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28話

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




厳重に秘匿された拠点の奥。

壁中に遺体を押し込めた広く薄暗い空間で、骨の指が寂しげに羊皮紙を撫でる。




魔王が倒れ既に1ヶ月。

度々ヒリアを襲撃していた魔族の隠匿拠点は、遂に明日引き払われる事になっていた。



羊皮紙を巻き取り、適当な木籠に放り込む。

多くの前任者が死んだ任務であったが、自分は生き残った。

戦争に負けはした。しかし探究者たる自分にとってそちらは二の次。

多く検体も得られ実りのある時間だった。



いずれまたあの魔王に変わる存在が現れる。

その時まで、別の場所で研究を進めよう。




そう思い見渡す拠点周辺の遠見魔術に、不思議な違和感を感じる。

感傷に浸っていた数分間。その前には必ず映っていた部下たちの姿が見えない。



背筋を駆け上がる予感。

食い入るように視線を向けた先にあったのは、何重にも隠したはずの入り口が、音もなく開け放たれた姿だった。




途端吹き荒れる風が術式を破壊する。

誰かなどとうに分かっている。




「空裂き....っ」




同胞達の最後の通信。

その言葉が、光景が、走馬灯のように駆け巡った。




「何故今...!!」




身に魔力を纏う。

荒々しく振り下ろした拳で警報を鳴らし、即座に拠点中から配下の魔物達を解き放った。



壁一面に刻まれた転移陣も同時に淡く脈打ったが、完全な起動には至っていない。



だが猶予はあと十秒程度。間に合う。

生ける屍魔術師。リッチはそう判断した。




この場所が暴かれた以上、他の検体は捨てる。

この部屋のみあれば良い。




そう考えた、その時。

ガコン。音がした。

もしもの時の為、用意していた逃走用通路の、その暗がりの奥から。




「──見つけた」



低い声。


リッチが振り返るより早く、影が飛び上がる。




小柄な影が、片手のクロスボウを連射する。

銀針のような矢が、転移陣の要を、壁に吊るされた護符を正確に射抜いた。


乾いた破裂音が連続する。



「貴様......!」



リッチの眼窩に青白い炎が灯った。

向けられた杖から毒霧が生成されるが、シェナは止まらない。



着地の衝撃を膝で殺し、床を蹴る。

一歩。

二歩。

その距離が縮む。



させまいと骨の腕を振るリッチ。

周囲に半透明の壁が現れる。



魔力防護壁。



幾重にも重なった円形の魔法陣が、リッチの周囲を囲む。

刃も、魔法も、須くを弾く文字通りの防壁。



シェナは毒を防ぐマスクを付けていたが、リッチは問題に思っていなかった。

その程度の対策、大昔に無意味と化している。即効性こそ落ちるものの、あの毒は皮膚からも効くのだ。



室内で毒霧を生成し、魔術防護で自身を保護。

適度に攻撃魔術で叩いてやれば、部屋に広がった毒で相手は勝手に倒れてくれる。


それは禁術を追い求めたこの魔術師が検体の確保に最も多く使用し、だからこそ最も信頼のおける戦法であった。



部屋を毒霧が埋めればこの娘に逃げ場は無い。

一時的にでも撤退させれば、身一つで逃げる事も可能だ。



その自信に見合った強度。

数百年の歴史そのものとも言える防護壁を前に、だがシェナは引かない。

小柄な体が一際低く沈む。



「愚かな!」



リッチの声が嗤う。



「その細腕で、我がーー」



言葉の途中で、シェナのクロスボウが展開した。


袖口の下に畳まれていた金属骨格が跳ね上がり、前腕に沿って再固定される。

それはサラの結界魔法を粉砕し、ケイに本来なら致命傷と言える傷を負わせた古代魔道具。



メインで使う連射クロスボウの機能こそが後付け。

堅牢な魔力防護を一点突破で破壊する。そのために試作された魔導杭打ち機。




折り畳み式の“パイルバンカー”だった。




魔力炉が低く唸る音が響き、防護壁の表面にシェナの影が映る。




リッチは一瞬の後理解した。




丹念に練り上げた自らの魔術が、作り上げた理論が。

この<杭を撃ち出す>という単純で、物理的な暴力によって撃ち破られる。

その予感を自らが感じている事に。




「装填...発破!」




次の瞬間、圧縮された魔力が炸裂した。



爆炎と轟音。

杭が放たれる。



魔力防護壁の一枚目は完全に砕けた。

二枚目には大穴が空き、三枚目でも止める事は出来ず。

魔力で競ることも不可能な一瞬の内の出来事。


リッチの眼窩の炎が揺らぐ。



「なーー」



ひび割れる四枚目。

杭は、硬く覆われた肋骨のその向こう。

リッチの魔核へと到達していた。



砕けた防護壁の破片と共に、リッチの骨がバラバラと落ちる。




「ギ、ガ……ッ」




さらに踏み込むシェナ。

逃れようとする骨の肩を掴み、壁へ叩きつけるように押し込んだ。



「ま、待て!話をーー」



「装填」



低い声だった。

低く低く、見下ろす、見下す声だった。




「発破」




魔力炉が、もう一度唸る。




再度仕込まれた二撃目が、リッチの魔核へ突き刺さる。

ひび割れた青い光が一瞬だけ膨れ上がり、次いで加えられた圧に耐えきれぬ魔核は内側から砕け散った。




骨の魔術師は悲鳴を上げることもできず、ただビクリと震えた。




眼窩の炎が消える。

指先から順に骨が崩れ、乾いた音を立てて床へ落ちた。




魔力防護壁の残滓だけが、遅れて薄氷のように砕けていく。

彼女はそれを一瞥し、まだ煙を吐く杭打ち機を畳んだ。





「魔術師は楽だが...退屈だな」




シェナはパイルバンカーの成り立ちを知らない。

ただ試行錯誤の末、現在ではその使い方を熟知していた。



発見当時この機構に耐えうる射出物。

杭は見つからなかったものの、ケイから預かった不壊のゲームアイテム“帰還者の杭”がその役割を担う事になる。




そうして完成した、固定機構の取り外しによる遠と近の戦闘スタイル。




これがシェナだった。





「さて...」




後は拠点内の魔物を掃討するだけ。



あの話を聞いたシェナは即座に行動に移った。

ケイが死ぬ、その僅かな可能性さえも摘むための第一手。



現状ケイが魔王だとバレる可能性が最も高く、それが不利益になりそうな相手。

周囲の魔王軍拠点の捜索。

そして殲滅だ。



ヒリアはアダマンタイト鉱石の産出地として何度も魔王軍から襲撃を受けており、死者を使った要人の暗殺騒動も珍しくない土地であった。



シェナはそれを知っており、魔王が死んだこの今も、心底諦めの悪い連中がまだ<いる>のではないかと考えたのだ。




何重にも隠された拠点。

この地域の守護者として、多くの拠点を破壊して回ったサラでさえ見つけられなかった隠匿魔術。



しかしシェナには関係ない。

望むものを見つけられる手段が、彼女にはあるのだから。




「ん...?」




シェナが歩みを止める。

僅かな揺れを感じたのだ。



一拍置いて更に強く揺れる。

部屋の床一面に光った魔法陣を飛んで避け、シェナは壁に張り付いた。




魔法陣に向け爆発矢を打ち込むも効果は無い。

リッチが自らの命と引き換えに、全ての魔力を込めた魔術は爆発矢程度では止まらない。




その魔法陣を媒体に、巨大な竜が床から無理やり這い出してくる。



天井を押し上げるように伸びた角が石を削り、熱を帯びた吐息が白く煙った。

まだ半身しか出ていない。

それでも、部屋全体が一匹の怪物の気配に塗り潰されていく。




面倒な強敵の気配に、シェナは笑った。





「ドラゴンか...フフッ。分かってるじゃないか」




竜。

閉所。

引けない事情。





攻略対象としては悪くない。




シェナは腰のポーチから小瓶を一本抜き、歯で栓を飛ばす。

片手のクロスボウに振りかけて冷却し、杭打ち機構を再展開した。



ドラゴンの皮膚は強く矢は通らない。

有効打は杭のみ。

だが崩す場所はある。



まずは目だ。

魔法陣から全身が出る前に関節も割ってやる。




一瞬で手順を組み上げた、その時だった。




風が、竜の背を駆けた。

サラが音もなく竜の頭へ着地する。



竜が気づき、首を動かして咆哮しようと周囲の空気を吸い込む。

だがその動きより早く、サラは無骨なエストックを両手で握り直した。



装飾のない、ただ刺すためだけの細い剣。

それを竜の頭蓋へ真っ直ぐ突き立てる。




硬い筈の鱗に、刃が深く沈む。





「.....」




サラが小さく息を吐いた。

次の瞬間、竜の体が内側から膨れた。

硬く堅牢な筈の鱗が、膨らんだ風船の様に。



突き刺さった剣の先、その内側。

そこから圧縮された空気が竜の頭蓋の中を駆け巡り、肉を押し広げ、骨の隙間をこじ開ける。




竜の眼が見開かれた。




咆哮は形になる前に潰れ、頭部が内側から弾け飛ぶ。

崩れ落ちる巨躯。



黒い鱗と骨片が天井を叩き、召喚陣の光が掻き消える。

遅れてまだ這い出しきっていなかった体が現れ、首から下の巨体が僅かに痙攣した。



周囲の血を気にした風も無く、サラは剣を拭き取りながら崩れる竜の体を軽く飛び降りる。



着地にやはり音もなく。

何事もなかったように、白い髪を指で払った。




「……リッチはもう倒したの?」




ぽつりと、サラが言う。

シェナは展開したままのパイルを見下ろした。


それから、一切戦闘に入れなかった竜の残骸を見る。




「……」




楽しめる、と思った。


思ったのに。






シェナはゆっくりと口を開いた。




「......今の、私がやる流れじゃなかったか?」




サラは少しだけ首を傾げる。




「誰がやったって同じ、でしょ?」





その言葉にため息を吐いて杭打ち機を畳む。

もう、それ以上は言わない事にした。





「他は?」




「見える範囲は全部終わったよ。最初から逃げてる子がいたら分からないけど...」




「ならば探して...いや、時間だな」




そろそろ朝日が昇る時間だ。

ケイには知られたくない両者は、頷いてその場を後にした。






全てから護るつもりの2人。

覚悟の決まった2人。

されどケイの言葉には弱い2人。



間違いなくケイの為に行われたこの行動が、失敗だったかもしれないと2人が後悔するにはこの後の当日中。




ケイに寝不足を指摘され、寝室を出ることを禁止されたサラ。

匂いを嗅がれそうになってシャワーに逃げ込んだシェナ。





その間に居なくなったメイとケイに2人が気付くのは、暫く後の事だった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー





誤字誤字だぜ。

何回も読み返してる筈なのに、投稿投げてから見直すとポロポロ出てくるんだから不思議ですよ。

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