第三十五話 六泊七日、白兎とまぼろ死の旅(前編)
※お食事中の方注意
――王宮、救護室。
ん……んー、あー……知らない天井。ここどこ?
「あ、気が付きましたね。アイシャさん、僕が分かりますか?」
「んー……あんどろなんとか」
「あはは。アンドロイドです。ここはグラティア王宮の救護室ですよ」
救護室? 何で? 私たちって確か魔族領にいて、戦闘行為に介入して、カナタが……あ……。
「思い出したみたいですね。体は動かせますか?」
「んーと……力入らない。何これ」
「極度の疲労ですよ。アイシャさんの重力制御能力は疲労を増大させてしまうようで、その状態で大暴れしたものですから、通常の数倍は疲労を蓄積させたんです」
……あーそっか。私、カナタを倒した後、ドッボをなぶり殺しにしたんだっけ。
「みなさんを呼んでくるので、そのまま安静にして待っていてください」
「そう言われても、動けないから」
「それでもです」
フューラ、少し怒ってるね。……当然か。
――私、全部間違ってたなぁ。
第三勢力になるっていう判断も、戦場での役割分担も、カナタとの戦闘も。
もっと別の方法があったはずなんだけど、私の愚かな部分が直らないせいで……。
考えてたら自分が嫌になってきた。……不貞寝しよう……。
「起きろ」
「……んー何さ。人がせっか……くう!?」
目を開け振り返った私が見た最初の人物は、ピンク色のド派手な髪の色をした青年。
「……え!?」
「幽霊じゃないぞー。モンスターでもない。種はあるからなっ! はっはっはっ」
幻? 混乱して、いや、えっと……私……え? いや……いやいや、私間違いなく振り抜いたのに。目の前で血まみれで……!?
「大混乱中か。ほら、こっち見てみろ」
指された側を見ると……あっ! こいつあの白い奴! 何だ気持ち良さそうに寝息を立てやがって!
「ちょ、ちょっとカナタ! どうなってんのさ!? こいつ敵でしょうが!」
「残念ながら違うんだなこれが」
――カナタ視点。謝肉祭最終日の朝。
俺はシアをフューラの工房へと向かわせ、一人で武術大会の会場、コロシアムへと向かうつもりだった。
そろそろ出ようかというところでドアをノックされた。
「ったく、反省するならもっと素直に……って、あんたら誰?」
ドアを開けた先にいたのは、黒いローブを纏った魔族と思われる角のある男性四人。
「カナタ・オリチさんですね? ご同行願います」
「いやいやちょっと待て」
と、そのうちの一人がローブの隙間から銃をちらっと見せた。抵抗すれば慈悲もなく殺すってか。
「はあ……分かったよ。ただ家の鍵は閉めさせろ」
「どうぞ」
意外とあっさり許可したな。鍵はすぐそこに掛かっているので玄関ドアは開けたまま。
「あーお守り代わりに俺の銃持って行っていいか? 弾は抜いてあるからさ」
困った表情の四人。しかし頷いたので懐に入れておく。もしもの時には水入れるだけで使えるし。
「んで、どこに行くんだ?」
「着けば分かります」
着かなくても分かるけどな。あの魔貴族のところだろう。……しかし家を知られていたのはまずいな。引越しを考えようっと。
家の鍵を閉めて、さて拉致られますか。
――とある場所。
あの四人のうち一人がテレポーターだった。そして到着した先は、当然ながら見た事のない場所。そして見た事のない屋敷がある。……ナーシリコにあった魔貴族の屋敷とも違う。というか夜になっている。さっきは朝だったんだから、半日くらいは時差があるのか。
「こちらへ」
「はいはい」
こちらとて抵抗する気はないし、状況次第ではあちらの内情も分かるかもしれない。
連れられた先の執務部屋にいたのは、マロードで見た事のあるあいつだった。
「やあようこそ、カナタ・オリチ。私はユチッダ=ドンク・ロー・ドッボと言います。まあ掛けてください」
やっぱりあいつか。ここは社会人らしく、交渉の場として振舞うか。
「失礼します。それで、どのようなご用件で?」
「話は簡単です。あなたの持つ情報を全て話していただきます」
「んーそれではひとつの話につき百シルバーでいかがでしょうか?」
「百……ですか。うーむ……」
顎に手を当て本当に考えている魔貴族さん。と、さすがに気付いたか。
「ん? 違いますよ。あなたはこれから拷問にかけられるのですよ」
「ははは、ですよねー」
まあ分かっていた事だけど。
――それから俺は、屋敷の地下牢へと幽閉された。
はい、そして警告。お食事中の方や、これから食事をするという方にはこの先はオススメ出来ませんよ。わざわざ警告を出すっていう事はどうなるか、お分かりでしょう?
「この銃は……まあいいでしょう」
牢に入るなり脱がされ、パンツ一丁にさせられた。
「これからあなたには洗脳と拷問を受けていただきます」
「どっちも嫌だな」
「ははは、でしょうね。逆の立場ならば私も嫌です」
こっちとしては笑ってる場合じゃないんだがな。
「方法ですが、あなたには魔族の血を飲んでいただきます。魔族の血は特別な魔力を秘めており、人類が飲めば体を引き裂かれるほどの激痛を味わい続け、そして五日ほどで魔族に服従すると言われています」
まさにファンタジーだな。……ん? 言われているって何だ?
「ひとつ質問。なんか伝承だけで確認取れてないような言い方に聞こえるんですけど」
「……さすがに気付かれましたか。実は魔力を宿したままの魔族というのは希少でして、飲ませるほど採血が出来ず、そもそも六千年以上昔からの伝承なので、真偽のほどは不明だったのです」
「ちょっと待て。そんなあやふやな事で洗脳出来るのか?」
「はい。既に試しました。さらったグラティアの兵士に試し、その方をスパイとして潜り込ませております」
あーなるほどなるほど。だからこちらの情報が筒抜けだった訳か。
「それでは早速始めましょう」
「え? 早くね?」
「善は急げですよ。まあ洗脳と拷問ですから、悪は急げですけれど」
なんて感じの、意外なほど温和な会話をしつつ、俺は壁に張り付けにされた。
「……って待てい! なんで壁に顔向けてるんだよ! 向き逆! 逆!」
「どうせなのでお尻から注入してみようかと」
「待て待て! 捕虜にも人権をだよ! ケツはやめろ!」
何!? 俺って捕まる度にケツを襲われる運命なの!?
なんて思いつつ改めて正面に向き直し、そしてやっぱり張り付けに。
「それではこちらを」
小さなワイングラスに入った真っ赤な血。流れ具合からして、この血の持ち主はちょっと不健康そうだな。
「薄めたりしてんの?」
「いえ、原液ですよ。ただしさすがにそのままでは厳しいと思うので、優しさを少し混ぜてはあります」
半分は優しさで出来ていますってどこの薬だよ全く。まあどうせ味を変えているんだろうな。
「んがー」
強引に顎を押さえられ、無理矢理口を開けさせられた。
「気管には入らないようにしてくださいね。あなたには利用価値がありますので、死なれては困るのですよ」
「あはぇーはあーへーあ!」
(うるせーはよーせーや!)
そして目の前で小さなワイングラスが傾けられ、俺は魔族の血をいただきました。
飲み込むと、いつの間にか気を失う羽目に。さすが魔族の血。
――二日目。
すんげー気持ちが悪くて目が覚めた。
「うー……吐きそう……」
これが拷問か。地味だ。地味だけど物凄い効果だ。これならば耐えられずに吐いてしまうのも分かる。ただし吐くのは秘密ではなくて胃の内容物。そして俺は未だに張り付けられっぱなし。
……まずい事になった! ……ねえ、排泄どうしよ!? と一人焦っていたら白い子供がやってきた。
無言でじーっとこちらを見ている。暇だし体調最悪なのでこちらもじーっと睨み返してみる。するとあっさりといなくなった。……あ、排泄の事聞くべきだった。
数分後、あいつが来た。
「お目覚めはいかがですか?」
「すんごく気持ち悪くて吐きそう。あ、そうだ。いい加減降ろしてくれない? トイレ行きたいんだけど」
と、さっきの子供が来た。……マジかよ。バケツだ。
「申し訳ないが、この牢にはトイレはないのですよ。それから身の回りの世話は全てこやつがやります」
「人権侵害だぞこれ。ってかその子供何なんだよ? お前の子供か?」
「はっはっはっ、私に子供はおりませんよ。こやつは私の奴隷。これほど真っ白なのは珍しいので観賞用にとね。随分と値が張りましたよ」
「それはそれで人権侵害だろ。まーいいや。よろしく」
小さく頷いた子供。
「こやつは世話係には適任でしてね、感性が鋭いのか、こちらが要求する前にいつの間にか用意している事があるのですよ。メイドどもには白い目で見られておりますけどね」
あ、そういえば運送バイトで行ったナーシリコの屋敷で見た子供がこいつだ。あの時も裏口をすぐ開けてたし、そういうカンが鋭いのか。
「名前は?」
「奴隷に名前など不要ですよ。そうだ忘れておりました。こやつは呪いを受けておりまして、声が出せません。こやつから要求する事はありませんが、注意点として覚えておいてください」
……色々と可哀想になるな。俺も孤児院出身であまりいい思いをしていないから、余計にそう思ってしまう。
――とりあえず世話係というのならば、その見た目をまとめるか。
まーなんというか、真っ白。髪も白ければ肌もかなり白い。そして魔族の証である角が額から一本小さいのが生えているが、これも白い。……これ、アルビノって奴じゃないかな?
そして耳付きだから獣人族の血が入っているのか。一見して白いリボンのようにも見える小さな耳だ。
瞳は赤く透き通っていてルビーのようにきれい。顔立ちは女の子らしく幼く可愛い感じ。……まて、女の子に排泄を見られるのか俺。すげー嫌だ!! 俺にはそんな趣味はねーぞ!!
気を取り直して、身長はアイシャよりもあるから、年齢的には十二~三歳くらいかな? 服装ははっきり言ってボロ雑巾だ。奴隷扱いならばこんなものなのかな。いい服を着させたくなるのは、いわゆる保護欲か。そして足元は裸足。
俺の第一印象……もう第一ではないけど、ともかくしっかりした服装をさせてやりたくなる。
魔貴族はこの子供に後を任せて視界から消えた。なお現在、俺は結局張り付けになったままです。
その後はあの子供がバケツを前や後ろへと移動させるというとんでもない状況になり、もう面倒だからとパンツ脱ぎました。そもそも後ろをしたら拭けないのでパンツに……ね。
さて一向に体が裂けるほどの痛みというものが来ない。やっぱりただの伝承だったんじゃね? とは思うが、実績があるからなー。魔力持ってないからなのかも? しかし洗脳されなかったら俺どうなるんだろ? んー……。
――そしてその夜。
「あなたには中々効きにくいようですね。もしや異世界から来たのが関係しているのでしょうか?」
「俺に聞いても分からんっての。……っていうかさ、俺の事とか勇者の事とか、いつから知ってた訳?」
「最初からです。あなたが王宮の一室を間借りしていた時から、既に私の元には情報が入っておりましたよ」
本当に最初からか。
……待て。という事はマロードの一件も、運送屋での事も、全部こいつの仕込だったのか! いやー……これはまずいな。
「そしてもちろん、あなたがズーの子供をプロトシア様だと偽った事も。王や勇者は騙せたようですが、本物のプロトシア様と謁見をした私の目は誤魔化せませんでしたね」
「それは」こっちの台詞だ、と言いそうになって止めた。これは使える。こいつは本気で偽者と本物とを勘違いしている。
そして俺の方針も決まった。俺は洗脳されたふりをしよう。敵を騙すにはまず味方から。アイシャたちすらも騙してみせよう!
――少々雑談を。
俺、折地彼方は、これでも演技には自信があったりする。
それは小学校の学芸会での話だ。こういう過去話では、よく台詞のない木の役とか草の役がいるが、俺は台詞付だった。しかも俺の役は劇中でも最も重要な役、なんと姫の指輪にはめるダイヤモンド!
話は男女逆転したシンデレラと言えばいいかな。
男三人兄弟の末っ子がお姫様に一目惚れ、お城の夜会に行きたいと魔女に嘆願し、魔女も王宮付きに推薦してくれるならばという現実的な利害の一致があり協力。ボロい服はタキシードに、下駄は革靴に、大八車は真っ赤な高級スポーツカーになった。ただしダイヤモンドの指輪は実費購入。すげー現実的なのよ。
そして実はこの末っ子、人見知りで口下手。姫に近づけたものの話す事もままならず、指輪を投げつけるように渡しただけで逃げ帰ってしまった。んで後日洗濯前にポケットを裏返すとダイヤモンドが登場。あとは調子のいい話で、姫も一目惚れしていたから指輪に合うダイヤを持つ人を探していて、以下略。
この指輪にはまっていたダイヤモンド役が俺。そして台詞もあった。しかも三度。
一度目は指輪を購入した時「キラーン!」
二度目はポケットからダイヤが出てきた時「キラリーン!」
三度目は指輪にダイヤがはまった時「シャキーン!」
……ああ、大喝采だった。割れんばかりの拍手だった。あの時の俺は、文字通りダイヤモンドの輝きを見せていたのだ。
閑話休題。つまり俺は騙せる自信があるのだ。
――三日目。
俺は作戦を開始し、朝っぱらから暴れ始めた。体が焼けるように痛いとか、目がかすむとか、幻覚で黒い狼が襲ってくるとか。もちろん全て嘘で、俺めっちゃ正常。
「あっはっはっ! 昨日は効きが悪くて心配してしまったが、杞憂だったか。散々苦しみもがくがいいさ!」
あーこれがこいつの本音なのね。という事は完全に騙せている。いぇいっ!
ただし問題がひとつ。世話係の子供だ。適当に暴れていても、なーんか気付かれている気がしてならない。……もしかしてだけど、こいつ心が読めたり?
(! ――)
何か口が動き、気まずそうに顔を背けたぞ。という事は……。
(あーちょっといいか?)
(――?)
何か言った? という感じに口が動き、こちらを振り返った。
(あれー? 俺何も言ってないんだけどなー。なーんで振り向いたんだろうなー?)
(――!!)
あっ! という口の動きをして、物凄く驚いた表情をして逃げた。これで確定だな。あの子供、カンが鋭いんじゃない。人の心が読めるんだ。読心技術かそういう魔法使ってるのか、はたまた特殊能力か。ともかくあれがいると俺の作戦は魔貴族の奴に筒抜け。さー、どうするかな……。
――四日目。
朝からまた演技中だが、あの子供がいる限りはどうにもならん。
「さて調子はいかがかな?」
「うー……」
とりあえず唸っておいた。
「っくしゅん!」っとくしゃみが出た。そして盛大に鼻水が飛んだ。
「鼻かませろー」
「……仕方がない。おい」
あの子供が一瞬の間を置いて急いで紙を取りに行った。
「うーん……寒い。俺風邪引いたんじゃねーのかこれ。っくしゅん!」
しかしなかなかあの子供が帰ってこないな。
「どうだ? 魔族的思考にはなってきたか?」
魔族的思考って何だ? とりあえず適当に言ってみるか。
「そんな事よりおうどん食べたいー」
ん? 我ながらなんでこんな話が出た?
「はっはっはっ、順調に洗脳されているようだ」
え……なんすか、魔族は香川県民っすか? マジっすか。
というか、本当に何故うどんの話が出たのかが分からんし、何故魔貴族が納得したのかも分からん。
「ではひとつ試しに聞こうか。あのアイシャという勇者の好物は何だ?」
アイシャの好物? んー……あ。
「……あいつ、ハンバーグ好きだぞ」
「ハンバーグか。私も好きだ」
マジか、とりあえず痛がっておこう。と、ようやくあの子供が戻ってきた。
「貴様遅いぞ! 何をやっていたのだ!」
小突くというレベルではなく、思いっきり蹴り飛ばした。さすがにこれはないな。そして子供は目に涙を溜めながら人の鼻に紙を当てた。
魔貴族がいなくなった後、俺はこの子供に手を差し伸べたくなった。張り付けられたままだから伸ばせるのはないけども。ってそういう話じゃないな。
「おい、暇だから話し相手になれ」
(……うん)
渋々頷いたので、後はシア方式で意思疎通を図ってみる。
「お前やっぱり」(うん)
反応早いなおい。実は心が読める事を理解してもらいたくて仕方がないのかも。
(うん)
こっちでも反応するか。
「ふーん。っていう事はやっぱりあいつ嫌いか」
(うん)
「忠誠心は?」
(……ううん)
それでも少し考える程度には恩義を感じてはいるんだな。まあ奴隷商人のところよりはいいって程度だろうけど。
(うん)
やっぱりな。
さて俺の選択肢はふたつ。ひとつはこいつを保護し、捕虜としてトム王に任せる。もうひとつは魔貴族を潰した後、無責任に街中で開放する。
……前者だな。少なくとも言葉が喋れないのは本当のようだから、その状態で開放したところでこいつは生きて行けないだろうし、また人攫いに狙われかねない。この真っ白な見た目がどれほど珍しいのかは知らないけど、高値だと言っていたからな。
それと言葉は喋れなくても意思疎通は図れる。という事は魔族側の情報を手に入れられる。捕虜としての価値を考えれば、金を出しても欲しい人材だ。
「んで、お前はどうしたい?」
(……)
反応なし、というよりは自分では決められないし、そもそも俺を信じられないんだろう。
(うん)
ですよねー。
「お前魔族なんだよな? そして獣人族の血が入ってる」
(うん)
「両親は?」
(……ううん)
俺も孤児院出身だから親のいない気持ちはよく分かる。……父親っていう訳には行かないけど、兄にならばと考えてしまう。こいつを妹に、か。
(ううん)
あっさり否定された。
「一緒にするなってか?」
(ううん。――?)
「いや唇読む技術は持ち合わせてないから」
すると恥ずかしそうに服をめくり、人の目の前でパンツを下ろし……えっ!?
「お、お前……付いてるじゃねーか!!」
(……うん)
恥ずかしそうにするその姿に、思わず固まる。どこがとは聞くなよ、表情に決まってるだろ。
「いやー……ずっと女の子だと思ってた」
正直驚いた。どう見ても女の子にしか見えない可愛らしさ。こりゃーあれだな、男の娘って奴だ。
「あー、もうひとつの選択肢が浮かんだ。俺の弟になりに来ないか?」
(……)
ま、答えはそのうち。
――五日目。
今日も今日とて調子悪いふり。実際風邪気味なんだが。
「さて、奴は五日目で落ちたが、お前はどうだ?」
日課のように来てるなこいつ。暇人なんだな。
と、後ろであの子供が噴出すように笑った。無音で。しかしそれを魔貴族に見つかり、また蹴り飛ばされた。ごめん、謝る。
……そうだ、ここで洗脳されたふりをすれば五日目に洗脳出来るという誤った話が広がって、面白い事になるかも。とりあえず廃人を気取りつつ、こいつに様を付けてみるか。
「あー……ドッボ……さまー」
うん、これは心が読めなくても分かる。ニヤーっと気持ち悪い笑みを浮かべやがったから、こいつ完全に俺が落ちたと勘違いしたぞ。チョロいな。
っと、おいおい! あの子供がドッボに何か訴えながら俺を指差してる。マジかここでバラすのかよ!
「ん? ……そうだな。おい、降ろして服を着させてやれ」
おっとそっちか。焦ったじゃねーかよ。
あの馬鹿が去ったので、四日ぶりに体を動かせる。
とは言うものの、ずっと拘束された上に風邪気味なせいか、すこぶる調子が悪く、体中がきしむ。
「お前さ、あいつに洗脳されてない事を教えなかったってのは、少なくとも、あいつを騙す俺を利用するつもりだと理解してもいいんだよな?」
(うん)
「そうか。ひとつ安心した。あとさっきはごめんな」
(――?)
「笑って蹴られただろ。それだよ」
(……うん!)
なんだろう、嬉しそうな笑顔。そして本気で俺は具合が悪くなってきた。子供が俺の額に手を当て、急いでどこかへ。
数分後、水と薬を持ってきた。
「ありがとう。お前優秀だな」
(――!!)
すんごい驚いている。そして物凄い勢いで手を振って否定。
「ははは、褒められ慣れてないのか」
(……うん)
「そかそか。……俺はな、頑張った人にはそれ相応の報酬が与えられるべきだと考える。だから、俺はお前さんを褒める。そしてお前さんはそれを受け入れるべきなんだぞ」
呆気に取られたような表情から、ポロポロと涙を流した。それを見て俺は決めた。ここから無事出られた時に俺がこいつに支払う報酬は、普通の生活だ。正しい教育も受けさせよう。いつかその呪いも解いてやろう。普通の人として、普通に生活出来るようにしてやろう。……全く、我ながら長い話だな。
――その夜。
「はっはっはっ! 朗報だぞ!」
いきなり上機嫌で奴が来た。という事で演技開始。
「どう……なされましたか? ドッボ……様」
「人類どもが戦争を決定した。ここまでは予想通りだが、なんとあの勇者が魔族にも、そして人類にも反旗を翻した! これは面白い!」
あの馬鹿、何考えてんだ?
……いや、これは反省させるいいチャンスかもしれない。とっくに反省はしているだろうが、例えばここで俺が死んだという話を流せば、連中は涙目必至だ。……いやいや、もっといい方法がある。俺があいつに殺されるんだ。もちろん死んだふり。あいつ一生分の後悔をするぞ。ひっひっひっ……。
「おっ、貴様も悪い顔をしているな」
そう取ったか。好都合!
「ドッボ様、ひとつご提案が……ございます」
「うん? ……いいだろう。そのための貴様でもあるからな」
あ、そうなんだ。てっきり人質だけかと思ってたけど、別の用途もあったのね。……ん? という事は、今俺は魔族側を操る立場にあるって事か。これは騙し甲斐がある!




