第三十八話 あなたのおうちは第二弾
――翌日。
一日寝てアイシャはすっかり元気になった。といってもフューラから過度な運動は控えるようにと通達が。モーリスもすっかり馴染み、そして王宮の朝食に目を丸くして飛び跳ねて喜んでいた。
「さてと、今日は二班に分かれるか。一班は新居探し、もう一班は図書館でモーリスの呪いについて調べる。よろしいかな?」
「はあーい」
それでは行動開始だ。
俺・アイシャ・ジリーは新居探し。シア・フューラ・リサさん・モーリスは図書館。体力組と頭脳組だな。……いや、違うか。
――新居班、カナタ視点。
俺たちは、以前もお世話になった犬の不動産屋へ。
「こんちはー
「いらっしゃいませ」
担当は今回も黒い柴犬さん。
「ちょっとした事情が」「あーみなまで言わなくても」
おっと。柴犬さんは周囲をキョロキョロし、俺に耳打ち。
「実は勇者様やカナタ様が何者かに狙われているという噂は存じ上げております。それに王宮からも通達を受けておりまして、既に目検討はつけております」
「狙われているというか、俺は既に一度拉致されたというか」
「えっ!? あ、すみません」
まあ普通そういう反応するよね。
「それでなんですけど、男二人の女四人、鳥一羽という大所帯になるんですよ。一部屋に二人入ればいいとして、良さそうな物件ありませんかね?」
「うーん……少々お待ちください」
それから十分ほど。
「大変お待たせいたしました。えーそれだけの人数となると、これくらいになってしまいます」
例として見せられた資料には、4LDKの立派な一軒家。値段は……。
「に、二十シルバー!? いやいやカナタ、さすがに払えないって!」
ほぼイコールで二十万円。
「だよな。今後王宮からの依頼は受けられなくなるし、出せても十五シルバーまでかな」
「なるほど。……そうなりますと、ここらへんになりますね」
次は3LDK、築八十年を超える家だ。
「築年数が行っている事と少し奥まった場所にあるという事で、月額十四シルバーとなっています。広さ的には可もなく不可もなくですね。庭もありますので大人数での物干しにも対応出来ます」
「そうだなー……ジリーは何か要望あるか?」
「あたしは屋根さえあれば気にしないよ。……ただこれは嫌だね」
ジリーが指差したのはトイレ。この家はトイレと風呂が一緒になっているタイプだ。
「ああなるほど。確かに大所帯ですと困りますよね」
「となりますと……これでしょうかね。築六十年の4LDKで家賃十四シルバー」
「んー、一見してもう少ししてもよさそうですけどね」
「建物としては問題ないですし、心理的瑕疵物件でもありません。ただ最近になって近くに出来た工房がなにやら胡散臭くて、それで周辺の地価が下がっているんですよ」
嫌な予感がしたのは俺だけじゃないな。顔を見ると二人とも苦笑い。地図を見せてもらうとビンゴ! フューラの工房が歩いて五分ほどの所にあり、それが原因で地価下落を招いていた。
「あー、言っていいのか悪いのか……この工房ですけどね、俺らの仲間のものです」
「えっ……」
やっぱり固まった。
「なので怪しくはないんですよ。それはこの勇者様が保証してくれますから」
「はい。勇者公認です」
「そ、そうでしたか。あはは……。見に行きます?」
という事で出発。
――見学。
やはりフューラの工房に行く時に使う転送屋から出てきた。そして家の見学。
「外壁は……この前の襲撃で少しやられていましてね、それが原因で少し剥がれています。でもあれくらいならば安く直せますよ」
ならば安心。見た目は外壁の剥がれ以外は気になる所はない。ついでに言えば庭があり、現在の自宅の庭よりも一回り大きく、六人分の洗濯物も充分干せる広さだ。
さて中はどうかな?
「内装は一度も修繕暦がないので六十年前のままですね。これも安くなっている要因のひとつです。でも造りはしっかりしていますよ」
確かに壁にヒビもなければ窓の歪みもない。
「キッチンどうなってんの?」
「こちらですね」
ジリーから言い出すとは思わなかった。それだけ料理したいのかな?
キッチン自体はこの世界の標準だ。俺の家よりは広いけど、三人並ぶと狭いだろうな。
「んー、あたしは文句ない」
他水回りを見たが、トイレはかなりきれい。風呂も問題なし。
「水回りは完璧だな。本当にこれで月十四シルバー? 安過ぎない?」
「安過ぎはしないですよ。確かに周辺環境で地価は下がっていますけど、それでなくても月十六シルバーですから」
「……裏があるんじゃないの?」
「あはは……まあ部屋をすべて見てからでどうぞ」
はぐらかされた。
他の部屋だが、リビングスペースは十畳ほどで大きさとしては文句なし。一階にはもう一部屋あり、こちらは六畳くらいかな。
「一階はこれで全部ですね」
「問題らしいところは見られなかった、という事は二階か。行くぞー!」
「おーう!」
さてさて……二階には四部屋ある。階段を上がって左に一部屋、正面一部屋、廊下を右に折れて左右に一部屋ずつ。
まずは階段左の部屋から。広さはほぼ六畳だ。一階の部屋と同じだな。
「……あ、私分かったかも。壁だ。前の人ってヘビースモーカーだったんじゃないですか? それで壁が茶色なんだ」
「さすが勇者様、正解です。元は白い壁だったんですけど、これヤニでこんな色になっています。なので漂白や塗り直しが必至なんですね」
「はあーなるほど。確かに触るとべたつく」
でも塗料ならばフューラがどうにか出来るんじゃ……いや、さすがに無理か。
次の部屋は、階段正面。さっきとよりもほんの少し広い。
「……ここもか!」
「はい。この二部屋が価値を下げる一番の要因となっています」
なるほどなー。俺は元から吸わない人、というかタバコ代を勿体ないと思う人だ。ずっと吸ってるとこうなるんだなー。へえー。
そして廊下の先の二部屋へ。まずは左の部屋。他よりも狭くて四畳半ほどの広さに、屋根が斜めになっているので天井が低い。
「こちらは部屋というよりは納戸です。なので天井が低くなっています」
「私には丁度いいかもね。って言っても納戸に住む気はないよ」
「あはは、分かってるって。次行こうか」
右の部屋へ。こちらはまた四畳半ほど。壁は何故か真っ黒。
「こちらも納戸だったのを、後に部屋に改築したという事ですね。壁の色は……何故でしょう? ああ事件があった訳ではありませんよ。この家では老衰も含めて誰も亡くなっておりませんので」
「んー、自分たちで塗り直すのが三部屋か。それでも安いですよね」
「そうですね。広いし安いしで、六人家族でも充分でしょうね」
二人を呼んで会議。
「俺としては決めてもいいかなと思う。塗り直しの手間はあるけど、広くて安くて、しかも工房に近い」
「私もこれならば文句ない。王宮までは歩くと少し遠くなるけど、でもテレポーターも近いし、市場からもそこまで離れてる訳じゃないもん」
「あたしも文句はないね。キッチンもいい感じだし寝床も充分。ただ収納スペースがもう少し欲しいかな」
「ああー」
と二人でジリーの言葉に納得。そういえば人が増えれば物も増える。
「でも納戸があるよ。部屋も四つだから、一部屋を物置代わりに使ってもいいよね」
「確かに。よし最終決定権はジリーに譲ろう」
「あ、あたしかよ! メインはカナタとアイシャなんだから、二人がいいって言うならいいんじゃねーの? 多分フューラもリサさんも同じだと思うよ」
それもそうだな。フューラは居場所さえあれば文句言わないだろうし、リサさんも今のアイシャの家を考えれば大丈夫だろうし、モーリスやシアは文句言わせないし。
結局最後はアイシャに任せた。
「それじゃー決めちゃいますね。あ、遠吠えは今回なしで。なるべく大事にはなりたくないので」
「承知しました。……では小さく遠吠えいたしますね」
本当に小さく遠吠えした。それがまた面白くて、みんなで笑いを堪えた。
新居探し完了! さてあちらはどうなっているかな? 図書館班のフューラさーん。
――図書館班、フューラ視点。
はーいこちらフューラです。なんてリポーターを気取っているうちに図書館に到着です。
まずは司書さんに尋ねてみましょう。プロに頼むのが一番、ですよね。
「すみません、呪縛や呪術に関する事を調べたいのですが、そのような専門書はありますでしょうか?」
「魔法ではなく呪術? あの、危険性のある書物は身元のはっきりした方でないとお見せ出来ないんですよ」
「僕たちはアイシャ・ロットの仲間です。リビル館長にお尋ねください」
「……少々お待ちください」
それから数分、リビル館長自らがやってきました。
「すみません、またお世話になります」
「いえいえ。呪術に関する書物でしたな? どうぞこちらへ」
案内されたのは……地下でした。
「ここから先は王宮関係者や特殊分野の専門家など、少数名しか入れんのです。貸し出しも厳禁ですのでご注意を」
「はい」
階段を下っていくと、木製の古めかしい扉がお出迎えしてくれました。
――地下書庫。
扉を開けると、地上の部分がまるで飾りであったかのような気さえするほどの広大な部屋。蔵書数は数百万……一千万に届くでしょうか。
「ここには本だけではなく、絵画や版画、彫刻なども所蔵されておる。そして最深部には謎の扉。記録にある限り、一度も開いた事がないのだ」
「中には何が?」
「さあ? 取っ手のない鉄の扉で、しかも魔術的に何重にもロックされているので開かないのだよ。わしも一度挑戦したものの、第一の鍵すら開けられずに断念。試してみますかな?」
さすがにそれは……と思ったら、一人興味津々の方が。
「リサさん、何のために来たのか忘れましたか?」
「あ、えへへ、ごめんなさい。……でも十分だけいただけますか? 十分だけですので」
これは引く気なさそうですね。
「はあ……十分だけですよ」
「はいっ!」
もう、こういう時に限ってすごくいい笑顔を見せるんですから。
「呪術関連はこの棚ですな。本に触る前にひとつ注意を。赤い帯で縛られた本は、その本自体が危険性を持っておる。したがって赤い帯の本には絶対に触らないように。何が起こっても、わしは責任を持ちませんぞ」
「赤い帯には触れない、ですね。分かりました」
さすが呪術関連。しかし魔法は僕には効かないはずですけど、呪術はどうなんでしょうね?
「……ときに、そちらのお子さんは?」
「ああ、カナタさんが魔族領から連れ帰ったモーリスさんです。呪いにかかっていて声が出せないんですよ。なのでその解除方法を調べに来たんです」
「なーるほど。ならばわしも手伝いましょう。これでも昔は呪術も学んでおりましたのでな」
心強いというか、危なっかしいというか。ともかく本を探しましょう。
僕は速読が出来るので、それらしい本を片っ端から読み進めていく事にしました。
「フューラ殿? それで読めているのですか?」
「はい。僕は速読が出来ますし、一度読めば忘れないので」
感心した様子のリビル館長ですけど、そもそも僕は人じゃありませんよ。
モーリスさんは頭にシアさんを乗せて本を読んでいますね。でもモーリスさんは文字が読めないので、シアさんが読んだのをモーリスさんが聞いているという事でしょう。
(うん)
おや、僕の考えも聞こえていましたか。
「お待たせいたしました」
リサさんが帰ってきましたね。表情から失敗のようです。
「どうでしたかな?」
「一段階目は解けそうなのですが、それ以降は事実上の解除不可能でした。あれは特定の因子を持つ方でないと開錠不可能になっているのですよ。そして段階はなんと九つ。あの扉は永劫開く事はないでしょうね」
「……わしはそこまでも解読出来ませんでしたぞ。悔しいを通り越して笑いが出てしまうほどですな」
苦笑いしているのはリサさんの側ですけどね。
――それから数時間。
(――――?)
「なんですか? んー……」
モーリスさんが何かを見つけたようで白衣を引っ張って訴えてきました。内容は……僕よりもお二人のほうが詳しいでしょうね。
「リビルさん、よろしいですか?」
「はいはい。どれどれ……ふむふむ。正解のようですな」
モーリスさん自身で答えを当てるとは、さすがですね。僕とは切り開く力が違います。
「内容ですが、声を出せなくなる術式とその解除方法ですな。その派生種についても記載してあり、口から全ての音を出せなくなる呪術もあると」
「間違いなくそれですね。モーリスさんは歯を噛み合せる音や咀嚼音すらも消えてしまうんです」
横でモーリスさんが実演。
「なるほど。……解除方法ですが、術をかけた本人が解除するしかないようですな。それか術者が命を落とせば解除されるようです」
その結果に、僕たちは全員固まってしまいました。それはつまり、この呪いは解除不可能である事を示すからです。
落ち込むモーリスさんからは涙が。
「あ、えっと……わし、なにかまずい事を?」
それを見て焦るリビルさん。リサさんが説明してくれました。
「モーリスさんは元奴隷でして、物心ついた時には呪いがかけられていたのです。なので術者は全くの不明……」
「な、なんと! ……いやいや、まだ諦めるには早い! もしかしたら別の解除方法があるかもしれないではないか!」
何故かやる気がみなぎっているリビルさん。孫の歳なのでそういう目で見ているのかもしれませんね。
「うーむ、わしはそろそろ職務に戻らなければいかんし、ここに皆様を置いていく訳にもいかん。申し訳ないが今日は引き上げていただきたい」
こればかりは仕方ありませんね。
「……この話はわしが預かる。必ずその呪い解いてやろうぞ! だから安心しなされ娘さん」
「モーリスさんは男性ですよ」
「ぬわっ!? こ、これは失礼した」
(――、――――。――――)
笑って頭を下げるモーリスさん。しかし表情は残念で仕方がないといった感じです。
――カナタの家にて合流。カナタ視点。
「おう来たな。どうだった? って聞くまでもないか」
三人とも気落ちしている。
「解除方法自体は分かりました。しかしその方法が、術をかけた本人にしか解けないというものでして……」
「なるほどな。だが諦めるには早いだろ。呪いの解除方法がそれひとつだけとは限らないからな」
頷きはするがうつむいて元気がないな。よし、ここはいっちょ元気付けるか。
「モーリス、お前には先に進む力がある。だから気落ちしても腐らずに、前を向いて進め。物心ついた時には呪いをかけられ、奴隷として売買され、ドッボに足蹴にされても進んできたんだからな」
(……――――?)
「ああ、お前は今後も進んで行ける。嘘だと思うか?」
(……ううん)
「はっはっはっ、ならば前を向いて進め!」
(うん)
よし。お前には笑顔が一番似合うぞ。
「そちらはいかがでしたか?」
リサさんが聞いてきた。さてどういう顔をするかな?
「ああ、もう決めてきた。フューラの工房から歩いて五分って所だな。お前の工房のおかげで地価が下がって安くなっていたぞ」
「え? あー……それはいい事なんでしょうか?」
「いい事だよ。何たって二シルバーも安くなってたからな。あっはっはっ」
苦笑いのフューラ。
「ただし壁に問題があってな、塗り直し必須だから明日明後日を使ってみんなで塗りにいくぞ」
「それは」「お前とは無関係」「あはは」
もうすっかり読めるっての。
そうだ、家賃の事も言っておこう。
「家賃が月十四シルバーだから、お前らにも出してもらうぞ。シアとモーリスは仕方がないけどな」
「そしたらあたしも早く仕事見つけないとね」
「そうだな。ジリーの分はまとまった金が入るまで待つよ。だから焦らずにな」
「わーった」
改めて気合の入った様子のジリー。これで諸々は完了だな。




