第二十六話 博徒
――二日目。
「何でまたいつのまにか俺の家に集合してんだよ?」
「何でだろね?」
はあ……、仕方のない連中だな。
ジリーの寝床はフューラの工房になった。暗い過去を持つもの同士だが、二人とも心の切り替えが進んでいる様子。
「二日目は歌劇があってね、それが王都コロスの由来でもあるんだ。昔は劇場も複数あって、街中どこにいても歌が聞こえるとまで言われたらしいよ。今はすっかり武術大会に人気を取られているけれどね」
「歌劇の人気が過激なものに取られた訳か」
「つまんないよ」
「さーせん」
という事で本日はその歌劇を見に行ってみる事に。
開催場所はコロシアムだった。そこに木組みで即席の舞台が作られている。五日目にはここでアイシャが戦う訳だな。
「こういうのはリサさんなら造詣が深そうですね」
「そうですね。国王主催の演劇鑑賞もありましたので、王女として恥じない程度には審美眼を持っているつもりですよ」
さすが。しかし俺を含めたその他は皆素人だな。
席に座り、歌劇が開演。この演目は悲劇であるとの事。さてどんなものかな?
――中略、閉幕。
内容を掻い摘んで話すと、博打の必勝法を知るために殺人を犯した主人公が、最後には全財産を失い、殺した霊に追われ自殺する話であった。因果応報という奴だな。
「さてリサさんのご感想は? ……って、顔青いけど大丈夫ですか?」
「……え、ええ。大丈夫です」
みんなも心配している。そしてアイシャが質問。
「もしかして幽霊怖い?」
「いえ、そういう事ではありません。……えーと、この歌劇はいつごろ作られたのでしょうか?」
「私は分からないよ。劇団の人に聞いてみようか?」
という事で楽屋裏へ。さすがにぞろぞろと行く訳にもいかないので、アイシャとリサさんだけ。俺たちはコロシアムの入り口で待つ事に。
数分であっさりと帰ってきた二人。
「どうでしたか?」
「……先にお昼をいただきましょうか」
確かにお腹はすいた。
――移動。
コロシアム近くのレストランに入り食事。
「……高くね?」
「観光客相手の便乗値上げでしょ。どこでもやってるよ」
商魂たくましいな。
食事を終えて本題へ。
「言いたくない事ならば言わなくて構いませんよ。俺も確信が持てないから言っていない事、ありますから」
リサさんは厳しい表情で考えているが、覚悟を決めたかのように話し出した。
「……あの歌劇、わたくしの知るものとそっくりだったのですよ。主人公の名前も一緒。台詞までは詳しくないのですが、それでも……。なので、驚いてしまったのです」
俺とフューラとの相似点のみならず、リサさんとこの世界との相似点も出てきたか。これはいよいよ以ってひょっとするとひょっとするのかも。
「実は、俺が昨日フューラにした鼻歌に対する質問。あれも同じ理由だったんだよ。フューラの鼻歌は、俺が知ってるとある歌とそっくりだった。これはもしかしたら、俺たちは異世界人なんかじゃない可能性がある」
一気に雰囲気が変わった。皆真剣にその可能性について考察している。
「……それに確信が持てないから、私たちには伏せておいたって事?」
「そういう事。考えてもみろ、下手したら俺たち全員が何かしらの血縁者だ、なんて可能性すらはらむ話だぞ? そんな荒唐無稽な話を鼻歌や歌劇だけで断定するなんてのは浅はかだ。それこそただの偶然で済ませるほうが何倍も現実味がある」
溜め息を吐きつつも頷くみんな。
「歌にはあたしは関係ないね。知ってる歌だってひとつだけだしさ」
「そのひとつが当たる可能性もあるぞ?」
すると顔が赤くなるジリー。どうした?
「……歌えなんて言うなよ。あたしは……そのー……」
「あー、苦手なのか」
顔を手で覆い本気で恥ずかしがりながら小さく頷いた。なるほどジリーは音痴と。それはそれで興味を引かれるのだが、強要すると拳が飛んでくる可能性もあるのでここは触らないでおこう。
あとはのんびり出店を巡って終了、のはずだったが、最後にフューラに呼び出された。
「例のものが直りましたのでお渡しします。リサさんにも見てもらいたいものがありますので、すみませんがお願いします」
呼び出されたのは俺とリサさんだけだが、ジリーはフューラの工房に泊まっているし、一人は興味本位丸出し。結局全員での移動となった。
――フューラの工房。
「また壊すなよ」
「あはは、さすがにもうやりませんよ。なので……普通に見せちゃいます」
さてどんなものかな……と奥から出てきたのは、パイプフレームむき出しで手作り感満載の”ザ・無骨”なバイク。いや、いわゆるホバイクだな。なにせ車輪がなく、地上から十センチくらい浮いている。ライトは丸目単灯で一応ウインカーやブレーキランプ付き。……フロアがあるからバイクじゃなくてスクーターだこれ。ちゃっかりカゴ付きで、スタンドをかけなくても直立して静止している。
「エンジン排気量は200ccです。燃料は僕と同じで、燃料口に入れば水でも土でも石でも何でも使えますし、内包エネルギーを抽出後は人体や環境に害のない気体として排出されます。浮上高の最終調整があるので跨ってみてください」
という事で乗ってみる。どれくらい下がるのかと思ったら、全然だった。それこそエアサスのような感覚。
「……はい、大丈夫ですね。一応1トンまでならば耐えられますが、さすがにそんな重い荷物は載せませんよね。それじゃあエンジン掛けてみてください。ハンドルの下に赤いボタンがありますよね? それを押してください」
「ん? 待て待てエンジン掛かってないのに浮いてるのか? こいつ」
「あ、先にその説明しますね。推進エンジンのほかに反重力エンジンも搭載しています。反重力エンジンは手のひらサイズの永久磁石のようなものです。両手でブレーキを握り締めて数秒待ってください。それで反重力エンジンも止まります」
という事で指示通りすると、確かに地上に着地。浮く時も同じ要領だ。
「んじゃエンジン掛けるぞ」
SF感満載の乗り物だ、それはそれはとんでもないエンジン音なんだろうな。
ッキキキ、ブルォンブルルル……。
「……あはは! うん、どう聞いても200ccのエンジン音だわ。期待外れ過ぎて逆に新鮮だわ」
「耳に馴染むほうがいいかなと思ったんですけど、変えますか?」
「いや、これがいい」
気付けばニヤけていた。これは……そうだな。初めて車を買った時の感覚だな。何もかもが楽しい。
「んーふふっ、見事としか言いようがない」
「よしっ!」
あーこいつも不安半分だったんだな。
「次にモード説明をしますね。左手にダイヤルがありますよね? それを回すとオンロード・オフロード・フライトモードへの切り替えが可能です」
「ん!? これ空飛べんの!?」
「はい。可能ですよ」
移動手段が欲しいとは言ったが、まさか飛行可能だとは。予想の上を行きやがった。
「ただし、まずは普通に乗って、浮いている感覚を掴んでください」
「……そうだな」
「説明を続けます。オンはハイグリップ、オフはローグリップ、フライトは文字通り空が飛べます。ただ飛行には練習が必要ですし、練習するにも街中で乗り回すには目立ち過ぎますので、謝肉祭が終わるまでは控えるべきかと思います」
目の前におやつがあるのにお預けを食らった気分だ。まさかお祭りが早く終わってほしいと思う事になろうとは。
しかしそうなると、これが家の中にあると気がそっちに持って行かれてしまうだろうな。
「フューラ、謝肉祭が終わるまではここに置いといて。終わったらうちに移動するからさ」
「はい。分かりました」
そしてこのホバースクーターに一番興味を持っているのは、何を隠そう勇者様である。そもそもこういう機械を知らない人間だからな。
「……乗るか?」
「あー、いやー、でもー」
ははは、ウゼーなおい。遠慮していても表情でバレバレだっての。仕方がないのでひょいと持ち上げ俺の前に座らせた。
「……ねえ!」「はいはい」
もうね、目がキラッキラしてんの。どこをどう見ても完全に”兄のバイクに初めて乗せてもらう妹”なのよ。それがまた面白くて吹きそうになっちゃうのよ。……あ、だからこいつに恋愛感情が沸かないのか。納得。
さて室内なので短い距離の往復程度だが、少しだけ動かしてみる。
ブルルルオォォ……。
妹も乗せているので慎重に低速で動かしたが、しかし少しの距離でも分かった。これ俺にとっては練習いらねーや!
「はっはっはっ! 元世界で乗ってたスクーターと感覚一緒だ! ……うおーやべーよ走りてーよー!」
と言ってるとエンジンが止まってしまった。もしや壊した?
「あ、推進エンジンに燃料ほとんど入れてませんでした」
「そかそか。一瞬壊れたのかと冷や汗が出た」
今日のところはこれで終わり。アイシャは不満げだが俺も不満だ。しかし時間も時間なので仕方あるまい。
次に、フューラはリサさんにネックレスを渡した。飾りっ気のないシンプルなデザインである。
「どうですか?」
「……合格です。込められる魔力は小さいですが、アーティファクトの器となりうるでしょう」
こちらは喜ぶというよりはほっとした様子。
「昨日、機械には魔法が効かないという事でもめましたけど、逆も然りなんじゃないかと内心不安だったんです。でも、僕でも心は込められるんですね。よかった」
「それは杞憂というものですよ。そもそもフューラさんは、カナタさんの銃に心を込めたではないですか。フューラさんにはしっかりと心があります。チェリノス連合王国第十三王女たるわたくしが保証しましょう」
「あはは、王女様にそう仰っていただけたならば、不安など一片もございません」
わざとらしくかしこまるフューラ。しかし嫌味ではなく、友達同士のじゃれ合いだ。
「よーしフューラ。俺はこれでもかと褒めてやるぞ! 何か要望あるか?」
「あー……いえ、その言葉だけで」「撫でてやろう!」
いつかアイシャにやったようにゴシゴシではなく、優しく撫でてやった。さてどういう反応を示すのか……って、泣いたぞおい。
「えっと……すみません……嬉しくって。僕の過去ってああいう感じなので、こう、何て言うんですかね……えへへ、すみません……」
確信した。フューラは褒められて伸びるタイプだ。
「……羨ましいです。わたくしまだ褒められていません」
「リサさんは軽率な行動でマイナスが貯まってるから当分は無理ですよ」
「うっ……」
何も言えなくなるリサさん。この好奇心の旺盛さは何なんだろうな。そしてリサさんだけではなく、他の全員が羨ましそうなのは何なんだ。
ともかくこれにて二日目は終了。
――三日目。
「そしてまた俺の家に集まるんだな」
「癖?」
「はあ……まー俺もとっくに諦めてるけど」
お世辞にも交通の便がいいとは言えない俺の家を基点にする事を、癖の一言で片付けてしまうのがこいつらだ。
「んで、今日は競馬だったな。街を丸ごと使うってどうするんだ?」
「大通りと広場とを結んだルートを三周。街の中だから狭い道もあって、落馬イコール怪我ね」
おいおい待て待てそれって怪我で済まないんじゃねーか? それともこの世界の人間はやはり特別にタフなのだろうか?
「お昼から開始だけど、この時間ならもう……ほら」
窓の外を指差すアイシャ。その先にはほうきに乗った青い服の魔法使い。
「気が早いな。……あれ? そういえばリサさんはほうきなんて使ってませんでしたよね? なくても飛べるんですか?」
「ええ。あのほうきはアーティファクトでして、飛行魔法の性能向上に一役買っているのですよ」
あ、なるほど。ほうきは補助装置なのか。
「……わたくしとしてはあの服装のほうが気になってしまいますけどね」
「服装? あー前に魔法使いの服にしたいって言ってましたよね。俺としては魔法使いや魔女って言ったら黒のローブを着ているイメージだけど、リサさんは元世界ではどんな服装してたんですか?」
「王女としてはドレスですが、派手さはあってもあまり可愛くありません。魔法研究家としては今のような普段着ですね。なので逆にああいう可愛い服装をしてみたいのですよ」
コスプレ好きか! という冗談は置いといて、確かに可愛い服を着たいという欲望は分からんでもないし、三角帽子くらいはかぶせてみたい。
「んー、競馬開始までは時間があるし、どうせならばみんなで服選びでもしますか」
「さんせーい!」「いいですね」「買わなくても見てみたいな」
よし、本日の行動決定。リサさんの魔女服選びと競馬だ。
――織物市場。
ここは初めて来た。織物市場というド直球の名称に違わず、布地からボタンから既製品から、服装関係ならばありとあらゆるものが見事なほど揃っている。ほとんどの店でオーダーメード承り中とあるのもさすがだな。
「フューラは今日もリサさんの監視。ただここでの主役はリサさんだから、今に限り節度を持っての自由な行動を許可します」
「はい、承知いたしました。さ、行きましょう!」
俺、元サラリーマンなんだぜ? 相手が王女なんだぜ? 普通ならば打ち首不可避だな。
そして俺からの許可を得たリサさんは、まさに水を得た魚。……雪を得たギンギツネ? な感じでお買い物を楽しみ始めた。
「そういえばアイシャのその服って学生服か?」
「違うよ。んーあの頃の服も着られるサイズだけどね。ただ私って昔は暴れてたから、学生服はとっくにボロボロになっていて、今更着る気にはなれないよ」
ありゃ。という事はそういうデザインの服装なのか。
「でもなんで? あー待って当てる。うーん……カナタの世界の学生服にそっくりなのかな?」
「おー正解。だから俺はずっとアイシャは学生服を着まわしてると思ってたんだよ。ほら、学生服って毎日着るものだからしっかりした作りだろ」
すんごく納得した様子のアイシャ。
「じゃあジリーのあの服装は?」
「えっ!? いきなりあたしかよ。あれは……ファッションのひとつだね。雑誌のモデルがあーいう格好してたの。んで、それを丸ごと真似した」
「真似した? 盗んだの間違いじゃないの?」
嫌なところを突く勇者様だ事。
「……あのなー、あたしは確かに六人殺して五人を暴行した凶悪犯だけど、盗みはしてないし体を売るような真似もしてない。あたしが罪を犯したのだって、理由があっての事だ。まー確かに、理由があったとしても殺人は許される事じゃないし、死刑は当然だと納得してる。だけどな、あたしは死に物狂いで生きてきたんだよ。それを笑われる筋合いはないし、そんな言われ方をされれば誰だって腹立つっての!」
「……ご、ごめん」
不快感を隠さないジリーにあっさりとやり込められる勇者様は、ばつが悪そうに謝っていた。
それから二時間ほど、ようやく二人と合流。
「王女様のお眼鏡にかなう反物はありましたか?」
「ええ。さすがに値は張りましたけど、満足出来ました。出来上がるには一週間ほどかかるそうなので、ゆっくり楽しみに待ちましょう」
ちなみに俺の知らないところでリサさんも王宮の依頼を受けてお金稼ぎをしている。フューラはあれでも大臣なので国持ちだそうな。といってもフューラは研究費以外ほとんどお金の掛からない人だけど。
――競馬スタート時間。
空を見上げれば無数の魔法使い。一部どう見ても魔法使いに見えない人も浮いているが、そういえばアイシャも一応浮けるらしいので、そういう事なのだろう。
「私たちも空に上がる?」
「お前ら三人とシアはいいけど、俺とジリーは空飛べないぞ」
なんて言ってるとジリーにつつかれた。
「なあちょっと! 競馬なのに走ろうとしてる人がいるけど、あれなんだ?」
ジリーの質問した先に目をやると、本当に馬の後ろで走る気の連中がいる。しかも結構な人数。えーっと……二十人近いかな?
「あー、えっとね、馬以外に人も走れるんだよ。今からでも参加可能だから、自信があったらどうぞ」
なんだそれ。まあ余興かな?
「……あたしやってみたい! いいかな?」
「なんか妙に楽しそうだな。んじゃ、迷惑をかけない事。殴るなんてもってのほかだぞ。それが守れるならば参加してもいい」
「おうよ! いよーし、馬追い抜いて一位になってやんよ!」
いやいやさすがにそれは無理だろ。結局アイシャはリサさんに抱えられて、シアは俺の肩に乗ったまま、俺はフューラの飛行装置の半分を借りて、フューラの操縦で空からの観戦と相成った。
スタート時刻。風魔法の一種を使って実況がこだまする。魔法って本当便利だな。
「レディースエーンド、ジェントルメーン! さあさあやって参りましたグラティア王国謝肉祭名物、王都コロスを丸ごと使用した王国公認の賭け競馬! 今年は二十頭の馬と、同じく二十人がランナーで参加。実況はわたくしカミマクールと」「解説のバジートフがお送りいたします」
実況も解説も女性だ。そしてどちらも不安要素だらけの名前。
「さて今回の注目馬ですが?」
「人気で言えば3番の「マカナイテイショク」ですね。まかないのほうが美味いじゃないかとの声が人気の秘密のようです。次は12番の「トッカンテツヤオー」。二年連続出場でして、今年も突貫徹夜での調整、その真価に期待が高まります。そして個人的に推すのは7番の「オマカセカクテル」ですね。バーテンダーは意外とお任せを歓迎しているそうですよ。私もこれが終わったら呑みに行く予定です」
「なーるほど! ちなみにわたくしが推すのは19番の「スンゴイショーゲキ」です。地方から来た馬ですが、なんと転送させずに走って来たというからすんごい衝撃の馬です」
俺たちも一応馬券を購入。連複で俺が3-6、アイシャが12-19、フューラが7-11、リサさんが3-14、そしてジリーは3-7だ。みんな結構手堅い……はず。
「シアはどうする?」
(……?)
「遠慮するなよ。こういう時は一緒に楽しむもんだ」
(うん!)
魔王のくせして人に気をつかうのだけは一級なんだからなー。そんなシアは5-12を選んだ。これで全員の馬券購入完了。
ジリーはランナーとしての参加だが、彼女以外、馬やジョッキーも含めて全員男。妨害にキレて暴れなければいいけど。
「さてランナーでの有力候補ですが、一番は前年覇者のアンペア選手でしょうね。次に双子ランナーの弟、ヨー選手でしょうか。ちなみにお兄さんは昨日食べ過ぎてお腹を壊し棄権だそうです」
「私としては女性選手が一名いるのが気になりますね。飛び入り参加との事ですが……資料が来ました。えーと、山頂監獄の服役囚だそうです。名前はジリーさんですね。どのような走りをするのか注目です」
しっかり手を振って目立っているジリー。アイシャたちも面白がっているが、俺としては何事もなく済んでもらえればそれでいい。
「さあスタートの合図は今年もリビル大臣……っと今は王立図書館の館長でしたね。失礼致しました。リビル館長がつとめます」
観衆が見守る中、ついにその火蓋が切って落とされる。
「用意!」と一言、空に魔法が放たれドンッ! といい音。号砲と共に走り出す二十頭の馬と二十人のランナー。
――レーススタート。
俺たちは空から観戦中。同じ考えの魔法使いがわんさか空に上がっており、さながら秋口に空を覆い尽くすトンボの群れだ。
レースだが、馬に混じって走るジリーは序盤から物凄い勢いでぶっ飛ばす。あれ絶対体力持たないぞ。
「ジリーがんばれー!」
一方のこちら女子連中は黄色い声援。
実況を聞くに、今回の馬はとにかく濃い面子の様子だ。そしてこの長いコース。間違いなく下馬評は無意味だ。
馬の集団が狭い道で速度を落としている隙にジリーが追いつきやがった。あいつやっぱり人間じゃねーな。……っと落馬したぞ?
「大丈夫ですかね?」
俺に半分飛行装置を貸してくれているフューラが心配している。
「んー、この世界の住人は頑丈だから大丈夫じゃないかな? ほら」
「あー本当ですね。怪我なくてよかった」
毛はあるけどな。
ジリーが手を貸して騎手が戻り、また走り始めた。
その後もジリーの激走は続き、終わってみれば馬群の中に混じって四位、もちろんランナーの中ではぶっちぎりの優勝だ。
「ジリーやった!」
「あ、待て待て今は下りるな。俺らが目立つのはまずい」
一旦みんなを制止させる。
「ちなみにみんなだと何位になれる?」
「私は完走が精々かな。体格小さいし」
「僕は疲れないので完走は余裕ですけど、速さが違いますから馬には追いつけませんよ」
「わたくしは完走すら……」
つまりジリーは俺たちの中でもトップの運動神経という事だな。さすがは遺伝子操作を受けているだけはある。……なんて本人の前では絶対に言わない。言ったらきっと殴られる前に泣かれる。
競馬は続き、最後は四頭ほぼ同着という劇的な幕切れ。そして俺たち全員が予想を外した。
「まー賭け事なんてこんなもんだよね。なんであの時は全額スっちゃうほど入れ込んだんだろう?」
「連中にとってはそれが商売だからだよ。次は勝てるかもという気にさせるんだよ」
「そっか。あー……んと、その後の事も含めて、改めてごめんなさい。思い出したら自分が情けなくなってきた。あはは……」
「反省は口じゃなくて態度で示せよ」
「うん。分かってるつもり」
つもりかよ。
思えば元世界ではよく上司から、口ではなく売り上げで示せと言われたものだ。結局売り上げで示そうとも平社員への見返りは一円たりともなかったが。
「ジリーのインタビューだって」
それはそれで興味がある。
「――はい解説兼リポーターのバジートフです。それでは今回、あまりにも超人的な速さでゴールしたランナーのジリー選手にインタビューしてみたいと思いまーす。さてジリー選手、これは一体全体どういう事なんでしょうか?」
「あー……あれです。高地トレーニング。ほら、あたし山頂監獄の囚人だから」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「だと思いますよ。あははー」
思いっきり誤魔化しているな。まー真実は言えないか。
「ちなみに資料ではお名前と山頂監獄の服役囚である事しか書かれていないのですが、他は秘密ですか?」
「秘密というか何というか……」
ジリーがこっちを見ている。俺は腕で大きくバツ印。
「あー……そういうのは言わないようにって監視役から注意を受けていて、だからちょっと」
「なるほどそういう事でしたか。これは失礼致しました」
その後も何となくインタビューを切り抜けたジリー。
――合流。
諸々が終わったのでジリーと合流。ジリーは優勝の盾を手に入れていた。
「おめでとう名ランナー」
「あはは……えっと……まさか、だったんだよ。あたしとしてもね。だから、なんというか……」
ばつが悪そうなジリー。ここまで大きく目立ってしまった事を迷惑行為と捉え、罪悪感を覚えているのか?
「気にする必要ないよ。実力には変わりないでしょ」
アイシャのフォローにも苦い表情のジリー。
「……んー、そうなんだけど、さ。三周だと思ってて、途中で棄権するつもりだったんだよね。あたし……あれでしょ? だから他の真面目に走っていた人に悪いなーって」
「そっちか。でもそれは杞憂ってもんだ。完走すれば賞はみんなもらえるし、お前だって真面目に走ってたんだからな。むしろ途中でわざと棄権するような真似をするほうが失礼だ。だからちゃんと喜ぶ事」
「あー……そうだね。あはは」
恥ずかしそうに笑顔を見せたジリー。こういう表情していれば本当に可愛いんだけどなー。




