裏四十一話 着せ替え人形
――朝。ジリー視点。
「それじゃー行くぞー」
(おー!)(おー!)
上も下も同じポーズしてるよ。まずはこの二人を王宮まで送り届けよう。
……しっかしこいつは、あたしのどこに惚れ込む要素を見出したんだか。自分で言っちゃ何だけど、正直分かんねーや。
(――――?)
明らかに今のあたしの考え読んだね。
「あのな、人には聞かれたくない考えってのがあんの。なんでもかんでも読んでると、あたしだって嫌うよ?」
(……ごめんなさい)
「っていうか、ずっと聞こえっぱなしって訳じゃねーんだよな?」
(うん)
「だったら、無用心に人の心は覗かないべきだね」
(……うん)
さて王宮に到着だ。昨日は玉座まで行ったけど、さて……と、玉座に行く前の広い場所でカキア大臣発見。
「あ、来ましたね。ジリーさん送迎ご苦労様です」
「いえいえ。それじゃ頼みましたね。てめーら静かに勉強してろよ」
(はーい)(はーい)
手を振って二人と分かれて、さー斡旋所か……。
――斡旋所。
さてあたしが出来るのはあるのかな? っと。
下水道の清掃は……あたしだって女だからね。もう少しきれいなところがいい。山賊討伐は……アイシャがやるべきだね。
「……孤児院の清掃、か。……ま、そうなるよね」
特記事項に燦然と輝く前科あり不可。分かっていた事だけど、どうしてこうもピンポイントで嫌がられるんだか。
「はあ……」
なんて溜め息を吐いていると、視線を感じた。そして目が合った。帽子をかぶって黒いコートに身を包んだヨボヨボのジジイだ。……ってこっち来やがった! やっべ、逃げるか? えっと、あー……。
「もし」「ひゃいっ!?」
って変な声出しちまったー! すっげー恥ずかしい!
「もしよろしければ、ひとつ引き受けてはくれんかの?」
い、依頼者かよ? ……待てよ、こういうのってぜってーヤバいのだろ?
「あー悪いけどジイさん、ちゃんと依頼書がないと」「ほれ」
うげっ……これはカウンターで助けてもらおう。
「あのすみません、このジイさんが……」
「あ、お疲れ様です。いつものご依頼ですか?」
「そうじゃよ。この娘さんに頼もうかとな」
な、なんだこれ……。
その後、あたしはジイさんに奥の部屋に引っ張り込まれた。
「先に名乗っておこうかの。わしはちりめん問屋の……間違えた。呉服屋の隠居、ポール・ヴァロというものじゃ。これでもグラティアでは有名なふぁっしょんでざいなあなんじゃよ?」
「へ、へえー……」
驚いたというのもあるけれど、あたしとは天と地ほどの差のある人だというのが分かって、余計に近寄りがたくなった。
「依頼内容じゃがな、娘さんにはふぁっしょんもでるっちゅーのを頼みたいんじゃ。報酬は百シルバー出すぞ」
「……はい!? ちょ、ちょっと待て! あ、あたしがふぁ……ファッションモデル!? いやいやいやいや! いくらなんでも、あたしはその……これだぞ?」
思わずTシャツに書かれた服役囚の文字を見せてしまった。やってからチャンスをふいにしたと思ったけど、もう遅いね。
「んーむ、見事なおっぱいじゃの」
「おぁっ!? おいジイさん! そこじゃねーだろ!」
思わず胸を隠しちまったじゃねーか!
「むわっはっはっ! そうじゃの、これは失礼。しかしわしは全く気にせんぞ? 今までも魔族や小人族、先日はシルバーフォックスのお嬢さんにも、もでるをお願いしたからの」
シルバーフォックス? ああ、間違いなくリサさんだろうね。
「……でも、あたしは重犯罪者なんだよ?」
「以前は死刑囚にもお願いした事があるぞ?」
「あたしはそんな可愛くないし」
「もっと可愛くない子も仰山おったのー」
「胸も」
「まな板娘もおった」
「……料理は出来るけど」
「メシマズもおった……ってそこは関係ないのではないかの? ともかく、わしは手放す気はないぞ」
これは……逃げ切れないね。ならばさっさと終わる方向にシフトしよう。
「あんま長くやるのはね。あたしじっとするの苦手だから」
「それは心配無用。午前中には終わるぞ」
「え、意外と早いんだね。……わーった。今日の午前中だけで終わらせるって事で、依頼を受けますよ。あたしはジリー・エイス。よろしく」
「ジリーか。良い名じゃな。わしは娘さんを気に入ったから、今後も指名させてもらうぞ」
マジかっ。……でも報酬は大きい。ここは頷いておこう。
――ポール・テーラー。
表の看板には「ポール・テーラー」って書いてあった。このジイさんの名前が入ってるから、本当にすごいジイさんなのかも。
「ここがわしの店じゃよ。と言っても既に後進に道を譲っておるがな」
店内に入れば、その雰囲気に圧倒される。服の一つ一つがしっかりとディスプレイされていて、なんていうか……間違いなくあたしは場違いだ。
「高そうな服ばっかり。ん……げ、服一着に五シルバーって……」
「安価な服や子供服も扱っとるよ。この店には置いていないだけじゃよ」
そして店内の従業員に深々と頭を下げられているジイさん。
「なんだみんなに敬われてんなー」
「という事は、お前さんはわしの事を知らんのか?」
「あー……」
あの話はするべきじゃないね。ここは誤魔化そう。
「あたしはこの国の出身じゃないんで、悪いけどジイ……ポールさんの事は知らないんだよ。」
「そうかそうか。ジイさんの事は知らんか」
やりづれぇー!
「ではわしの正体を明かそう。わしは大陸中に五十以上の店舗を構える高級ファッションブランド「ポール・テーラー」の創業者兼トップデザイナーなんじゃよ。驚いたかの?」
「お、驚いたどころじゃねーよ! なんでそんなジイさんがあたしなんか拾ってんだよ! 自分の地位考えろよ!」
「むわっはっはっ! 面白い娘さんよのー。普通お前さんほどの娘っ子は、我先にとすり寄りひざまずくんじゃがな。……わしの事を知らない辺り、もしやお前さん、例の異世界人とやらか?」
やっべ! 知られちゃーまずいよな。どう切り抜けるか……。
「ま、そんな事はどうでもいいわい。こっちゃ来い」
あれ? ……あ、あたしの緊張返せよ!
連れて行かれた先は……服のデザインが大量に飾ってある部屋。ジイさんはコートは脱いだが帽子はそのままだ。
「わしのアトリエじゃよ。経営は退いたが、デザイナーは生涯現役。ほれ、そこにお座りなさい」
言われたとおり、部屋の真ん中にある丸椅子に座る。
「すまんがの、三十分ほどなるべく動かずにいてくれ。頭を掻くくらいはいいが、なるべく元の姿勢に戻るようにな」
「わーった」
暇な仕事だな。
ジイさんはキャンパスを取り出し、そこにペンを走らせ、あたしを描いている。服のモデルかと思ったらデッサンモデルかよ。
「会話程度にならば乗るぞ?」
「……って言われてもね」
「はっはっはっ」
……そういえばこのジイさん、世界中に店を持ってるって言ってたよね。あたしたちの味方になってくれないだろうか? でもその前に、このジイさんはどっちに振れてるのか探るか。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「なんじゃ?」
「この戦争の事、どう思ってる?」
「くだらないと思っているよ。お前さんは?」
え、あたしか? あたしは……。
「正直、どうでもいいと思ってる。……あいつらには絶対に言えないけど。あいつらは」「動くな」「あっ! ごめん」
何か調子が狂うな……。
「……話は終わってはおらんじゃろ?」
「ああ。……あたしの知り合いはみんな、この戦争を止めたがってる。その理由も分かる。……だけどあたしは、あくまでもあいつらに付いて行っているだけなんだよ。なんというか、惰性、かな。だから戦争自体がどうこうって言うのは無いんだ」
「じゃろうな。お前さんの服装、上は刑務所のものだし、下は男物。罪を背負うという主張はあっても、役目を背負ってはおらん。お前さんはどこかで自分を失ったのではないのかの?」
「あはは、鋭いね。あたしは十三になるまで地下で監禁されてたんだ。言葉も光も世界も知らずに育って、父親を殺して脱出して、色々あって死刑になり、偶然この世界に来ちまった。死に物狂いで生きた結果、自分の生きる目的を見失ったんだね」
それはまるで、自分が自分から聞き出しているような感覚。あたしは自分の胸の内を理解していなかったのかもしれない。……このジイさんは、最初からそれを見透かしていたのかもしれない。
「んよし、出来たぞ」
それからしばらくして、ジイさんの絵が完成。さてあたしはどういう描かれ方をしているのかな?
「……ひどくねーか?」
「そっくりじゃろーに。お前さんの、何も心にない感じがよく出ておる。我ながら傑作じゃぞ」
その絵の中のあたしは、無表情で目線が定まってなく、その姿勢もだらっとしていて力が入っていない。これが今のあたしか。ひっどいもんだね。
「お前さん、勇者様の仲間じゃろ? こんな腑抜けた娘さんを仲間に加えた勇者様は、さぞ見る目がないのじゃろうな。その証拠に、たった一人で第三勢力などと言っておるそうじゃないか。ふんっ、どだい無理な事を」
「……無理じゃねーよ」
自分でも驚いた。まさかアイシャを貶されて、ここまで腹が立つとは思っていなかった。
「アイシャは、少なくとも本気で勇者をやってるんだ。本気で世界を救う気なんだよ。人類も魔族も、両方を救う気なんだよ。……たった一人の第三勢力? いいじゃねーか。それくらい出来なきゃ世界は救えねーよ。それにな、あいつは……」
ここまで言って気付いた。このジイさん、これをあたしに言わせたくて、わざと!?
「それにな、あいつは。それからどうしたのかの?」
「……やってくれたなジイさん。ああ言ってやんよ! あいつは一人じゃない。あたしが、そしてカナタが、フューラが、リサさんが、シアが、モーリスが、全員がいる! ……あたしは、あいつらのためにこの戦争を終わらせてやる。あたしらには人類も小人族も獣人族も魔族もいる。だからあたしらはひとつになれるんだ!」
ジジイめ、ニヤッと嬉しそうに笑いやがって。
「……あんたには後悔してもらうよ」
あたしは、自分の勝手な判断で、シアの正体を教える事にした。
「後悔?」
「ああ。あたしらにはズーの子供が付いている。名前は、プロトシア」
「……プ、プロト……シア……!? まさか……いや……う、嘘じゃろ!?」
「本当だよ。そして、本物だよ。六千年前だっけか? その時の魔王プロトシア本人だ。そして今回、魔族は偽者に操られ戦争を起こしたんだ。だからこそ、アイシャは第三勢力って選択を選んだのさ。人類も魔族も、お互いを恨む事なく戦争を終わらせるためにね」
ジイさんが死にそうなほど驚いてるな。やっぱりやめるべきだったか?
「……そうか。ふふっ、はははっ! 後悔したぞ! お前さんにあんな事を言ってしまって、大いに後悔してしまったぞ!! むわっはっはっはっ!!」
大笑いするジイさん。あたしの勝ちだね。
「なればこそ、わしの秘密を教えよう」
ジイさんは、ずっとかぶりっぱなしだった帽子を脱いだ。その頭には、角。しかも根元からなくなっている。
「……魔族、だったのか」
「そうじゃ。若い頃は魔族というだけで、どこにもわしのデザインは受け入れてもらえんかった。わしは自分に才能があると強く信じ込んでいたからのー。だから、自ら角を切り捨てた。そして帽子をかぶり、角を隠した」
「角って、切って大丈夫なのかよ?」
「さあ? 少なくともわしはこの歳まで生きとるよ」
角ってもっと重要なんじゃないのかよ?
「角を隠してからは驚くほど評価が変わった。そしてわしの心も変わった。魔族であった事を恥じ、魔族を蔑むようになってしまった。自分が魔族であるのにな」
「魔族から人類に着せ替えたって事かい」
「はっはっはっ、言い得て妙じゃな。確かにわしは人類の服を着た魔族じゃ。……だからな、わしは大いに後悔してしまったのじゃよ。魔族の誇りを捨ててしまった事を、魔族が立ち上がった事にくだらないと言ってしまった事を、そしてこの心が、本物のプロトシア様に背いてしまった事を」
「わしは、許されないじゃろうな。プロトシア様に顔向けが出来ん」
「……あたしの知ってる魔王プロトシアはさ、許すと思うよ。あんたは死に物狂いで生きたんだろ? その手段の一つとして魔族を捨てた。あたしと一緒じゃないか。あたしは……名字を捨てた」
ジイさんは年甲斐もなく目に涙を貯めていやがる。
「……分かった。わしはお前さんたちの味方となろう。これでも大陸全土に出店しているブランドの元オーナー。情報はいくらでも手に入れられるぞ」
「あはは、こりゃ頼もしい限りだね」
「任せんかい! あ、じゃがひとつお願いを聞いてもらってよいかな? 一度でいいからプロトシア様に御目通りかないたいんじゃ。わし実はの、みいはあなんじゃよ」
ミーハーって、面白いジイさんだな全く。
「あはは、構わねーよ。……それじゃーあたしからもひとつ、いいかな? 実は――」
――再度、斡旋所。
モデルは本当に午前中で終わり、そして明日以降もたまのモデルを頼まれた。情報と引き換えだからね、嫌だとは言わないさ。
さて依頼の残り半分を見ていくか。えーと、海賊団員募集……これずっと出てるね。他は酒蔵からぶどうの収穫か。これはあたしでも出来る。キープしとこ。
「……ネリデスールのカジノか。ラフリエからルーディシュへの運搬。……ネリデスールか……」
「ねーちゃん取らないなら俺がもらうよ」
「今取ろうとしてたんだよ!」
思わずぶん取ってしまった。ネリデスールか……。
「あの、これ」
「はい。……さっきの依頼は?」
「あーもう終わりました。だから本日二回目ってね」
「なるほど。……賊などの危険性ありとなっていますが、武器などは?」
「ありますよ。なんつったっけ。体術使い? なんで」
ちなみにあたしの担当者はユジーアって名前で、カナタやリサさんと同じ担当。どうやらあたしらの事を一手に受け持っている様子。キャリアウーマンって奴だね。まー見た目はキャットウーマンだけど。
「分かりました。即日となっていますので、準備が出来次第向かってください」
あっさりしているねー。
――ネリデスール。
否が応にも緊張しちまう。なにせあたしはお尋ね者だったからね。特に警備隊の連中には見つかりたくない。
「あっ!」
え、もうかよ!? 転送屋を出て一分とかかってないぞ!?
「貴様! あの時の!」
「あー……」
「すまんかった!」
「……へっ!?」
いきなり謝られちまった。どういう事だ?
「あんたが俺らの隊員に手を出した事は……んー! やっぱり看過出来ん! けれども、俺らが盲目だった事は確かだし、あんたを殺そうとした事も事実だ。だから、すまんかった。俺らはもうあんたを追う事はないよ」
「そ、そうかい。じゃああたしからも、すまんかった! ……ね、暴力に走っちゃ駄目だよね。そこはやっぱり謝るよ」
「……分かった。それじゃあ気を付けてな」
「そっちも」
すごく驚いたけど、これで少し楽になったよ。思わず依頼書をぶん取ったのは、間違っちゃいなかったね。
――カジノ。
「あの、依頼で来たんすけど」
「……オーナーに会え」
門番は表情が硬いね。中に入って従業員に同じ事を伝えると、あっさりオーナーのところへ。
「失礼しまーす。依頼で来ましたー……って!?」
「ん? おージリーじゃないの」
「おーじゃねーよ! なんでここにいんだよ!?」
まさかのカナタたち三人組だよ。
その後色々話をして、この状況と、依頼が違法じゃないと分かって一安心。
「ジリーも頑張ってねー」
「任せとけ」
三人は帰り、これからが本番だね。
「警備隊とは話をしたかい?」
「ああ。こっちに着いて一分とせずに会いましたよ。あっちもあたしも、両方謝って、それで終わり」
「そうか、それはよかった。私もその場にいた者だから、少しは気にしていたんだよ。だから部下を使って色々と……まあこれはいいか」
それもう言ってるのと同じだから。
「依頼だがね、ラフリエで人を拾って徒歩でルーディシュまでお願いしたい。ルートは相手が教えてくれる。先ほども言ったが、この依頼自体に違法性はないから安心してくれ」
「ん? それって運搬じゃなくて警護じゃねーか。追徴金取られるぞ?」
「はっはっはっ、その追徴金は信用のための調査費用のようなものだ。だから痛くも痒くもないんだよ」
「……だから危険性あり、なんだね」
「そういう事だ」
違法ではないけどヤバい人を警護するって事。そして雇われの賊やら何やらが襲ってくるかもしれないと。……あたし一人で大丈夫かよ?
「このポストキーで飛んで、私からの紹介だと言えば、あとはあちらで動いてくれる」
「あんたと相手の名前は?」
「私はカジノのオーナーで通るよ。相手も荷物と呼べば通る」
名前はどちらも秘密と。
「それから報酬だが、私以外に荷物からも出るはずだ。追徴金と合わせれば、二百シルバー程度にはなる。あとは飛んでから聞いてくれ」
「わーった。……あー、分かりました。それじゃあ早速」
こうしてあたしは、この依頼を受けてしまった――。
次回以降、一週間程度は間が空くと思われます。
というか、今までのペースが異常だったんじゃよ。ほっほっほっ。




