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第六十四話  温かくて重い

 新しい銃を手に入れてから四日。リサさんに収納用アーティファクトを作ってもらったり試射目的で単身ダンジョンに潜ったりしていたのだが、こいつは悔しいほど俺の手に馴染みやがる。

 唯一の問題はこの威力の高さ。フレンドリーファイアなんてしたら間違いなくあいつらを殺す。それだけは注意しなければ。

 そしてどうにか例の作戦を遅延させる手段を講じてはいるのだが、人の考えを読めるのがいるせいで全部潰されていたりする。

 (えへへー)

 そう、こいつだ。



 ――フューラの工房。

 「……なんでこうなるんだよ」

 そんな前日談は今は置いておく。問題はこの状況である。

 簡潔に説明すると、フューラの工房まで拉致されました。

 主犯はアイシャ。共謀者は俺以外全員。レイアさんも含めてだ。

 問題は拉致の方法。俺は不穏な空気を察知し朝のうちに逃走したのだが、フューラがレーダーで上空から捜索し、モーリスに逃げ道を読まれ先回りされ、リサさんの魔法で束縛された後、アイシャが縄で鮮やかに縛り、ジリーがあっさりと持ち上げ運搬し、レイアさんが大爆笑しつつ、シアが高みの見物。

 お前らなんでこういう時だけチームワーク異様にいいんだよっ!!

 「んでさ、いい加減解いてくれない?」

 「だめー。絶対逃げるもん」

 「うわー傷付くわー俺そんなに信用ないんだー凹むわー」

 棒読みである。

 「あはは! そんな事一ミリも思ってないくせにー」

 凹んでるのは本当だぞ? 主に大の大人が一切抵抗出来なかった事に対してだが。


 「それで、出来たんでしょ?」

 「はい。今度こそ完璧ですよ。ね?」「ねー」

 自信満々なフューラとレイアさん。すっかりこの二人も息が合っている。

 さて完成したアイシャの剣を拝見。

 「……あ、へえーこうしたんだ」

 刀身は相変わらずのクリスタル削り出し状態。柄の部分が問題だったが、見た目は以前よりも若干すっきりした印象を受ける。元は金の装飾だったが、こちらは……白金? 刀身と合わせてあるのか。銀よりも若干白い素材で出来ており、前の剣に埋めてあったアーティファクトはそのまま移植されている。

 「握った感覚が変わったら慣れるまで延期な」

 「あはは、そう言うと思ってミクロ単位で設計していますよ」

 「うん。全然変わんないよ。という事でカナタには諦めていただきましょう」

 例え感覚が変わっていても俺の意見を無視する気だったなこれ。


 「あーあーはいはい分かったよ、ったく。どうせ何考えてもモーリスには筒抜けだしな。ってか俺そろそろ仕事行く時間なんだが。解放してくれないと依頼者に告げ口してやるぞ」

 全員の目線がモーリスに行き、モーリスは軽く頷いた。当然だ、何も嘘は言っていない。

 「……分かった。けど一つ聞いていい? なんでそんなに逃げたがるのさ? 嫌な予感がする事は私だってあるけど、カナタのそれはちょっと異常じゃないの?」

 「異常ってヒドいなおい」

 明らかに馬鹿にする気のアイシャたちに若干の怒りを覚えつつ、いっそ全部吐いたほうが楽になるかと考える。……なんか犯人みたいだな。

 「嫌な予感ってのにも色々種類があるだろ? んで、今回俺が感じている予感と同じものは過去二回あったんだ」

 「間違いなく二回?」

 「間違いなく二回。何たって、孤児院がなくなる時と会社が倒産した時の二回だからな。それで今回だ。……過去どちらも俺は帰る家を失っている。中身三十七歳、過去一番充実していると断言してもいいこの今、その予感がした。どうにか回避しようとして当然だろ?」

 理由を聞いて皆真面目な表情になった。


 「……でも過去のそれは、カナタ一人しかその予感を知らなかったからの事。今は私たちみんなが知ってる」

 「そうですね。状況が違えば結果も変わる。僕たちの手でその予感を消し飛ばせばいいだけです」

 「何だ二人とも、随分と勇ましいな」

 いや、二人だけじゃなかったか。リサさんもジリーもモーリスもシアも、そして何故かレイアさんにも火が入ったようだ。

 「どうしてもってなら足掻いていいよ。でも私たちは、例えカナタを縛り上げてでも連れて行くからね!」

 「……それってこの状況と変わらないじゃねーか!」

 「あはは! うん。変わらないよ。……変わらせない」

 なるほど。やはり全部吐いて正解だったようだ。俺はネガティブに状況を変えようとしているが、こいつらはポジティブに考えて状況を変えようとしている。

 「はあ……それでも俺なりに抵抗はさせてもらうからな。それと、本当にそろそろ仕事行かないとまずいんだが」

 「……分かった。でも私たちもカナタの抵抗に抵抗するよ。根競べね。私はもうちょっとここにいるから、今日のところは解散」

 「はあーい。……って返事するの俺だけかよ」

 ともかくこれで開放されたので、仕事場へレッツゴー。



 ――シエレの道具屋「ビル&マイ」

 「すみません、ちょっと遅れました」

 「大丈夫ですよ。それじゃお留守番頼みます」

 現在俺は懐かしのシエレにいる。ここの道具屋「ビル&マイ」のご主人ビルさんが依頼主だ。

 奥さんのマイさんが今日明日にも出産かといった状況なので、赤ん坊が生まれるまでお店の留守番をしてほしいというのがこの依頼。依頼料は過去最も安いのだが、赤ん坊を抱けるという特典が面白くて思わず応募した。

 ちなみにだがご主人は魔法が使えて、一方通行ではあるがお店へ連絡が可能。もしも生まれた時は一報を入れてくれる事になっている。レジ横に麻のカゴに入ったうずらの卵のようなものが置いてあり、それが通信アイテムとなっている。


 ……俺がこの依頼を受けた理由には、アイシャ経由で家族というものを間近に感じられた事が、少なからず影響している。なので俺としては、この依頼は楽しんでやっている。

 「すみませーん」

 「はいいらっ……おいっ!」

 棚の整理をしていると後ろから声を掛けられ、振り返るとジリーがいた。船を降りて暇になったのか?

 「よくここが分かったな」

 「斡旋所で聞いた。てっきり仕事自体嘘かと思ったんだけど、本当だったね」

 「当たり前だろ」

 ジリーはお店をぐるり一周。何か買ってさっさと帰るのかと思ったら、暇そうにレジの横に立つだけ。つまり最後まで監視し続けるつもりだ。全く迷惑な事で。

 「……ついでだ、タダ働きしろ!」

 「うーっわ、ひっでー」

 と言いつつやる気のジリー。やっぱり暇だったんだな。

 「んじゃ俺は店番やるから倉庫整理よろしく」

 「……はあ? 普通逆じゃねーの? か弱い乙女が店番して、力のある男が倉庫整理だろ?」

 「か弱い乙女ねぇ。本当にそれでいいのか?」

 「……倉庫行ってきまーす」

 俺たちの中でか弱い乙女と言えるのはモーリスだけだ。あいつ男だけど。



 ――お昼頃。

 「カナターはらへったー」

 だらけた声を出しつつジリーが裏口から顔を出した。

 「倉庫は?」

 「大方片付けたよ。だからメシー!」

 「はいはい右に行ったらすぐ弁当屋があるから、そこで自分の買ってこい。財布は持ってきたか?」

 「持ってきた。んじゃ行ってくるー」

 これが船長だったんだから、旅の途中本当に大丈夫だったんだろうかと至極疑問に思う。


 ちなみに俺の昼飯だが……。

 「こんにちはー、お弁当持ってきましたー」

 「ナイスタイミング!」

 「えへへ。ではまたー」

 お弁当屋の娘さんが配達してくれるのだ。年齢的には中学生くらいかな? 見た目は見事なモブの娘さん。

 俺の場合は先に買っておいて、お昼に届けてもらうというご近所さんならではの方法を取らせてもらっている。ご主人も奥さんが入院してからはそうしているそうだ。

 しかしお弁当屋の娘さんは俺だけにではなく、界隈の商店全てを回って売り歩いている。商魂たくましい限りであるが、その笑顔がまた可愛いので仕方がない。

 「ただいまーってカナタ弁当持ってんじゃん!」

 「先に買っておいたんだよ。お前ももっと要領よくやれよ。……ってかそれ全部一人で食べる気か?」

 「うん。……やらねーよ?」

 「いらんわ!」

 ジリーの奴、弁当を三つも買ってきた。どんだけ食うんだよ……。



 ――食事終了。

 ジリーは弁当三つをぺろりと平らげやがりました。これ家でやられたらエンゲル係数がとんでもない事になりそうだな。

 その後も店番をしていたのだが、今日はあまり人が来ない。時刻はお昼の三時を回った辺りか。

 と、カウンターに置いてある卵が光った。連絡が来た!

 「はいカナ」「生まれましたよおおおおお!!」

 お、おう。あまりの喜びの爆発具合に若干引いてしまった。ここはしっかりと喜ばなければ。

 「おめでとうございます! おと」「女の子っ!!」

 質問する前に答えが出た。

 「そっちお客さん来てますかー!?」

 「いえ、今はだ」「じゃあお店閉めちゃってくださいっ!! 病院分かりますよね!?」

 「あー……分かりま」「かわいいよおおおお!!」

 ははは、こりゃーすげーや。

 ……そうだ、こんなチャンス滅多にないんだから、父親にトラウマのあるジリーを連れて行ってやろう。目の前で新米パパの誕生を見られるのだから、ジリーにとってもいい刺激になるはずだ。

 倉庫を覗くとすぐにいた。

 「あ、丁度整理終わったよ」

 「そりゃ良かった。用事が出来たから店閉めて出かけるぞ。ジリーも来い」

 何がなにやらといった表情のジリー。さあどういう顔をするのかな?



 ――病院。

 「……なんで病院?」

 「まあまあ」

 病室は奥さんとの顔合わせで一度行った事があるので分かっている。二階の角部屋だ。一方ジリーは俺がどういう仕事をしているのかすら知らない。もちろんこの先に新たな命の輝きがある事も知らない。

 病室に近付くと、ジリーが何かを察知し俺の袖を掴んだ。

 「な、なあ……あたし場違いじゃないかな?」

 「滅多にない事なんだから、お前も経験しておけ」

 青くなるジリー。なるほど、そっちに取ったか。


 病室のドアをノックし、中へ。

 「……あれ?」

 誰もいない。

 「あ! 待ってたよー!!」

 後ろから来た。

 「えーと」「診察中! 母子共に健康! 可愛い女の子!!」

 と、またジリーに袖を引っ張られた。何が起こっているのか理解出来ていない様子で、呆然としている。

 「あー紹介します。こっち俺の知り合いでジリー。偶然遊びに来てたんで引っ張ってきちゃいました」

 「いいよいいよー! うーん……嫁ちゃんのほうが上だな! なんちゃって! あはははは!!」

 喜び過ぎて痛い方向に進んじゃってるよ。ま、面白いからいいけど。

 「んで、こちらが依頼主の、道具屋のご主人。奥さんが臨月だから、立ち会いたいがために店番を依頼したって訳」

 「えっ……と、臨月って事は……」

 「生まれたの! 赤ん坊! 女の子!!」

 事態を理解したジリー。見事に顔色が明るくなった。

 「えーっ! マジっすか!? え、さっき生まれたって事?」「さっき生まれたって事!」「うおおおすげええええ!!」

 こんなテンションの上がったジリーは初めて見たかも。連れてきて大正解だな。



 ――それからしばらく。

 診察を終えた奥さんが車椅子に乗り、赤ん坊を大切そうに抱いて戻ってきた。ご主人はもう居ても立ってもいられないという状態であり、ジリーはどうしていいのか分からないのだろう、先ほどのテンションが嘘のように隅で大人しくなっている。

 赤ん坊は見事な銀髪に青い瞳。小さい手が可愛くてたまらん。

 ……こっちの世界に来てもう一年近く経つので何とも思わなかったが、元世界だとこんな銀髪の子が生まれたらみんな驚くだろうな。

 「ご出産おめでとうございます。母子共に健康と聞いて、数日の縁ながら俺も嬉しい限りです」

 「ありがとうございます。おかげでビルも無事に立ち会えました」

 奥さんも笑顔満点であり、赤ん坊も安心した様子ですやすやと寝ている。

 「いやー実は陣痛から出産まで早かったんですよ。もしも店にいたら、連絡受けて閉店作業してなので、走ってきたとしても間違いなく間に合ってませんでした。出産に立ち会えたのはカナタさんが依頼を受けてくれたおかげです。ありがとうございます」

 「あーあはは、いえいえそんな」

 そうか、ご主人がこれほどまでに喜びを爆発させていたのには、そういう理由もあったのか。


 ジリーの事を奥さんにも紹介し、ジリーも緊張しながらも挨拶。

 「抱いてみますか?」

 「ご主人は?」

 「そうだ、僕まだだよ!」

 ずーっとあっちこっちウロウロしてたから抱いてないんじゃないかと思ったら、やっぱりだった。

 「えーっと……」

 危なっかしい。ここは孤児院で鍛えた俺の出番だな。

 「腕をベッドみたいにして……そうそう、股の間に手首を……そう。それで脇で首を固定。赤ん坊は首が座ってないから危ないんで。……そうそう」

 おっかなびっくりのご主人だが、どうにかしっかりと抱けた。

 「どうですか?」

 「……温かい」

 たった一言だが、これが全てだろう。そうだ、ついでなので……。

 「ちょっと頭を押してみてください。軽くですよ」

 「……おっ!? 凹んだ!」

 「赤ん坊はお母さんのお腹から出るために、頭蓋骨がまだしっかり繋がってないんですよ。だから生まれてすぐの頃は頭を押すと凹みます。なので絶対に落としちゃ駄目ですよー」

 「おあっ……そう言われると、き、緊張してきた……」

 見てるこっちまで緊張する。と、代わりに俺にパスされた。なぜそうなる? まあこれも報酬の一つなので、ありがたく抱かせてもらう。


 「カナタさんはご経験あるんですね」

 「ええ。十二歳くらいの時に赤ん坊を預かった事がありまして、その時に覚えました」

 確かあの子は一週間もせず養子に出されたはず。なので名前がなかったのだ。はてさて今はどこで何をやっている事やら。

 「……ジリーも抱くか?」

 「え、あー……」「遠慮なさらずに」

 困惑しつつ嬉しがっているジリー。やっぱりそこは女性なんだな。

 「強く抱くんじゃないぞ」

 「余計緊張すんじゃねーかよ。えーっと……」

 慎重に慎重に手を動かすジリー。自分の事がよく分かっているからこそだな。

 「はい、おっけー」

 「……重いなぁ」

 そう一言、大きく溜め息を吐くジリー。しかしまあ、すんごーくいい笑顔だ事。間違いなく今までで一番の笑顔だ。


 と、赤ん坊が目を覚ました。泣くか?

 「……んあー……あー?」

 何かを言いたげにジリーの顔を覗き込んでいる。すると手がジリーのお胸に。

 「おいっ……」

 多少揉んだところでなにやら疑問系の表情。

 「ははは、お母さんじゃない! って言いたいんだな」

 「分かんのかい? こんなちっこいのに?」

 ジリーは赤ん坊に向けて話しかけたようだ。すると赤ん坊は母親の側を向き、そして手を伸ばし駄々をこね始めた。

 「あー分かった分かった。だからじっとしてろってのー」

 そして母親に抱かれると、一瞬で静かになりましたとさ。


 「いやー……あたしの完敗だね。御見それいたしました」

 「ふふっ、あなたも親になれば分かりますよ」

 「親に……」

 笑顔ながら色々と考えが巡っている様子のジリー。

 「ご主人も今日からは父親として頑張らないといけませんよ?」

 「父親……そうですよね。僕も父親なんですよね。……実感……いやー……まだだなぁ、へへっ」

 照れ笑いするご主人だが、あと数日もすれば嫌でも実感が沸くんだろうな。


 一方父親という言葉を聞いたジリーは、複雑な表情で一歩下がっていた。

 「おめでたい席で言うのもなんですけど、でも今言うべきだと思うので。実は俺もジリーも親には恵まれなかったんです」

 「あっ……えっと……」

 「だから、お二人は絶対にこの子を幸せにしなきゃ駄目ですからね? 違えた時にはこのジリーが張り倒しに来ますよ」

 ジリーは、表情は厳しいままだが俺の横に並んだ。それを見て二人が目を合わせ、大きく頷いてくれた。

 「……はい。任せてください。この子を世界一幸せにしてあげます」

 「うん。人一倍愛情をかけてあげますよ」

 「お願いします」

 最後はジリーが強く大きく頭を下げた。やっぱり連れてきて正解だった。



 ――面会も終わり、帰り際。

 「あの、依頼料を」

 「あーすみません」

 茶封筒で渡された。金額は……ほうほう。

 「はい、確かにいただきました。……あーそうそう忘れるところでしたー。出産祝いを渡さなければですねー。えーっと……」

 俺はその場で封筒から一シルバー抜き出し、横にいるジリーのズボンのポケットに放り込んだ。

 「はい、ご出産おめでとうございます」

 俺が渡したのは茶封筒の側。まあ当然ですな。

 「え? いえ……えっと」「どうぞどうぞー、出産祝いなんですから、遠慮なさらずにー」

 どうせ受け取らないだろうと予想していたので、封筒はご主人の上着のポケットに捻じ込んであげた。

 「んじゃ、また明日」

 「はい。……えっ!?」

 誰が出産した日に依頼完遂だと言った? ふぉっふぉっふぉっ!


 さて本当に帰るか、となったところでジリーがついに動いた。

 「あの……ご主人さん」

 「はい、なんですか?」

 ジリーの表情は真剣そのもの。

 「……あたしは父親に虐待されてたんです」

 新米パパもその一言で全てを察した様子。

 「僕はあの子にそんな事はしない。改めて誓いましょう。僕はあの子を世界一幸せにしてやります」

 「……お願いします!」

 先ほどよりも更に深く強く頭を下げるジリー。ここまで真剣にお願いしたのだ、大丈夫。


 帰り道、改めてジリーに突付かれた。

 「なんだ?」

 「……」

 無言でまた突付くのみ。まあこれも一つの感謝の印だろう。



 ――翌日。

 「ん? あーあはは、随分と仕事が早い事」

 店の看板が書き換わっていた。「ビル&マイ&ジル」だとさ。という事はあの子はジルという名前にしたのか。……まさかな。

 「おはようございまーす」

 「あーおはようございます。見ました?」

 「見ました」

 「見ましたかーあはは!」

 見ないほうが難しいっての。

 「そういえば昨日の方は?」

 「あー、偶然来てただけなんで。……まさか?」

 「偶然です。僕の母方の祖母と、嫁ちゃんのお母さんが、偶然にも同名でジルなんですよ。なのでそこから拝借したという訳です」

 「へえ」

 ご主人、将来は肩身が狭くなりそうだ、なんて口が裂けても言えない。


 「それじゃ今日も店番していますので、存分に愛でてきてください」

 「あはは。……本当に」「一シルバーで充分ですよ」

 表情から「ありがとう」ではなく「依頼料」と来る事が予想出来たので、先に答えを出しておいた。

 「……ありがとうございます」

 「いえいえ、こちらこそ」

 実は帰宅後、ジリーの事でモーリスから突付かれたのだ。すごく喜んでいるけど何をしたのか? という質問だったが、父親になれば分かると返事をしておいた。よく分かっていない様子のモーリスだったが、終始ご機嫌のジリーを見ては、モーリス自身も嬉しそうにしていた。


 さーて、今日ものんびりと店番しますか。



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