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第七十話   いざ魔王城

 最終決戦への出発には打ってつけの晴天となった。

 セプテンブリオスの船員たちは十日間こちらで待機し、俺たちが戻らない場合には一旦ティトナへと引き返し、そこで次の情報を待つという事になった。

 もちろんその間の面倒は全てタイケさんが見てくれる事となり、俺たちも安心。



 ――朝食中。

 「魔王城までは、ここから荷馬車で四日ほど掛かります」

 結構な日数だ。往復で八日。つまり往復予定日を二日過ぎても音信不通ならば、船は一度引き返す。

 「こっちには荷馬車よりも速い乗り物があるんですけど」

 「勇者様は、ここが魔族領だという事をお忘れですか? 角のない皆様方が魔法を使った移動をすると、否が応にも目立つのですよ? しかも魔王の居城は戦争推進派の活動している土地。無事に魔王城まで辿り着ける可能性はいかほどでしょうね? おっほっほっ」

 まず間違いなく問題が発生する。100%確実だ。

 「……分かりました。みんなもいいよね?」

 「アイシャに任せるよ」

 「うん。そしたらご協力ありがたく受け入れさせてもらいます」

 これで足は手に入った。


 「それからもう一つ。おい」

 「はい、ただ今」

 何が出るかな? 何が出るかな? 何が出るかは……角が出た。

 「少しでもカムフラージュをするために、カチューシャに角を取り付けた物をご用意致しました。リサ様は獣人族ゆえにそのままでも違和感ございませんが、他の方々は着けるべきかと」

 メイドさんが配ってくれたので、早速各々着けてみる。

 「ちなみにその角は本物です」

 「え……まさかあの遺体から!?」

 「いえいえ、と殺された家畜から切り取った、本物の角であるという意味です。私はそこまで鬼畜ではございません事よ」

 勘違いで一瞬とんでもなく嫌な汗をかいた。


 各々見ていくと、アイシャは小ぶりな角が左右から。魔族の子供の出来上がりだな。フューラの角は立派だが、若干重そう。道中振り回されなければいいが。ジリーは額から一本だけだが、これが異様なほど似合っている。んで俺は?

 「……カナタ羊みたい! あはは!」

 「羊って……」

 と、メイドさんが鏡で見せてくれたのだが、くるっと丸まった角なので本当に羊だ。

 「こんなピンクの羊がいるはずがないメェー」

 「あはははは! やめてお腹いたい! んははははっ!!」

 これぞ大爆笑。……なんか笑わせたんじゃなくて笑われてる気がしてきた。ってか他の三人も笑ってるし。

 「くくく……」

 タイケさんも全力で押さえながら笑ってる。もう……いいや、諦めよう。



 ――出発。

 荷馬車に五人乗り込み、そしてタイケさんは運転手である例の執事君となにやら密談。

 タイケさんが頷き、荷馬車から離れた。

 「それじゃあ行ってきます。八日後にまたお会いしましょう」

 「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 前日から馬が一頭増え、二頭引きとなった白い幌つきの荷馬車は、順調に旅路をスタートさせた。

 さてこの珍道中だが、三つの地方と七つの町や村を経由して進むとの事。ガイドがいないと間違いなく迷ってたな。


 んが! 早速問題発生。振動で尻が痛い。

 「これで八日はきついな」

 「我慢だよ。カナタの時代とは違うんだからね」

 「はいはい」

 なんて言ってると執事君が話しかけてきた。

 「すみません。二時間に一回は休憩を挟みますので、我慢してください」

 「分かりました」

 しかしこのままだと尻が取れる夢を見てうなされるかも。まるで博多までの深夜バスに乗った気分だ。

 そうだ、こういう時こそ神秘の力、魔法の出番ではないか。

 「リサさん、なんかいい魔法ない?」

 「ありません」

 あっさりだー! 奇跡も魔法もありませんっ!



 ――道中。

 現在の風景は岩の多い山道。

 「……なんかこういう道に来ると、シュンヒとの事を思い出すよ」

 「シュンヒって、ルーディシュの次期王女様だっけ。ジリーの友達なんだよな?」

 「そう。……ほら、アイシャたちがカジノで」「あー! あったあった!」

 ジリーが言い終わる前に反応して話の腰を折る我らが勇者様。

 「アイシャよ、今のはないわ」

 「え? ……あっ、ごめん」

 「あはは、いいよ」

 この分だと俺たちが内部分裂しそうだな。


 「――そんで、こういう道であたしとシュンヒを乗せてくれた荷馬車がいたんだけどね、それが敵の罠だった訳よ。……短い時間だったけど、あの少しの間だけでもシュンヒは成長した。あたしはどうなんだろうかなって思っちゃったんだよね」

 それを聞き、俺はニヤニヤが止まらない。

 「よーしそしたらみんなに聞いてみよー!」「えっ!?」

 いいリアクションを取るジリー。しかしみんなも暇を持て余しているようで乗ってきた。そして最初に答えたのはリサさん。

 「わたくしとしては、元からジリーさんはしっかり者の印象ですよ。船長として船員をまとめ上げていたのが何よりもの証拠でしょう」

 「僕も同意見です。正直、僕はアンドロイドとしての優位性を抜かせば、ジリーさんのほうがはるかに強く、そして人間的にも出来た人物であると思っています」

 「私も。ジリーってさ、戦闘中であってもしっかり周囲の状況を見ているんだよね。大味ではあるけど、安定性があるって感じ。だからこれでも頼りにしてるんだよ?」

 みんなの率直な意見を聞き、驚きつつも喜んでいるジリー。

 「じゃあ俺は戦闘以外からの視点で評価しようか。といってもジリーには欠点らしい欠点がないんだよな。せいぜい口調が荒い事くらいか。そして父親恐怖症とも言える状況を、今は充分に克服したと言える。この女性四人の中では、最も安定して事を任せられる存在だな」

 俺の評価にみんなも頷いた。そしてジリーはすごく照れている。

 「……なんだよっ、こっち見んじゃねーよっ」

 「あはは、可愛いー」「うっせ!」

 これでこそ。


 「だったら僕はどうなんでしょうか? 数値ではない評価というものは、僕の世界では頂いた事がないので、少々興味が」

 やっぱり来ると思った。評価という話の時点で、それを一番気にするのは間違いなくフューラだからだ。

 さて誰から行くのかと目配せをすると、全員が俺に目線をやった。そりゃそうか、俺がメインのオーナーだもんな。

 「んー、基本的にボケの側だけど、でもそれは全て計算ずくだと思う。じゃなけりゃ最先端技術で作られたアンドロイドが、ガラクタ同然の大ボケをかます事の説明が付かないからな」

 「……えっと、本気でボケてる事が、結構あります」

 「マジか」「マジです」

 おいおい、せっかく褒めようかと思ったのに。アイシャたちにも笑われてるぞ。

 「んー、それでも技術面では最も頼れるし、不死身なのをいい事にこちらもやりたい放題出来るから、やっぱり強いよな」

 みんな笑いつつも頷く。それを見てフューラもはにかむ笑顔である。


 「私もフューラに関してはカナタと同じ。私って一番科学技術で劣ってるでしょ? だから正直フューラの全部を理解してる訳じゃない。でもフューラの人となりについてはよく理解しているつもりだよ」

 俺もフューラの全てを解明している訳じゃない。こいつがどういう原理で動いているのかなんて全くもってさっぱりだ。

 「それと、最近変わったなーって思う。この中で私が一番最初にフューラに出会ったけど、あの頃はもっと堅苦しくて、まるで銅像みたいだったもん。カナタがオーナーになった時に表情が柔らかくなったなーって思って、今の家に引っ越して……ベッドが出来たのが大きいのかな、一気に変わったなーって感じる」

 「あーそれは俺も思う。表情が自然になったよな」

 「あたしも同意。今だから言えるけど、最初にフューラを見た時の印象、怖かったからね」

 ジリーもか。そもそもジリーは俺を誘拐した犯人だから、フューラに睨まれてもおかしくはなかったが。

 「わたくしは……同室だからでしょうね。フューラさんはこれでも」「あーそれ以上は!」

 おやおや、フューラさん大焦りでリサさんの口に手をやった。

 「なーるほど、タイケさんも表情を隠している部分があったけど、俺たちの中にもいたのか」

 「……もう」

 頬を膨らませるフューラなんて初めて見た。

 「あはは、フューラ本当に機械なの? どう見てもその表情は人間だよ? じーつーはー?」

 「知りませんっ!」

 アイシャの追撃にへそを曲げたフューラ。なんともほのぼのとした一幕だ。



 ――日暮れ。

 本日は野宿である。

 というのも、お馬さんが文字通り道草を食う事が多く、予定していた宿に着く前に日が落ちてしまったのだ。

 とりあえず二食分の食料は積んでおいたので、それを食べてしのぐ事に。まずは火をおこさなければ。

 「焚き火か。上手くつくかな……」

 「魔法使えばいいじゃん」「……あ」

 仕方ないじゃん! 俺魔法使えないんだから!

 という事でアイシャが火をつけてくれた


 食事も済み、後は寝るだけとなったのだが、まあ色々話が弾むよね。

 「あ、そうだ」

 「ん? どした?」

 「うん、ちょっと」

 とアイシャは執事君のところへ。執事君は馬車の番をしているので俺たちの輪には入っていないのだ。

 「……なーにっかなー?」

 興味本位で同行。……って全員付いてきた。

 「ちょっと聞いていい?」

 「あ、はい。なんでしょうか?」

 「魔族領って山賊とか盗賊とか、治安どうなの? 連続誘拐事件なんて起こるんだから、気になっちゃって」

 なるほど。確かに野宿をするならば安全の確認は必要だ。

 「うーん、私も大陸は知らないので比べられはしないんですが、この街道は安全ですよ。連続誘拐事件はファーマスでも久しぶりの大きな事件だったというだけです」

 それじゃあ安心だな。今夜は満天の星空を見上げながら寝るか。

 「それに、私も念のため武器は所持しておりますので」

 と執事君は運転席の足元から剣を一本取り出した。剣と言ったが、見た目は小太刀のような感じ。四十センチくらいの細く真っ直ぐな刀身だ。


 「おっ、ニンジャソード!」

 ……今ジリー何て言った!?

 「なにそれ?」

 「あたしんところのコミックにあった奴でね、黒い服着た暗殺者が持ってる剣だよ」

 「へえ。それで?」

 アイシャは普通の興味心で聞いているようだが、俺はジリーの説明を一言一句聞き漏らさないようにと必死であり、そしてこの驚きを表情に出さないようにと必死だ。

 「――ってー感じ」

 「魔法じゃないんだね」

 「もっと物理的? な感じだね。……カナタどうした?」

 やばっ、気付かれた。

 「いや、なんでもない」

 これボロが出るフラグじゃねーか! あーぁあ、案の定アイシャがじーっとこっちを見てる。

 「……んじゃ寝よっか」

 「んだね。それじゃーあたしらは先に寝るよ」

 「馬車の番は僕がしますので、執事さんもお休みしてください。僕は特殊な体質で、寝なくても大丈夫なんですよ」

 「え、えっと……」「それではフューラさん、お願いしますね。執事さんもご一緒に並んで就寝いたしましょう」

 ……絶対これ気を遣わせただろ。いやー……寝よう。

 ジリーのあの一言で、俺の中にある雲を掴むかのような予想は、確信へと変わってしまった。……寝れないなこれ。



 ――二日目。

 本日もよい天気。

 「行程に若干の遅れがありますが、いかがなさいますか?」

 と執事君から今後の予定を聞かれる。俺はアイシャに一任。というか色々と考えが巡ってしまい余裕がないのだ。

 「遅れを取り戻したいから……三時間に一回の休みに変更で」

 「皆様もそれでよろしいでしょうか?」

 「アイシャさんが決定したならば、僕たちも構いませんよ。ね? カナタさん」

 「……え? あー……うん」

 まずいな、魂が抜けかけてるぞ俺。

 「という事です」

 四人ともあえて俺には突っかかってこない。それがまた申し訳なくて居た堪れない。

 んー……せめて戦闘ではいいところを見せないと。


 道中は特にトラブルなどはなく順調。

 ……いや、俺の尻にトラブルがある。やっぱりね、サスペンションもない荷馬車が未舗装路を走るんですよ? その振動といったらもう力抜いてじっとしてたらどっかに吹っ飛んで行きそうなほどなのですよ。

 なーんて考えていると、しっかりとイベントが用意されているんだなこれが。


 休憩には早い時間で馬車が止まった。

 「どうした?」

 「検問ですよ。ここから先は戦争推進派の土地ですから、反対派の土地から来た私たちに対する身辺チェックです」

 それ、内ゲバどころか内戦一歩手前だろ。

 「……大丈夫なの?」

 「そこまで詳しくは調べないはずなので、大丈夫だと思いますよ」

 「大丈夫じゃないフラグだな」

 「やめてよ」

 本気で嫌がるアイシャ。

 「カナタさんの嫌な予感が当たらない事を祈るのみですね」

 「……あー忘れてたのになー」

 リサさんのせいで思い出しちゃった。


 俺たちの番が来た。兵士三人組で、一人は執事君を、一人は回りこんで荷馬車の中を覗き、もう一人は外から監視。

 「こんにちは。どこからどこまで?」

 「ファーマスからグランドバレーまで行きます」

 「グランドバレーね。用件は?」

 「知り合いに馬を届けにです。こっちのがそうなんですよ」

 執事君は上手い事やっている様子。問題はこっち。

 「あなた方は?」

 と、フューラが動いた。

 「そっちの三人が家族で、僕たちは乗り合いで拾ってもらったんです」

 俺・アイシャ・ジリーを家族に仕立てたか。

 「……随分と若い親御さんですね」

 まあ疑うよね。仕方がない、ここは俺の出番だ。

 「あはは、俺はこう見えても三十超えているんですよ? みんなからも見えないってよく言われますけど。こいつは前妻との子供で、そっちは後妻なんですよ」

 キャラ設定にアイシャから文句を言われるかと思ったが、そんな事はなかったぜ。というか、ちょっと喜んでる? ……いや、ないな。

 「なるほど。込み入った事を聞いてしまい申し訳ない」

 そして兵士さんは外に向かって「積荷は問題ない」と報告。

 兵士が離れ、これで無事検問を突破。フラグ折ってやったぜ。といっても立てたのは俺なんだけど。


 「向かう先ってグランドバレーって言うのか」

 「はい。名前自体は渓谷ですけど、実際には風光明媚な丘陵地帯なのできれいな風景ですよ」

 さすがに九州オートポリスを反対にしたような形状のサーキットは……ないよな。

 「……何その顔」

 「元からこういう顔だ。文句あるか?」

 「変な顔ー」「おいっ!」

 これでも自称イケメンなんだぞ?


 その後、この日は無事に予定の町まで移動し、宿で寝る事が出来た。



 ――三日目。

 お昼を回った頃、どうも前方の雲行きが怪しい。状況の事ではなく、本物の雲の事だ。

 「申し訳ありませんが、この先皆様には歩いて移動していただく場所があります」

 「それはいいけど、どういう場所なの?」

 「テンペストバレーという渓谷でして、悪天候の名所なんですよ。荷馬車が埋まったり、馬が雷に驚いて暴れる可能性があるので、安全のためにご協力お願いします」

 それでこの先黒い雨雲があるのか。

 「それならば仕方がないよね。うん、分かりました」

 しかし雷と聞いて、髪も顔色も青くなっているのが一人いる。

 「フューラもいいよね?」

 「……迂回ルートは?」

 やっぱり聞いたか。

 「ある事にはあるんですが追加で丸一日掛かりますし、それに崖沿いの危険な道でして、しかも昨日町で聞いたところによると、がけ崩れが起きて通行止めになっているそうなんです」

 「……なん……ですと……」

 フューラの絶望顔、頂きました。本当にこいつ人間くさくなったな。



 ――テンペストバレー。

 あはははは……こりゃー予想のはるか上だわ。

 十秒に一度くらいのとんでもない頻度で雷がバンバン鳴っていて、しかも雨で地面がぐっちょぐちょ。感電しないのか? 大丈夫かな……。

 「ここ本当に街道なのか?」

 「ええ、――ですよ。でも――両側に避雷針が――ので、人に――事は滅多に――」

 雷鳴り過ぎて全然聞こえねーよ!!

 「リサさん、こういう――こそ魔法でどうにか――ないの?」

 「さすがに――頻度では、わたくし――どうにも」

 「はあ……しか――ないか。よし、行くぞー」

 「おー」と言った次の瞬間、俺たちの真横に落雷。

 はっはっはっ、執事君も含めた全員して俺に抱きついてやんの。俺? 反応出来ずに固まってたの。あはは……。


 とにかく進むしかないので出発。

 「……お前服掴むなよ。歩き――」「ひゃあっ!」

 「引っ張るなっての!」

 フューラさん、完全に腰が引けています。ちなみにアイシャは俺と手を繋ぎ普通の表情。リサさんは執事君と一緒に馬の手綱を引いており、そしてジリーが荷馬車を後ろから押している。そのおかげか、馬の負担軽減にもなっている様子。

 さらにちなみに二頭のお馬さんだが、これだけの雷でも全然動じていない。フューラよりも強心臓だ。

 「執事君、この馬たちって――慣れてる?」

 「ええ。この――何度か通っているので。それもあって――んだんですよ」

 「へえ。そ――らば安心だ」

 経験者ならぬ経験馬か。こりゃ一番頼れるかも。


 雷の轟音で耳が痛くなりながらも進む。

 しかし驚いた事に、結構人が通る。しかも驚いて人の服にしがみつくようなのは誰一人としていない。訓練されてるなぁ……。

 ドオオオン!

 っと真横の避雷針に落ちた。……すげー俺たち以外は誰も反応しない! 訓練され過ぎだろ!

 「フューラ、カチューシャだけは落と――」「はひいいっ」

 なんだそれ。



 ――休憩所。

 途中、渓谷の岩肌をくりぬいて作られた休憩所を発見、一旦休む事に。偶然か、それとも魔法が掛かっているのか、適度に防音効果があるので耳の休憩にもいい。そしてこのテンペストバレーの地図を発見。この休憩所は丁度中間地点のようだ。

 「よくもまあこんな道を街道にしたもんだ」

 「本当。もっとマシな道ってなかったのかな?」

 という俺とアイシャの心からの疑問に、執事君が教えてくれた。

 「昔は山越えルートが主流だったらしいです。でも山賊が増えて別ルートになって、そっちでも盗賊が増え……という事があり、賊が来られないこの渓谷が使われるようになったんです」

 治安はいいのかと思ったらそうでもなかった。

 「それともう一つ。本当かどうかは分かりませんが、この渓谷を開拓したのがプロトシア様だと言われているんです。そのご加護があるというので、商人や賭博師の中には敢えてこの街道を通る人もいるんですよ」

 出たよ魔王の拡大解釈。シア本人に聞かせたら……笑い飛ばした後に凹むだろうな。


 さて俺たちの現状を確認。

 アイシャは、ロット家の勇者様だから雷は得意なのかも。でいーんと構えて終始平気な顔をしている。

 フューラは言わずもがなで、現在進行形で俺にすがっており、外が光るたびにビクビクしている。ビクンビクンではないぞ?

 リサさんはすっかりお馬さんとお友達。そういえばロデオ経験のある狐さんだもんな。同じ動物同士心が通じ合って……あの馬、鼻でスカートめくったぞ! リサさん無反応だし!

 ジリーは雷を怖がってはいるが、それを見せないようにと必死に取り繕うその姿が面白可愛い。そして白Tシャツが雨に濡れて眼福である。今日のブラはピンクと。

 執事君とお馬さんはまるで雷が子守唄だと言わんばかりに無反応。最初俺に抱きついて来たのはなんだったんだよ?

 そして俺だが……実は、昨日の検問で”嫌な予感”を思い出して以来、その予感が強くなっている事に危機感を覚えている。

 といっても場所が場所なだけにあまり深く考える余裕がない。ある意味でこの雷に救われているのだから、俺も魔王を信仰しようかな、なんて。

 ……今頃モーリスとシア、そしてシオンさんの魔族トリオはどうしているのかな? 帰ったら武勇伝を聞かせなければ。



 ――休憩終了。

 長々と休憩する訳にもいかないので、再出発。

 「さーて残り半分頑張って歩きましょー」

 いつも通りのアイシャの気の抜ける掛け声。

 「はい。あ、でもここからは落雷は少なくなるはずですよ。いつもひどいのは私たちが来た側なので」

 「本当ですか!?」

 フューラがすごい勢いで食いついた。

 「え、ええ……」「んやったあっ!」

 「よしフューラには入り口まで往復してもらおう」「やめてくださいっ!」

 人間くさくなったという事は、弄り甲斐が出てきたという事でもある。……我ながら鬼畜だな。


 出発してしばらく。本当に雷の数が減った。雨も小降りになり、これならばあっさり踏破出来そう。

 ドオオン! 「ひゃあっ!」

 しかしこいつだけは変わらなかった。

 更に進むと、ついに雨が止み太陽の光が! ついでに看板に「馬車乗降場」の文字。

 「ここまで来れば雷が落ちる事はまず無いので、馬車移動を再開しましょう」

 「はあーい」

 一番喜んでいるのは言わずもがな、フューラであった。



 ――その後。

 無事に目的の村に到着し、宿を取った。

 俺と執事君は二人部屋、女性陣四人はまとまって四人部屋だ。これは部屋がなかったためであり、前日は二人部屋が三部屋だった。

 「文句言うなよ」

 「さすがにこれはどうしようもないもん」

 そして何故か全員俺の部屋に集まる。

 「……明日なんだね」

 柄にもなく不安そうな声を出すアイシャ。

 「はい。明日は六時出発で、早ければ正午ごろには魔王城に到着です。しかし戦闘になるでしょうから、十時ごろに早めの昼食を取る予定です。質問はございますか?」

 執事君の言葉に、各々顔を見合わせ最終確認。

 「行程については大丈夫、かな。……カナタは? 嫌な予感、どうなの?」

 「俺かよ。んー……」

 そうだなぁ……俺の心情を今更隠す事はないか。あの町の事は言えないけど。

 「嫌な予感は、消えてない。検問でリサさんに言われるまで忘れてたんだけど、……意識してるから余計なのかな。不安感が増大してる」


 当然といえば当然だが、全員無言になってしまった。ならば一つ発破を掛けるか。

 「……といってももう引けないんだから、どうせやるなら無茶してやるよ。そして生き抜く。じゃないとこの世界に来た甲斐がないってもんだ。……最後かもしれないだろ? だからお前らも無茶しろ! それでどうなったって、それは仕方のない事だ」

 無言で一人ずつバラバラに頷く。そこにはやはり大きな不安感が見える。

 「アイシャ、例えこの先俺の予感が当たったとしても、それはお前のせいじゃない。だからお前は最後までみんなの先頭に立て。泣くなとは言わないし凹むなとも言わない。だが後ろだけは向くな。分かったな?」

 「……うん! 任せて!」

 よし、表情に気合が入った。アイシャはこうでなくては。

 「フューラ、前に自分は成長しないと言っていたけど、今の自分を見てみろ。お前どんだけ成長してんだよ? だからお前は人としても機械としても全力を以って立ち向かえ。今のお前は人と機械のハイブリッドだからな」

 「はい。ハイブリッドなアンドロイドをお見せしますよ」

 笑顔を見せるフューラ。その笑顔は作ったものではなく、本物だ。

 「リサさん、あなたは色々と問題行動の多い人だ。だけど本物としての振る舞いが出来る人でもある。本物の王女様であり、本物の魔法の天才。その本物の実力、キッチリと見せ付けてくださいね」

 「承知いたしました。本物の所作をお見せいたしましょう

 にやりと笑いつつ尻尾を振るリサさん。中々にやらかしてくれそうだ。

 「そしてジリー。お前は無茶はしてもいいけど、無理はするなよ。しっかり者だからアイシャ以上に感情を抑える部分があるけど、そんな必要はない。それに、好いてくれる奴がいるんだから、そいつを悲しませる真似だけはするなよ」

 「……難しいね。でも、任せな。元死刑囚ナメんなってな。あはは!」

 「いや、違う。……分かるだろ?」

 笑顔を維持したままだが、ジリーは無言で頷いた。ジリーは無意識に無理に明るく振舞う部分がある。それを指摘してやったのだ。泣きたい時には泣く。それがジリーには必要な事。



 さあ、決戦は明日だ。

 俺のこの嫌な予感、こいつらならば乗り越えてくれると信じている。乗り越えてくれないと困る!

 だから俺も、全力でぶつかるのみだ。



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