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第七十三話  魔王決戦(前編)

 偽魔王カプレルチカは、フューラと同一スペックの戦闘アンドロイドだった。

 ……いや、機動性は更に上、ジリーに匹敵する。そして戦闘スタイルは自身の体を省みない極端なノーガード戦法の近接格闘型。その上で死なないんだから、最悪の相手だ。

 少々の準備運動の後、カプレルチカは俺たち全員を”愛し合う”対象と定めた。


 睨み合いつつ、さてどうしようかといったところでアイシャから指示が飛んだ。

 「カナタはリサさん。私たちはあれを抑えるよ!」

 「了解!」「はい!」「おうよ!」

 一番安全なのがリサさんの近くという計算か? ともかく俺は与えられた仕事をキッチリ残業無しに終わらせるのみ。

 リサさんは現在もなお何かを詠唱中。これだけ長く詠唱しなければいけない魔法となると、まずい臭いがプンプンする。しかしそれ以上にあいつの強さがまずい。

 だってチカちゃん、三対一なのに狂ったように笑ってるんだもん。

 「あはははは! おねえちゃぁーんこれが愛って奴なんだねー!」

 「んな訳あるか!」

 思わずツッコミを入れたのだが、俺ではない声も混ざっていた。この声はジリーだ。


 「本当に愛ってモノを知りたけりゃ、その手を止めてみな!」

 「えぇーその手は食わないよー? あはは!」「ちっ!」

 思いっきり舌打ちをするジリー。

 しかしジリーが愛を語るか。……その公聴会、チケット一枚何円だ?

 と、話していて気が散ったのか、カプレルチカの動きが一瞬遅れアイシャがその左腕を頂いた! その左腕だが、前二回は消滅したり折れただけだったが、今回は明確に吹っ飛び、そしてどういう原理か、自己消滅した。

 「ってもどうせすぐ直るんでしょ?」

 「あったりー!」

 最早見事と言うしかないほどに、ぬるっと綺麗に再生。この回復速度、フューラ以上かも。

 しかしこれで左腕だけ三度被弾している。このままずっと一方だけを攻撃し続ければ、なにかが変わるかもしれない。


 戦闘ではジリーとフューラが足止め役、アイシャが主要な攻撃役となっているが、それぞれがお互いに遠慮した動きであるために、どうもギクシャクしている。

 「あれぇー? そんなんじゃわたし倒せないよぉー? あはははは!」

 あーぁあ、あいつにまで言われてやんの。

 しかしその原因は素人の俺でも分かる。アイシャの本気はかなり素早く、そして長物の剣を縦横にぶん回すスタイルだ。しかしジリーがいるのでコンパクトに振り回そうとしている。一方ジリーもかなり機敏ではあるのだが、アイシャの剣に遠慮というか警戒心がある。流れ弾ならぬ流れ剣を警戒しているんだな。そしてフューラだが、機敏な二人に翻弄され、中々その隙を縫った狙撃が出来ていない。三者三様、それぞれが邪魔し合っている状態だ。

 三対一の攻防はなおも続き、押しは出来ないがが押されもしない拮抗状態に陥りつつある。そしてそれは、こいつが相手では非常に悪い傾向だ。なにせ向こうは機械なので、疲れないのだ。

 一方の俺はリサさんを庇い、その手を邪魔しない程度に引きつつ流れ弾を避ける。

 「リサさんその魔法まだ詠唱終わらんの?」

 「――――――……――――」

 ちらっとこちらを見やりつつも、詠唱を続行。どうやらまだらしい。どんだけ長い詠唱が必要なんだよ。



 「……ひひっ」

 背筋に氷を突っ込まれたような冷たく嫌な視線を感じた。そんな視線をこっちに送るのは一人しか考えられない!

 「狐のお姉ちゃん殺そうっと!」

 やっぱりな!

 姫を守る騎士になってやろうじゃねーの! という感じで新しい銃、スフィアを構える。いや、構えてはいたがいつでも撃てる体制にした。

 「おにーちゃんじゃ足手まといだよ!」「んな事ぁ百も承知!」

 ここまでずーっと語るだけで、戦闘ではいいところが一つもない事くらい、一年以上前から知ってるっての!

 まるで当ててみろとでも言いたげに真っ直ぐ突っ込んできたカプレルチカ。だったら俺もそれに乗っかろうじゃねーか!


 「カナタ!」

 後方からはアイシャたちも追いかけてくるが、フューラは射線上に俺がいるせいで撃てずにいる。撃てよ臆病者! ってか俺の射線上にもお前らがいるんだが。撃つぞ馬鹿者!

 パパパッ! と射撃。しかしこれは囮。俺の予想通りカプレルチカは弾を避けるために飛び跳ねた。

 思わずニヤッとしてしまったが、引き金を引く。軽い発砲音の後、銃弾がカプレルチカへと襲い掛かった。俺の狙いは当たり、銃弾は奴の右肩へと飛んでいく。

 と、カプレルチカは空中で避けるという事はせず、軽く体を捻り何故か左腕で銃弾を受け止め、そして動きを止めた。

 「……おにーちゃん、わたしの動き読んだね?」

 「あのな、真っ直ぐ突っ込んでくる奴の次の行動といったら、飛んで避けるか横に避けるかしかないんだよ。っていうかお前、なんで右肩を庇った?」

 「……お、おしえない、もぉーん」

 この子すげー分かりやすい!! いや、これ自体が演技であり罠という可能性も。そして左腕に空けた穴は既に塞がった。全く厄介な事で。


 この隙にアイシャたちは陣形を整え、三方から挟み撃ちの体制。いや、俺がいるから四方でもあるか。

 「……やっぱりおにーちゃんを最初に殺す事にした。だっておにーちゃん、このままじゃわたしの最大の敵になるもん!」

 だってと言っている最中に顔色を変えず突っ込んできた! いくら機械だからって自在過ぎるだろ!

 「させないっ!」

 とアイシャたちが割り込んできた。これならば多少は時間が稼げるか。

 しかしこのままではリサさんもろとも事故りかねない。

 「リサさんごめん」

 俺はアイシャたちが邪魔してくれている間にスクーターを出し、リサさんを残しスロットル全開。

 「あっ、ずるい!」

 「死なないお前のほうが何倍もずるいっての!」

 これだけ動いていてもまだ喋る余裕があるのかこいつは。……そもそも死ぬ事を想定していない? だから攻撃を受けて半身吹っ飛ばされようとも関係ないのか?


 ここに来てようやくリサさんが動いた!

 ……動いた……だけ? と思ったら固定砲台として火球を発射し攻撃に参加した。あの長ったらしい詠唱はなんだったんだよ?

 ともかくリサさん放置で死亡は回避されたので、俺はスクーターでブイブイ言わせながらバリバリ撃つのみ。フレンドリーファイア? 気にしてはいるけど当たったら当たったで仕方ないかなって。

 「お前マジウゼーんだけど!」

 「あはは! ごっめーん!」

 だってこれだもん。ごめんと言いつつしっかりと狙いを定めこちらへと飛んでくる。とにかくカプレルチカの機動性が尋常でない事と屋内という閉鎖空間のせいで、ろくに止まれないし速度で逃げ切る事もかなわないのだ。現状は五対一にもかかわらず、勝てる気が一切しない。



 ここでフューラが動いた。ボール状の砲台を大量に取り出したのだ

 「えー? おねえちゃんここでそんなの使ったら、みんなにも当たるよー?」

 「心配ご無用」

 いつもの冷静なフューラの声だ。なんだろう、すごい安心感。

 そして何も言わず大量のボールからレーザー発射! 黒い矢が土砂降りのスコールかのように垂直に降り注ぎ、そして俺たちや地面に落ちる寸前で直角に向きを変えカプレルチカへと突き刺さった!

 「な……そん……あり……な……」

 文字通り蜂の巣にされながらもまだ息のある様子のカプレルチカ。フューラはそんな”妹”に、一歩一歩近付く。

 「僕の武装は地下に潜っている最中に改良を重ね、高出力光学レーザーからエネルギータイプへと換装してある。お前の知っている装備とは違うんだよ」

 「あ、ははは……そうなんだ……あはは……んあはははっ! んにゃああっははははは!!」

 また狂ったような馬鹿笑いをあげた。

 「いい加減にしなさい!」

 バチーン! とフューラがビンタ!


 ……したと思ったら、フューラの顔色がおかしい。カプレルチカに刺さっていた黒い矢も消え、ふらついている。

 「……な……にか、仕込ん……」

 「だぁーいっせぇーいっかぁーいっ!!」

 直感でまずいと分かった。急ぎアクセル全開フューラの元へ。しかし微妙に間に合わず、カプレルチカが隠していたナイフで、フューラはその右手首を切り落とされた。

 それでも止まる訳には行かないのでその身を掻っ攫い、落ちた手首はアイシャが拾いこちらへと投げてくれた。若干姿勢を崩しながらもキャッチした俺は、フューラと手首をリサさんへと渡す。

 「大丈夫か? おい! 返事しろ!」

 「……やられ……した。破壊とは……ウ……ルス……」

 「ウィルス? ……コンピューターウィルス盛られたのか?」

 静かに頷くフューラ。

 フューラはリサさんに膝枕をされる格好になった。手首からは血ではないと思われる赤い液体が流れ出ている。以前のフューラの話から推測するに、自動車のクーラントのように冷却液なのだろう。


 ……よく見れば左わき腹に小さな注射痕がある。そうか、さっきの串刺し馬鹿笑いは演技であり、フューラが自ら近付いてくるのを狙い、そして直接ウィルスを注射したのか。こりゃー本気でまずいぞ。

 「カナタさん、どういう事ですか?」

 「はいはーい! わたしが教えちゃいまぁーす!」

 すげーむかつく喋り方のカプレルチカだが、フューラは戦線離脱確定であり喋らせるべきではないし、俺の現在の脳味噌ではそれに対して正答する自信がない。

 何故ならば俺は間違いなく混乱しているからだ。その証拠に、切り落とされた手首を合わせてくっ付かないかと必死になっているのだ。

 「……おうおう、ならばまるっと全て喋り倒してもらおうか!」

 あえて煽る。みんなの、そして俺の心が折れないように。


 「わたしやおねえちゃんが壊れないのってねー、食べたものを特殊なエネルギーに変換して、リジェネレーターに流し込むからなんだー。リジェネレーターってのはアンドロイドの中枢回路で、人間で言ったら……脳と心臓が一緒になった感じ? コアって言うほうが分かりやすいかなぁー? つーまーりー、リジェネレーターを停止させるウィルスを注入すれば、おねえちゃんは壊れられるのー!」

 今のフューラは脳梗塞と心筋梗塞を同時に起こしているようなものか。まず過ぎる。

 「リサさんはフューラの治療。何でもいいからどうにかしてください」

 我ながらとんでもない無茶振りだ。しかし今はこう言うしかないのだ。リサさんはフューラを見つめ続けながらも、俺の言葉に頷いた。

 「ええ、そのための詠唱です。まさかフューラさんに使うとは予想外でしたが。……フューラさん、あなたに強力な回復魔法を使います。機械には魔法は効きませんが、わたくしはあなたには別の可能性があると信じます。どうなるかはわたくしでも判断しかねますので、わたくしを恨んでいただいても構いませんよ」

 意識がもうろうとしながらも少しだけ頬を緩め、小さく頷くフューラ。

 「では行きます――」

 リサさんとフューラの体が白く輝き出した。しかし詠唱魔法かと思ったらどうやら少し違う様子。さっきの長い詠唱は恐らく、この魔法の前段階だったんだろう。

 「……フューラさん、あなたやはり……」

 驚愕の事実だな。しかし今はそれに驚いているほどの余裕がない。


 ……よし。

 「おいクソガキ」「カプレルチカ!」「うっせークソガキ!」「かーぷーれーるーちーか!」「黙れクソガキ!」「んああああっ! おにーちゃんむかつくぅーっ!」「死ねクソガキ!」「そっちが死ね!」

 ここが煽り時。煽りまくり、二人から目を逸らさせる!

 家族を守るのが家長の務めだ!



 ――その頃、自宅の三人。シオン・タイケ視点。

 「――という事で、これは木の実三個入りのカゴが、四つあるという意味になります。なので木の実の数は、十二個が正解です」

 (分かった!)

 現在は乗算のお勉強中です。モーリスさんの飲み込みの早さは本当に特筆に価しますよ。私が今まで受け持った生徒でも、ここまでの子はいませんでした。

 「はい。一旦休憩にしましょう」

 (はーい)

 あれから半月近くが経ち、私もすっかりこの家に馴染んでいます。ただ皆さんの私物は触らないようにしてあります。さすがにプライベートを覗くつもりはありませんから。


 「ヒューッ!」

 ん? これは魔王様? どうしたのかな? と思ったら向こうからやってきました。

 ……なにかを言いたげに翼を広げ必死にアピールをしているのですが……とモーリスさんも大焦りで来ました。

 「どういう事ですか?」

 (――――!)

 「あの、文字で」(あっ)

 ノートには……「行かなくちゃ」ですか。

 「それは、勇者様方に何かあったと?」

 (うん!)(うん!)

 二人揃って大きく頷きました。

 こうなる可能性は前々から提示されていたんですが、いざその時が来たと知ると、声が出ません。……それでも私は送り出さないと。

 ……ははは、何があった訳でもないのに、涙が出そうになってきちゃいました。

 いえ、ここは教師として、しっかりしなければ。

 「分かりました。後の事は全て私に任せてください」


 こんな時、勇者様ならばどうするんでしょうか。……鼓舞、するでしょうね。ならば、私も。

 「モーリスさん。教師を悲しませてはいけませんよ。待っていますからね」

 (うん。――――!)

 「ええ、頑張って。……魔王様も。必ず帰ってきてくださいね」

 (任せろ!)

 お二人とも、つい先ほどまでとはまるで別人の瞳をしています。本当に強い意思を持っているんですね。

 「……私も気持ちは皆さんと一緒にいます。きっと今まで出会った様々な方も。だから、信じています。いってらっしゃい!」

 (はい!)(いってきます!)

 私からの話が終わると、お二人は黒い霧に包まれ、そして目の前からいなくなりました。

 願わくば、皆さんが無事で帰ってきますように――。



 ――再び魔王城、玉座の間。

 先ほどよりもまずい状態になった。見えていた事態ではあったが、ジリーが故障、戦線離脱した。利き腕の右腕を折られたのだ。

 正確には完全な離脱ではなく左腕でも戦えるが、明らかに動きが鈍っており、そして激痛に顔が歪んでいる。

 「ジリー! 無理するな!」

 「無理じゃねーよ無茶してんだよ!」

 いや、まあ……無茶はしてもいいが無理はするなと言ったのは俺だが、しかし腕の折れている状態で飛んだり跳ねたりぶん殴ったりは、さすがに……。

 と思っていると、ジリーの蹴りがカプレルチカにヒット! そして隠しナイフが一発で折れた!

 「あっ! ……ええーっ!? これすんごく固いのに!」

 「あはははは! なんか知らないけどあたしが蹴ったリ殴った武器はよく折れるんだよ!」

 なんじゃそりゃ?


 「何か来る!」

 唐突にアイシャが叫んだ。思わず俺もジリーも、そしてカプレルチカも手が止まった。

 広い部屋に黒い風が舞い込み、そして円を描き球になり……これはあいつらか!

 「モーリスにシア……何で来たのさ!」

 いの一番に怒るアイシャ。気持ちは分からんでもない。

 「……ああっ! 白いの! それと鳥の魔王!」

 あいつも気付いたか。まあ普通気付くか。

 二人は軽く周囲を見渡しただけで状況を理解した様子で、二人とも魔法でバリア防壁を張りながら下がった。


 「んもぉ、一番やりづらいの来ちゃったなー。ねー君ぃ、なんでわたしが見てる事に気付いたのー?」

 「……」

 一切無反応のモーリス。というか元々モーリスは……。

 「答えないつもりなんだー。へー」

 ……これは使える! と思ったらモーリスがちらっと目線をこちらに寄越した。こいつ狙ったな? バッチリだ!

 そして会話に気を取られている隙に俺はあいつの右腕を狙う。

 何故右腕か? 答えは簡単。右腕にウィルスが仕込まれているから。あれをもぎ取って投げつける事が出来れば、あいつ自身がウィルスに冒される可能性がある。現状ではそれが一番かつ唯一あれを倒せる可能性のある作戦だ。


 騙し討ちのような事なのであまりいい気分ではないが、そうも言っていられない。

 狙いをキッチリと定め、引き金を引く!

 んが! 寸前で気付かれ避けられてしまった。

 「いやー危ない危ないー。囚人のおねえちゃんの目が動いたから分かったよー。あはは!」

 そんな細かいところまで観察していやがるのかこいつ。

 「ちっ」と舌打ちをしたのは、当のジリーではなくアイシャ。そしてアイシャはモーリスと意思疎通を図った様子。

 モーリスはジリーに近付き、庇うつもりのようだ。一方シアはリサさんとフューラの元へ行き防壁を展開。故障者を守れと指示したんだな。事実ジリーは限界のようだし、リサさんはフューラに集中していて戦闘どころではない。

 「あっれれー? それだったら勇者おねーちゃんと、走り回ってるだけの駄目おにーちゃんの二人だけだよ?」

 「駄目っていうな! これでもしっかり心は傷付いてるんだからな!」

 「あはははは! ごっめーん!」

 「口の悪いクソガキめ!」

 「お互いさまぁー。あはははは!」

 口の悪さについては否定はしない。


 しかしこれで俺の作戦が遂行不可能である事が判明してしまった。

 この作戦は、少なくとも三人、囮役・右腕を切り落とす役・投げつけヒットさせる役の三人が必要だ。先ほどまでは俺が囮でアイシャが切り落とし、ジリーが投げつけるという構図が可能だった。

 だがジリーが戦線離脱した事で人数が足りなくなり、そしてあの地獄耳のせいでこの作戦を口頭での伝達が出来ず、さらには目の動きすらも読まれるのでアイコンタクトも不可能。

 恐らくはモーリスならば既に俺の作戦を読んでいるのだろうが、文章にすればかなり長くなるし、そもそもモーリスやシアをこの戦闘に巻き込むのはあまりにもハイリスクだ。

 さあ……八方ふさがり、どうしてやればいいのやら……。


 と、アイシャがちらっとこちらに目をやった。そしてモーリスが遠隔で俺の目の前に光文字を出した。……おうよ、了解だ!

 俺はスクーターを転回、そのままカプレルチカを轢き殺すルートへ。

 「危ないって!」「いいから死ね!」

 と言いつつ狙いは別のところにある。そう、俺は遠回しにアイシャを乗せるつもりなのだ。先ほどの光文字は「乗せて」だったのだ。

 スクーターを近付けると、アイシャはそのまま飛び乗ってきた。立ち乗りし、振り落とされないように左手で痛いほど強く俺の肩を掴んでいる。

 「相変わらずだなおい」

 「じゃないと勝てないっての!」

 そしてアイシャは剣を片手持ちし、剣に炎を宿らせた。

 「……詠唱した?」「省略した」

 すげーなおい。確かそういうのはかなり高度な技じゃなかったか?


 アイシャが立ち乗りしているので、俺は慎重な運転に。

 「大丈夫だから振り落とすつもりでやって!」

 「……分かったよ。本当に振り落とされんなよ!」

 お望み通りフルスロットル!

 「きゃっ」

 いきなり大きく動いたからか、一瞬柄にもない声を出したアイシャ。ミラー越しのその表情は……あ、目が合った。そして頬を膨らませてきた。あいつよりも何倍も可愛いから全力で許す!!

 「……なーにそれー。ちょっと妬けるんですけど!」

 「あんたは一生ボッチでいろ! クソガキ!」

 「クソガキ言うな!」

 おうおう、アイシャさんにも俺の煽り症が移りましたか。いや、こいつの場合元々か。

 ともかくこれで遠距離は俺、近距離になるとアイシャが飛び降りて迎撃、そしてまた俺が近付き乗せるというコンビネーションが完成。



 「いやちょっ……あっ……はー……ほっ! ……んもぉーっ!!」

 アイシャの迎撃があるのでうかつにこちらへは近付けず、中々身動きが取れないカプレルチカ。一方小さい魔族コンビに守られる三人を狙おうとすれば俺からの突進や狙撃がある。

 まさかアイシャとコンビを組むだけで、ここまで変わるとは思わなかった。これならばあの作戦を使わずともいけるか? しかし、だからこそ気を引き締めなければ。

 「閃光よ我が剣となれ!」

 お、アイシャが雷属性を付与した!

 「っておい、スクーターも機械だっての!」

 「あっ!」

 焦り魔法を止めるアイシャ。全く驚かせやがって。

 「あははは! 足を引っ張ってるのは勇者おねーちゃんだー!」

 「う、うっさい!」

 「おやおやアイシャさん、煽りに乗りますかー?」

 「カナタまで煽らないでよ!」

 いやいや、これはとっさの判断でアイシャが煽られ頭に血が上るのを防止したのだよ。という体裁を取り繕いつつ、とにかく走り回る。


 「いっ!?」

 右手首に激痛が走った。そろそろ手首さんも限界か。

 以前よりもかなり早く痛みが来たのは、恐らく長旅と城内戦での疲労の蓄積が原因だろう。

 「あの時のあれ?」

 「……気にするな」

 しかしここで止まる訳には行かないのだよ!

 「ねえ」「何も言うな!」

 その先の言葉が容易く想像出来てしまう。それでは駄目なんだよ。散々無理するなと言ってきた俺だが、しかしここが俺の無理をするタイミングなんだよ!

 「おにーちゃん限界みたいだねー。わたしあと三年はこのままやれるよー?」

 「お前は三年地面に埋まってろ!」

 「あはははは! それおもしろーい!」

 どこが! 言った自分で評価するのも何だが、全く訳が分からんぞ!


 「無理しちゃ駄目だよ」

 小さく優しく呟いたアイシャ。するとスクーターから飛び降り、また剣に雷属性を付与し、カプレルチカへと一直線!

 「いい加減死ね!」

 相変わらずの発言と共に大きく飛び上がり、柱を蹴り飛ばし急襲! カプレルチカも負けじと飛び上がり、空中で両者が交錯した!


 「……ちっ」

 舌打ちをしたのはアイシャだった。

 「んあははは! ちょっと惜しかったねー。袈裟切りされてもわたしは元に戻りまぁーす!」

 カプレルチカへ確実に一撃を加えてはいたが、振りが一瞬早かったか、胴体を真っ二つとは行かなかった。そしてカプレルチカは相変わらずの再生能力。

 「ったく、あんた、マジでムカつくんだから……」

 ん? アイシャの息が上がっている。もしや魔力を強く込め、一撃で終わらせるつもりだったのか? ……俺を心配して早まらせてしまったか。

 「くそっ!」

 思わず悪態が口からこぼれ出た。それだけ俺はこの事態を危機だと捉えている。アイシャへと突っ込みその体を掻っ攫う。

 「させない!」

 カプレルチカも突っ込んでくるが、これならば「っ!」また激痛!

 そして俺は反応が遅れてしまった。俺自身にではないが、カプレルチカの一撃をスクーター後部に食らい、吹っ飛ばされた。



 「カナタ!」

 「……んならあぁっ! ってぇーなぁーガキぃ!!」

 自分でも分かる。俺は頭を怪我しており、流血している。それだけではなく、足が折れている。立つ事も満足に出来ないが、だからと言ってここで引く事なんて、男として出来ないんだよ!!

 「まーんしーんそーい? あはははは!」

 馬鹿笑いしながら突っ込んでくるカプレルチカ。今の俺は冷静だ。

 ゆっくりと腕を上げ、銃口をカプレルチカへと向ける。自分の心音を聞きながら深く呼吸し、引き金に指をかける。

 ……集中しているからだろうか。すごく静かだ。そしてその動きがまるでスローモーションのようにも見えている。ベタな物語の主人公ならば、ここで特殊能力に目覚めるのだが、俺はどうだろう?

 願わくば、これが集中力の賜物であり、死を悟った末のトランス状態ではない事を祈る。


 俺の中では、まるで一コマ一コマ丹念に見回すかのように、ゆっくりと時が動いている。

 ……馬鹿野郎。アイシャの奴、小さな体して俺を庇おうと走り込んで来やがった。だがその体制では死ぬぞ。

 ……そうはさせてなるものか。俺の代わりに死ぬなど、世界が許しても俺が許さん!

 アイシャの服、そのうなじ部分を思いっきり引っ張り引き倒す。その反動で俺は体を起し、逆にアイシャに覆い被さるように庇う。

 はあ……人生で唯一の格好いいシーンが、死ぬ間際とは。我ながらさすがとしか言いようがない。

 ……俺が今出来る事なんて、これくらいしかないんだよ。

 だから、そんな顔するんじゃない。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?



 首筋に痛みを感じている。

 これは……俺にウィルスを注射しやがったんだろう。

 注射というからには冷たい感覚があるのかといえば、そうじゃない。

 そりゃそうだ。あいつはそれを、体に仕舞っているんだから。


 ……あいつ……って、誰だ?

 いや……なんか、まずいな。記憶が……おかしい。

 それでも、出来る事をする。とりあえずは立とう。

 ……あれ? 立てない。……足がおかしいな。

 いや……記憶がおかしいのか? ……ははは、足、なんか曲がってる。曲がって、固まってる。石になってる。


 ……そうか。俺死ぬのか。

 まずいな。本当にまずい。……なにがって、俺が庇った……。


 ……誰だ?


 泣いてる。って事は……あー、あいつか。名前は……。

 ……。


 ははは、いかんな。……人を救えて嬉しいだなんて、俺らしくない。

 ……死ぬならば……俺らしい……言葉を……。


 「―――――」


 ………………。


 …………。


 ……。


 「カナタアアアアアアアっっ!!」



キーポイント:石化

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