第四十一話 ハートのエース
――ペロ村の一件から一夜明け。
「動き出す前にひとつ。ジリーさん用に武器を作ってみました」
フューラが取り出したのは……なんだこれ? 根元が一段太くなっている筒状の物体。人差し指、中指、薬指にはめて、ついでに手首にも鉄製の輪で止められるようになっている。何かを打ち出すのだけは分かるが、用途が全く分からん。
「手首の甲側に着けてください。あとは殴るだけです。ああここでは駄目ですよ!」
着けて早速試そうとしたジリーを焦って止めたフューラ。つまりとんでもない事になるのか。
「これはですね、拳が強く何かに当たると、筒に空気が圧縮され、中から杭が超高速で飛び出す仕組みになっています。いわゆるパイルバンカーですね」
「そんなものを人が扱えるのか?」
「通常ならば火薬や電磁石を使うんですけど、ジリーさんの拳の破壊力ならばそのままでも可能と判断して、空気を圧縮して打ち出す仕様にしてみました。ただしですよ、絶対に人には使わないようにしてください。間違いなく一撃で相手の体に大穴を開けてしまいます。なのでモンスターや、それこそ岩を砕くような場合にのみ使用してください」
「んー、つまり拳のあとに杭が敵を貫くって考えればいいのか? 何回も使えんの?」
「杭にはストッパーがあり、完全に射出される事はありません。なので打ったら軽く杭を戻すように腕を振れば、何度でも打ち込めます。……といっても、僕の計算ではジリーさんの100%でこの攻撃を繰り出したら、衝撃波で数区画先まで穴が開きますけど」
「げ」
たった一文字で心情を全て語るジリー。まあ使う事は当分ないだろうな。ついでに専用、という訳でもないだろうが、ベルトに提げるタイプのケースも付属していた。
さて本日の活動開始。振り分けは昨日と同じだが、フューラは自身の用件が早く終われば、王宮でモーリスの子守の予定。
「今日はまず船長さんに会って無事を確認ね。昨日の事があった後だし、一応はみんな警戒してね」
「了解」「はい」
「そっちもね。私たちは狙われている。そう思って行動して」
「分かりました」「あいよ」(うん)(うん)
……言葉の喋れない二人が同時に頷く。やっぱりこの二人は色々と意思疎通が出来ている様子だな。
――魚のホネ焼き食堂
到着してすぐに警戒態勢に入る俺たち。
「……魔法はかかっていません。周囲にも魔力なし。安全です」
「よし、それじゃあ行くよ」
過剰とも言える警戒だが、逆を言えば今までが無警戒過ぎた。それを昨日思い知った。
「こんちは」
「いらっしゃい。今日は早いね。……魔王様はいないのかい」
「あはは。色々とありまして」
朝という事もあり、店内には人がいない。好都合だ。
「もう一人は?」
「あの子なら今は港だよ。なあに問題なく元気にやってるよ」
「そうですか。安心しました」
マロードで出会った道具屋の娘さん(推定四十代)をかくまった後、娘さんはそのままここに居付いたのだ。
「ご注文は?」
「うざぎ……じゃなくて、とりあえず飲み物だけで」
なおもリサさんは警戒中。アイシャも多少警戒しているが、そこまでではないな。
「はいよ、オレンジジュース。それで? なにやら空気が違う様子だけど」
「本題の前に、今の俺たちの状況をどれくらい知っていますか? なるべく詳細に、包み隠さずお願いします」
「勇者様たちの? んー……悪いけど全然知らない。なんたってここは末端の小さな漁村だよ? 評判を聞きたいならばあたしよりも漁師連中に聞くべきだよ」
微妙に勘違いしているけど、何も知らないという事は分かった。アイシャと目を合わせると頷いたので、後は任せる。
「戦争の事はご存知ですよね?」
「ああ。またなんだね。それで、勇者様はどっちに付いたんだい?」
「どちらでもない第三勢力として立ちました」
大きく息を吐き、腕を組み直した船長。
「そういう事かい。つまりあたしから魔族側の話を聞き出そうと。悪いけどあたしは何も知らないよ」
「……失礼ながら、元から期待してません」
あまりの直球に、さすがの船長も驚きの表情。
「なので、せめて私たちの悪い噂が立たないようにしてください。そしてもしも魔族が来た場合には、抵抗しないで従ってください。私たちとの事を聞かれても、無理に秘密にするような事はしないでください」
「……なんかあったんだね」
「はい。昨日カナタと出会った村に同様の願いをしに行ったところ、一足遅く村は空になっていました。そして魔族三人が私たちを襲った。偶然でなければこちらにも来るはずです。その時には私を裏切ってでも、自身の安全を最優先してください」
「勇者様を裏切ってでも、か。分かった。その時はそうさせてもらうよ。だがね、あたしはずっと勇者様の味方だ。それは死んでも変わらないよ。んーまー、死にはしないけどね! あっはっはっ!」
船長らしいな。こちらの懸念を笑い声ひとつで吹き飛ばした。
「勇者様、その消えた村人ってのはきっと生きてるよ」
何やら自信有り気。ここからは俺が聞くか。
「何か知っているんですか?」
「いや? 単なるあたしのカンだよ! って言っても少し根拠がある。その村人って魔族か獣人族なんじゃないかい?」
「そうです。獣人族で……確か、元々は魔族だったとか言ってた気が。半年以上前なんで記憶が曖昧ですけど」
「やっぱりね」
納得したように一人頷く船長。
「獣人族には二つの系統がいるんだよ。人類側から枝分かれした獣人族と、あたしら魔族側から枝分かれした亜人族がね。今は血が混ざって一括りにされているけど、魔族側の血が濃い場合は魔力が低いんだ。プロトシア様に力をお渡ししたからね」
うっすらした記憶がはっきりしてきた。
「……ペロ村の人たちは一切魔力を持っていなかった」
すると船長は驚いた様子。
「全くかい!? はあー……じゃあ相当に魔族の血が濃いんだろうね。もしくは当時からの直系かも」
話の途中で俺の脳内パズルのピースがはまった。
「そうか! 六千年前の戦力を再現するつもりなんだ。だからペロ村の人たちを連れて行った。これならば村人が自ら消えた理由も分かるし、あの魔族三人がいた理由も分かる。あいつらはこの事を隠匿するためにあそこで見張りをしていたんだ」
繋がった。それは俺だけではなく、アイシャにリサさんも同じ考えのようだ。船長のアドバイスのおかげで希望が持てた。
「あたしに関してはさっきも言ったように心配無用だよ。それに何かあったら漁師の誰かがあんたらのところに行くようにしておく」
「それでも、無理だけはしないでください。魔族同士で血を流すだなんて、もってのほかです」
あの事があったからだろう。アイシャは慎重になっている。
「ああ、分かったよ。だから勇者様は安心して次に行きな。あーそうだ。お代は三百ブロンズね」
「あはは、そういうところはしっかりしてますね」
「当然!」
しかし船長には負けるなあ。お代は負けてもらえないけど。
――ネリデスール。
王国第三の都市であり、ギャンブルと犯罪の街でもある。ジリーがいた街だな。
「余りいい記憶がない街だけど、味方になってくれそうな人っていたか?」
「いたよ。忘れたの?」
うーん、ネリデスールで出会った人……宿屋のご主人、カジノの門番、オーナー、あとは……。
「分かった。井戸端会議のオバチャンたち」
「んな訳ないでしょ。カジノのオーナーさん。最後に私たちを助けてくれたでしょ? まー、一か八か、それこそ賭けだけどね」
なるほど。
――カジノ。
「リサさん」
「分かっていますって。さすがにもう……赤が来ますね」
だめだこりゃ。
とりあえず従業員に話をつけてオーナーの元へ。
「やあ、またお会い出来て嬉しいよ」
「私はそれほどでも」
いきなりこの正面直球である。
「ははは。お元気そうで何より。……さて、先に一勝負と行こうか。私に勝てたならば、話を聞こう」
「……もう分かっているって事ですね。いいですよ」
アイシャ承諾。オーナーさんが近くの従業員に指で指示。
運ばれてきたのはカード。というか、どう見てもトランプ。
「ババ抜き? 七並べ? 豚のしっぽでもいいですよ?」
「ははは、分かっているでしょうに。ポーカーだよ。一発勝負でいかがかな?」
企んでいる嫌味な笑顔ではなく、本当に普通の笑顔。これぞポーカーフェイス。
「イカサマは通用しませんからね。もしもの場合には、赤いじゅうたんが黒くなりますよ」
「おっと、中々恐ろしい事を仰る。大丈夫、イカサマは無しだよ。私の命に代えても約束しようじゃないか」
じーっとオーナーの目を見るアイシャ。
「……嘘。あーやっぱり帰りますねー」
「あっ……」
あっさり立ち上がったアイシャに対し、思わず声を出してしまったオーナー。その失態に気付き、大笑い。
「んわっはっはっ! 参りました。おい」
オーナーの指示でトランプ変更。やっぱり仕掛けてあったんだな。
「勇者様、改めて約束するよ。この勝負、イカサマは一切無しだ」
――ポーカー開始。
三対一ではあるが、ポーカーならば個人戦だな。
「勝負は一回きり。パスありでドロー二回。役などのルールはお分かりでしょうか?」
「一応」「私も」「ええ」
「承知致しました。では始めます」
さて何が来るかな……っと。
うげっ、クラブのA・4、ダイヤのJ、ハートの3、スペードの8だ。ワンペアすらねーや。
「私クラブのフラッシュだよー」「嘘吐け」「あはは!」
こいつはこういう戦法か。
「わたくしは3のスリーカードだけですね。オーナー様は?」
「……」
「えー無言でやる気? つまんない人ー」
アイシャ煽りまくりである。
「はっはっはっ、そうだな、あと一枚でフォーカードだよ」
という事はスリーカードかフルハウスか。それすらも嘘の可能性があるけど。
一枚目のドロー! 俺はストレート狙いでA・3・4を残した。さて……ダイヤの2と3だ。ワンペアは出来たけど、これは……。
「カナタは?」
「グダグダ。最下位決定だな」
「私ストレートフラッシュだよー」
ぜってー嘘だ。
「わたくしは……まあ……」
リサさんもいまいちか。
「私は結構いい手が来ていますよ」
オーナーさんは自信有り気。ポーカーフェイスはどこ行った?
二枚目のドロー! とりあえずストレート狙いは変わらず、ダイヤの3を交換。……ハートの6でした。あはは、俺ギャンブル運ないな。
「私パス」
「おっと、ストレートフラッシュってのマジだったのか?」
「教えなーい」
はいはい。次にリサさん。
「うーん……これではどう足掻いても勝てません。四枚ドローでお願い致します」
「ギャンブラーがいた! ってかロデオ大会でも暴れてましたもんね」
「ええ。……はあ」
配られた四枚を見て溜め息を吐くリサさん。まーそうなりますよねー。
「最後は私だね。二枚ドローでターンエンド」
これで全員分が終了。さて結果は?
「まずは俺だな。はい、ボウズ。3は一枚捨ててあるから、最初のリサさんは大嘘吐きで決定と」
「えへへ。でもそういうゲームでしょう?」
「まあ、そうですね。さて勇者様は?」
オーナーに促されてアイシャが手を開くと……うわー。
「10とQのフルハウスでーす」
「さすが勇者だな」「ですね」「はっはっはっ、お見事」
次にリサさん。
「……お先にどうぞ」
「おっと、それはどういう意味ですか?」「ふふっ」
不敵な笑みを浮かべるだけのリサさん。これ、なんかやらかしてんじゃね?
「では僭越ながら私から」
と開いた手を見て、俺もアイシャも固まった。こりゃ勝てねーよ。
「9のフォーカードだ。再度言っておきますが、これは本当にイカサマ無しだよ」
「いやー……すげー。さすがカジノオーナー」「はっはっはっ!」
こりゃー俺たちの負け決定だな。
「では最後にわたくし」
諦めている俺。さて何が出るのかな?
「ハートのロイヤルフラッシュ、いただきました」
「……はい!!??」
俺たちだけでなく、オーナーにディーラーすらも目を丸くしてしまった。
「最後に四枚ドローしてロイヤル揃えるとか、何やってんの!?」
「えへへ。実は最初にハートのエースが来まして、最初はエースのフォーカードを狙っていました。でも雰囲気的に来そうにないので、最後にエースを残してドローしたという訳です。まさかだったので、思わず溜め息が出てしまいました」
「そっちの溜め息かよ!」
と思わずツッコミを入れてしまった。
「という事で、わたくしの勝ちでよろしいですね?」
「え、ええ。これは……ははは、負けました。完敗です」
テーブルに手を突き、思わず頭を下げるオーナーさん。しかし嬉しそうだ。なんというか、いいもの見れた的な感覚なんだろうな。
――ワンモア。
オーナーに誘われて、賭け無しでもう一勝負する事に。
「……実はだね、最初は逆にイカサマしようとしたんだよ。つまり私が負けるようにね。これは私が人類でも魔族でもなく、勇者様に賭けたという事だ。勇者様の話は既に聞き及んでいたし、私のところに来るだろう事も予想済み。私は決して善人ではないが、勇者様にとっての悪になる気もない。その上で真剣勝負で負けたのだから、賭博師として約束は果たす。今後、有用と思われる情報を勇者様に回そう」
元から協力する気だったという事か。
「しかしまさか、真剣勝負でハートのロイヤルとは。失礼ですが、あなたはこのような賭け事にはお強いので?」
「それなりですね。ただこれでも、異世界のとはいえ本物のロイヤルですよ」
「本物? 一体どういう?」
そういえばこのオーナーさんには俺たちの正体を教えていない。
――という事で説明。
「なるほど、そういう事だったのか。だから今回の魔族は異形の武器を持っているんだな。私は情報を回すくらいしか出来ないが、改めて協力者……味方となる事を誓おう」
「ありがとうございます。はい、ストレートフラッシュ」
「ぬおっ!?」
喋りながらもとんでもない役を作るアイシャ。
と、従業員が来てオーナーに耳打ち。
「――ああ、通せ」
「何ですか? っと、スリーカード。また最下位かな」
「私はフルハウスだ。さてリサ王女はいかがですか?」
「ノーペアです。えへへ」
なんとまあ。リサさんは一発勝負に強いのかも。
「失礼しまーす。依頼で来ましたー……って!?」
「ん? おージリーじゃないの」
「おーじゃねーよ! なんでここにいんだよ!?」
振り返るとジリーがいた。そうかそうかジリーも依頼で来たか。偶然とはいえこんな場所で出会うとは。
「オーナーさんと勝負して、私たちの味方になってもらったんだよ」
「失礼ですが、お知り合いで?」
「あーはい。以前この街で暴れてたのがいましたよね? 私たちがオーナーさんと出会うきっかけの事件。あの犯人がこの人、ジリーです」
「あー……その節は、ご迷惑をおかけしました」
赤い帽子を脱ぎ、頭を下げるジリー。
「そして、ジリーもカナタやリサさんと同じで、別の世界の人です。今は私たちの仲間になったので、危険性はありませんよ。私が保証します」
オーナーは最初は訝しげだったが、アイシャの保証するという言葉を信用した様子。
「分かったよ。……すまないが、依頼内容は皆さんに聞かれたくない。これでも私は悪役だからね」
「……あの、あたし捕まったりしない? 次捕まると無期懲役なんだよ」
「その心配はないよ。なので勇者様はお引取りを」
顔を見合わせ、アイシャに任せた。
「うん、それじゃあ私たちはこれで。後はお願いしますね」
「ああ、任せたまえ」
「ジリーも頑張ってねー」
「任せとけ」
まさかのジリーだったが、ネリデスールでも普通の様子だったので安心した。
――ネリデスールの転送屋に移動中。
「次は?」
「正直迷ってるんだよね。もっと色んな国に行って情報を手に入れられる人が味方になってくれればいいんだけど……私一人でやった依頼ではそういう人はいなかったから」
一瞬の沈黙を挟んだな。つまりそれは。
「一人の依頼では悪評ばら撒いていた訳か」
「なっ!? ……白状します。一人の時は依頼主とよく喧嘩しています。ごめんなさい」
「やっぱり。俺に読まれるって事は一人の時でなくてもその気があるって事だからな」
「うん。……気を付ける」
隠さずに白状した事は評価しよう。
しかし色々な国で情報を手に入れられる人材か。んー……。
「例えば、旅人とか冒険者とか?」
「そうだね。あとは商売人とか運送屋とか」「運送屋!」
運送屋? うんそうや。なんて寒いギャグは副題にすらしてやるものか。ともかく次の行き先が決まった。
――王都。
俺は二人を連れてとある場所へ。
「こんちはー失礼しまーす」
「はい、いらっしゃいませ。ご用件は?」
「社長さん呼んでもらえますか? カナタが来たと言えば分かるはずです」
「カナタ様ですね? 少々お待ちください」
俺が来たのはとある事務所。二人は分かっていない様子。
それからすぐに社長さんが来た。
「おーやっぱりあの時の兄ちゃんじゃないか! どうした? うちで働くかい?」
俺の前に現れたのは、以前依頼で行き倒産させた運送屋「野生の荷車」での同僚であり、運送屋「赤色帽子便」の現社長だ。
「いえ、働くんじゃなくてですね……とりあえずは中で話をお願いします」
自分から中に入れろというのも不思議だな。しかし立ち話をする訳にもいかない。
応接間に通され、椅子に座ったところで社長が気付いた。
「あ! あんた勇者さんじゃないかい?」
「はい。アイシャと言います」
「はー、え? 兄ちゃん勇者さんと行動してんの?」
「そういう事です。んで今回ひとつお願いがありましてですね――」
以下、俺たちの事といつものお願い。
「なるほどね。確かに私らは諸外国へも荷を運ぶ。運送屋仲間を辿れば魔族領に出入りする商人も見つかるかもしれない」
やっぱり大当たりだったか。でも社長はじっくり考えていて、少し不穏な空気。
「……兄ちゃんには大きな恩がある。でも従業員を危険に晒す事は出来ないし、積荷の内容を人に喋るのはもってのほかなんだ。それは信用問題に関わるからね」
「ですよね。俺も以前は会社勤めをしていたんで分かります。なのでそちらの都合を最優先でお願いします」
「……でも協力はしたいんだよ。私だってこんな馬鹿げた戦争はまっぴらだからね。うーん……配達途中で聞いた噂程度でもいいのならば」
「少しの情報でも欲しいので、噂でも充分です」
これで運送屋「赤色帽子便」からも協力を得られる事になった。
たかが噂? いやいや、されど噂。こういうところから光が見えたりするのだよ。




