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第六十三話  先んずれば偽魔王を制す

 ――自宅。カナタ視点。

 収穫祭も終わり、筋肉痛の体を引きずりながら帰宅。

 「ただいまー」「ただいま」

 「おかえりなさーい」

 この声はリサさん。という事は……全員揃っていた。問題は解決したと。

 「ジリーおかえりー! 元気してたー?」

 アイシャはジリーにダイブ。まーあっさりキャッチされるんですけど。

 「まあね。そっちの事は全部聞いたよ? あたしよりも自分心配しなよ」

 「あはは。でももう大丈夫だからね」

 いつもは何かしら抱え込んでいるアイシャだが、今は本当にすっきりした表情をしている。充電満タンといったところだな。


 「あーそうだ。アイシャ、船どうする?」

 アイシャを床に置いたところで唐突に切り出したジリー。

 「どうするって?」

 「今はポートエルダンに置いてあるけどさ、あたしらが乗らない間はマイスナー商会で管理してもらおうかなって。アイシャが所有者なんだからそこら辺決めてくれないと困るよ」

 畑仕事中に話はしておいたのだが、アイシャ忘れてやんの。

 「あー、そうだよね。うーん……」

 と悩む振りをしつつ俺の顔を見るアイシャ。何だ、随分と頼られるようになったな俺。

 「いっそマイスナー商会に譲渡して、俺らが使う時以外は普通の運搬船として使ってもらうのがいいかもよ。ずっと係留しっぱなしだと痛むのも早いだろうからな」

 「そういえば痛む事も考えなきゃだよね。改めて挨拶もしたいし、明日私が直接行く。ジリー付き合ってね」

 「わーった」

 まあこうなるわな。


 「さあーてぇー!」

 本題だとばかりに、思いっきり分かりやすく問題児たちに嫌味な視線を送る勇者様。しかし当事者どもは目線を外さない。

 まず頭を下げたのは……おっとモーリスだ。

 (――――)

 次にシア。

 (ごめんなさい)

 俺は一歩引いて、ここはアイシャに任せる事にした。それを横目に見たアイシャも、俺の意図を汲み取った様子。

 「今回の件、どっちが悪いのかな?」

 (はい)

 間髪いれずシアが手を上げた。


 シアの目線はリサさんへ。説明代理を頼んでいるのかな。

 「仕方がありませんね。まず今回の黒幕はメセルスタンのシャックリ教皇です。……元教皇ですね。ズー教団という集団そのものが、彼の持つ暗殺を生業とする私的組織の一部だったのです。そしてそのような危険な集団を自らの手で解散させる事により、大きな手柄を得ようとした」

 「自作自演って事?」

 「そういう事です。しかし脅迫して席に着かせた教祖が意外と頑張ってしまい、予想以上に教団信者の数が増え、そして教皇の手を離れ暴走を始めてしまった。一計を案じたシャックリ教皇は、逆にこの機を利用する事を思い付きます。ズー教団の目的にシアさんを捕まえ魔王として復活させる事を盛り込み、そして復活した魔王を何らかの手で使役する。魔王よりも上の存在であるとアピールする事で、より大きな権力を得ようとしたのです」

 その方法が魔族の血だったら大笑いだな。

 と、リサさんの表情が変わった。シアはアイシャから一切目を離さない。

 「……シアさんは、諦めたのですよ。諦めて受け入れた。このズー教団の思惑を。それはつまり、わたくしたちや魔族や、六千年前に魔王に付き従った民衆全てに対しての裏切り行為なのです。そして非常に残念な事に、シアさんは自らが裏切ったという自覚を持っていなかった。だからわたくしは……」

 「許せない?」

 アイシャのひょうひょうとした態度と先走った答えに、一切顔色を変えず話を進めるリサさん。

 「……わたくしにとっては、王が民を裏切るなど何があっても許せない行為なのです。申し訳ありませんが、アイシャさんが何を言おうとも、これだけはわたくしは譲りません」

 リサさんの声のトーンが一段低い。それは本気であるという事。一方暗くなり過ぎないように茶化し気味に接していたアイシャも、さすがにこう言われては真顔にならざるを得ない様子。


 俺たちは目標に向かって進む側だが、シアは目標を探す側に立っていた。そしてズー教団に拉致された事をきっかけに、自分から目標を探す事を諦め、提示された案を飲み込んだ。それはつまり、自分勝手な振る舞いで周囲を裏切ったに等しい。

 ”普通の人”に尊敬の念を抱くリサさんにとって、シアの行為は到底許容出来るものではなく、恐らく一度の説得ではシアは態度を変えなかったのだろう。だからリサさんの逆鱗に触れた。

 シアに対するリサさんの目線が、半ば睨むようなものであるのはこれが理由だろう。

 「……とは言えですね、この事については既にわたくしとシアさんとの間で結論が出ています」

 おっと、そのまま険悪ムードかと思ったら、あっさりと表情を和らげたリサさん。

 「わたくしの中でのシアさんの評価はどん底に落ちましたが、しかしお二人がシアさんに手を差し伸べると言うのであれば、わたくしもそういたしましょう。それに、どうせお二人はそうするのでしょう?」


 「……私たち、随分安く見られてるね」

 なるほど、勇者様はそう来ましたか。ならば俺も乗っかってやろう。

 「全くだな。まるでこちらの全てを見透かすような発言、癪に障る」

 「うん。私はあくまでも勇者だからね。勇者を裏切った魔王がどうなるか、分かってんでしょうね?」

 アイシャは癖なのか、無い剣を握ろうとして空振り。

 「あ……」

 「仕方ないな。ほれ」

 俺の銃を貸してやった。安全装置をかけてあるが、銃弾は入っております。

 「えーっと、これで撃てるんだよね? さっ、覚悟しなさいね」

 安全装置をしっかりと解除し、シアのこめかみに銃口を突きつけたアイシャ。

 バンッ! と、ほぼ溜めもなく本当に一発撃ちやがった。もちろん撃つ寸前で狙いは外したが、怖い事するなーおい。


 「不合格」と一言。

 銃撃にも微動だにしなかったシアだが、これを聞いてうなだれた。

 「シア、今のは逃げるところだよ? あんた自分の命で償おうとか思ってるでしょ? 私そういうの嫌い。あんた魔王なんだから、魔族への六千年分の借りをキッチリ返してから死になさい。それ以外で死んだら、私が殺してやる」

 理不尽だ。しかし最も正しい答えでもある。ついでに言えば手を差し伸べていない。どちらかといえばすがる手を振り払ったようなものか。

 「信用しているから逃げなかったとは思わないんですか?」

 とフューラから素直な疑問。

 「だってリサさんが評価がどん底に落ちたって言ったでしょ? なら私はその評価を信じるし、シアはそれを分かってる。それに、私は勇者、シアは魔王。この関係は変わらないからね」

 話の途中でリサさんが苦い顔をした。これも狙っていたか。一方シアはうつむきながらも何度も頷いており、充分に反省している様子。



 「それで?」

 アイシャさん手を緩めません。次のターゲットは当事者リサさん。自分に話が来た途端、リサさんは頭を下げた。

 「申し訳ございませんでした。わたくしは自身の軽率な行動により、危険を冒しました」

 やっぱりやらかしていたか。

 その後はズー教団内で何があったのかを根掘り葉掘り聞き出した――。


 「――あーぁあ。みんな無事だったからいいけど、もう止めてくださいね?」

 「……」

 最後の最後で黙り込んだ。と思ったら隣にいたフューラに小突かれている。

 「フュー」「いえ! これはわたくしの口から申し上げなければいけない事です」

 フューラに沈黙の理由を代弁させようとしたのだが、さすがにそこまでリサさんは落ちぶれてはいなかった様子。

 「……わたくしは爆発属性の最上位魔法を使用いたしました。ズー教団本拠地跡には現在、一キロほどの大穴が空いています」

 「一キロって……フューラも確認したの?」

 「はい。僕が到着した時には既に大穴が空いた後でしたけど」

 さすがは天才魔法使い……と言いたいところだけど、やり過ぎだ。

 「リサさん……」

 「本当に、申し訳ございません」

 耳も尻尾も垂れており、本気で反省している事がうかがえる。さてアイシャの答えは?

 「お土産食べる?」

 釣る気か! 

 「……いえ」

 ギリギリで押さえ込んだといった感じのリサさん。何故ならば耳も尻尾も反応したから。

 「そう。それじゃリサさん抜きでみんなで食べようー」

 うわっ、こいつひでぇな!



 ――食後。

 実際にはリサさんも一緒に食べましたとさ。それでこれが食事中の会話。

 「リサさんが本当に謝るべき相手は私たちじゃないよね? そこをしっかり忘れずにいてください。私からはこれ以上言いません」

 「……ありがとうございます」

 大岡裁きってか? ともかく、これでリサさんを叱り終えたという事。


 「……ひとつ、重大な話があるんだ」

 おっと、アイシャさん真剣な声色を出した。重大な話……まさかトム王と付き合うと公言するんじゃ?

 「実はね、準備が整ったら偽魔王のところに殴り込もうと思うんだ」

 「……はい!? ちょ、ちょっと待て! いきなり殴り込むって」「分かってる。だから今から説明する」

 全員思いっきり驚いたが、言葉を遮りなだめられてしまった。

 「はあ……えっとね、今はまだ本格的に殴り合いの戦争にはなってないでしょ? 大陸側も魔族側も同族同士で睨み合いをしていてこう着状態。でもこれはそろそろ崩れると思うんだ。理由の一つはあの機械と同化したドッボ。あれをもう一つ作って戦争反対の勢力に仕掛ければ、それだけで魔族領の形勢は変わる。そしてもう一つの理由が、今回リサさんが関わったメセルスタン。シャックリ教皇が失脚して、今は空席なんでしょ? だったらあの国ならば間違いなく内戦が起こる。そうするとフィノスが介入して大陸の横の繋がりは滅茶苦茶になる」

 「……申し訳ありません」

 「ううん、リサさんのせいじゃないよ。シャックリ教皇が今回こういう手段に出たって事は、どちらにしても近い将来メセルスタンでの内戦が始まったはず。メセルスタンの宗派対立ってかなり過激なんだ。それこそ村一つ吹き飛ばす勢い。その代わり団結すれば強いんだけどね。ともかく、リサさんのせいじゃないよ。そこは安心して」

 「分かりました」

 それを聞く限り、アイシャの中では以前からこの計画を練っていたのだろう。そして機械化ドッボを見て、そして自身の懸念を払拭した今に、そのタイミングがあると判断した。


 「つまり、相手がこれ以上力を付け、こっちがこれ以上疲弊する前に、先んじてケリを付けに行くと、そういう事か?」

 「うん。それに偽魔王もいきなりこのタイミングで動くとは思わないだろうし」

 (――――――?)

 モーリスがなにやら。えー……焦ってないか? だと。

 「……かもしれない。そこは自信ない。でも……でも、今だと思うんだ」

 皆の顔をぐるっと見回したアイシャ。

 ……最初に動いたのはシアだった。アイシャの頭に飛び移り、まるでこちらに同意を求めるような視線を送ってきた。

 「魔王様は同意と。気持ちどれくらいの同意なんだ?」

 (――)

 いつものようにモーリスが代弁したのだが、全部だとさ。つまり本物の魔王プロトシアも、偽者のお尻をペンペンするにはここが最良だと判断したのか。


 さて残るはお付きの俺らだ。

 「あたしはいつでも。航路も開けたし魔族領へのポストキーもあるからね」

 ジリーは同意と。

 「今日明日という話でないのであれば、わたくしも同意いたします。それにメセルスタンでの話が大陸に広まれば、こちらに良い印象を持たないフィノスやナーシリコが闇討ちを企てかねません」

 「リサさんも同意か。フューラは?」

 「僕は……」

 難しい表情で固まるフューラ。……飛ばそう。

 「モーリスは?」

 (ううん)

 おや、まさかモーリスが首を横に振るとは思わなかった。

 「理由は?」

 すると「荷物になりたくない」と書いた。

 「なるほど、行くか行かないかではなくて、自分は戦闘のお荷物になるだろうから待っているという事か」

 (うん)

 んー、これは難しいな。自信をつけさせる手もあるが、増長しては危険だし、かと言ってモーリスのサポートがないのは若干不安でもある。しかし仮にも機械化ドッボを作り出せる奴だ。そんなのがいるところにモーリスを連れて行くのは……。

 「んじゃモーリスは留守番なー」

 さっさとジリーが決めてしまった。

 「うん、そうだね。モーリスには悪いけど、ドッボ戦では正直あまり戦力になってなかったから、今回は留守番」

 (うん)

 ……アイシャとジリーがそう決めるならば俺も同意するしかない。


 「それで、カナタは?」

 来たか。

 「んー……まず俺の新しい銃が出来上がらない事には無理だ。アイシャの剣もな」

 「それは当然。丸腰で行こうなんてしないよ」

 「しかし次期尚早じゃないか? 相手の正体も曖昧なまま突っ込むのはリスクが大き過ぎるだろ」

 「それもそうだけど、でも正体が分かった頃には手遅れだよ?」

 「どこに潜んでるかも分からない」

 「貴族のミダルさんなら知ってるでしょ」

 「いや、そうではあるんだが……」


  ……実はこの話を聞いてから、俺は嫌な予感がしている。回避したいのだ。こういう嫌な予感がしたのは過去二度あり、そのどちらもが当たった。

 「はっきり言ってよ、カナタは行きたくないって事?」

 はっきり言ったら絶対こいつは何かしらアクションを起こす。それがまた……。

 「僕は行きます」

 ここでフューラが言っちゃいますかーそうですかー……。

 「……ん?」

 モーリスに袖を引っ張られた。もう言っちゃえという事か?

 (うん)

 お前までか。弱ったな。

 「カナタ、ちゃんと言ってくれないと私としてもどうする事も出来ないよ? 相談してくれればみんなで考える事だって出来るんだから」

 「その言葉、そっくりそのまま一週間前のお前に返すよ」

 「あはは」

 笑ってる場合じゃないんだがな。


 ……仕方がない、どうせこいつらからは逃げられないだろうし。

 「んじゃ正直に言わせてもらうが、どうも嫌な予感がしてならないんだよ。具体的にどうとは言えないけどな。そういう漠然とした予感がしてる」

 「……カナタ自身それが当たると思う?」

 「また難しい聞き方だな。んー……その判断材料もまだ足りてないと思う。今俺たちが偽魔王の事で知っているのは、人間の子供の格好をしていて、数万の兵を一瞬で従属させる魔力を持っていて、フューラに並ぶ技術力を持っていて、それらを躊躇なく使う人物だって事。過去最悪の相手である事に間違いはないが、これ以上の情報がないまま突っ込むのは無謀としか思えない」

 と言ったものの、アイシャは表情を変えない。

 「うん。それも含めて考えて出した私の結論が、”今行くべき”なんだ。今はまだ相対するのが無謀かもしれないって段階だけど、これ以上待ってたら抵抗すら無謀になりかねない。……どうしてもってならばカナタは待っていればいいよ」

 「またそういう事を言う! 男二人は留守番して、女連中に危険な橋を渡れとか……」

 「ううん、そういう意図はないよ」「そう言ってるのと同じだ!」

 思わず声を荒げた俺の様子に、みんな驚いている。何よりも俺自身が驚いた。

 「……保留。せめてお前の剣と俺の銃が出来上がるまでは保留だ」

 「う、うん。分かった」

 我ながらどうしたんだ俺?



 ――それから一週間後。

 セプテンブリオスは俺の提案どおりにマイスナー海運商会に譲渡となった。ただし俺たちもタダで使えるという条件付き。そしてトム王の許可があったからなのか、早速ポートエルダンから魔族領ティトナまでの海運ルートが設定された。

 俺はとりあえずいつも通りの日払いバイトに励む。しかしこの日、フューラに俺とアイシャが呼び出された。場所は工房。つまり……。

 「入るぞー」

 「どうぞー」「どうぞー」

 ……つまりはそういう事だ。フューラの横にはレイアさん。フューラの手には銃、レイアさんの手には剣。

 「はあ……出来ちゃったか」

 「せっかくの雰囲気台無しにしないでよ」

 溜め息をアイシャに怒られました。


 「まずは僕から。カナタさんの三丁目の銃ですね。モデルはなく完全オリジナルです。デザインはレイアさんのもので、お墨付きをいただきました」

 「うん、お墨付けました」

 ほう。大きさとしては今とそう変わらないかな。

 デザイン的には一気に現代を通り越して近未来的になっている。

 一番目立つのはストック部分にあるこぶし大の青い球体。それから所々にルーバーのような凹凸やスリット、そしてこれはフューラが付けたのだろうが、レーザーポインター標準装備である。

 全体的な色合いは黒だが、グリップにちゃっかりウッドパネルが用いられている辺り、分かってるなと評価したい。

 本当にこれを蒸気機関もない時代に生きるレイアさんがデザインしたのだろうか? と思いっきり疑いたくなるのだが、お墨付きなのだから間違いない。


 「どれどれ……軽くね?」

 持った感じだと一キログラムもない程度かな? 普通このサイズだと二~三キロはあるはずだし、今持ってるトミーガンもそれくらいはある。あまりにも軽いと連射時に狙いがブレやすくなるんだが?

 「軽量ですけど、射撃時の反動はほぼありませんよ。弾丸はいつもと同じ水製なのでいくらでも撃てるので、試射してみてください」

 思いっきり疑いの目線を送ってやりつつ、射撃地点へ移動。

 そうだな、何か一つでも気に食わない部分があったらネチネチ文句付けまくって出発を遅らせてやろう。くっくっくっ……。

 「んじゃ撃つぞー」

 安全装置は……ある。しかもちょっと硬めなのがブレなくていい感じ。ちゃっかり三点バーストもある。ちっ、合格だ。

 引き金に触っただけで弾が出るほど敏感だったり……もしないな。んじゃ音に文句をつけてやる。

 壁にかけてある的に狙いを定め、引き金を慎重に引く。


 パパパッ!


 意外と軽い、しかし見事に俺好みの銃撃音。これが三点バーストと組み合わされて、とても小気味良いのだ。

 ……そして反動が本当にほぼない。小指で手のひらを叩く程度。本当にそれくらいの反動しかない。


 「いかがですか?」

 にやりと笑うその表情一つで、俺はフューラがこの銃に込めた想いを察した。

 「お前、やってくれたな」

 「えへへ」

 畜生可愛く笑いやがって。

 フューラは一週間前に俺がアイシャの作戦に難色を示した後、この銃の設計を見直したのだろう。俺が何かと文句を付けて出発を阻止する事を見越して、それをさせないために、一切の妥協なく、俺がぐうの音も出ないようにした。

 正直に評価をすれば、確かにぐうの音も出ない。デザインもいいし軽量で扱いやすく、銃撃音すらも俺の好みだ。残るは……威力だな。

 「さてさて……おいっ!」

 てっきり壁にかけてある的が紙だと思っていたのだが、まさかの紙を張り付けた鉄板である。しかも厚さ五ミリくらいはあるもので、弾丸はそれをまるで薄いベニヤ板かのようにあっさりと貫通していた。

 「威力は申し分ないですね。通常はいつものトミーガンを、固い敵に対してはこちらを使用すれば問題ないでしょう。名前はどうしますか?」

 「名前ねぇ……目立つのはストックの青い球だよな。……スフィア? じゃーあまりにも単純か」

 「いいじゃんスフィア。決定ー! んじゃ次私ー!」

 こいつ勝手に話を進めるつもりだ。

 「それじゃあレイアさんお願いしまーす」

 ってお前もか! ……仕方がない、文句を言うのは後にしよう。



 「はーい、次はアイシャね。……どうよ?」

 物凄く自信満々なレイアさん。アイシャも満面の笑みでそれを迎え撃っている。

 「うん。……カナタ、その的こっちに投げて」

 「マジか? いくらなんでも」「どうぞー!」

 止めようとしたらレイアさんから催促が来た。マジか。

 「……切れなくていきなり折れても知らんぞ。うりゃっ!」

 いっそ泣かせてやろうと思い、結構勢いよく投げてやった。……のだが、驚いた。

 スパッ! という感じで、五ミリもある鉄板が音もなく切れてしまった。マジか! ……あー、マジか……。

 「あはは、カナタ驚いてるー」

 「……もう知らん。俺は帰る」「まあまあまあまあ」

 しかしフューラに回り込まれてしまった!

 「……はあ、はいはい分かった分かった」

 剣が折れなかった代わりに俺が折れた。


 さてアイシャの新しい剣だが、まず何と言ってもその刀身の外観が凄まじい。ほのかに青みがかった白色で、しかも半透明で向こうが透けて見える。なんとかクリスタルをそのまま削り出して作ったのだろうか?

 大きさや幅は従来とほぼ同じ。そもそも鞘がいつも使っている額縁の裏っぽい奴なので、大きくデザインを変える訳にはいかないのだろう。

 柄の部分は……あれ?

 「柄の部分って前の奴そっくりだよな? もしかして使い回した?」

 「うん、正解。アイシャからの要望で、使い慣れてる握りのほうが早く手に馴染むだろうって」

 「それにね、柄まで変えると百シルバーも上乗せするって言うんだもん。だったら安く済ませたいでしょ?」

 こういう部分がアイシャの欠点だな。


 「そういう細かい部分こそ金を惜しまずしっかりした物にすべきだと思うんだがな。後になって柄が折れても知らんぞ」

 「そー言ってまた引き伸ばそうとしてんでしょ?」

 「してねーよ!」

 イラッとした。これは強く言ってやろう。

 「命を扱う道具には金を惜しんではいけないって、危険を伴う職業の基本だろうが。お前鎧だって安い中古品を止め具が駄目になるまで使っていただろ。仮にも世界を救う勇者様が、そういうところでケチるな! こっちが不安になるっつーの!」

 「……ごめんなさい。返す言葉もありません。……けど、今から用意すると時間もお金も掛かるよね?」

 「どうせならば僕が作りましょうか?」

 おっと、フューラが名乗りを上げた。

 「僕ならば無料で……三日で作れます。ただレイアさんのご協力ありきですけど」

 「全然構わないよ。私も未来の技術を見てみたいし」

 「あっ……」

 固まるフューラ。フューラはこの世界に対する技術干渉が出来ないようになっている。さてどうするかな? ってみんなで俺に目線を向けるんじゃねーよ。

 「おーれしーらないっ!」


 「……えーと、未来の技術はお見せ出来ません。これはどう足掻いてもどうしようもないものなので。ただ、この時代の技術に少しだけプラスした形でならば出来ます。それでもよろしいですか?」

 「うん」「いいでーす」

 二人揃って返事した。

 「カナタさんもそれでいいですか?」

 「俺に聞くなよ。そっち三人でご自由にどうぞ」

 「あはは、分かりました」

 その後、俺は一足先に帰宅した。どう先延ばしさせるか作戦を練らなければ――。



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