第四十三話 日常
――カジノでのポーカー勝負から数日。
俺たちそれぞれに少しだけ変化があり、俺はフューラとリサさんに頼んで、スクーターをネックレス型のアーティファクトに収納して持ち運べるようにしてもらった。フューラには寝間着を買ってやり、リサさんはしっぽが敏感であり、耳を触られるのが嫌だという事も分かった。
一方魔族二人だが、勉強は順調であるが、本日は王宮側の都合が悪く、家でお留守番。そして最後にジリーだが、二つの仕事を終え報酬を受け取った。その額なんと合計五百シルバー。
「短時間で金持ちになった奴がやる事と言えば?」
「散財! とでも言うと思ったか? あたしはお金に関しては慎重派なんだよ」
「だろうな。どっかの誰かさん二人とは違う」
「えー誰の事?」「はて誰の事でしょう?」
「お前ら二人だよ! 極悪勇者に暴走王女!」
「あはは、知ってる」「ですよね」
全く、こっちがどんだけ神経すり減らしたと思ってるんだか……。
「あーそうだ。お金も入ったし、あたしとモーリスとシアは買い物に行くよ」
「結局使うんじゃねーか」
「あはは。散財はしないけど、買い物をしないとは言ってないからね。それに二人には会わせたい人がいるんだよ」
ジリーならば二人とは違ってしっかりしているから大丈夫だろう。……何だこの安心感!?
「私もちょっと買い物行きたいな」
おっと、アイシャも買い物か。こっちは危険だな。
「僕も少し買いたい物があります」「ならばわたくしも」
「お前らもか」
という事で結局全員でお買い物である。
――まずはジリーの買い物。
「って全員で来るのかよ」
ジリーからのツッコミいただきました。
「いいじゃん、だってあの有名なポール・ヴァロでしょ? 私も会ってみたいもん」
道中にその話を聞いて、アイシャの目が輝きっぱなしなのだ。それに俺もこの世界での高級ファッションってものを見てみたい。
……生着替えも拝めるかも?
――洋服店、ポール・テーラー。
入店してすぐ分かるこの高級感。この雰囲気に似合うのはリサさんだけだな。
「こんちは。ジイさんいます?」
ジリーすごい聞き方してるな。そして一人で先に店の奥へ。いわゆる事務所こいや! ではない。そもそもジリーならば連れて行かれたところで全員返り討ちに出来るし。
店に飾られた洋服の数々だが、俺の想像する中世ファッションとは違い、二十世紀でも通用する、いわゆるカジュアルファッションが多い。若者向けの服からOLに人気と銘打たれていそうな服、そして男向けもある。それでも店の一角にはお姫様ドレスや礼服があり、そこは見事に中世している。
「フューラはずっとその服だよな? もっと色気づいてもいいんじゃないか?」
「うーん、でもこれだと汚れが目立たないんですよ。それに僕は……っと、久しぶりに言いそうになっちゃいました」
「それ言ってるのと同じだからな。こういうのは……リサさん、こいつに服選んでやって」
「はあーい」「え、あー……」
普段とは逆の立場になった二人。こいつだって中身は機械でも心は女だ、どこかに絶対お洒落したいという気持ちがあるはず。それに俺も色々見てみたい。
奥からジリーが戻ってきた。
「モーリスとシア、あとアイシャ。こっち」
「なにー?」
そして三人を連れてまた奥へ。
こっちはフューラのファッションショー。リサさんの選んだ服を、これでもかと着させられているフューラ。もちろん俺にとっては眼福である。
「ぼ、僕こういうのは似合わないと思うんですけど……」
困惑しつつ試着室から出てきたフューラ。
「おー、結構いけてるぞ」
涼しげなワンピース姿で、髪を結っていないフューラ。……こいつ実は美人だ!
いや、それもそうか。元世界では兵士の性処理も請け負っていたという話だったから、そのお相手が残念であるはずがないな。まあブス専デブ専はどうか知らないけど。
……そして俺は閃いてしまった。フューラに浴衣を着せてみたいと。そしてその閃きが実現不可能である事に絶望した。この世界には浴衣がない! うん、ラノベのタイトルみたいだな。
「これも面白そうですよ」
あった! リサさんが持ってきたのは紛れもなく浴衣! どうしてこの世界に浴衣が存在するのかという疑問なぞ取るに足らない些細なものだ。そう、浴衣フューラの前では!
「えー……さすがにそれはどうなんでしょう?」
否定しただとっ!? くそっ、今俺の脳内では既に浴衣フューラがありありと浮かんでしまっている。どうすればいいのだ……。
あ、そうだ。「命令。それ試着して」と言えばいいのだ! これぞ役得! ……いや待て。間違いなく白い目で見られるぞ。虫けらを見るような目で「失望しました。オーナー契約を強制破棄させていただきます」なんて言われたらどうする? 人によってはご褒美だろうが、俺は違う。うーん……。
「お、その娘さんも勇者様のお知り合いかの? 遠慮せずに試着してみなされ。ほれほれ」
ジイさんグッジョブ!!
「このジイさんが、ポール・ヴァロ。この店の元オーナーだよ」
気付けば俺は手を差し出していた。ポール・ヴァロ氏も俺の意図を感じ取ってか、硬い握手を交わしたのだった。
「えーっと……」
試着室から出てきたフューラは、ものの見事に浴衣美人。俺と隣のジイさんとで大盛り上がり。
「すげー似合ってる! やっぱりお前、顔のつくりが日本人っぽいんだよなー。あとは巾着・かんざし・下駄の三点セットさえ揃えば完璧だ」
「な、なんですかそれ……」
「あー、俺の国の物。作れない事はないけど、俺はそういうデザイン出来ないからなー」
「もし? わし、でざいなあじゃけど?」
「……あ!」
そうだった。ここは服屋で俺の隣にはこの世界の有名デザイナー。
「勇者様に魔王様とも出会えたよしみじゃ。ラフを描いてくれればわしが作ってやろうぞ」
「マジすか? よし、俺本気出す!」
女子どもには呆れられているが、しかし浴衣フューラを完璧なものへとするためには、これくらいの冷たい目線どうという事はないのだ!
――アトリエ。
という事で奥のアトリエに通された。壁一面にラフ画があり、中には店で見たものもある。……ジリー見っけ。しかしなんというか、カラッポの表情だな。緊張していた……ようでもないし、なんだろう。
「まずはおぬしに感謝を述べなければな。先ほど勇者様から全て聞いたぞ。おぬしが魔王様をこの世界に呼び戻したと。勇者様もおぬしのおかげで全てが始まったと感謝しておったよ」
「あはは、あいつらしい」
その後俺は、三点セットを下手な絵と拙い説明で必死に表現。ポール氏も分かってくれて一安心。
「……のお、失礼を承知でひとつ聞いてもよいかの?」
「なんですか?」
ポール氏がじーっと人の目を見てきた。まるで俺の心を見るかのよう。
「気を悪くさせたならば謝る。その……おぬし、何者なんじゃ? わしの目には、なんというか、まるでおぬしが物言わぬ石のように見えるんじゃよ」
「石が心を持ったら俺って事ですか?」
「心……を、感じないんじゃ。おぬしは確かにおぬしでわしの目の前にいて、確かに人だし思考も感情も持っておる。じゃが……どこか物と話しているような、妙な感覚が残るんじゃよ。本当にすまん」
同じ事を俺は過去に一度言われている。確かジリーだった。まるで物と話しているみたいだと言っていた。
「まあ……何も言う事はないですね。ははは」
俺自身分かってないんだから仕方がない。
「そういえばモーリスも呼ばれてましたけど」
「あの白い子の事じゃな? ジリーから報酬として服を頼まれたんじゃ。その採寸じゃよ。あの男子も中々興味深い逸材。ジリーと一緒にモデルをお願いしたんじゃ」
「なるほど。確かにあれは逸材ですよね。奴隷にしておくには勿体ないというか、むしろ奴隷にしたいというか」
「むわっはっはっ! 気が合うのー! それと先ほど試着していたあの娘さんも中々じゃったな。このモテ男め」
「あはは、連中にはそういう感情持ってませんよ。なにせ俺には心がありませんから」
「おおっと」
という感じで会話をしていると、さすがに痺れを切らしてか呼ばれたので、これにてお開き。
店に戻るとちゃっかり買い物袋を持っているのが二名いた。
――次はアイシャの買い物。
「一番分からんな」
「そう?」
とやって来たのは普通の市場。晩飯にリクエストでもあるのかな?
「フューラはリサさんの監視。ジリーとモーリスは……とっくに手を繋いでいるか。俺とシアはアイシャと一緒にいるから、一旦自由行動な」
という事で三班に分かれた。
アイシャはどこに行くのかと思ったら、一直線に武具屋の密集地へ。
「レイアさんから買わないのか?」
「レイアは武器職人で、私が欲しいのは防具。ずっと同じの使ってるでしょ? だから止め具が駄目になってきてるんだ。それにこれって三千ブロンズの安物中古品で、実はほとんど防具の意味を成してないんだ。むしろ鞘のほうが防御力が高い。私もレベル40になったし、いい加減買い換えようと思ったの」
確認すると、確かに止め具がひん曲がっていて危ない。そして改めて見ると、鉄板がかなり薄い。
「なるほどな。ってかお前いつのまに40まで上がってたんだよ?」
「カナタを倒した時に上がったみたい。もう一回やればまた上がるかな?」
と言いつつ剣を取り出そうという動作。
「……くっくっくっ、その程度でこの私に勝てると思っているのか?」
「あはは! カナタには全然似合わない。普段のカナタはなんていうか、石みたいだよね」
「えっ……」
思わず石のように固まってしまった。
「ああごめん。悪い意味じゃないんだ。冷静沈着っていうか、そんな感じの意味」
俺は自分の出生を知らない。その上でジリー・ポールさん・アイシャの三人に同じ事を言われた。
俺は本当は何なんだ? 思えばおかしいところは幾つかあった。シアと会話出来たり、それなのに魔力を持っていなかったり、でも魔族の血を飲んだだけで魔法が使えたり。
「アイシャはさ、俺に心がないと思った事はあるか?」
「あはは、なにー? 怖い顔してー」
怖い顔か。確かに眉間にしわが寄っているかも。表情を変えない俺にアイシャも笑顔を一転させ、真剣な表情になった。
「……あるよ。もうこれだけの付き合いだから言っちゃうけどね、どこか違和感を感じる事がある。思考や感情とは別の何かが抜け落ちてる感じ」
こいつもか。やっぱり俺はおかしいんだろうか……。
「でもね、だから何だってのはないよ。カナタ以上に考えを読めない人だっているし、考えが大岩のように頑固なのもいる。ニュアンスとしては少し違うけどさ、それも個性だと思うよ。だから深く考える必要なーし!」
大きく手を広げるアイシャ。なんというか、このお気楽さに救われた気がした。
「はあ……そっか。勇者様がそう言うのならば、深く考える事はやめよう」
「うん。でもありがとね。ちゃんと私に相談してくれた」
どうだと言わんばかりの笑顔。
「あはは、こりゃー負けるなー」
今の俺は間違いなく、こいつに支えられている。
その後は改めて品物の物色を開始。
「私に合うのって中々ないんだよね。なんたって小人族だし」
「そっちはそっちで問題抱えてるじゃねーか」
「あはは」
苦笑いをひとついただきました。
「そういえばカナタもジリーも防具着けてないよね」
「俺は中距離だからな。それにリサさんのおかげで魔法で簡単な防護壁は発生しているらしいし。ジリーはきっと何もないほうが動きやすいだけだぞ」
「だね。さーてどうしようかなー……」
そして本気で悩み始めたアイシャ。これは静かに見守っておくか。
最終的にアイシャは候補を二つに絞った。ひとつは若干お高い小人族用。もうひとつは少し値段の抑えられている成人男性用。どちらも今のと同じライトアーマーで、サイズとしては問題なさそう。デザイン的には前者のほうが凝っている。
「……シア、どっちいいと思う?」
(こっち)
アイシャに聞かれたシアは、迷いなく後者を選んだ。
「うん、私も同じ。これくださーい」
俺も同じだな。前者は装飾に重きを置いている感じで、実戦では若干不安がある。後者はいかにも頑強といった雰囲気で、装飾は地味だが、その分性能に値段が振られている感じだ。
――次はフューラのお買い物。
「どうせ資材だろ?」
「あはは」
と、やって来たのはまさかの家具屋ニコリである。
「寝間着を頂いたので、タンスのひとつでも持とうかなと」
なるほど。納得と安心とで思わず真顔になってしまった。
ちなみにフューラとリサさんの部屋は、フューラがベッドだけ、残りは全てリサさんが占領状態。
「なのでリサさんにも少し場所を明け渡していただきますね」
「はい。わたくしもいい加減ものを減らさなければと思っていたところです」
「そう言いつつこの後はリサさんの買い物が控えていると」
「……えへへ」
苦笑いですげー可愛く笑いやがった。畜生許したくなるではないか。
アイシャとジリーも色々物色中。
「アイシャはともかく、ジリーも何かしら家具買ったらどうだ?」
「んー……正直ね、買ったところで使い道が浮かばないんだよ。あたしっていわゆる普通の生活をした事がないからね」
「それもそうだな。よしアイシャ、普通の生活の模範を見せるんだ!」
「まっかせなさいっ!」
というか、欲しいものはコンビで考えるほうがいいだろうし。という事でモーリスはどこ行ったー?
(――!)
いた。手を上げて白兎の如くぴょんぴょんしてる。
「モーリスも欲しい物あったら言えよ。あ、指差せよ」
(うん)
と、すぐさま指差した。そしてそれを見て俺は即購入を決定。何故か? それが勉強机だったから。もうね、ただでさえ厳しい人生を歩んできたモーリスがだよ、勉強机を欲しい、つまり家でも勉強したいと要求してくるのよ? 中身三十七歳完全に心を奪われちゃいます。
「しかもこれ、勉強机の中でも一番安い奴じゃねーか。そんな気の遣い方はしなくてもいいぞ。遠慮せずに本当に使いやすくて気に入ったのを選べ」
(――?)
「本当に」
少々の間を置いて、それはそれは見事なほど楽しさを表現する笑顔になった。
家具の購入終了。アイシャのポイントカードのおかげで3%だけ安くなった。
フューラのタンスは三段の小ぶりなもので、木の風合いがいい感じ。お値段七千ブロンズ。服装はともかく、物選びに関してはフューラは結構目がいい。
ジリーは何故かベッドを購入。散財しないと言うわりにセットで四シルバーといいお値段。造りはしっかりしており、濃い茶系の落ち着いた雰囲気である。
「お前ベッド持ってなかったっけ?」
「持ってないよ。今まではずっと床だったから、アイシャに少しは贅沢しろって言われちゃたんだよね」
「うん。だってジリーさ、布団もいらないって言うんだよ? 戦いっていうのは体が資本。まずは健やかな体と健康維持だからね」
「あはは。わーったよ」
アイシャの言う事も最もだな。
そして俺はモーリスの勉強机。
遠慮するなと言ったのだが、それでも安いのを選び、全て合わせても一シルバーと五千ブロンズ。中身は鉄パイプの足に装飾のないシンプルな木の天板を持つテーブルと、引き出しが三段ついたワゴンラック、そして背もたれのある椅子。全てモーリスが選んだ。
――最後にリサさんのお買い物。
最後に何かやらかしてくれるのではないかと期待しているのは俺だけではないはずだ。
「んで、どこ行きますか?」
「えへへー」
笑うだけ。嫌な予感するなぁ。
そしてやって来たのは、予想の候補にも入っていなかった酒屋さん。
「リサさんもしかして飲兵衛?」
「というほどでもないのですけど、たまには晩酌でもと思いまして。それに王宮を出てからは、一滴も飲んでいませんので」
なるほど。俺もビールくらいならば飲むが、しかし並ぶ酒は見事にワインばかり。……ビールあった。
以前も少し話に出たが、この国には飲酒の年齢制限はない。なのでモーリスすらも酒盛りに参加出来るのだが、はてさてこいつらは?
「私は飲まない事にしてる。一回やらかしたから」
「僕は飲めますよ。何たって三百歳を超えていますから」
「あたしは飲まないね。っていうか、飲んだ事がない。理由は分かるだろ?」
(――――。ううん)
(飲める)
という事で、俺・リサさん・フューラ・シアの四人は飲める。まあ外見十八歳の俺が飲んでいいのかは微妙なところだけど。あれだ、中身で判断してもらおう。あとシアは鳥だから駄目。
「何買うかはリサさん任せだけど、あまり高いお酒は買っちゃ駄目ですよ」
「ええ、分かっています」
真剣に選び始めるリサさん。真剣過ぎて耳が真正面を向いておりしっぽも微動だにしない。一方飲まない組は併設されてあったジュース売り場へ。
「フューラは何選ぶんだ?」
「僕は焼酎……は無いですね」
「とことん日本人っぽいなおい」
鼻歌といい浴衣が似合うところといいお酒の趣向といい、そして顔のつくりも含め、本当にフューラは日本人っぽい。これが俺に合わせての変化だとしたら、アッパレである。
「あ、お前酔ったらどうなるんだ?」
「えーと、世界を滅ぼします。なんちゃって」
「あはは、確かにお前だったら酔った勢いで世界を滅ぼしそうだ。よし試しにじゃんじゃん飲ませるか」
「やめてくださいよ、僕だってそこまで愚かじゃありません。僕は飲むとは言っても少量ですから」
「だといいんだけどな」
と、リサさんがレジカウンターへ。
「フューラはアイシャたち呼んできて」
「はい」
――帰宅。
各々今日買ったものを取り出している。モーリスは早速机を配置し、椅子に座ってご機嫌。フューラもタンスを配置して早速寝間着を丁寧に仕舞った。ジリーのベッドは俺も手伝って配置を完了。
「……ああ……あたしこのまま寝ていいかな?」
「変な時間に起きる事になるぞ?」
「あはは、そうだね。んじゃ今はお預け」
と言いつつ寝転がり、一通りごろごろした後、うつ伏せ状態から枕に顔を埋めて動かなくなった。これは俺に今の顔を見られたくないんだな。そっとしておいてやろう。
晩飯担当が起きてこないので、今日は俺が作る事に。
「あ、あれ食べたい。白身魚のタツタアゲー」
「んー……買出し必要だから今日はキャンセル。さすがにこれから出るのは嫌だぞ」
「そっか。んじゃなんでもいいー」
「なんでもいいが一番困るんだが。全くしょうがないな」
などと言いつつ、結局普通のご飯。
「おーいジリー飯出来たぞー」
……反応なし。アイシャに目で指示して行かせた。するとすぐ降りてきて首を横に振った。ジリー、マジ寝である。
仕方がない。恐らくはあいつの人生で初めてのふかふかベッドなんだ、起床時間がずれるとしても、ここは存分に寝かせておいてやろう。
食後、リサさんに晩酌に誘われた。フューラも一緒。モーリスとシアは部屋で勉強し、アイシャは現在お風呂。覗かないぞ?
「普段ビールや発泡酒だけだったから、ワインは……あ、初めてかも」
「おいしいですよ。と言ってもわたくしも飲み過ぎないようにしなければ」
三人で飲み始め。値段は安いとは言っても、さすが地中海風の気候。すげー美味い。リサさんも予想以上といった表情。一方フューラは噛み締めるように静かに飲んでいる。
「ちなみに王女様は如何ほど飲まれるので?」
「ワインならばグラス二杯ほどですね。それ以上はお付きが止めていましたので」
さすが王女様である。という事で俺はフューラに目配せ。……頷いた。
「……ふふっ、ご心配なく。わたくしもさすがに分かっていますよ」
「俺は果たしてその言葉を今まで何度耳にしたのだろうか?」
「うっ……まあそうですね。でもカナタさんがいなくなり、服を変え、あの戦いでジリーさんを空からサポートしていた時に……このままでは駄目だと、一番後れを取っているのはわたくしだと実感いたしました。なので……」
最後に言葉に詰まるリサさん。
そんなタイミングでお風呂から出てきた勇者様が一人。
「あー喉乾いたー。って早速晩酌? いいなー」
と言いつつコップに水を一杯汲んで腰に手を当て一気飲み。
「んはー! 生き返るわー」
「オッサンかよ! お前はもっと緊張感を持てよ」
「あはは。でもここは戦場じゃないんだよ? 過度な緊張や警戒は逆効果。私たちは必要な時に全力を出す。じゃないといつか潰れちゃうよ?」
そう言い残し部屋へと戻っていった。
「だそうですよ?」
「……ぷふっ、あはははは! わたくしはどう足掻いてもアイシャさんには勝てませんね!」
初めてここまで大笑いするリサさんを見た。お酒が入っている事もあるんだろうか。
「今の言葉が狙ったものでないとするのであれば、アイシャさんは間違いなく勇者の……いえ、救世主の器ですね」
リサさんはグラスを置いてひとつ深呼吸。
「わたくしは、なにか勘違いをしていたようです。今日はここで切り上げさせていただきますね」
ニヤつきが止まらないといった感じのリサさん。何かが変わったようだ。
その後俺とフューラもグラスを空にし、俺は机で寝ているモーリスを移動させた後、ベッドにもぐった。