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第三十一話  多国間連携協議(前編)

 謝肉祭が終わって三日。カナタがいなくなってからも三日。

 今日私たち四人と一羽は、多国間連携協議という、今回の事件に対する人類側の回答を話し合う場に、当事者として向かう事になった。

 「どこが来るの?」

 「全部だよ。オレがいるからアイシャには手を出させないけど、それでも目立つ言動は厳禁だからね」

 「……分かった」

 他国の中には私の存在をよしとしない国もある。そういう事。


 向かう先は大陸南東部に存在する、大陸一小さな国家、ホラン。三つの大国から押し潰されるように存在する城塞都市国家だが、とある理由により六千年前から現在まで、どこの国からも侵略を受けた事がない。

 「寄り道する時間はないんだ。悪いね」

 「いいよ。私はどうせ歓迎されないから」

 その理由は二つ。一つ目はここが英雄イリクスの出生の地であり、亡くなった場所だからだ。言ってしまえばこの世界の聖地であり、不可侵の場所。だからイリクスの生まれ変わりだと言われている私に対する反感はかなり強い。

 「……なあ、本当にあたしたちもいいのかよ?」

 「いいんですよ。皆さんはこれからの交渉における、私の切り札のひとつですから。ただし相手は大陸七勢力の長たち。言動次第では私自身が処分を下す事になります」

 「うわ……あたし大丈夫かな……」

 「わたくしがフォローしますよ」

 「それは……心強いね。あはは」

 さすが本物の王女様。といっても結構庶民の暮らしに染まっているから、少し心配。そしてそれでもジリーは緊張しているね。

 私たちは二台の馬車に分かれた。私・トム・シアと、フューラ・リサさん・ジリーだ。その他親衛隊も数名同行し、馬車ごとに転送。



 ――城塞都市国家ホラン。

 直接の往来は出来ないので、まずはホランの門前に飛んだ。城門は閉まっていて、門兵が六人。こちらが車列を止めると、その中の一人が駆け寄ってきた。

 「グラティア王国の国王、トム=ヴァン・デー・ボンハルトです。通ってもよろしいですか?」

 「お待ちしておりました。どうぞ」

 重々しい門が開き、城門をくぐると空気が変わった。街中がピリピリと緊張ムードだ。

 ここホランは岩山を削って作られた城塞都市。さらには周囲の地形から、天然の要塞でもある。フューラならば落とせるだろうけど、私たちの技術力ではこれ以上なく難しい。

 ここが侵略を受けていない理由の二つ目がそれだ。つまり侵略しないのではなくて、物理的に侵略出来ないし、侵略側の損害を考えると圧倒的に割に合わないんだ。


 道中、私に対するホラン国民の目線が痛い。

 「気にしたら駄目だよ」

 「……分かってる」

 英雄の生まれ変わりがよりにもよって小人族の女だもん。それだけで私は好奇と拒絶の視線を浴びる事になる。

 分かっていたんだ。分かっていた。



 ――ホラン、首相官邸。

 協議の会場はこの国の首相官邸。そしてこの場所こそが、イリクスの生家跡。元は小さな家だったらしいけど、今はホランの中心部なので大きな屋敷へと変わっている。

 馬車が官邸の玄関前へ停車。私にとってはここが一番緊張する場面だ。なにせ一瞬無防備になる。

 「っと、フューラさんが来ましたね。ボディガードのつもりでしょう」

 「本当だ」

 ちょっとだけ安心した。少なくともフューラがいれば、何かがあっても対処してくれる。

 普通こういうところでは私が先に降りるんだろうけど、気を利かせたのかトムが先に降りて、私の手を握ってくれた。

 「ありがとう」

 「オレは国王である以前にアイシャの幼馴染だからね」

 今私が頼れる男性はトムだけだ。


 官邸の中はよくある邸宅。調度品が質素なのは、普段ならばこの官邸は丸ごと一般公開されているためだ。

 「ようこそお越しいただきました。わたくしがここホランの長を仰せつかっております、ハレルと申します」

 「わざわざお出迎え、幸甚の至りです。私はグラティア王国のトム=ヴァン・デー・ボンハルトと申します。まだまだ若輩の身であります故、本日はお手柔らかにお願い致します」

 トムの普段着に近い、どちらかと言えばラフな格好で出迎えてくれたハレル首相。そして目線はやっぱり私に。……しかし、私に向けて嫌味のない笑顔を作るだけで、何も言ってこない。

 「こちらは私の同伴者、アイシャ・ロットです」

 「あ、よ、よろしくお願いします」

 「こちらこそ。さあどうぞこちらへ」

 冷や汗脂汗で下着が大変な事になりそう……。



 ――会場、応接間。

 「ご同伴の方々はこちらへ」

 「いえ、いいんです。さ、中に入って」

 ハレルさんは私たちを従者の控え室へと案内しようとしたけど、それをトムが止めた。私たちはトムに従って部屋の中へ。

 会場はかなり広い応接間。そこに円卓があり、七つの椅子がある。すでにその席のうち五つは埋まっていて、トムは六番目だった。あと一人は……誰だろう?

 私たちは壁際で待機する事に。急遽椅子を用意してくれた。いつもは私の隣はカナタとフューラだけど、今日はリサさん。その横がジリーで、反対側の端がフューラ。シアはさすがに頭ではなく肩に乗っている。

 「遅れて申し訳ない。私で最後だね。さあ始めようか」

 重苦しい雰囲気を破って七人目が入ってきた。これで全員揃った。


 「ではまず私から自己紹介をさせていただきます。私はグラティア王国の王、トム=ヴァン・デー・ボンハルトと申します。長い名前なので、トムとお呼びください」

 「これはまたお若い方が王となられましたな」

 最後に入ってきた人だ。

 「はい。現在十七歳です。日々苦悩しながら国民のために働いております。今回は皆様方の博覧強記を真剣に勉強させていただきたいと思っています。よろしくお願い致します」

 「こちらこそ。では改めて我々も自己紹介と行きましょうか」

 この中で唯一の女性だ。その女性はトムから見て右隣の男性に譲った。

 「そうですね。では反時計回りで行きましょうか。私はラフリエ共和国のダート・ミップと申します」

 「次に私。ルーディシュ王国のセ・リーンと申します。以後お見知りおきを」

 「私はメセルスタン宗国のシャックリ。変な名前だと言うなよ」

 「ははは、貴殿は名前を気にし過ぎなのだ。あー私はフィノス帝国のアレクス四世だ。よろしく」

 「ナーシリコのユン・チュジカだ」

 「最後に私ですね。小諸国連合の代表として参りました、マツァーラと申します」

 「皆様、以後よろしくお願い致します」

 まだ顔見せ段階だからだろうか、みんなそれほど力が入っているようには感じない。そして部屋に最後に入ってきた人はフィノス帝国のアレクス四世だった。



 ――この大陸には六つの大国と複数の小国家がある。

 小国家は小諸国連合を組んでいて、六つの大国もそれを認め自身と対等の発言権を持たせている。

 この七つの勢力が三すくみの要領でお互いを睨み合い、その危うい力関係を以って平和を保っている。


 一つ目は大陸の西に位置する私たちの国、グラティア王国。

 豊かな自然と安定した気候がもたらす富は大きく、経済的に言えば最も安定している。ご存知の通り若年の王を採用する特殊な制度により、政治的観点で見れば他国からは低く評価されがち。トムは争いを好まないけど、これでも昔は他国への侵略行為を繰り返してきた。その結果が難民の蜂起に繋がったと言われているから自業自得ではある。


 二つ目の国は大陸南部に位置するラフリエ共和国。

 国土の半分が不毛の大地、砂漠。もう半分が肥よくな大地、ジャングル。七つの勢力の中では最も政治的に安定した国家であり、唯一の民主主義国家。ただし気候の関係上発展が遅く、ナーシリコ国から経済支援を受けている。しかしナーシリコの横暴で自分勝手なやり口にはうんざりしている様子で、他の国からの支援があればすぐ乗りかえるという噂。


 三つ目の国は大陸東にあるルーディシュ王国。

 唯一の内陸国。海を持たない代わりに陸路が発達していて、そのおかげで貿易強国。経済を握っている事は強いらしくて、他の六つの勢力からも一目置かれている。でもそれはどこからも狙われているという事をも意味している。八方美人ではあるけど、腹の中は分からない。そういう国。


 四つ目の国は大陸中央に位置するメセルスタン宗国。

 宗教国家であるメセルスタンは、七つの勢力で最も中立を貫いている。しかしそれは他者を徹底して認めないという歪んだ宗教観点から作られた中立。だから他者から勇者認定を受けた私の事は絶対に認められず、入国次第逮捕して宗教裁判を開き、死刑にしようとしている。トムが手を出させないと言ったのはこの事だ。


 五つ目の国は大陸北部に位置する巨大国家、フィノス帝国。

 七つの勢力の中で最も大きく、最も軍事力が高く、かつ喧嘩っ早い。些細ないざこざにも強引に武力介入し場を荒らす癖があり、特に小諸国連合が自身と対等の発言力を持っている事が気に入らない。今回の事で一番張り切ってるのはここで、魔族領どころかこれを足がかりに大陸全土をも蹂躙するつもりらしい。


 六つ目の国は大陸で最も東に位置するナーシリコ国。

 山岳国家で気候が悪く、晴れの日よりも雨の日が多い。それは人の心にも影響しているようで、他者を嫌い陰湿な性格の人が多い。大陸の正反対にあり気候もいいグラティア王国を目の敵にしている節があって、事実グラティア王国に来る出稼ぎ犯罪者は、そのほとんどがナーシリコ出身。あの魔貴族の屋敷があるのもここだ。


 七つ目が大陸に点在する小国家の寄せ集め、小諸国連合。

 大陸にある数多の小国家が、大国と対等の発言権を有するために作り上げた、言わば運命共同体。表面上は他の六つの大国もそれを認めてはいるけど、内心はどうかな? 小国家間での小競り合いが頻発していて、その度に周辺国や、特にフィノス帝国が出張ってくる。もちろんその事には腹を立てていて、内外共に一触即発状態。

 ちなみにここホラン国は、どこにも加盟していない完全独立国家。だからこそこうやって各国の長が顔を合わせる事が出来る。


 こんな危うい大陸の七勢力が一堂に会している――。


 そうだ、忘れてはいけないのが魔族領の存在。

 魔族領は海を一ヶ月ほど渡った先にある。魔族領内にも人類側の貿易拠点はあるけど、航路はナーシリコからのみだし、多分とっくに奪取されてる。そして人類側が入れるのはそこまでで、それよりも先は極少数の魔族側に認められた商人を除き、進入を許されてはいない。まさに未知の領域だ。



 ――協議開始。

 「ではトム王、そちらの方々の説明をよろしいかな?」

 フィノス帝国のアレクス四世が早速私たちの事を聞いてきた。この人を中心に会議が回りそうな雰囲気。

 「えっと」と言いそうになったところでトムよりも先にリサさんに止められた。そうか、ここは私が不用意に発言しちゃ駄目なんだ。私が名指しで発言を求められない限りは無言を貫こう。

 「えー、こちらの小さいのが例の――」

 トムの目がメセルスタンの人に行ってる。やっぱり警戒しているんだ。

 「何、国を一歩出れば私もそれほどうるさく言うつもりはない。……ただ、驚いてはいるがね」

 リサさんに軽く背中を押された。私から挨拶をしろという事だね。立ち上がってしっかりと姿勢を正した。

 「あ、えっと……トム王から勇者認定を受けました、アイシャ・ロットと言います。よろしくお願いします」

 勝手が分かんない! けど、とりあえずは大丈夫かな?

 「なるほど。本当に小人族の女性なんですね。あ、いえこれは誹謗ではなくただの個人的な感想ですよ」

 「は、はい」

 ラフリエのダート・ミップ首相は気さくな雰囲気の人だ。それでも何か気を遣わせてしまっているなあ。後で怒られるかもしれないけど、一言付け加えておこう。

 「あの、私としては色々言われるのはもう慣れているというか……なので、私への気遣いはいりません」

 「ははは、見抜かれていましたか。しかし先の襲撃でのご活躍は私の耳にも届いていますので、そう卑下する事はありませんよ」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 意外。もっとボロクソに言われるものだと思ってた。


 「次に他の者をご紹介致します。まずこちらの三名に共通する事としまして、彼女たちは別の世界からの来訪者であります。もう一名男性もいるのですが、残念ながら襲撃と前後して行方不明となっています」

 一斉に訝しむ声が上がる。当然だよね。

 「フューラさん。すみませんが、あれを見せてください」

 「はい」

 フューラは一歩前に出て、あの服装に着替えて丸いのと棒を取り出した。

 「僕はフェムティフューラと言います。これでも人間ではなく、中身はとても精巧に作られた機械ですので、技術的には数万年後の世界の存在でしょうか。そしてこれが僕の世界での武器です。さすがにここで撃つ訳には行きませんので、お見せするだけになります」

 「そして、我々はこれから彼女の持つこのような武器と対峙しなければいけません」

 にわかには信じがたいといった感じの面々。


 「次にリサさん」

 「はい。わたくしは異世界の国家、チェリノス連合王国の第十三王女、リサと申します。魔法研究家でもありまして、その実験最中に事故を起こし、こちらへと飛ばされてまいりました。年代としましては千年ほど後だと思われます」

 やっぱり王女と聞くと各々の目の色が変わった。そして同じ女性のルーディシュ王国、セ・リーン女王陛下が口を開いた。

 「これはこれは、王女殿下であらせられましたか。私も同じ女性としてシンパシーを感じるところがあります。よろしくお願いいたしますね」

 「はい、こちらこそ。セ・リーン陛下」


 そしてジリー。あー尋常じゃなく緊張してるのが分かるよ。大丈夫かな……。

 「えっと、じ、ジリー・エイス、と、言います。あ、えっと……はい!」

 最後諦めた! もう上の空で目線が泳いでいて、ガチガチに緊張しているからみんなにも笑われてるよ。

 「すみません。彼女はこのような場には全くの不慣れなのですよ」

 「あっはっはっ、それは見れば分かりますよ。何たってワーニール刑務所の服役囚なのでしょう?」

 小諸国連合のマツァーラ代表の言葉にぎょっとするトム。そして青ざめるジリー。

 「あっ!! やっ! ……ちゃった」

 ジリー、あの刺繍の入ったTシャツのままだった。私たちもなぜか誰も気付かなかった。

 「こ、これは……」

 トムも困惑してる。……よし!

 「保護目的で一旦刑務所に入ってもらっていたんですよ。ね?」

 「あ、そ、そうなんです」

 ナイスフォロー私! 皆さんにも納得してもらえた様子。


 「んんっ、そして最後にですね……シアさんこちらへ」

 シアはトムに呼ばれ、その腕に止まった。

 「みなさん、六千年前の戦争はもちろんご存知ですよね。その時英雄イリクスが倒した相手、女性魔王プロトシア」

 もちろんみんな知ってる。この世界でそれを知らない人はいない。

 「プロトシアは最後、魔族の力を自身に封印し、ズーの子供へと姿を変え、消えた」

 「……待て待て、まさかそ奴がそうだと言い出すのではないだろうな!?」

 シャックリ教皇はさすがに宗教国家の長だけあって、こういう話にはとても敏感に反応した。

 「そのまさかです。このズーの子供こそが、本物の女性魔王プロトシアです」

 「そんな事が信じられるはずがなかろう!」

 「でしょうね。私も今現在ですら半信半疑です。しかしこの鳥は人の言葉を聞き分けられますし、魔法も使える。何よりも六千年前の真実を我々に教えてくれました」

 シアは円卓の中心へと移動。まるで自分が非を全てかぶるとでも言いたげ。


 「魔族側の要求を突っ撥ね、人類側から侵攻を開始した。だろ?」

 驚いた。ナーシリコのユン・チュジカ主席が一番に回答を持ち出した。

 「ええ。しかし何故それを?」

 「ユチッダ=ドンク・ロー・ドッボ」

 理解していない五人に対して、トムと私たちは驚きっぱなしだ。ユン主席の出した名前こそ、例の魔貴族だからだ。

 「ドッボからの入れ知恵だ。今回の襲撃、裏で糸を引いていたのは奴だ。……何故それを公にするのかと不思議そうだな」

 「え、ええ。失礼ながらナーシリコ国にはあまり良い印象を持っていないもので」

 「ふんっ、だろうな。こちらも同様だ。だからこそ話すべきだと判断した。奴は言っていた。魔王プロトシアが復活し、グラティア王国の王都コロスを欲したとな」

 ざわつく周囲。そして机を叩き立ち上がったトム。

 「我々の自作自演だと言いたいのか!? あり得ない! そんな事は断じてない!」

 「ならば聞くが、その焦りはなんだ? 答えられないだろう?」

 そういう事か。あの魔貴族の言った魔王とは目の前のシアであり、そしてフューラの武器を見て、さらには異世界の武器を持ち込まれたのが王都コロスだけという事もあって、あの魔貴族と私たちとがグルであるという結論を導き出したんだ。これはまずい。

 「……ならばこちらからも聞こう。そちらは今回の襲撃はドッボが裏で糸を引いていたと断言した。もしも我々の自作自演ならば、何故そちらは奴が裏にいる事を、そしてプロトシアの復活を知っている? 本当に自作自演であるのならば、それを漏らす事自体が自殺行為である事は誰にだって分かる。そして件の魔貴族はナーシリコに居を構えている事は調査済みだ。そちらこそ逆恨みにも等しい感情を振り回し、こちらを貶めようとしているのではないのか?」

 「こちらが襲撃に手を貸したと言いたいのか? それこそ言いがかりだ! 確かに貴様らには不満以上の感情を持っている。しかし魔族や異世界の武器を使用しての襲撃など起こすはずがない! そんな事をすれば他勢力からの介入がある事は目に見えている!  我々とてそこまで馬鹿ではない!」

 平行線。


 「まあまあ、ご両人とも一旦落ちつきなさい」

 二人の睨み合いを止めたのはメセルスタンのシャックリ教皇。

 「……失礼致しました」

 先に引いたのはトム。ユン主席も座った。シアは居た堪れなくなってか、私の元に戻ってきた。

 そして次に口を開いたのはまたフィノスのアレクス四世。

 「そこにいる鳥が六千年前の魔王であろうとなかろうと、喧嘩を売られたのは我々なのだ。そして黒幕はその魔貴族である事は明白。その魔貴族は現在ナーシリコにいるのだろう? ならばもちろんその身を引き渡してもらわなければいかん」

 「そうだな。そこのところはどうなのかね? ユン主席」

 アレクス四世とシャックリ教皇は年長者な事もあってか、七席の円卓を引っ張っていっている。そして指名されたユン主席は苦々しい表情だ。

 「……奴はもういない。我々とて何もせずただ傍観していた訳ではない。しかし屋敷に踏み込んだところでもぬけの殻だった」

 「ならば聞くが、そちらはどこまで知っていたのだ?」

 「何も知らん! 少なくとも今回のような複数の国への襲撃は一切知らんし、関与もしていない!」

 「……少なくとも、という事は、グラティア王国への一度目の襲撃は知っていたという事か?」

 目を逸らした。それを見ていた小諸国連合マツァーラ代表が口を開く。

 「なるほど。襲撃は知っていたものの、嫌悪する国への攻撃ならばと、わざと見逃したという事ですか」


 明らかにイラッとした表情のユン主席。

 「そちらとて、フィノスへの攻撃を企てる者がいても見逃すだろう?」

 「ははは。安く見られたものですね。我々連合はマッチ棒のようなものなのですよ。内を見ればいつでも火が点きかねない状況にあり、他者からから見れば折る事も消す事も容易なのですよ。もちろん他者から意図的に火を点けられる可能性もある」

 「なれば」「だからこそ!」

 ユン主席の反論を、連合のマツァーラ代表は強い言葉で押し止めた。

 「だからこそ、我々は他の強国へ喧嘩を売るような事はしないのです。我々は分を弁えている。連合内でのいざこざは数多起こしていますが、しかし一度たりともあなた方六大国へと矛先を向けた事はない! アレクス殿にも、もう一度申し上げますが、我々は分を弁えている。自身をすり減らすような真似はしない。いつだって強者に食い散らかされるだけなのですよ」

 不満が溜まっている事を暗に示しているマツァーラ代表。その視線はアレクス四世へと向けられ、当のアレクス四世は余裕の表情でそれを迎え撃っている。


 グラティア王国とナーシリコ国は仲が悪い。それはナーシリコの一方的な逆恨みに端を発するもの。

 一方小諸国連合とフィノス帝国とも仲が悪い。これはフィノスが小国同士の小競り合いに何かと手を出すためだ。

 そして残りの三国にも問題はある。


 「皆さん、今は我々でいがみ合っている場合ではないでしょう?」

 「……そういうダート・ミップ首相もユン主席には是認出来ない部分があるのでは?」

 マツァーラ代表はラフリエ共和国のダート・ミップ首相にも切り込んだ。

 「ははは、何を突然に」

 「今更隠したところで既知の事実。ナーシリコの身勝手な振る舞いに散々振り回され、辛酸を舐めさせられているでしょうに。早く手を切りたいとお思いなのは、ユン主席含め、ここにいる皆が知っていますよ」

 「そんな事は――」

 言葉に詰まるミップ首相。それが答え。

 「マツァーラ代表、いい加減にして頂こうか。個人的な憎悪を撒き散らすのはさすがに許容出来ませんぞ」

 シャックリ教皇だ。

 「そうですよ。皆さん一旦落ち着きましょう。ね?」

 そしてセ・リーン陛下も。熱くなっていた人たちは溜め息を吐き、言葉の殴り合いを止めた。ナーシリコ国、ユン主席以外は。


 「ではひとつ聞くが、何故ルーディシュはラフリエに資金援助をしない? 陸路貿易での収益は七勢力の中でも随一だ。グラティアも安定した経済なのにどこにも援助しないじゃないか」

 売り言葉に買い言葉。トムは乗ってしまった。

 「グラティアは国内で回す分には安定しているが、対外支援となると話は別だ。ルーディシュは板ばさみになりますからね。支援した途端後ろから剣を振り下ろされでもしたら、たまったものではないでしょう」

 「……それは、ラフリエがルーディシュに乗り換えた途端、我々がルーディシュに戦を仕掛けると言いたいのか? 何を馬鹿馬鹿しい。そういうグラティアこそラフリエと手を組んでメセルスタンに攻め入る可能性がある」

 「それこそあり得ない。我が国とメセルスタンとは友好関係でこそないが、だからと言って攻め入る理由は何一つない」

 「いや、ある。聞くところによると、メセルスタンは勇者を認めず、国内に入り次第死刑にするつもりだそうじゃないか」

 ……ユン主席は、私を見やり指を差した。

 「そしてトム王、あなたはそこの勇者と幼馴染だと聞いたぞ。さらには恋仲であるともな」

 「えっ!? ちょ、ちょっと待ーった! なんで私とトムが恋仲なんですか! 幼馴染なのは認めるけど、それと私が勇者認定を受けたのとは全く別の話だし、恋仲だなんて全くそんな事ひとかけらもありませんからっ!!」

 って、何でみんな残念そうな顔してんだよ!


 と思っていたらメセルスタン宗国のシャックリ教皇が咳払い。

 「んんっ! ……我が国は中立国家だ。私自身争いを好まないので、勇者が我が国を避けてくれるのであれば、こちらから手は出さない。これは約束しよう。もちろん勇者というものを認める訳にはいかないので、国内に入った場合には、身の安全の保証はしかねるがね」

 これで収まる、と思ったらまだだった。

 「……中立国家、ですか。ラフリエへの貿易陸路を適当な理由をつけて定期的に封鎖し、開錠経費を裏金として送金するように迫っているのは、果たしてどこの何方でしたかね?」

 ルーディシュ王国のセ・リーン陛下だ。裏金……すごい話が飛び出しちゃった。

 「え、私はそんな話聞いた事ありませんよ? まさかルーディシュからの支援の話がないのって……」

 青くなるミップ首相と、苦虫を噛み潰したような表情のシャックリ教皇。

 「ええ。ナーシリコの出している全額ではありませんが、ラフリエへの経済支援の計画は存在しております。しかし現状、ルーディシュからラフリエへは必ずメセルスタンを経由しなくてはいけません。そして、それをメセルスタンに打診した結果返ってきた答えは、支援金の三割を寄越せ。さもなくば陸路を封鎖する、というものでした。これが我がルーディシュからラフリエへ経済支援を送れない原因です」

 「デタラメだ! 何故我々がそのような事をせねばいかんのだ!」

 「おや、デタラメと申しますか。話によれば、最近メセルスタン内では宗教闘争により信者離れが起こっているとか。おかげでお布施も減り、さらにはラフリエの成長により焦りを見出していると聞きます。充分な理由ではありませんか」

 シャックリ教皇撃沈。

 「後はそちらだけなのですけどね。ユン・チュジカ主席」

 「ふんっ」と顔を背けたユン主席。


 「なあセ・リーンよ。我が国としては強行して頂いても良いのだぞ? 貴殿の背中は私が守ろう」

 「まあ! うふふ。アレクス様は正義の騎士を気取っておられるようですが、ナーシリコへの武器の密輸という大案件、いかがなさるおつもりですか?」「なっ!?」

 またとんでもない話が……。

 「おやおや、もしや貿易のプロである私を騙し通せるとでも?」

 「……これはナーシリコからの申し出だ」

 「待て待て! 元はといえばフィノスが不要になった武具一式を譲ると持ちかけたのが始まりだろう! それをあたかもこちらから欲したかのような言い草は看破出来ない!」

 「しかし密輸でやりたいのでルートを確保してほしいと言ったのは、そちらではないか!」

 次はナーシリコとフィノスか。

 「……それでか!」

 声が上がったのは小諸国連合のマツァーラ代表。

 「加盟国の一部を脅し金を出させ、専用の貿易ルートを設けさせた話があります。まさか武器密輸ルートのためにだとは。……フィノスへの反感はあれどその手腕は買っていましたが、貴殿には失望を禁じえません」

 「待て、誤解だ! 全てはナーシリコの策略なのだ!」

 「策略!? 何をぬけぬけと!! さてはドッボの件も裏で糸を引いていたのはフィノス、貴様か!!」

 「なっ、何だと!! 我が国にも被害があったのだぞ! むしろ被害のなかったメセルスタンとナーシリコこそが黒幕であろう!」

 「私を巻き込むな! 大体フィノスが誰彼構わず喧嘩を吹っかけるのがいけないのだぞ!」

 大荒れ。それしか言葉がない。


 「あの、ひとつよろしいでしょうか?」

 誰かと思えばリサさんだ。

 「皆様方、悪役の擦り付け合いはそこまでにして、一旦休憩に入ろうではありませんか。何よりも現在はこのような罵り合いをしている場合ではないのでは?」

 予想外のところから水を差され、みんな咳払いをして大人しくなった。やっぱりリサさんも一国の王女様なんだね。

 「……確かにそうだな。ここいらで休憩としよう。十分後に集合でよろしいか?」

 各々承諾の返事をして、休憩。


 ……でもさ、まだ私たちの自己紹介が終わった段階なんだよね。一歩進むどころか踏み出してすらいない。なんていうか、正直失望してる。



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