第四十五話 おれたちゃ海賊
――斡旋所。
今日はモーリスも含めて全員で来た。
「はあ、アテって、斡旋所に依頼を出すって事ですか」
思わず溜め息。
「いえ。えーっと……あ、ありました。これですよ」
リサさんが持ってきた依頼書は……あれだ。あの例の、あれだ!
「マジっすか!?」
「マジっすよ。ほら、報酬は船でしょ? 実は一度申し込もうとしたのですが、備考欄に五人以上の団体でとあり、諦めていたのですよ」
この王女様、やっぱり色々と駄目だこりゃ!
「……じゃ、やろっか」
「えっ!? お前本気かよ?」
「本気だよ。だって今はこれしかないんだもん」
大胆さではアイシャも負けてないな。さーて……。
「僕は構いませんよ」
目線を合わせるまでもなくフューラは賛成と。次にジリーは?
「思いっきり違法行為じゃねーかよ。あたしは嫌だね」
やっぱり。
「許可があればいいんだよね? ちょっと待ってて」
と小走りにアイシャが斡旋所から出て行った。そして数分後。
「許可取ったよ」「おいっ!!」
ジリーがすぐさまツッコミを入れた。やっぱりやらかしたかこの勇者様は。
「はあ、俺も折れよう。麦藁帽子買わないと」
「か、カナタまで……。んーあー! もうっ!」
はい、ジリーも折れました。モーリスは?
(――――! ――!)
口の動きからして、面白そう! やるー! だそうな。んでシアは?
(うん! うん!)
ノリノリ。という事で全員参加決定。
ユジーアさんに依頼書を提出。
「……本気ですか?」
「えへへ。バカンスに行くのに船が欲しくなっちゃったんで」
またとんでもない大嘘が飛び出したな。
「うーん……これに応募した人は十三年間で初めてですよ」
「え、そんなに掲示されてたの?」
「はい。なにせ内容が内容ですからね。皆興味は持ちますけど、本気にする人なんて一人もいませんでしたよ」
普通そうだろう。そもそも王宮は何故これを受諾した?
「改めてお聞きしますが、本当にこちらの依頼、海賊団員募集を受けるんですね?」
「はい」
――どこか。
ポストキーに思いっきり「海賊のアジト」と書いてあって苦笑いしてしまった。
転送された先は、見事に何もない青い海と白い砂浜。
「……本当にバカンス出来るなこれ」
「あはは。えーっと」「動くな!」
早速のお出ましですな。全員手を上げて膝を突き、なにもしないよとアピール。
「誰じゃ?」
「えーっと、依頼書見て来たんですけど。十三年前の依頼書」
「十三年前……んわっはっはっはっはっ!! まさか本当に来るとはな! 分かった。もう手を下ろしてもよいぞ」
「振り返っても?」
「構わんよ」
さて海賊さんのお顔拝見。
「……」
「まさかこんなヨボヨボのジイさんだとは思わんかったと顔に書いてあるぞ?」
そう、そこにいたのは七十歳以上と思われる、見事なひげを蓄え船長の帽子をかぶったお爺さん。角があるから魔族だ。
「ん? んん!? お前さん、もしや……」
「あー、あはは。アイシャ・ロットと言います。グラティア王国に認定されて勇者やってます」
「ほっほーぅ。勇者から海賊にジョブチェンジとな」
「そんな感じです。あはは」
船長さん、絶対感付いてるぞ。
まずは依頼内容の確認から。
「わしが現役時代、グラティア国内に数多ある島に、それぞれお宝を隠したのじゃよ。この依頼はわしが隠したお宝の回収じゃ」
「という事は船長さんはもう引退されていると」
「そうじゃ。わし、もう九十歳じゃよ?」
「ええっ!? 七十代前半かと」
「んわっはっはっはっ! 若く見られるのは何歳になっても嬉しい事よのー!」
豪快に笑う船長さん。……あれ? でもどこかで似た人を見たような……?
「この依頼、どうするかの?」
「受けますとも」
即答のアイシャ。それだけ今回のセ・リーン陛下からの依頼は重要と捉えているんだな。
「あともう気付いているみたいなんで言っちゃいますけど、私たちの狙いは報酬の船です。次の依頼を受けるのに絶対に必要なんです」
「素直でよろしい。ではアジトに案内しよう。こっちゃ来い」
――海賊のアジト。
見事に山の半分をくりぬいてあり、そこに船が二隻も鎮座していた。一隻は帆船だが、もう一隻はどう見ても時代錯誤の産物。手前の帆船に隠れてよくは見えなかったが、絶対この世界の代物じゃない、オーパーツとかオーバーテクノロジーとか、そういうレベルの鉄の船。
「先に名乗っておこうかの。わしはジョージ・ヴァロ。ジョージ船長と呼ぶがよいぞ」
「……ああっ!!」
とジリーが大声を張り上げた。
「ジイさんもしかして、ポール・ヴァロの兄弟じゃねーか!?」
「ポール……ほほう、弟をご存知とな?」
「えええええっ!!」
そりゃーもう全員して声を張り上げましたとも。世界的に有名なファッションデザイナーの兄が、まさかの海賊の船長だったのだ。それを説明すると、ジョージ船長も大笑い。
「んわっはっはっはっ! まさかあやつがふぁっしょんでざいなあなどという面妖な職業に就いていたとはな! そうかそうか。わしはあやつが十五歳の時に海賊団に入り、それ以来一度たりとも連絡を取らずに来た。……この依頼が終わったら、あやつに会いに行く事にしよう」
「待った! ジョージ船長、今すぐ会いに行ってください」
見事な死亡フラグだったので、思わず止めてしまった。
「いや、しかし……」
「こういう事はさっさと済ませるに限る! ジリーとリサさん、頼めるかな?」
「任せな」「ええ」
「……分かった。そうじゃな、わしも今日明日をも知れぬ年齢。迷ってなどおれんか」
その間俺たちはのんびりバカンス。……いや、アジトのお掃除。さすがにお爺さん一人だったせいで汚い。
――ポール・テーラー。リサさん視点。
という事でやってまいりましたポール・テーラー。
「本当にあやつがおるのか?」
「あたしを信じなって。すみません、ジイさんいる?」
ジリーさんは相変わらずの聞き方ですね。
「奥にいるって。ほら、行くよ」
「や、ちょ……んー、わしやっぱり」「帰らせねーよ」「魔法で拘束いたしましょうか?」
矢継ぎ早のジリーさんとわたくしの強引さに、ジョージ船長は諦めたように笑いました。
「……んわっはっはっ! おぬしら海賊よりも容赦ないのー!」
「ふふっ、褒め言葉と取っておきましょう」
もちろん本当に拘束する気はありませんけどね。
奥のアトリエへ。さてポール氏はどのような表情をなさるのでしょうか。
「おおジリーにリサさんか。その御仁は?」
「お初にお目にかかりますかな。わしはジョージ・ヴァロと申すものです」
「……ジョージ……ヴァロ……じゃとっ!?」
固まって動かなくなったポール氏。やはり本物だったようですね。そして見た目も声もそっくりです。
その後お二人は抱き合い、数十年に及ぶ長い長い話に花が咲きました。
「あーのさ、ポールジイさん暇ならば、一緒にジョージ船長のところに来ないかい? あたしたちはここでずっと二人の話を聞く訳にはいかないんだよ」
「そうじゃな」「そうじゃな」
「おっと」「おっと」
ふふふっ、面白い方々です。
――一方その頃、海賊のアジト。カナタ視点。
「なあフューラ」
「はい」
「……どう思う?」
「まさかですね」
「まさかだよな」
俺たちが言葉を失っているのは、例の鉄の船。さっきは手前の帆船との角度の関係で分からなかったが、側面に回るとまさかの近代的な軍艦である。さすがにサビとフジツボでボロボロだが、その姿は俺の知る軍艦そのものであり、砲塔も残っている。
「直せるか?」
「いやー……中を見てみない事には分かりませんけれど、恐らくは不可能です。それこそ新造したほうが早くて安い状態だと思いますよ」
「そっかー」
なんて放心状態になっていると、奥からアイシャに怒鳴られた。
「ねーってば! 私とモーリスだけで全部片付けさせるつもり?」
「悪い悪い。ほら、フューラも片付けるぞ」
「はい」
しっかし、なんであんなのがあるんだ? 船長が帰ってきたら根掘り葉掘り聞き出さないと。
――それから幾許か。
ふう。おおよその片付け完了。さすがに下手に触って怒られるのもいけないので、あくまでもゴミの片付けや床の拭き掃除などに限定。おかげで思ったよりも早く終わった。
「それで? さっき二人でこの船を見ていたのには、なにかあるんでしょ?」
「んー……」
言おうかどうしようか迷う。とモーリスがアイシャに何か……そうか、こいつは読めるんだったな。
「モーリス!」
強い口調で一言。モーリスはビクッとして固まった。
「お前な、なんでも人に伝えるのはやめろ」それと、今後こういうものについての俺とフューラの心の内は、例え読んでも誰にも話すな。それは必ずしもプラスになるとは限らない。
(……うん)
「はあ、全く」
と溜め息を漏らす俺を睨む勇者様約一名。
「睨んでも教えないぞ」
すると手が背後へと向かう。
「剣で脅しても無駄だ」
「……はあ。分かった。それにどうせカナタとフューラとの会話だもん、この鉄の船は私たちの世界がどうにか出来るレベルじゃないんでしょ? 私だって二人を見ていればそれくらい察するって」
まあな。それにこれがこの世界の古代文明の遺物だという可能性も充分ある。
「そうだフューラ、島を上空から一周観察してくれないかな? 異常があるとは思えないけど、念のため」
「はい、分かりました」
例の水着戦闘服に着替えたフューラだが、見事に風景に似合っていて少し笑ってしまった。そうだ、ついでだからここをキャンプ地に……じゃなくてプライベートアイランドにしてもいいな。
「そういえばこの島ってどこにあってなんて名前なんだろうな?」
「ジョージ船長が帰ってきたら聞けばいいよ。……って、丁度帰ってきた」
アジト入り口を見ると、ジョージ船長と、ついでにポール氏まで。
「二人揃って帰ってきましたか」
「ああ。そっくりじゃろ?」
「あはは、見事にそっくりです。何年ぶりなんですか?」
「そうじゃのー」「七十年ぶりじゃよ」
おいおい、すげーな。俺の実年齢二回分かよ。
その後はジョージ船長から色々と聞いた。
まず島の名前だが、ユーヌユーヌ島と言うらしい。そして位置としてはグラティアの南西十キロほどにあり、一周五キロもないほどの小さな無人島だ。帰ってきたフューラからも同様の情報が出たので確実だな。
そして例の軍艦だが、海賊が居つくより以前からこの島に打ち上げられていたらしい。いつかは自分の船にと修復を行っていたが、さすがにこの世界の技術では機械を直す事が出来ないので断念、現在は魔法によって錆びないように処理を施した上で、モニュメント的に置いてあるのだそう。
――つまりあの軍艦は、沈没後に海底が隆起した事で、姿を現したのだと推測出来る。そしてそれは、まだ海底に遺産が眠っている事をも意味する。
「まだ依頼は始まってもいないが、それでもおぬしらには感謝しておるよ。まさか生きているうちに弟に出会えるとは思っても見なかったし、わしでは片付かなかったアジトも綺麗になった。わしももう歳じゃからな、依頼の報酬にこの島も付けよう」
「むわっはっはっ! 我が兄者ながら随分と太っ腹じゃな!」
「無論じゃ! んわっはっはっ!」
すげーよ、七十年も会っていなかったとは思えないほどに息ぴったり。
「あーそうそう。モーリスちょっと来な」
ジリーがモーリスを呼んで袋を渡した。中身は? ……おおっ、服だ!
「行ったら丁度完成してたんでね。っておいおいここで着替えんのかよ」
笑っちゃうほどに喜びを爆発させ、もう一秒でも早くといった感じでその場で服を脱ぎ始めるモーリス。
「こういうのは焦らすものだぞ。こっち来て着替えろ」
(うん!)
全く可愛い弟だ事。
念のため俺も着替えに同行。角に服が引っかかって即破けた! なんてなればこいつは間違いなく号泣して死ぬほど落ち込む。
おっ! 白髪だからモノクロカラーかと思ったら、こう来たか。
(――――?)
「ああ、似合ってるよ。それじゃーお披露目と行きますか!」
(うん!)
――モーリス新衣装お披露目。
「出来たぞー」
さて扉を開けてお披露目。みんなどういう反応するかな?
「おおっ! いい! 可愛いから格好いいになった!」
「ですね。色も落ち着いた感じで、似合っていますよ」
「これならば女の子にもモテますね」
「さすが我が弟のデザイン」「当然じゃ!」
(うん! いい!)
評価は上々。さて最後にジリー。
「……いやー、服装でここまで印象変わるもんなんだね。随分と立派になったじゃねーか、白兎!」
(――――! ――――――!!)
ありがとう、ジリー大好き、かな? そしてもう心のままにジリーに跳ねるように抱きついた。
モーリスの新しい服だが、ジャケットは落ち着いた風合いの緑色。そこに金色の刺繍が施されたもので、ワンタッチ式のベルトで止める。首元にはストールでいいのかな? 幅広のマフラー状の布を巻いている。これは袋の中に絵も入っていたので使い道が分かった。ズボンは白く清楚な感じで、装飾はポケット部分だけ。ついでに靴もダークブラウンのブーツに新調だ。
これならば何処かの王子だったり、RPGの主人公と言ってもおかしくない。唯一髪がボサボサなのだけが残念だな。
「サイズは少し大きめにしておいたぞ。その年齢ならばすぐに大きくなるじゃろうからの。……うーむ、モーリス殿を見ていると、不思議と新しいアイディアがよく浮かぶのじゃ。このまま専属モデルになって欲しいほどじゃよ」
モーリスの将来も安泰だな。みんな嬉しそうでよかったよかった。
――軍艦へ。
爺さん兄弟の話が終わりそうにないので、俺たちの処女航海は明日になった。代わりに自由行動になったので、俺とフューラで軍艦の中を調査してみる事に。
「魔法で一気に綺麗にならないかな」
「リサさんに言ったらきっと、夢見過ぎだって言われますよ」
「ははは、確かにそうだな」
外観は最初の通り、サビとフジツボだらけ。艦橋の上にもフジツボがついているので、間違いなく沈没していたんだな。
「……あら?」
「意外ですね」
外がサビだらけなので中も相当にやられているかと思ったら、意外と綺麗。さすがにガラスなどは割れているし、手すりは腐り落ちている部分もある。それでも床が抜けていたりなどはなく、ギリギリ復元が出来そうな雰囲気。
「エンジン次第ですね。さすがに丸ごと取り替えるのは僕でも不可能ですから」
という事で船体内部へ。
「うわー、さすがに雰囲気が違う。場所は分かるのか?」
「通ってきた道ならば全て記憶出来ます。でもエンジンがどこにあるかまでは。そういう案内板でもあれば別ですけど」
まーいきなり戦艦を乗っ取って構造把握なんて芸当はフューラには無理だからな。
「しかし暗いな」
「明かりならばありますよ」
と、普通に懐中電灯を取り出したフューラ。本当に普通の、赤い筒状の懐中電灯である。
「お前そういうのも装備してたのか」
「いえ、これはこちらに来てから作ったものですよ。それまで僕が装備していたのはボールとライフルのみです」
「そっか。なんだかんだでお前も異世界生活エンジョイしてるな」
「あはは、そうですね。なんというか、楽しんでいますよ。ここだけの話ですけど、この世界に来るまでは全くと言っていいほど、楽しいとか嬉しいとかの正の感情を抱いた事がありませんでしたから。……なので、いつか離れなければいけないと思うと、心苦しいものがあります」
暗いのでその表情は分からないが、声色は実に哀愁を帯びている。フューラは自分が壊してしまった世界を救うという重要な使命を背負っている。だからこそ、フューラは元世界に帰らなければいけない。リサさんも帰りたがっているし、その方法が見つかればこの二人は帰るんだろうな。
……俺はきっと残る。ジリーは……残りそうだな。
「お、ありましたね」
エンジンルームに到着。詳細は分からないが、それはそれは巨大なエンジンが鎮座している。
「俺には聞くなよ」
「分かっています。うーん……あ、駄目ですね。見えますか? クランクが折れています。あれは僕には修理不可能です」
懐中電灯の照らす先、確かに太い鉄の棒が真っ二つに折れている。残念ながら、置物でしかないという事だ。
――合流。
「あ、おかえりー。どうだった?」
「心臓部が壊れていて、俺たちでの修理は不可能。使えそうな物もないから、あの船は静かに眠らせておこう」
「残念。海上の要塞になるんじゃないかって思ったんだけどなー」
こんなアイシャに現代の空母など見せたら心臓止めるんじゃないだろうか。まー俺だってフューラの世界のそういうものを見れば、驚いてぶっ倒れるかもしれないけど。
「あれ、そういえば残りの三人と一羽は?」
「島を一周散歩中」
一周五キロもないんだったか。のんびり歩くにはいいかもな。
「あ、ねえ水着持ってきてもいい?」
「今からか? さすがになー。……この依頼が終わったら一日遊ぼうか」
「んやったあああっ!」
依頼受諾時の大嘘は、あながち嘘ではなかったという事か。まー、俺も女子の水着で眼福したい。うひひ。
その日は夕方には自宅へと戻り、明日へと備える事に。




