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第五十五話  ロム村のロット一家

 ――出発前。

 「忘れ物ないか?」「うん」

 「お土産持ったか?」「うん」

 「シアもいいか?」(うん)

 「向こうではアイシャの頭には止まるなよ」(分かった)

 という事でこちらの準備は出来た。

 「それじゃあ留守番とジリーの事頼むよ。フューラ、無理しないように。リサさんは暴走しないように。モーリスは勉強頑張れよ」

 各々頷き返事をして、アイシャ・シア・俺の三人は、アイシャの故郷のロム村へと向かった。



 ――ロム村一日目。

 今回で確か二度目のアイシャの故郷、ロム村に到着。灯台があるだけで他は特にこれといってない、とてものどかな村だ。

 「勝手が分からないし、落ち着くまで俺はアイシャにくっ付いて行くよ」

 「うん、任せなさーい」

 さてと、まー予想はしていたが村人に見つかれば必ず声をかけられている。それだけアイシャは有名人であり、その分心労も多いという事だ。

 「そういえば助けた三人娘はどうしてるんだろ?」

 「うーん……ちょっと役場に寄って、ワイロおじさんから話聞いておこうか」

 ちなみにワイロさんというのがこの村の長であり、トム王の父親でもある。詳しくは二十話を読めばいいと思うよぉー。


 役場に到着し、ワイロさんへと取り次いでもらった。

 「やあお帰り。それといらっしゃい。今日はどうしましたか?」

 「今は動きがないから、今のうちに休暇を取る事にしたんだ。ねえワイロおじさん、みんなは元気?」

 「それが……」

 おや、険しい表情に。まさか何かあったのか?

 「……なんてね。あの後アイシャちゃんに触発されたのか、四人ともがアイシャちゃんと同じ学校に入ったんですよ。村からはさすがに遠いので、今は寮生活していますよ」

 「そうなんだ。……おじさん、あんまり人をからかうと二期目に当選しないよ?」

 「あはは! こりゃ参った」

 参ったのはこっちだよ全く。



 ――アイシャの実家へ。

 「幼馴染には会えないな」

 「うん。ちょっと残念だけど、でもみんな新しい道に進んでるんだ。……んー……」

 自爆したな。小さく唸りつつ感情を押し殺しているように見える。村人の目があるから仕方がないが、アイシャの場合は発散させないと溜まる一方だ。

 「はい、ここが私の実家」

 「ほー……普通の家だな」

 「当たり前でしょ」

 アイシャの実家は町の中心部からは少し外れたところにあり、壁や家のサイズは他の家と同じだ。そして屋根は青。藍と書くほうが正解かな? これを自分で塗ったのならば、中々良い審美眼をお持ちのようだ。


 「ちょっと待っててね。ただいまあー!」

 とアイシャは家の中へ。声のトーンが明らかに変わったので、やはり正真正銘の実家なんだな。

 それから一分弱でアイシャが出てきて手招きされた。さあご両親に挨拶と行きましょう。

 「お邪魔しまーす」

 「はーいいらっしゃーい」

 まずは女性。という事はアイシャの母親だな。やはり小人族であり小さい。アイシャは中学生くらいは背があるが、アイシャママは更に小さく、身長一メートル位かな?

 「えー初めまして、折地彼方と言います。アイシャさんには常々お世話になって……俺がお世話するほうが多いか」

 「ちょっ!? やーめーてーよー!」

 早速ポカポカ叩かれた。

 「それとこっちがシア。んー……言って?」「ない」

 突っ込んだ言い方をしなくてよかった。

 「という感じです。よろしくお願いします」

 「うふふ、娘がお世話になっております。私はアイシャの母で、ブルー・ロットと言います。どうぞお上がりください」

 見事な名前だ。そしてアイシャママことブルーさんは、その名前どおり髪の色が青色をしている。……あっ! 家の屋根と同じ色だこれ! やるぅー。

 ちなみにアイシャはCはある胸を持っているが、ママさんも負けず劣らず、背丈のわりにナイスな胸をお持ちである。遺伝万歳!


 「お父さんは畑だけどすぐ帰ってくるって。細かい話はその後」

 「分かった。えー……」

 「まま、どうぞどうぞ」

 「あはは、すみません」

 勝手が分からん! となっていると、すかさずママさんに椅子に誘導された。……普通サイズの椅子だな。お客さん用に常備してあるのか。

 現在分かる範囲でだが、家の間取りは2LDK。玄関、居間、キッチンに部屋が二つ。トイレやお風呂は見えないが、玄関の逆側にも扉があったのでそこがトイレだろう。

 ……他、見回して気付いた事は、この家が小人族用に建てられたのだという事。作り付けの家具などが普通よりも一回り以上小さく、背の低い人でも楽に届くようになっている。ついでにやはり各所に脚立やはしごが設置してあり、高い棚にははしごをかける場所もある。

 暖炉や出窓といった欧米の一軒家にありそうな物は一通りあり、もしかしたらグラティアの我が家よりもいい暮らしが出来るかもしれない。

 ちなみに屋根の高さやドアのサイズは俺でも問題ない。ただしドアノブは少し低いところに付いている。小人族に使いやすく、かつ普通の人を招いても問題のないように設計されているんだな。

 「……落ち着かない?」

 「ん? んーまあな。他人の家にお邪魔する事なんて基本的にないから」

 「そういえばそうだね」


 世間話をしようにも、勝手が全く分からない。すると玄関ドアが開く音。

 「ただいまー」

 「お父さんお帰りー」

 結構若い声だぞ。アイシャパパのご登場だ。

 「おーアイシャ帰ってきてたのかー……って! 娘が彼氏を連れてきただとっ!?」

 あーそういう反応しちゃいますか。

 「違うって! この人が例の」「ああー! これはこれは」

 誤解はすぐに解けましたとさ。

 「改めて初めまして、俺は折地彼方と言います。……変な意味はないですよ?」

 「あはは」「……あーあはは」「ふふっ」

 よし、笑いは取れた。ちなみに変な意味とは俺の名前が”種無し”に聞こえるというアレである。そういえばシアとモーリスには聞いてないな。

 「それじゃ僕も。僕はギリアム・ロット。これでも小人族の中では長身なんですよ」

 アイシャパパことギリアムさんは、身長およそ百四十センチほどか。黒髪にヒゲが可愛い……失礼、凛々しい雰囲気のとても人の良さそうな方だ。

 顔は確かに大人の男性のものであり、子供扱いは失礼であるという気にさせてくれる。


 「その鳥さんは?」

 「あー、シアって言って俺の相棒で、人の言葉が分かるんですよ。な?」

 (うん)

 シアに関しては事前に打ち合わせ済みであり、アイシャに正体を明かすか否かを任せており、それまでは人の言葉が分かる普通の鳥として振舞うようにとしてある。

 「ほぉーすごい。よろしくね」

 (うん!)

 どうやらシアもこの家族の雰囲気に満更でもない様子。

 「他の人は今回は留守番。私がいない時に何かあったら困るでしょ?」

 「そうだね」

 ニコニコ笑顔のご両親。まーそりゃそうか。一人娘が世界の命運を握る勇者様なんだもんな。といってもこのご両親ならば、それを鼻にかけるような真似はしそうにない。



 「それで、今回はいつまでいるんだい? 長居する訳にもいかないんだろ?」

 「うーん……期間は決めてないんだ。ちょっと……うん」

 いきなり行くか? と思ったらさすがはご両親、これだけで全てを察した。

 「そうか。だからカナタさんを連れて来たんだね」

 「ならば晩御飯はハンバーグにしますよ」

 クエスチョン。この時の俺の心情を答えよ。

 正解は”嫉妬”だ。

 俺の出生は言わずもがなであるので、まともにこんな家族模様を見せられては、例え相手がアイシャであろうとも、それはそれは嫉妬の炎がメラメラしちゃったのだよ。

 しかし次の瞬間、俺の嫉妬の炎はあっさりと消化されてしまった。

 「カナタには両親がいないんだ」

 話に出す事は了承していたし、いつかは話すんだろうと思っていた。しかしこのタイミングで、こんなにもあっさりと明かすとは。


 「それは、本当なんですか?」

 「……はい。俺は孤児院出身です」

 どこまで言おうか迷っている。その選択もアイシャ任せではあるが……よし。

 「ちょっとすみませんね。アイシャ」

 手招きしてキッチンをお借りする。

 「いきなりでごめん」

 「確かに驚いたけどそれはいいよ。でも理由は聞いておこうか」

 「……私だったらきっと居た堪れないから。何も知らずに普通の人として話されるのは負担だと思ったから」

 アイシャなりの優しさなんだろうが……俺の気持ちとは少しずれているな。しかし今それを言うと、アイシャは壊れかねない。その証拠にさっきから少し大きめに息を吐いている。……泣くのを堪えている。


 「分かったよ。でもそれ以上をどうする? 詳しくは話してないんだろ?」

 「うん。こういう人と一緒にいて、私から見るとどういう関係で、ってそんな感じだけ」

 当たり障りのない範囲の話だけか。だから俺が孤児院出身だという話も知らなかったんだな。

 「……ならば、今は隠しておこう」

 「うん」


 戻るとやっぱりご両親は心配顔。

 「えーと……」

 「その事は既に了承済みなんで気にしないでください。ただタイミングが早かったから驚いただけです」

 「うん。来る前に色々打ち合わせ済みだよ」

 余計苦い表情になったぞおい。

 「ははは、もう本当昔の話なんで。……正直ご家族の仲のよさに嫉妬はしましたけど、でもそれだけですよ」

 「そ、そうですか」

 嫉妬していると本音を言ったからか、少し表情が和らいだ。


 「そうだ、この村って宿屋ありますか?」

 と聞くと、ご両親ではなくアイシャが答えた。

 「宿屋はないけど役場の空き部屋で泊まれるよ。でもそのままこの家に泊まっちゃえばいいのに」

 「おま……アイシャさんね、俺は男なのよ? 例えその気が微塵もなくったってご両親からすれば心配の種なんだから」

 「種無しなのに?」

 おうおう久しぶりに言ってくれるじゃねーか。せっかく「お前」と言いそうになったところを遠慮したのになー、という心情を目で表すと、ご両親が先に苦笑い。

 「ま、まあ……どちらにしろ我が家にはフルサイズの布団がありませんので、すみませんが役場で部屋を借りてください」

 「はい。元々俺は宿屋に泊まるつもりだったんで、何も気にしないでください」

 まー俺が親だったらこれを気にするなというのは無理だけど。



 その後は世間話に花が咲く。

 聞けば聞くほど幼少期のアイシャの暴れん坊ぶりが分かってしまい、本人のいる前で大笑いしてやった。

 例えばアイシャとトム王と三人娘、子供の頃はこの五人でよく遊んでいたらしいのだが、まずアイシャが危ない事を考え付き即実行して怪我をするというのだ。

 一方トム王は慎重派で、どちらかと言えば論理的思考の人物。三人娘もそれぞれに濃い面子のようで、そのうち一人はアイシャの剣の師匠だそうな。……まあアイシャ自身がろくに剣を握った事のない状態でこんな役職に付かされた事が一番問題なのだろうが。

 「ちなみにカナタさんの幼少期はどのようなお子さんだったのですか?」

 「さっきも言いましたが俺は孤児院出身なんですけど、一時期荒れるまでは本当に素直で手の掛からない、扱いやすい子だとよく言われましたね」

 「……そういえばカナタの学生時代って一度も聞いた事ない」

 アイシャが食いついたか。まあここまで聞いておいて隠すのはフェアじゃないか。

 「当時は孤児院出身だからってだけである事ない事吹聴されたよ。その結果、中学に入ったら一気に荒れた。補導された事もあったし喧嘩して骨を折ったリ折られたりした事もある」

 「あははは! 私の事言えないじゃん!」

 「まーな。でも高校一年の時に孤児院がなくなる事が分かって、俺は何も恩を返してないなーって思ったら、そういう荒れていたのが馬鹿らしくなった。高二からは学生寮に入って、それからは普通の学生に戻ったよ」

 笑っていたアイシャの表情が引きつった。それだけで充分ですとも。


 「あのー、カナタさんは何歳なんですか? 学校の制度も僕らの知っているのとは違うようだし、外国の方なんでしょうか?」

 喋り過ぎた。んー……。

 「もう言っちゃっていいよ」

 「……分かった。えーとですね、俺はこの世界の人間じゃありません。異世界人って奴です」

 さてどれほど驚くのかな?

 「あーやっぱりそうだったんですね」

 ……あれ? この反応に逆に俺が驚いてしまった。

 「以前アイシャから話を聞いた時、ちょっと違和感があったんですよ。若い方なのに落ち着いていて、何より僕らや魔族に対する偏見や差別意識もない」

 逆を言えば、偏見や差別意識がないだけでこの世界の住人として違和感のある存在になってしまうのか。

 「皆さんに対する差別意識は持っていませんよ。ただ俺の元いた世界でも差別自体はありましたけど。それと俺の年齢ですけど、見た目はこの通り十八歳前後ですけど、中身は三十七歳です。この世界に来た時に年齢がズレました」

 「三十七歳! おー僕もママも三十七歳なんですよ!」

 「おっ! 同い年だったんですか!」

 こりゃーいい話し相手を見つけた! ……あれ? なんか違うような……まーいっか。


 その後は改めて俺の話。最後にシアが出て来るんだが、そこはなんとなく隠しておいた。

 「――という感じで、何もかも無くしたのでこの世界に来たという訳です」

 「大変なご苦労をされているんですね。僕はずっとこの村で畑を弄る生活ですから、都会の事は分かりません。そういうのはママが知ってるよね」

 「ええ。私はワーニール出身なんです。十六歳から十九歳までの三年間、貿易会社の受付をやっていました。さすがにカナタさんのような激務はありませんでしたけど、それでも人同士のしがらみは分かるつもりですよ」

 「そうなんですか。いやー安心しました。俺らの中で同年代って一人もいないんですよ。それもあって、出来ない話というのもありますので」

 アイシャの事を抜きにしても来てよかった。……俺が癒されてどうするよ。


 と、暇をしていたからなのか、シアが何か言いたげに擦り寄ってきた。

 「ん? んー……モーリスがいないから分からん」

 (ガーン!)

 まあ素晴らしいリアクションを取ってくれました。

 「お腹空いたか?」(ううん)

 「水?」(違う)

 「……トイレ?」(違う!)

 えーマジで分からん。するとママさん。

 「自分も話に混ぜろと言いたいんじゃないですか?」

 (うん!)

 あーね、そーね。といっても正体を明かす訳には……。

 「このシアってね、あの魔王本人なんだよ」

 「それさらっと言うかおい!」

 「あはは。でも帰るまでには言おうと思ってたから。シアもそろそろ羽根を伸ばしたいんじゃないかってね」

 というアイシャの言葉に呼応して、本当に羽根を伸ばしたぞこいつ。


 「えー……魔王? って、魔王プロトシア? ……あ、だからシア?」

 (せいかーい)

 驚くと言うよりは呆気に取られているご両親。

 「でもね、シアが危険な存在だったら私連れてこないよ」

 「まーそうだな。何たって勇者様公認の無害な魔王様だ」

 「無害……ならいっか!」

 わお。そうかそうか、アイシャの楽天的な部分はパパさんの遺伝子か。この親にしてこの子あり。間違いなく血が繋がっている。

 「という事でですね、俺がこの世界に来たのは、このシアが俺のいた世界、俺の家に迷い込んできたのが発端なんですよ」

 「へえ。でも六千年も前の話ですよね?」

 「あーこれがちょっと込み入った事情がですね――」

 と、その込み入った事情を説明。

 「――はっはっはっ、なーるほどー。話は分かりました。魔王様、どうぞご自分の家だと思ってくつろいでくださいね」

 (はーい)

 俺以上に馴染んでるぞこいつ。

 その後は流れで他の五人の事も話した。そして俺が驚いてしまうほどあっさりと話を飲み込んでくれる。普通に考えればフューラの存在なんて異端者扱いでもおかしくないのに、そんな素振りは微塵もない。



 「……ねえカナタ、私ずーっとカナタに教えてない事、ひとつあるんだ」

 話が一区切り付いたらこれだ。その表情は真剣であり、その雰囲気を察してかご両親も黙ってしまった。

 「私たち小人族がどういう扱いを受けているのか、カナタは知らないでしょ?」

 その話か。

 「端々には聞いていたが、深いところまでは知らない」

 「ならばそれは僕からお話しましょう」

 アイシャパパがその役を買って出たか。という事はこの話を娘の口からは言わせたくない、つまりそれだけ厳しい話だという事か。

 「まず小人族には大分して三つの種類があります。ノーマル・ピグミー・ミスヒス。ノーマルはそのまま平均的な小人族で、身長はママと同じくらいが標準です。これは子供の頃から小さかった訳ではなくて、体の成長が止まってしまうような感じなんです」

 「だから人として成長していないという意味で、下に見られると」

 俺の予想に、三人ともが大きく頷いた。

 「その通りです。この小ささは体格だけで、頭脳はしっかりと成長しているんですが、それでも……なのでママは社会人時代、相当に苦労していました」

 「会社に入った事は、悪い意味で勉強になりました。……私はそれが嫌になって、逃げてきたも同然なんです」

 なるほど、こんな話を愛娘からさせるなんて絶対に嫌だろう。俺だって嫌だ。


 「次にピグミー。彼らは僕らよりも更に小さい。人によってはママの半分も行かないくらい。なので昔は人身売買の道具にされたりとか、とにかく酷い扱いを受けていまして、現在は極少数が人里を離れて集落を作り、小人族以外は一切受け入れずに静かに暮らしています」

 絶滅危惧種という奴か。そんな扱いを受ければ静かに暮らしたくなって当然だ。……同じ話を前にも聞いたな。二度目の戦争後の魔族と瓜二つだ。

 「そしてミスヒス。説明はアイシャを見れば分かるでしょう」

 「普通の人と同等か、それ以上の身体能力を持っているんですよね」

 静かに頷くロット家三人。

 「……実はノーマル・ピグミー・ミスヒスは、種族が違うという訳ではないんです。その証拠に僕もママもノーマルです。標準的な小人族よりも小さい段階で成長が止まればピグミー、人間族と同等の身体能力を持てばミスヒス。ただそれだけなんです」

 「……という事は、ミスヒスは珍しくはない?」

 「いえ、ピグミーもミスヒスもかなり珍しいです。だからこそ、価値を持ってしまう」

 価値を持ってしまう。この言葉には聞き覚えがある。フューラだ。あいつは機械になりきる事で過去自分にされた数々の虐待行為を否定し続けた。だから、機械ではなく人として振舞う事により、過去が価値を持ってしまうと嘆いた。

 意味合いは違うが、しかしこの言葉は使われてはならない言葉だ。


 「カナタさんは他に国には行かれましたか?」

 「ナーシリコには。あと魔族領」

 「……そうですか。実はですね、小人族のほとんどはグラティアにいます。正しくは、他の国ではまともに生きていく事すら叶わないんです」

 「それだけ偏見と差別が強い?」

 「はい。特にフィノスとメセルスタン、この二国は一千年ほど前までは、小人狩りと言って、小人族を襲って殺すという行為を道楽として行っていました。そして現在でも小人族は、仕事でも旅行でも絶対に近付きません」

 反吐が出る話だな。……今のうちに聞いておいて正解だった。

 「そんな中、中小国家が集まってグラティア王国が誕生し、初代の王が即位しました」

 「……まさか、その王が小人族?」

 「いえ、違います。しかしその王は既婚者であり、王妃が小人族だったんです。……一説には子供好きだったので小人族を王妃に選んだとの話もありますが」

 このロリコン王が! いい話が一瞬で台無しである。

 「あ、なるほど。だからグラティアの王は若年者で未婚の男性しかなれないし、大陸に散らばっていた小人族が安住の地を求めてグラティアに集まったと」

 「正解です。ただこの初代王ですね、名前が分からないんです。即位してから退位するまで、たった十四日間しかいなかったんです。その十四日間で制度を作り上げ、自分はその制度に反しているからと王の座から退いた。なので話が曖昧なんですね。王妃が小人族だというのも本当かどうか分かりません」

 ……繋がった。俺がこの世界に来てから一番疑問だった事、何故トム王がアイシャを勇者に任命したのか。トム王は小人族のアイシャが活躍する事で、初代王の曖昧な話から来るグラティア内に残る差別意識を、完全に払拭するつもりなんだ。そしてそれはアイシャだけでなく、小人族全員の希望になる。

 あの若造、とんでもない計画を隠し持っていやがる!


 「ア……」

 アイシャはこのトム王の計画に気付いているのかと聞き出そうとしたが、やめた。気付いていたならば今までの無理も分かるが、もしも気付いていない場合、アイシャの許容量を一気にオーバーしてしまう。

 せっかく整理しに来たのに、荷物が増えては元も子もない。

 「……何?」

 「いや、なんでも」

 「なーにー? 明らかにアイシャって言おうとして止めたでしょ。言わないとー!」

 両手を上げて俺を襲おうとする仕草をするアイシャ。こういうところは本当に敏感だから困った奴だ。……よし、奥の手を出そう。

 「言わないと何だ? 人の前でわざとパンツ見せた事を公にするか?」

 「ちょーっ!!」「ちょーっ!!」

 全く同じリアクションをする娘と父親。一方母親は……微笑むその目が怖い。


 アイシャは父親に叱られている最中ではあるが、おかげで小人族に対しての周囲の目がどういうものなのかを理解出来た。

 と同時に、マイスナー海運商会でアイシャが号泣した理由もよく分かった。自分に向けられていた偏見や差別の目を、自分も同族にしてしまったのであれば、それは間違いなく自分の心を抉る。

 一つ目の問題点が見えた。



 ――晩御飯。

 「カナタさーん」

 「はーい」

 晩御飯の料理が始まると、ママさんにキッチンに呼ばれた。

 「カナタさんもお料理が出来るんですよね? 手伝ってくださいますか?」

 「お任せあれ」

 事前にハンバーグにすると聞いていたので問題なし。


 「カナタさん、あれ取ってくださいます?」

 「はーい」

 「あーそれもお願いします」

 「はいはーい」

 顎で使われているのだが悪い気はしない。この身長差七十センチがそれを納得させてくれるのだ。例えるならば本屋さんで子供が高い棚の本を取れずに困っているところを手助けするような、そんな気分。

 「アイシャも一応料理は出来るみたいですけど、ママさん仕込みなんですか?」

 「いえ、お恥ずかしながら包丁を持たせるのが危なっかしくて」

 「あっはっはっ! あー失礼」

 大笑いしてしまった。

 「いえいえ。――それで、もう少し性格が落ち着いてからと思っていたら、しっかりと教える前に突然「来週から学校行く」と言い出しまして。料理は寮生活の最中に、ルームメイトに教えてもらったとの事でした」

 ルームメイトか。……それがレイアさん? んーではないか。確かレイアさんは同じクラスの友達という間柄のはず。


 ……んよし。

 「アイシャー、手伝えー」

 「えー私もー?」

 と言いつつキッチンにやってきたアイシャ。

 「たまには親孝行しろ。俺みたいに後悔しても知らんぞ」

 「……それ言われたら逆らえないじゃん」

 「親孝行に逆らおうとするんじゃねーよ」

 「あはは、確かに」

 なんだかなー。


 料理中にさっきの話の続き。

 「――それで、寮生活時代のルームメイトってのはレイアさんではないんだろ?」

 「うん。レイアは学校での友達で、ルームメイトとは別」

 やっぱり。

 「だけどレイア以上にどこで何やってるのか分からないんだ。そういう情報一切なしで別れちゃったから。ちなみにその子は魔族でね、……あ、カキアさんに似てるかも」

 「へえ。姉妹だったりして」

 「それはないかなー。名字違うもん」

 劇的な再会、とは行かなかったか。しかし探してみるのも一興か?


 料理をしていると、どうしても二人が……いや、俺が邪魔になっている。小人族用のキッチンなので間口が狭いし、何かを持てば肘が相手の頭の位置に来るので気を遣う。ここは撤退するか。

 「後は任せた。俺は一旦リビングに戻ってるよ」

 「えー」「「えーじゃねーよ。この際うんと親孝行しろ!」

 という事で振り向くと、パパさんが覗き見しており、更にその頭の上にシアが乗っていた。何だこの親子団らん。

 ……何だよ全く。



 ――食後、役場へ。

 普通のご家庭のハンバーグというものを初めて食し、色々と思いながらも宿屋代わりの役場へ。

 「道案内するよ」

 「んー、まあ夜道は慣れたのがいるほうがいいからな」

 アイシャの事だから気付いているんだろうな。……いや、アイシャでなくても俺の情報を知っていれば気付くか。食事中は努めて平静を装ってはいたが、自分でも驚くほど嫉妬してしまっていた。

 「どうでした?」

 「何が」

 「家族」

 どう反応すればいいかな……。

 「なんてね。言いたくない事もあるでしょ。私だってそうだもん。無理に聞き出す気はないよ」

 「なら最初から聞くなよ」

 「あはは」

 ……これがアイシャのやり口だな。仕掛けておいて引っ込めて、俺から話すのを待つ。誰が引っかかってやるものか。


 「ねえ」

 「今度は何だ?」

 「……ありがとね。正直嫌だって言われるんじゃないかって思ってた。だって私一人の問題でしょ? それを肩代わりさせるようなものだから」

 まともだ。だからこそ今のうちに話が出来る土壌を作っておこう。

 「はあ……あのな、俺にとってはお前もシアも、そしてフューラたちも、全員一つ屋根の下で暮らす家族のようなものなんだよ。それから何度も言っているけど、俺は中身三十七歳だ。歳相応には話せるっての。それに、お前が言ったんだぞ? 仲間なんだから遠慮せずに相談してくれって。この言葉、今のお前にそっくりそのまま返すよ」

 シアも話の最中きっちり頷いていた。こいつは立場は魔王だが中身は普通の女性だ。本来は俺よりもアイシャに近い感情を持っているはず。

 一方アイシャは頷くようにうつむいた。

 「……ちょっといい?」

 「ちょっとじゃなくてもいいけど?」

 「うん。えーっと……灯台まで寄り道」

 それ寄り道って言わないぞ。まあ付き合うけど。



 ――灯台までの道中。

 「街灯もないから暗くて仕方がないな」

 「それがこの村のいいところでもあるけどね。カナタのいた町ってどんな感じ?」

 「んー……スマホに動画入ってたけど、フューラにあげちゃったからなぁ。まあうるさい街だよ。コロスってあれで二十万人くらいだろ? その十倍は人がいる。コンクリートと排気ガスと喧騒で出来た街」

 「……ごめん、ぜんっぜん分かんない」

 「あはは、だろうな」

 こっちの世界で東京を知っているのは俺とシア、動画で夜景を見せたトム王だけだな。

 「いつか行ってみたいな」

 「んでも剣も魔法もない世界だぞ? お前には退屈だろうよ」

 「……退屈したぁい」

 実はこれが本音……かもな。



 ――灯台到着。

 灯台は海を照らしてはいるが、やっぱり扉は開かない。

 「だと思った。私の目的はこっち」

 「ん? そっちは確か三人娘が閉じ込められた倉庫じゃなかったか?」

 「うん。だけどこっち」

 狙いがよく分からないけど、お供しますとも。


 灯台下に着くと、アイシャは手すりを飛び越え更に下へ。

 「おいおい大丈夫かよ」

 「足元滑るから気を付けてねえァっ!? っと」

 早速滑って転びそうになってやんの。

 「……やめよう。さすがにこの暗さでそれは自殺行為だ」

 「いいの。道はあるんだ。だからホーリーライト!」

 「あ、リサさんの魔法! お前も使えるのか」

 「うん。こんな事もあろうかと謝肉祭の前には覚えていたのだ。えっへん!」

 何がえっへんだ、早く言えよ……。

 アイシャの先導で灯台の更に下へ。確かにあぜ道があり、海岸線近くまで降りて行ける。しかし夜に来る場所じゃないな。シアは鳥目なのか、微動だにしていない。

 「怖いのか?」

 (うん)

 そかそか。しかし抱いたら両手が塞がるから俺が危ない。ここは我慢してもらおう。


 「っと! 到着ー」

 「ふう。……何も見えないな。聞こえるのは波の音だけ」

 「うん。だから来たんだ」

 するとアイシャは明かりも消した。ここは月の影にあるので本当に真っ暗であり、隣にいるはずのアイシャの表情も分からない。

 ……そういう事か。俺に表情を見られたくないし、叫んだとしても波の音がかき消してくれるんだな。



 そして、この俺の予想は当たった。

 アイシャは声にならない声で叫び続け、それはみるみるうちに泣き声になっていった。

 今俺が出来る事は、隣にいてやる。これだけ――。



 どれくらいアイシャは泣いていただろうか。ここにいると時間が分からない。……分からないという言葉で答えを出す辺り、俺もまだまだだな。

 「……ねえ」

 「ん?」

 「……内緒に」

 「任せろ」

 誰が言いふらすものか。俺はただ立ちすくんでいただけだ。真っ暗な海岸で前後不覚に陥っていただけだ。こんなにつまらない事はない。

 「ほら、風邪引く前にさっさと行くぞ」

 「ぅんっ」

 全く、返事ひとつするのにも喉を締めてまともに言い切れていない。

 ……何故だろうか、今俺は非常に腹が立っている。それは自分に対してだ。


 何も言わず、静かに慎重に来た道を戻る。ふとアイシャが確認するように振り返り俺を見た。俺が後ろ、そしてあぜ道は急坂なのでアイシャの目線が俺の目と同じ高さにある。

 この瞬間、俺は自分が何故こうも自分に対して腹が立っているのかを理解した。俺は父親ではない。それを思い知らされているからだ。ろくに何も言ってやれない自分が嫌になっているんだ。

 「……ごめん」

 「え?」

 次の瞬間、俺が叫んでいた。ただ、叫んでいた。きっとこれが俺の本音。



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