第七十八話 魔王と機械と奇病
――とある建物。ジリー視点。
見た目は普通の家だったけど、さて……。
「そこにお座りください」
「はいよ。分かってるとは思うけど、あたしらから手を上げる事はないよ」
「ええ」
テーブルを挟む、ミダルとあたし。
……。
「先に一つだけ。魔王様は?」
「放送のとおりだよ。船に乗ってただろ?」
「……余裕がなかったもので」
あたしとミダルの二人だけでもこの表情この雰囲気。何か重大な事件が起こっているんだね。
考えられる事としたら……戦争推進派に寝返ったか、開港が悪い方向へと動いてしまったか。でも余裕がなかったなんて言うんだから、あの場に何かがあったんだろう。
「協力するよ?」
「……皆様の手には余る事態です」
ははーん、そういう事か。銃口を向けてきたのは、あたしらを問題に巻き込まないように追い返そうとしたんだね。
「だとしてもだ。あたしらがそういう事を見逃せないタチだってのは、よく知ってんだろ?」
「しかし……」
ミダルの目線が下がった。
「何が起こっているのかだけでも教えてくんないかな? じゃねーとあたしも出航すべきかどうか、判断出来ねーから」
悔しそう……かな? 苦々しい表情をして……涙目になってきてる。こりゃー本気でただ事じゃないね。
「……現在、港および町への出入りを全面的に禁止しています。その理由なのですが、魔王様が復活なされた翌日、相次いで七名の方が謎の病で亡くなったのです」
「七人も!? 共通点は?」
「……最初は六十二歳のおばあさん、次に四歳の男児でした。二人には接点も共通点も何もなく、しかしその亡くなり方だけが同じだったのです。そして、現在までに二十名以上が同様の奇病により亡くなっています」
これは本格的にまずいね。どうにかしてやらねーと。
「……あたしらに医者はいないけどさ、フューラは知識を持ってるんだから、相談くらいはしてくれてもいいのに」
「……」
ミダルは顔を背けた。そこまでしてあたしらを拒む理由があんのかな?
「じゃー、これを教えておくよ。……カナタが死んだ」
「……えっ!?」
「偽魔王にウィルスを打ち込まれて、石化して砕かれた。鳥のシアがその破片を吸収したら、何故か魔王プロトシア様として復活しちまったんだよ。細かい事はあたしらにもよく分かってないんだけどさ、もしかしたらカナタは人間じゃなくて、シアを封印してた宝石なんじゃないかって話になってんだ」
いきなり過ぎたかな? ミダルは完全に思考停止してる。
「はい、こっちが一つ話したんだから、そっちも話しなよ。じゃねーと平等にならねーから」
「えっ、えっ……えーっ……」
物凄くうろたえてるけど、でもようやくあたしらの知るミダルの表情に近くなった。
「……こんな……こんなみっともない状況、魔王様にお見せする訳にはいかないのですよ……。貴族としての私の尊厳に関わります……」
「そん……んあっはっはっ! なぁーんだそーいう事かー! 残念だけどあの魔王様は貴族の尊厳だとか品格だとか意地だとか、そんなちっぽけな事はなぁーんも気にしないよ!」
ミダルには悪いけど大笑いしちまった。あーぁあ、またシアが凹むぞー。
――その頃、港。アイシャ視点。
「……ねえ」
「ん?」
「なんか雰囲気おかしくない? 妙に静かな気がする。港の係員もほとんどいないし、町の喧騒も全然聞こえないんだもん」
ぐるっと見回すシア。そして手を顎に当てて考えてる。
「……確かにおかしいな。マリと言ったか、どこにいる?」
「はいっ、ここにいます!」
すぐ出てきた。マリさんは確かあんまり信心深くないって話だったんだけど、それでも本物を目の前にしたらこうなるんだね。
「何か情報は?」
「……実は……噂レベルなんですけど、ティトナは現在町を封鎖してるらしいんです」
「町を閉鎖だと? 理由は?」
「いえ、そこまでは……。でも皆さんの船ならば入れるかなって、それもあって帰る日程をずらしたんです。それがまさか魔王様が同乗するとは思っていなくて……隠していてすみません」
涙目で平伏し、まるで床にこすり付けるように頭を下げたマリさん。シアはちょっと怖い目をしているけど、けどこれはシアさんに向けてじゃなくて、理由を考えているだけ。
「マリさんが謝る事はないよ。ね? シア?」
「ん? ああ。貴様は何も悪くない。安心しろ」
「はいっ」
シアは横目でちらっと私を見て、そしてちょっと口元が笑った。お互い様だよ。
それにしても閉鎖されてる理由が分からないとどうしようもないなぁ。
なんて思いながら町の様子を見てると、血相を変えてモーリスが飛んできて、有無を言わさず私とシアの腕を掴んで、物凄い形相で船内に引っ張り込まれた。
「ど、どうしたの?」
と答えが出る前にモーリスはまた甲板に出て、また他の人たちの腕も掴んで引っ張ってきた。
「……普通の様子じゃないね。みんな! 一旦中入って!」
外に出ていた全員が私の指示で船内へ。
私たちは一旦食堂へ。といってもあまり広くはないから、船員も含めた全員は入れないんだけど。今いるのは船室で倒れているリサさんを除いた私たちと、ミアさん、マリさん。
「モーリス、どういう事?」
(――――!)
口と手が一緒に動いて、そしてすぐ離れたほうがいいだって。それを次はシアが質問。
「マリの言っていた、町を封鎖したのと関係があるのか?」
(うん!)
モーリスはフューラに向けて、病気があるって書いた。
「それを僕に伝えるという事はつまり、皆さんには分からない奇病が流行っていて、だから町が封鎖されている、という事ですか?」
(うん!)
「……分かりました。しかし……すみませんが、今の僕は自分でもどうなるか分からないんです。ご迷惑をおかけしますが、なにかあった場合にはよろしくお願いします」
「うん、分かった。けどまずはジリー待ちだよ」
「はい」
頼られるとフューラは目が変わる。今その状態になったから、きっとフューラならばどうにかしてくれる。
――少々後。
ジリーが帰ってきた。ミダルさんも一緒だ。
「お騒がせして申し訳ありません」
いの一番に謝ってきた。やっぱりあれは本気じゃなかったんだね。
「奇病が流行ってるんだって?」
「えっ!? ど、どうして」(はーい)
軽く固まった後、納得した様子のミダルさん。
「あーちなみに、こいつが魔王ね」
「どうも、魔王です」
「あっ! えっ……あっ……」
やっぱりみんな似たようなリアクションするんだね。シアは笑ってる。けれど心の中では残念がっていそう。
「も、申し訳ございません。魔王様のご来訪に歓迎のご用意も出来ておりません。それだけではなく、このような事態を招いてしまった事、悔恨の極みでございます……」
「話はそれだけか? ならば解決へと歩を進めようではないか」
声は優しいけどあっさりしてるシア。でも今はミダルさんに色々言ったって仕方がないもんね。
「今回は僕が主導で動きます。まずは状況把握のため、遺体安置所に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「すみませんが、遺体は早急に火葬してしまい、その灰も海へと流しているので遺体は一つもないのです。なにせ体が黒ずんで死亡するという、他に類を見ない亡くなり方ですので皆が怖がってしまい……」
体が……んー?
「どっかで聞いた事があるような……」
「でしょうね」
ミアさんから漏れ出た一言に、納得した様子のフューラ。
「って事は、フューラはもう分かったって事?」
「はい」
早過ぎない!? みんな一瞬で答えを出したフューラに驚いてる。これってフューラだからこそって事なのかな?
「ミダルさん、早急に町の下水や地下道などにいるネズミを片っ端から駆除してください。そして体調不良を訴えた人は隔離し、なるべく触れないようにしてください。それで拡大は収まります」
「え? ……っと、どういう事なのか、ご説明願えますか?」
「はい。この奇病はネズミから発生し、ノミを媒介として人に感染するものです。恐らくは大陸からの船に病原菌を持ったネズミが侵入していて、そこから広まったんでしょう。よくある話です」
「よくある……のですか……」
明らかに気落ちしたミダルさん。自分では町を閉鎖するしか出来なかった事を、よくある話なんて切り捨てられちゃったら、そうなるのも分かる気がする。
「書く物はありますか? 注意事項を列記しますので、それを徹底させてください」
「はい……申し訳ありません……」
これ、フューラは気付いてないんじゃないかな?
なんて思ってたら、シアがミダルさんの肩を軽くポンポンと叩いた。笑顔を見せたシアに、ミダルさんは一気に泣き崩れちゃいました。
「……僕のせいですか?」
なんて私に耳打ちして来たフューラ。やっぱり分かってなかったんだね。
「フューラは今、ただでさえギリギリだったミダルさんのプライドを粉々に砕いたんだよ。一分一秒を争う事態なのは分かるけど、もう少し言い方を考えるべきだったね」
「……反省します」
「反省には事態の早期収拾、ね?」
「はい」
フューラは人間だったけど、でもやっぱり今までどおりの機械的な部分もある。……それもまたフューラなんだよね。
「では事態の早期収拾に乗り出させてもらいます」
あ、なんか嫌な予感。と思った次の瞬間、やっぱりフューラは戦闘用の姿になった。
「フューラ、まさかとは思うけど、フューラの武器使って一気にネズミを抹殺するつもりじゃないよね?」
「駄目ですか?」
そっか、フューラって指示なしで動くと、こんな事やっちゃうんだ。今度からは私もよく考えないと。
「フューラはミダルさんに今後どうすればいいのかだけ指示して」
「……すみません」
服を戻して謝ったけど、これ分かってるのかな? ……カナタの苦労が分かる気がする。と思ったらシアも同じ事を考えていたみたい。
「カナタがフューラに対して、危険性を軽視する傾向にあると分析し危惧していた理由がよく分かるやり取りだ」「ねっ」
シアの言葉と私の同意に、フューラは苦い顔。
「んでも何ですぐに分かったんだい?」
私も思ってたジリーの質問に、注意事項を書いている最中のフューラは、その手を一切止めずに答えた。
「ペスト、別名黒死病というものがあります。ペスト菌という病原菌により敗血症を起こし、体中の毛細血管が破れ血で体が黒ずみ、死に至る病気です。僕の世界……時代の歴史においても、過去に何度か流行し多くの命を奪っています。黒ずんだ遺体の状況と、そして最近になって外界との交流を始めたというこの町特有の近況を鑑みるに、間違いないでしょう」
「……そっか。だからウチも聞いた事があるんだ」
「そういう事です」
ミアさんや私たちも納得したのと同時に、その要因に私たちが関係してる事にも気付いちゃった……。
「……私たちが来なければ」「更に多くの命が偽魔王の手により奪われていたでしょうね」
リサさんが青い顔でやってきた。そしてちょとだけ睨まれた。
「この戦争で起こった出来事は、誰のせいでもありません。戦争とはそういうものなのです。割り切って考えてください。でなければ、この先アイシャさんは間違いなく潰れます。この戦争においてアイシャさんが責任を感じる事も、それを抱え込む必要もありません」
「……でも」
「それに、アイシャさんは勇者とはいえ一般人です。わたくしやミダルさん、シアさんのように民衆を束ねる立場ではありませんよね? 戦争で責任を取るのは兵士ではなく上の者です。今回この町で起こった事の責任を取る立場にある人物は、病原菌の流入を防げなかったミダル様と、そして出航の際における検査を指示していないトム王様なのです」
うーん、確かに私の力ではどうにもならない事だし、そういう事は領主の裁量だけど、でも……。
「わたくしは今、カナタさんならばこう諭すであろうと予想し、それを話したに過ぎません」
……それを言われちゃたら、私はもう反論する言葉を持たない。ずるいなぁって思うけど、でも確かにカナタならば絶対そう言うもん。
「それともうひとつ。もしもわたくしたちが来なかったとしても、いつかは貿易が開始され、同様の事が起こります。これは両者がしっかりと情報を共有していないと避けられない事ですし、例え密な関係であっても不測の事態はいくらでも起こり得るのです。フューラさんのいるこのタイミングで起こり、その対処法もすぐに伝達出来た事は、むしろ幸運なのですよ?」
「……ええ、そうでしょうね。遺憾ながら私だけでは事態を終息させる事は出来ず、恐らくこの町は一年とせずに廃墟と化していたでしょう。それを思えば死者数が二桁で済んでいるうちに対処が出来るのですから、これほど幸運な事はありません」
リサさんもミダルさんも嘘はついてないし、私を鼓舞する目的で話を作ってる訳でもないってのが分かる。
「さすがは勇者、持っているな」
「……ふぅーん、そうなんだー」
「あ、いや、私が言うと冗談っぽく聞こえるかもしれないが、本当に運が良かったのだぞ?」
「ふふっ、分かった分かった。納得します」
うん、本当に納得した。ただそれをシアに言われるのはまだちょっと癪に障るだけ。
「……はい、これが注意事項です。港に医療機関、それと役場などの機関に配布し、住民にも周知してください。それさえしっかりと出来れば一ヶ月以内には事態は収まります」
フューラから受け取った書類に、じっくりと目を通すミダルさん。後ろからシアも覗き込んでる。
「……申し訳ありませんが、これは?」
「えーっと? ……あっ、うーん……そこは無視していただいて構いません」
急激に不安になってきた。それはミダルさんも同じだったみたい。
「だ、大丈夫なのですか?」
「はい。その部分は毒性を弱めたり、殺した後の菌を人体に入れる事で耐性を作るという予防医療の項目なんですけど、この時代の技術では難しい事柄なので」
「それ一番重要じゃん! お医者さんが感染したらどうすんのさ!」
「……祈っておいてください」
全員絶句。
「とにかく患者さんとの接触時間をなるべく短くして、接触後は手洗いなどを徹底させてください。ワクチンが作れないとなると、そういう地道な予防策しかありませんので」
……医療技術が拙いってのは、死ななくてもいい命まで危険に晒しちゃうんだね。私はそういう技術には疎いから力にはなれない。……割り切らないと。
――その後。
私たちは安全性を考えて船から降りる事をやめた。リサさんには地獄だろうけど、病気に感染して死ぬよりはいいよね。
「もしものためにファーマスで食料を積んできて正解だったね。このままだったら飢えてたところだよ」
料理をしながらそう話すジリー。
「うん。それにマリさんが商品の積荷を分けてくれたし。ありがとう」
私もちょっとだけお手伝い中。包丁を振り回す係です。
「いえいえー。うちのわがままで乗せてもらってるんで、これくらいはしないと魔王様に怒られますよ」
そう言われたシアはというと、溜め息を吐いてた。
「はあ。私はいつになったら魔王様ではなくなるのであろうかなぁ……。というかそんなに私は恐ろしい存在か?」
「あ、えっと……恐ろしくは……あっ! いえ、えーっと……」
物凄い勢いで目が泳いでるマリさん。
「ふむ、魔王など恐るるに足らぬと言いたいのだな? あい分かった!」
「あっ! え、い、いえっ! あっ、えっ……あーっ!」
勢いよく立ったシアに、真っ青になって絶叫したマリさん。
「んあははは! 冗談だ冗談。それくらいは分かっているので安心せい」
「もしもし魔王さん? あんたの冗談は人の命を奪いかねないんだからね。気をつけなさいよ? 主に私に」
「お、おう。……勇者怖い」
「ああん!?」
「いやいやいやいや!!」
剣の代わりに包丁を持ったらこの反応。本当にこの魔王は……弄り甲斐があるんだから。
青くなったマリさんもどうにか冷静さを取り戻し、夕食は終わり。
「そうだ、マリさんには悪いんだけど近くの町で降りてもらって、私たちは先に帰るって手もあるよね。ティトナがどうなるのかを見ずに帰るのは少し無責任かなとは思うけど、今はシアの事を優先すべきだと思うんだ」
「うちは全然構いませんよ」
マリさんはあっさり了承してくれた。
「注意事項は渡しましたし、どちらにせよこれ以上はミダルさんの領分ですから、僕たちの仕事は終わりと言ってもいいでしょうね」
「うん。シアは?」
「そうだな……ここからは我々は転送で、船員は普通に船と共になのだろう?」
「その予定」
「ならば我々などの一部の人間のみが転送で往来出来るよう制限を設けるべきであろうな。明日ミダルと相談し、決まり次第マリを送り届け、その後転送にてグラティアへと帰還する事としよう。何よりもリサさんが限界のようだからな」
「あー、確かに」
リサさんは陸に上がれないショックもあってか、完全に寝込んじゃってる。これ以上は反旗を翻されかねないもん。もちろん冗談だけど。
……そういえばシアって、魔貴族の事は名字呼び捨てなのにリサさんだけはさん付けしてるよね。ジリーも最初はリサさんを呼び捨てていたけど、いつの間にかさん付けになってるし。
……本物の成せる業?
――翌日。
朝一番にミダルさんが乗船してきた。その表情はまるでこれから戦地へと赴く兵士のよう。
「過去十日まで遡り積荷を片っ端から検査してみたところ、幾つかの積荷にネズミの死骸が混入していた事が判明致しました。これから有志を集め、一斉にネズミ狩りを敢行致します」
「フューラの読みは当たりだね」
「はい。しかし本番はこれからですよ。お気をつけて」
「ええ」
私たちもきっと帰ってから大変になるんだろうなぁ。
「そうだ。私たちは船に荷物を積んだら二手に分かれて帰ろうと思っているんです。それで、私たちは転送で帰って船員は船で帰るつもりなんですけど、転送を許可制にするべきかなって思うんです」
「そこからは私が。いきなり不特定多数同士での交流は危険度が高いと考えたのだ。なので当分は特定の人物にのみ転送を許可し、それ以外は船での入国しか受け入れないよう制限すべきだ」
「……実は先日アイシャ様がこちらへと寄った際、同様の事を私も考えまして、既に手を打ってあります。なので……これを」
ミダルさんがポストキーを渡してくれた。……ちゃんと認証って書いてある。横にいるシアにも見せた。
「ふふっ、上出来だ。貴様のいる限りサンサークでは私が危惧するような事態は起こりえないだろう。任せたぞ」
「はいっ!」
さっすが魔王様ー、人心掌握しっかりしてるー!
ミダルさんも魔王様からの直々の鼓舞に、気合120%って感じ。
――出航。
ミダルさんは私たちの出航を見送り、まだ充分見えている段階で足早にいなくなった。
「はあ……」
なーんか溜め息が漏れちゃった。
「不安か?」
「ん? んー……まーあんたが上出来だって言ったんだから、大丈夫でしょ」
「そこは認めてくれるのだな」
「あはは、元々あんたを認めてない訳じゃないよ。ただ私は勇者であんたは魔王。それがあるから素直にそう言いたくないだけ。あんたの性格が鳥の頃のままだってのは分かってるから」
笑顔を見せてみたら、シアはすごく嬉しそうな表情になった。本当分かりやすい魔王。
「羨ましいですね」
「わっ!? ってフューラ! 驚かさないでよ」
いつの間にか後ろに回りこまれてた。
フューラは目線を私たちには合わさず、遠くを見つめてる。
「……僕はオーナーを失い、自分が何者かという事も失いかけています。そして、カナタさんが命を賭して守ったこの世界を、三万年後、僕が壊すんです」
「フューラ……」
どう言ってあげれば……と悩んでいたら、私を挟んで逆側から伸びた手が、フューラの頬を突っついた。
「……なんですか」
うわー完全に睨んだよ。フューラのこういう目は本当怖い。
「フューラは何故にこうもネガティブ思考なのだ? 確かにカナタを失いはしたが、ならば新たなオーナーを得ればよかろう? 自身が機械ではなく人間であり、しかも既に亡くなっていたとは言うが、ならば今ここにいるフューラは物言わぬ死人か? 違うであろう? そして三万年後にこの世界を壊すという話も、改めてフューラがそれを阻止すればよいだけではないか」
フューラの心の内は分からない訳でもないし、シアの言う事ももっとも。フューラ自身もそれが分かっている。だからフューラはシアから目線を逸らした。
「フューラには取り戻せる未来があるではないか」
「……でも!」「私はもう取り戻せない!」
フューラの口答えに、シアの本当の感情が漏れ出た。その言葉に、そこにいた全員が言葉を失った。
「……羨ましいなどという言葉は、フューラにはまだ早い。まだチャンスがあるのだからな。精々足掻きながら精進するがいい。はっはっはっ!」
そう笑って、シアは一人船室に戻っていった。私たちは立ち尽くすしかなかった。