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第七十六話  プロトシア=アレス・マーレィ

 ――魔王城、城門前。アイシャ視点。

 魔王の告知放送の後、私たちは外の様子が全く見えないこの城から脱出した。

 といっても機械が暴走するとか城が崩れるとか、そういう仕掛けは無し。浅い階層にあるまだ動いている銃座は魔王が片っ端から壊してくれたので、私たちは本当に何も……何事もなく、脱出出来た。

 「勇者よ、ここからは貴様が先を歩け。我々の中での力関係というものを民衆にもアピールする必要がある」

 「……分かった。けどさ、その勇者呼び、やめてくんない? そもそも勇者様って柄じゃないからそう呼ばれるとむず痒くなるし、あんたに呼ばれると腹立つんだよね」

 「お、おう。……では、えー……」「名前でいいよ。ただし私も今までどおりで呼ぶ」

 「……友達呼びだな!」「違うっての!」

 はあ……全く。何? この人懐こい魔王は。

 「あーぁあ、カナタの気持ちが分かった」

 そう言って、横を見て、……誰もいなかった。その瞬間私は「あ、アイシャ……でいいか?」いいところで涙が引っ込んだ!

 「いい! んもー、ほんっとあんた腹立つ!」

 ……でも、このタイミングは絶好だった。じゃないと私、この先にいる大勢の人たちに、泣き顔を見られていたから。



 ――城下町。プロトシア視点。

 頬の膨れたアイシャを見やりつつ、私の気遣いには気がついていない様子でほっとしている。皆も笑ってくれたので、今のところは涙を流す事なく済みそうだ。

 さて、ここからは私の一人舞台。私が皆を守らねば。私が無事に家へと送り届けなければ。復活してしまった私には、その義務が生じているのだ。

 城門をくぐり城下町への道を進んでいくと……やはりそうなるか。

 「お、おい出てきたぞ」「どうすんだよ?」「と、とりあえず……」「頭下げておくか?」「だな」

 ……聞こえているぞ? 諸君。

 一見してこの町の住民のほとんどが集合しているように思える。このような扱いを受けるのは三年ぶりか。

 あえて語る必要もないだろうが、私は六千年もの時を、カナタの世界を経由して飛び越えたに過ぎない。したがって私から見た六千年前の戦争というものは、少々前の出来事でしかないのだ。


 さて皆に挨拶を……と思ったら、まだ幼い少女が一人こちらへと歩いてきた。

 「あなたがまおうさま?」

 残念、首を横に振る彼はモーリスだぞ。

 「え? あ、あなた?」

 私は片膝を突き屈んだ。やはり第一印象が勝負であろうから、ここは朗らかな笑顔で対応する。

 「ああ。そうだよお嬢さん」

 「……まちがえちゃった。ごめんなさい」

 「ははは、何も気にする事はないさ」

 すると、もぞもぞして……花を一輪差し出した。綺麗な赤い花だ。

 「えっと、おかえりなさい」

 この時私は、心底感動してしまった。平伏するでもなく、欺瞞をぶつけるでもなく、ただ「おかえりなさい」と言ってもらえた事に。

 この少女は、私をただ何も言わず受け入れてくれたのだ。

 ……いかん。魔王とした事が……。

 「ただいま。ありがとうね」

 「うん!」

 ギリギリで堪えてやったぞっ。魔王だからなっ! ナデナデしてやったんだからなっ!


 さて、改めて気合を入れよう。

 「諸君、先ほどの告知のとおり、私、プロトシア=アレス・マーレィは復活を遂げた。しかしこれは私一人の力で成し遂げた事ではない。ここにいる……肩車するか?」

 「そういうのいいって」

 本当に嫌がっている。これ以上弄るのはやめておくか。

 「ははは。えーここにいる、大陸から来た小人族の勇者アイシャ・ロットと、その仲間たちの尽力があってこそ、私はこの場所にこの姿でいられるのだ」

 ざわざわとした民衆の反応。やはり懐疑的であるな。

 「……そこの青年、こちらへ」

 キョロキョロして、自身に指を差す二十歳前後の青年。わたしは頷きつつ手招き。

 「貴様、魔法は使えるか?」

 「い、いえ。全く。全然」

 「ふむ。皆も知ってのとおり、魔族の魔力を奪ったのはこの私だ。なので……」

 私は左手を青年にかざし、魔力を調子付かない程度に戻した。

 「さあ、ファイアボールを試してみるがいい。人には向けるなよ」

 「はい。え、えっと……ふ、ふぁいあぼーぉーるっ?」

 青年の手から、ボフッと小さく可愛い火球が飛び出し、地面をほんの少し焦がした。この青年が使える魔力としては、これで充分だ。

 民衆からは「おぉー」という静かな感嘆が上がり、これで私が本物であるという証明は出来たであろう。


 ……少々試してみたくなった。

 「どうだろう、これを見てもまだ私に疑念を持つ者は、正直に手を上げてみたまえ。私自らがその疑念を晴らしてやろう」

 一瞬で誰しもが口を閉じ、シーンと静まり返った。

 「ふふっ。……ありがとう。正直私も諸君が信じてくれるか否か、不安だったのだ。だが、これで安心した」

 「あ、あの! 俺にも魔力を!」「俺も俺も」「私も」「ワイも頼むで!」

 「待て待て! 貴様らに魔力をいきなり返したとして、それを貴様らは正しく使えるのか? 暴走させ人を傷つけてしまうのが関の山であろう? したがって魔力を返すのは、まだ先の話だ」

 残念がりながらも納得している様子。


 「ときに、この町の長はどこにいる?」

 「はい! オレ……私が町長です」

 四十代だろうか。長としてはまだ駆け出しであろう。

 「一つ頼みたい事がある。この城だが、解体してもらいたい。グランドバレーのような風光明媚な場所に、このような禍々しい建造物は似合わない」

 「……恐れながらも、えー……この城も、観光資源の一つでして……その……」

 「はっはっはっ、ならば解体後、ここを綺麗な公園にでもしてしまえばいい。そして私が復活した地として宣伝したまえ。そのほうがよほどこの風景にも合っているし、センセーショナルではないか?」

 「あっ! た、確かにそのほうがグランドバレーに即しておりますね。えー……」

 「急がなくてもいいぞ。この城を解体するだけでも多大な労力を要するのは、誰の目にも明らかであるからな」

 「は、はい。それでは、そのように致します!」

 いきなり重荷を背負わせ過ぎただろうか?

 「……それでは諸君、解散!」

 「はいっ!」

 はっはっはっ、皆一斉に走って帰宅しおった。

 ……やはり私は今もなお、魔王なのだな。私の言霊は、魔族にとっては神託も同然なのだな。改めて気をつけなければ。



 ――話が終わり、アイシャ視点。

 笑顔で満足そうなシア。

 「気が済んだ?」

 「ん? ああ、待たせたな。これで私が本物であるという話は、魔族領の端まで伝わるであろう」

 グウウゥゥー……。

 いいところで盛大に誰かのお腹の虫が鳴った。

 「私じゃないよ」「僕でも」「わたくしでもありません」「あたしもちがーう」(ううん)

 「……は、恥ずかしいっ……」

 お前かよ!

 といっても、私もお腹すいた。……カナタのご飯はもう食べられないんだ……。ううん、まだ泣くには早いっ。


 「とりあえず……あ!」

 見た顔を発見。貴族のタイケさんの執事さんだ。私たちが近付くと、執事さんは片膝を突いた。

 「お初にお目にかかります、魔王様。私は」「知っているよ。カタルビの貴族に仕えるものだろう?」

 「御見それいたしました。やはり魔王様は、我らが魔族の王でいらっしゃいます」

 「ははは、そんな堅苦しくなる必要はない。ほら、面を上げろ」

 「はっ」

 やっぱりこういう人はしっかりしているね。

 執事さんは私たちを見回すと、何を言う事もなく、姿勢を正し頭を下げてくれた。

 ……一人、減っちゃって、ごめん。


 「これより皆様を転送にてお屋敷へとご案内いたします」

 帰りは一瞬で済むんだ。そういえば機械は壊したもんね。

 「貴様は魔法を?」

 「いえ、転送アイテムを使用させていただきます」

 「ならばその分の魔力、私が支払おう。私には魔族全体に対しての返しきれないほどの恩があるのだ。これくらいはさせてくれ」

 「……お任せいたします」

 軽く頷いて私たちにも確認の視線を送るシア。私は勝手にしろという目線で返した。

 「ふふっ。……それでは行くぞ」



 ――魔族領、ファーマスの町。貴族屋敷前。

 シアの奴、私たちだけじゃなくて荷馬車にお馬さんも、全部ひっくるめて転送させやがった! ロステレポしたらどうするんのさ!

 ……それで、着いたらもう結構暗くなってた。時差があるから仕方がないかな。

 「ここでいいのだな?」

 「はい。……それではどうぞ、中へお入りください」

 「……東京駅のようだな」

 屋敷を見てぼそっと一言呟いたシア。……とーきょーってカナタの出身地じゃなかったっけ? 何でこいつが……あ、そっか。こいつがカナタをっ連れてきたんだもんね。


 屋敷に入ると、もうすごくいい匂いで満たされてる。っていう事は、事が済んだら転送で帰ってくるっていうのも分かってたんだね。

 そしてタイケさんも使用人も、一列に並び平伏してる。

 「お帰りなさいませ、魔王様。そして勇者様」

 「ああ。ただいま」

 噛み締めるように返事をしたシア。多分ようやく心から安心したんだろうね。私は二番目に降格されちゃったけど、さっきの事を考えれば仕方がないって思う。

 「早速で悪いが、お腹がすいた。何かあるか?」

 「はい。既にご用意させてあります。どうぞこちらへ」

 食堂までの最中、なーんかシアの言動が鼻に掛かる。

 「他人の家なのにでかい態度」

 「なっ……せっかくこの姿に戻れたのだぞ? 少しくらい許してくれてもいいではないか」

 「あはは」

 やっぱりこいつは魔王の柄じゃないし、私も勇者の柄じゃない。


 食事はもうそれはそれは筆舌に尽くしがたいほどの、ものすんごく豪華!

 「さすが魔王」

 「ふふっ、少しは尊敬してくれるかな?」

 「全然」「がっくり」

 なんてね。さすがにこれだけ本当に敬われているのを見ちゃうと、雑な扱いは出来ないかなって。……まーそれを言うと調子付くだろうから、絶対に言わないけど。


 「森羅万象に感謝を。それじゃあいただきます」

 と、スプーンを持った瞬間、私はそのスプーンを落としてしまった。

 「すぐお取替えいたします」

 「あはは、ごめんなさい……」

 みんななんとなく気付いている様子。今の私は、スプーンすらろくに持ち上げられないほどに疲弊し切っているんだ。

 「アイシャ、手を」

 「ん? ……ん」

 シアが私の手を上下から優しく握ってくれた。何をしているのかはすぐに分かった。私の疲労を少しでも和らげようとしたんだ。

 「……感謝」「気にするな」

 「してあげない」「ははは……はぁ」

 「嘘。ちゃんと感謝してるよ」

 「……そうか」

 やっぱりシアはシアだ。見てからに機嫌がよくなった。

 その後は、おかげさまで無事に食事出来ました。頬が落ちそうなくらい美味しい料理をこれでもかと食べて、みんな大満足。

 フューラもどうにか調子が戻ってきたみたいで安心。一時期は本当にもう死んじゃうかと思ってたから。もう……減らせないから。

 そして料理が豪華になればなるほど、リサさんが本物の王女様だってのが分かる。私たちとは食べ方仕草が違って優雅で、私たちみたいにガチャガチャ音を立てないんだもん。


 ――夜。

 私たちは確認したい事もあり、シアの部屋に集まった。

 「……一番豪華だ」

 「ははは、まあこれでも魔王なのでな。私自身は皆と優劣など付けたくはなかったのだが、貴族の意地もあるのであろう、私が折れた」

 そろそろ意地悪してあげるのもやめようかな、と思ってたんだけど……でも、これは仕方がないよね。

 「いいんじゃないの? 私たちだってそれくらい分かってるよ」

 「そうか。よかった」

 今までで一番ほっとした表情をした。私そんなに意地悪してたかな?


 しばし沈黙。お互いが何をどう切り出そうか迷っている状態。

 「ねえ」「なあ」

 「どうぞ」「どうぞ」

 「じゃあ」「じゃあ」

 「……ぷふっ、あはは。駄目駄目じゃん!」

 「ははは、全くだな」

 まさかここまでぴったり合うとは。みんなも笑ってる。



 口で切り出すのは諦めたのか、シアが先に立った。

 「改めて私から行かせてもらう。まず初めにだが、みんな、ありがとう。心の底から感謝している」

 本当にしっかりと頭を下げてくれるシア。いい人オーラ出まくりだよ。

 「……本音を言うと、皆が武器を私に向けてくるのではないかと……怖かった。この不安は鳥の頃からあった。なにせ私は世界をこのような姿にしてしまった元凶だ。生きたまま皮を剥がれ串刺しにされ火炙りにされたとしても、文句は言えないと思っていた。それは今も変わらないが、しかし皆にその気はないと確信している」

 「……えー? それは分かりませんよー? なんといってもシアさんには裏切りの前科がありますからねっ?」

 「うっ……」

 リサさんの冗談はきついなぁ。シアは一瞬で萎縮しちゃった。

 「なーんて。今までの言動を見れば、わたくしたちに牙をむく気がない事くらい分かります。ただし、王と名乗るのであれば……」

 「分かっているとも。もう……本気のリサさんにあそこまで言われてしまっては、さすがに猛省せざるを得ないではないか」

 「違えた時には」「分かったって!」

 本当にこっぴどくやられたんだね。二人の力関係ではリサさんが上なんだ。


 「……次の話だが、モーリス、こちらへ」

 モーリスは警戒する様子もなくシアの元へ。シアはモーリスの頭を撫でて……え!?

 「あんた!」「しーっ!」

 静かにしろって怒られた。

 突然モーリスが意識を失って倒れて、シアはそれをナイスキャッチした。けれど、どういう事なんだろう?

 「これ以上はモーリスには負担が大き過ぎるのだ。モーリスは人の心を読めるが、その能力は不完全。聞かないようにしていたとしても、強過ぎる声は聞こえてしまうのだ。……我々五人の強過ぎる声、心の叫びを、モーリスは否が応でも聞いてしまう。この小さな身にこれ以上の心的な負荷をかけるのは、あまりにも酷であろう?」

 話の最中にシアはモーリスをジリーへ渡し、ジリーは部屋のベッドにモーリスを寝かせた。

 「そうだね。……ホントあんた優しいね。どこが魔王なんだい?」

 「肩書きが、だよ。本当に、それだけだ」

 肩を落とすシア。ジリーはそんなシアの背中を二回ポンポンと叩いた。二人の仲も悪くないみたいだね。


 「さて話の続きだが、やはり皆も気になっているであろう、今回の復活劇についてだ。実は私自身、何故復活したのかよく分かっていない。ただ、不思議な事にカナタの記憶や体験の一部が私の物となっているのだ。銃の腕前やあの執事が何者かを言い当てたのも、このようなカラクリだったのだ」

 そうなんだ。うーん、不安は少しあるけど、カナタの腕前がそのままってならば、少しは安心。

 「その復活した原因に思い当たる節はないの? ゼロ?」

 「……一つだけ。だが……」「出し惜しみしない! カナタだって出し惜しみしたままいなくなっちゃって、聞けなかった事も色々あるんだから」

 申し訳なさそうな表情のシア。そういう意味ではなかったんだけどね。


 「はあ……。事前知識として、私は”とある物”に力を封印され、鳥の姿へと変わったのだ。その後、その”とある物”がどこに行ったのかは、私は一切知らない。……雲を掴むような話なのだが、その”とある物”こそが、折地彼方なのではないかと。もちろんそのような事、どう考えても起こり得ないのだが……」

 「そのとある物って?」

 「指輪にするには大き過ぎるサイズの宝石だ。……ピンクダイヤ」

 ピンクダイヤ? ……!?

 「あ! あんたまさか! カナタの髪の色がピンクだったからって」「分かっている! これほど荒唐無稽な話などあり得ない。そもそもカナタは人間であり石ではない!」

 そう。カナタは石なんかじゃ……石? ……石化、……髪の色、……孤児院出身、……まるで石に話してるみたいな違和感……偶然じゃ……。

 だってカナタはどう見たって人間だよ。血が流れていたんだから。最後だってしっかり流血していたし。

 「私だって否定したい。しかし髪の色以外にも様々な要素が揃ってしまっているのだ。何よりも、カナタが石化し亡くなった、その欠片の側から私を取り込み、私の意思を無視して封印が解かれ、復活してしまったのだ。……私の中には、確実にカナタの欠片が存在しているのだ。……もう……どうすればいいのか……」

 魔王の目にも涙。きっとシアは、何もかも自分のせいだと思ってしまってるんだ。まるで何もかもを背負ってしまう私みたいに。

 ただ、頭を抱え塞ぎ込むこの魔王と私とでは、決定的な違いがある。私は誰にも言わず自分の中だけで解決しようとする。その結果カナタに散々迷惑をかけた。……今ここにカナタがいたら、シアになんて声をかけるのかな……。

 「……どっちにしても、この話は答えが出ないよね。無駄だとは言わないけど、今は考えないでおこう。ね?」

 静かにみんな頷いた。



 「では次に僕、いいですか?」

 「うん。……フューラも色々ありそう」

 「ははは……」

 乾いた笑い。そしてあの事実に、かなり打ちのめされているみたい。

 「正直僕自身も整理がついていません。でも、これの言う事が嘘だとは思えないんです」

 フューラはカプレルチカのコアを手に持った。本当、これ一つであんな事が出来るなんて、未だに信じられない。

 「僕は、三万年後のこの世界の住人。そして……リサさん、もう一度お願いします」

 静かに頷き、無言でフューラに魔法をかけるリサさん。

 「……ええ。間違いなく魔法が効いています。ですので、フューラさんは機械ではなく、人間です」

 今にも泣き出しそうなフューラ。

 「はあ……。恐らく、僕は既に死亡しています。Dプロジェクトの被験者なん……」

 耐え切れなくなって背中を向けるフューラ。リサさんに肩を抱かれ、声を出さずに泣いている。

 「……それでも、聞かなきゃいけない事があるんだ。フューラには悪いけど、頷くだけでいいから」

 小さく頭が上下に揺れた。


 「まず、体調はどう? 打ち込まれたウィルス、あれの影響はどう?」

 「どうにか……リサさんの……なので、心配いりません……」

 頷くだけでいいとは言ったけど、ちゃんと答えてくれた。

 「分かった。安心した。それともうひとつ、カプレルチカがフューラに影響する事はあるの?」

 「……いえ」

 一言だけ。でも、充分。

 「うん。……今はもういいよ。みんなも聞く事はないよね?」

 全員頷いてくれた。

 本当ならば他にもいくつか聞いておきたいんだけど、今のフューラはそっとしてあげないと、心が壊れちゃう。



 次はジリーが手を上げた。

 「モーリスの事なんだけどさ、シアが復活したんなら親出てこいって言ったら、どうにかならないかな?」

 シアは袖で涙を拭いて、さっきまでのしっかりした表情に戻った。やっぱりこういうところはさすが魔王。私も芯の強さは見習わないと。

 「はあ……。恐らくは可能であろう。しかし今すぐには不可能だ。なにせ私が本物であるという情報が行き渡るまでには、それ相応の時間が必要になる」

 そう言ってシアは、ベッドで寝息を立てているモーリスを見て微笑んだ。

 「私とて、モーリスの声が聞きたい。その気持ちは皆と同じだ。……素質という点では、私以上に王に相応しい人材であるし、なによりも我々の気持ちを全て知っていながらもここまで苦しい表情は一つも見せない。もしも私ではなく彼が選ばれていたならば……」

 「言っても始まらないよ」

 「……そうだな。モーリスはあの年齢でここまで強く進んできたのだ。私も見習わなければ」

 魔王が元奴隷の子供を見習う。この二人らしいね。


 「他にジリーからは?」

 少し考えて、真剣な表情でシアを見たジリー。

 「……改めてしっかりとその口から聞きたいんだけど、もう戦争なんてしないんだよな? あたしらの仲間として行動するんだよな?」

 「ああ。私、プロトシア=アレス・マーレィは、もう二度と争いを生もうとする事はない。そして、私は皆の仲間として行動する。勇者の意にそぐわない事はしない。これでいいかな?」

 「……うっそくせぇー! あはは!」

 ジリー……最高! あはは!

 シアはがっくり肩を落としたけど、それも冗談なのが分かる。やっぱりシアにはもうその気はないんだね。なんかようやく私も安心してる。ジリーもしかして、狙ったのかな?

 「はい、あたしからは以上。リサさんは?」

 「わたくしですか? うーん……今すぐにという事はないですね。はい、アイシャさんどうぞ」



 あっさりと私に話を回されちゃった。

 「えーと……じゃあシア。これからどうしたい? あなたの希望を聞いておく」

 「どうしたいか、か。……本当ならば今すぐにでも魔王を辞め、ゆっくりと畑仕事でもして過ごしたい。私はアイシャと同じく、これでも農家の娘なのでな。しかしこれは不可能であろう。魔族領にいても、大陸にいても、私には様々なしがらみが付きまとう。なので……」

 言葉が止まり、じっくりと考えている。

 「まずは、家に帰りたい」

 心の底からの本音が家に帰りたい、か。本当に普通の願いだけど、こいつが言うとすごく重い。


 「六千年前の家族に、かぁ……」

 「あ、いや、そうではなく、グラティアの家だ。私の故郷は既に消滅しているのでな。イリクス率いる人類軍に滅ぼされたのだ」

 英雄イリクス、シアを倒し封印した人。でもイリクスがシアの故郷を滅ぼした? なんか聞き捨てならない。

 「イリクスがそういう事をする人だとは思えないんだけど? 私怨で大袈裟に言ってるんじゃないでしょうね?」

 「恨みがないと言えば嘘になるが、しかしもうそれは私の中で整理がついた話だ。六千年前にな。なので今更イリクスや人間族に対してどうという気持ちはない。むしろカナタやアイシャに会えたのだから、感謝しているほどだ」

 私を見て軽く微笑むシア。嘘は言っていない。それは復活してから今まで、ずーっとそうだ。本当とことん”無害な魔王”だよね。


 「あ、そうだ。イリクスってどういう人だったの? あんた一人で十万の兵と戦ったって話だけど、実際は?」

 「……ミーハーか?」

 「違うっての。ただ勇者として真実を知りたいだけ」

 シアの表情の変化を見て、これは聞くべきじゃなかったと思った。

 「……嫌な記憶だ。恐らく事実を正確に把握しているのは、当時も今も、私とあやつだけだろう」

 「やっぱやめ。それ以上聞かない」

 「いいや、イリクスの生まれ変わりとも言われ、現役の勇者である貴様には、何としてでも聞いてもらう」

 睨まれたぁ……。参ったなー、失敗した。


 「――あの日あの夜、私は屋敷で就寝中であった。人類軍が私のところまで辿り着くには、例え負け続けたとしてもまだまだ数年単位での多大な時間を要すると踏んでいたからだ。しかし、それは相手が”普通の人間”である場合の話であり、イリクスは違った。あやつは突然に私の屋敷、私の部屋へと転送してきたのだ。構える間もなく私はあやつに連れ去られ、寝巻き姿のままどこかも分からぬ荒野に引きずり出されてしまったのだ」

 「夜襲って事? 結界は? 部屋に結界張ってあったんでしょ?」

 「もちろん何重にも張ってあった。しかしイリクスには私が張った結界など一切効かなかった。それどころか、私は全魔族の魔力を撃ち込んでも、あやつには傷一つ付けられなかったのだ」

 イリクスって、そんなに強かったんだ。

 「――今でも思い出す。私の絶望する姿を見て、あやつは間違いなく、嘲笑していた」

 シアの中には、確実にその時の恐怖心が残ってる。苦々しいシアの表情からは、それが手に取るように分かる。


 「……英雄イリクスは人間ではない。今回の偽魔王を見て、それが確信へと変わった」

 「えっ! 待って、イリクスは機械だっていうの!?」

 「それか、カナタやリサさんやジリーのように、異世界の人間か」

 イリクスが……異世界の人間!?

 「しかし話の本番はここからだぞ。よく聞け。イリクスは、私を魔王に仕立て上げ、六千年前の戦争の口火を切った黒幕と」「まさか、同一人物だなんて」「言うと思ったか? 早計だぞ」

 なんだ、焦り過ぎたせいで変な汗が出ちゃった。

 「イリクスと黒幕とは、裏で繋がっていた」「やっぱり!?」

 「ははは。まあ普通驚くだろうな。私もその事実に気がついた時には、鳥になってしまうほど驚いたものだ」

 それ魔王ジョーク? それとも本当??

 「私が封印されズーの若鳥へと変化させられたのは、口封じのためだ。つまりあの六千年前の戦争は、全てがイリクスと黒幕の仕組んだものだったのだよ」

 「……そ、それを、私に考えろって? 真実かどうかは、自分で考えろって!?」

 「そうだ」

 う、嘘だぁ……。でも、こいつが嘘を言うとは……うそだぁー……。


 「それともうひとつ。私がカナタの世界へと飛んだのは、間違いなく事故だ」

 「……私、半分信じられなくなってるんだけど」

 「ははは。まあ話だけでも聞いてくれ」

 さっきとは違う、軽妙なトーンの笑い声。

 「当時私は、とある魔術師と仲良くなっていたのだ。そいつが野外で異世界への転送魔法の実験をしていたのを、私は木の上から傍観していた。魔法が発動すると、その魔方陣へと強い風が吹き、私の止まっていた枝が折れてしまい、私はその魔方陣へと巻き込まれてしまった」

 「……という事は、あるのですね! 世界を渡る方法が!」

 やっぱり一番に食いついたのはリサさんだった。

 「ある。……だが、リサさんの世界へと帰れる保証はないぞ」

 「……えっ」

 リサさんのしっぽが垂れ下がった。


 「どういう事か説明して。あんたはどうやって帰ってきたのさ?」

 「……私はカナタに嘘を吐いたのだ。その術式は頭に入っていたので、自殺をしようとしたカナタに、私と一緒に世界を渡ってほしいとせがみ、魔法陣を書かせ、どこへと開くかも分からない世界の扉をもう一度開いたのだ」

 この魔王……っ!

 「あんた! 私に殺されたいの!?」

 「い、いや、あの……弁明の余地はない。しかし例え別の世界であっても、自殺するよりはいいと思ったのだ。あの時のカナタは、それほどまでに追い詰められていたのだ」

 ……確かに自殺は駄目だけど、でもそれで嘘を吐いて知らない世界に飛ばすって……。

 「ともかく、結果として私はカナタを連れ、偶然にもこの世界へと帰還出来たという事なのだ」

 「……偶然に、ね。……あー、だから六千年も帰ってくる時間がずれたんだ。それじゃあリサさんは帰れないよね」

 「はあ……。しかし希望はあります。国立図書館で更に調べれば、どうにか偶然ではなくさせる方法があるかもしれませんから」

 リサさんは分かりやすい。しっぽがまた上を向いたんだもん。



 「あ、ちょっと小さな疑問なんだけど、シアは名前が三つに分かれてるよね? 貴族は四つじゃないの?」

 「それか。……せっかくだ、私の人となりも話そう」

 その表情から察するに、遅かれ早かれ話そうと思ってたんじゃないかな。

 「まずプロトシア・マーレィというのが私の本名だ。普通の田舎の、普通の農家出身。家族構成は、両親と兄と姉、私、弟が二人という構図。だが兄とは面識がない。私が物心付く前に亡くなってしまったからな。私が魔王となったのは十五歳の時だった」

 「若っ! え、今何歳?」

 「女性に歳を……といってもアイシャも女性か。私は三十三歳だ」

 「……三十路かぁ」

 「やめて! 溜め息混じりはやめて!」

 あはは。でもシアは三十三歳にしては若いと思うよ。あ、この世界の三十三歳ね。


 「えー名前の話だったな。姓名の中間に挟まるアレスという言葉は、そのまま”王”という意味であり、他の貴族のように記号部分は付かない。……というか、六千年前はそもそも記号などなかったのだ。分かったかな?」

 「分かった。名前からもう魔王なんだ」

 するとシアは笑った。

 「ははは、魔王と言っても私の場合、魔族の王を省略して魔王なのだ。魔族という言葉も本来は魔法に長けた種族という意味しかない。物語の中にいる凶悪な魔の種族・魔の王とは意味合いが違うのだよ」

 「……なんとなくそうじゃないかって思ってた。正直ね、昔は私も凶悪な魔物の種族って意味だと思ってた。けど、学校でのルームメイトが魔族だったんだ。そこで「あ、魔族って私の思う意味じゃないかも」って。本当の歴史を知って、漁村の船長さんやカキア大臣、シオンさんにミダルさん。そういう人と出会って、そして今シアの口からそれを聞いて、納得した」

 私の話が終わると、背景に花が咲いたように満面の笑顔になるシア。

 「そうか。よかった」

 口調はちょっと嬉しい程度に抑えてるけど、表情には喜びがあふれ出てるよ? やっぱりシアは王様なんだね。


 「それじゃあ最後。これからの事だけどさ、私たちはセプテンブリオスでティトナに戻って、そこからは転送で帰ろうかなって。魔族領内ではなるべく魔法は控えたいけど、ティトナからならば転送魔法を使ってもいいと思うんだ。シア、どう思う?」

 「異存はない。それに残念ながらここはもう私の知る魔族領ではないからな」

 割り切った表情のシア。魔王ではあるけど、本当にもうその力を振るう気はないんだね。

 「分かった。実はちょっとあんたに見せたいものもあったからね」

 「私に? ……そ、そんな、このようなところでそんなものを……」

 「ばぁーか!! 何を想像してんのさエロ魔王!」

 「エロだと思うほうがエロいのだぞー」

 ニヤッとしやがった! こいつ殺すッ!

 「あっ、や、やめいっ!」

 「うっさい死ね魔王!」


 結局ジリーに取り押さえられました。

 「いやーすまんすまん。カナタの感覚が入っているせいか、どうにも弄りたくなってしまうのだ。悪気はないので許してくれ」

 「悪気があろうがなかろうが殺す!」

 「アイシャ。シアも久しぶりに喋れて浮かれてるんだって」

 分かってるけど、でも一々腹立つんだもん!

 「しかしカナタらしいというか何というか、皆の弱みもしっかりと私に受け継がれているのだ。アイシャの幼少期には無茶な事をしてよく怪我をしていたとか、フューラは危険性を軽視する傾向にあるとか、リサさんは尻尾でくすぐってカナタを起こしたとか、ジリーがカナタを誘拐したのは勘違いだったとか、モーリスはカナタの汚物処理をさせられたとか」

 全員絶句。と同時に、シアへではなくカナタへの怒りとか感謝とか、色々と混ざり合った訳の分からない感情が沸いてきた。

 「……あんたは? あんたもカナタに弱み握られてんでしょ! 言いなさい!」

 もう一回脅し直し! 今回はジリーは止めないよ!

 「え? あ、ちょっ……わ、分かった分かった!」

 グッと睨んだら、両手を上げて本気で冷や汗出してやんの。

 「はあ……自分で自分の弱点をさらけ出すというのも何だな。……私は虫が嫌いなのだ。カナタの世界にいた、黒光りして長い触角を持つ動きの素早い虫が大の苦手で、……ああ思い出しただけでも鳥肌が……」

 「……ぷっ、あはははは!! 許す! それは許す!」

 みんなで大笑い! こいつ本当に魔王じゃないや! あはははは!


 笑い疲れてみんな静かになった。

 「あー面白い。あんた本当に”させられた”んだね。よーく分かった。……うん、それじゃあ今日はもう寝よう。結構眠気の限界なんだ」

 「わたくしも、魔力の大半を使ってしまい体が重いです」

 「あたしも結構体が痛い。っていうかこれでも骨折ったんだぞ! あー、モーリスはあたしが預かるよ」

 「僕は……まあ、いつも通りで」

 「それでは私は、六千年ぶりに人の姿での就寝を楽しむとするか」

 「あんたは三年でしょうが」

 「ははは」

 こうして解散。……やっぱり声が一人分少ないだけで、その違和感は大きかった。でも、みんなそれを言わないでおこうとしているし、多分家に帰るまでは、みんな泣くのを堪える。

 ……私も。


 だからこそ、今大笑い出来た事は本当に助かった。

 なんか、これもカナタの仕掛けた事みたいな気がする。



後書き告知よりも早いですが、のんびり投稿再開です。

んが、私生活でちょっとありまして、数週間投稿が止まる可能性があります。

といっても中途半端に失踪する事はありません。

もしもそうならざるを得ない状況になれば、そう告知して強引にでも終わらせますので、よろしくお願いします。

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