、それだけだった。
「……また蒼雷か」
「珍しいだけで、威力は相変わらずだな」
「見た目は綺麗なんだけどねえ」
周囲の生徒たちのささやきが、葵の耳に届く。悪意があるわけではない。誰もが口を揃えて言うほど、それは動かしようのない事実だった。
葵は表情を変えなかった。奥歯を噛みしめ、刀を鞘に収める。凛とした佇まいを崩さぬまま、静かに一礼して試験場を後にした。
こぶしを握る指先だけが、白くなるほど強く力を込めていた。
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「気にすんな、葵」
控え室に戻ると、待っていたのは不知火煉だった。手甲を肩に担ぎ、いつもの豪快な笑みを浮かべている。
「威力なんか後からいくらでも伸びる。俺だって最初は的に届きもしなかったぜ」
「……煉くん」
「それに俺は、葵の雷、嫌いじゃねえけどな。綺麗だし、なんつーか……澄んでる」
不器用な励まし方だった。それでも、葵の胸の奥にわずかな温かさが灯る。
「僕の見立てでは」
静かに割って入ったのは水瀬蒼真だった。長槍を布で丁寧に拭きながら、涼しげな瞳をこちらへ向ける。
「威力の数値と将来性は、必ずしも比例しない。過去の雷帝十二人のうち、最初から高威力だった者はわずか三人だ。……葵、君はむしろ将来性の塊だよ」
「蒼真くん、その言い方だと逆に不安になるよ……」
葵が思わず苦笑すると、蒼真は珍しく肩をすくめた。
「葵ちゃん、大丈夫ですよ」
薬師寺結衣が扇を胸元でそっと合わせながら微笑んだ。
「難しい数字のことは私にはわかりませんけど、葵ちゃんの雷は綺麗ですし、何より優しいです。誰も傷つけたくないっていう気持ちが、雷にちゃんと出てますもの」
「結衣さん……ありがとう」
仲間たちの言葉に、葵はようやく小さく笑った。
そのときだった。
試験場が、ふっと静まり返った。
九重鳴依。
名門・九重家の令嬢であり、この学校では並ぶ者のいない雷の使い手。彼女が薙刀を携えて進み出ただけで、周囲の空気がぴんと張り詰めた。誰も声を出さない。出せない。
「――行きます」
静かな宣言とともに、鳴依が薙刀を一閃させる。
その瞬間、黄金色の雷が広がり、並んだ的をまとめて薙ぎ払った。轟音、閃光、そして立ち上る土煙。
遅れて、生徒たちのどよめきと歓声が試験場を揺らす。
葵は、その光景に息を呑んでいた。腕に鳥肌が立つのが、自分でもわかった。
――格が違う。
同じ「雷」を扱う者として、その差は歴然としていた。威力、速さ、そして何より、迷いのなさ。
鳴依はゆっくりと薙刀を納めながら、ふと葵の方へ視線を向けた。侮蔑でも、憐れみでもない。ただ、静かに値踏みするような眼差しだった。
「見事です、葵」
鳴依の声は、涼やかでいて、どこまでも堂々としていた。
「ですが」
一拍の間。
「その程度で満足しているようでは、私には一生届きませんよ」
それだけ言うと、鳴依は背を向けて去っていった。
挑発でも侮辱でもなかった。ただ、揺るぎない現実を突きつけられただけだ。
その一言が、葵の中に静かに、しかし深く突き刺さった。
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放課後。
誰もいなくなった鍛錬場で、葵は一人、刀を振り続けていた。
威力では敵わない。ならば、精密さで。
一撃、また一撃。汗が頬を伝い、腕が悲鳴を上げても、葵は止めなかった。何度も同じ動作を繰り返し、魔力の流れを一ミリの狂いもなく制御する。
「私の雷は……まだ、全然足りない」
乱れなく、迷いなく、ただ真っ直ぐに。
鳴依の一撃を思い出す。あの圧倒的な威力の裏にあった、迷いのない一振り。自分にあれだけの力はない。ならば、自分だけの何かを摑むしかない。
振り抜いた一閃が、寸分違わぬ軌道で的の中心を貫いた。威力は相変わらず低い。だが、その軌跡には、これまでにない鋭さが宿っていた。
「……お前の雷、さっきより速くねえか?」
いつの間にか鍛錬場の入り口に、煉が立っていた。驚いたように目を見開いている。
葵は答えなかった。ただ静かに刀を鞘へ収めながら、心の中でもう一度呟く。
(まだ、全然足りない。でも――)
その先に続く言葉は、まだ自分でも見えていなかった。
ただ、確かに何かが変わり始めていた。
まだ、この変化に名前はない。
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