第二十四話 はじめてのだんじょん
王都襲撃から一夜明け――。
「カナター! ちょっと手伝ってー!」
「はえーよ! 今何時だと……って、えっと……」
アイシャを怒鳴ろうとしたら、その後ろにいつか見た黒ぶちまん丸メガネのお嬢さん。
「武器屋リコールのレイア・エルレイオンですよ」
「あ、そうだそうだ。んでレイアさんは何の御用かな?」「おじゃまー」「って、お前さっさと人の家に上がり込むんじゃねーよ!」
フリーダム勇者、ここに健在。
「仕方ないなー。レイアさんもどうぞ」
「あはは、お邪魔します」
「おなかすいたー」「知るか!」
仕方なしに朝食を作り、話を聞く。
「んで?」
「あー、うんとね……こうなっちゃった」
アイシャが取り出したのは自身の剣。うん、中心からポッキリ行っちゃってます。
「お前これ結構高いんじゃないのか? どんだけぞんざいな扱いしたらこんな折れるんだよ」
「えっと、それが――」
――アイシャの回想。レイアの工房。
私は昨日あれだけ暴れまわったのが気にかかって、剣のメンテナンスをしてもらおうとレイアの工房にお邪魔。朝早くだったので作業前に話が出来た。
「レイアごめん。この剣のメンテナンスお願い出来る?」
「いいよ。えっと……あーこれ先に外さないとだよ」
リサさんが付けてくれたアーティファクトを外さないと駄目みたい。ワンタッチで外れるので、その場で取った。
「これでいい……」ボキッ! カランカラン……。
一瞬の事で私の脳が目の前に広がる光景を全力で拒否しています。
「……」
「……」
レイアを目を合わせ、二人とも言葉が出ません。
「すぅ……ふぅ……、んえええええっ!!!」「いやあああああっ!!!」
深呼吸の後、それはそれは思いっきり叫びました。
――回想終わり。カナタ視点、カナタの家。
「なるほどな、指輪を取った途端に折れたと。修復は?」
「不可能です。折れたのはこの一点だけに見えるけど、他の部分もいつ折れるか」
さすが武器職人、よく分かってらっしゃる。そしてつまり本当に駄目という事か。
「あーあ。お前がちゃんと扱ってやらないからだぞ。もったいないなあ」
「私のせいじゃ……私のせい、だーけーど! カナタにそこまで言われたくない! それに……ね」
目を見合わせなにやら言い辛そうなアイシャとレイアさん。
「……これ、私のせいでもあるんですよ。私の技量不足。それとアイシャの技量不足とが合わさって当に限界を超えていたのを、アーティファクトの力で無理矢理生きながらえさせていた。だから、アーティファクトを取った瞬間に寿命が来て折れてしまった」
あの指輪は延命装置だった訳か。知らずに使ってたらとんでもないタイミングで折れていたかもしれないな。
「……あ、何でうちに来たのか読めた。修行に付き合えって事か」
二人とも同時に頷いた。
「正解です。私たち鍛冶師にもレベルがあって、ある程度は剣を打つだけでも行けるんだけど、でも成長の伸びがすごく鈍る。だから今回は実際に自分で体を動かす事で、鍛冶の腕も一気に伸ばそうと」
「そしてあわよくば戦利品も手に入れちゃおうかなーって。今回行こうとしてるのは洞窟じゃなくて、ダンジョンなんだよね」
「ん? 洞窟とダンジョンって同じじゃないのか?」
という俺の疑問には、アイシャが答えた。
「ううん。洞窟は自然に出来た穴で、モンスターはあんまり多くないんだ。壊滅させればもう増えないしね。ディ村の洞窟覚えてる? あの虫だらけの。あそこは珍しく量が多かったけど、今は奥の虫だけでモンスターはいないはずだよ」
つまり一回限りの使い捨てか。
「それに対してダンジョンは人工的に作られたり、モンスターの巣として機能しているんだ。そして倒しても倒してもモンスターが復活する。モンスターを倒した時って黒い砂になるでしょ? あれが逆流する感じでモンスターになるんだ。何でそうなるのかは不明だけどね」
ダンジョンは何度でも繰り返し使えると。
最後にレイアさんが最重要の説明。
「そしてですね、ダンジョンのモンスターはまれに固有の素材を落とすんです。鉄や銀といった見慣れたものから、火薬や宝石、果てはミスリル、ダマスクス、ム-ンクリスタルなんかまで。さすがにそこまでは行けないけど、少しでも素材が手に入ればなと」
「なるほど。話は分かったよ」
しかしそうすると、ひとつ疑問が浮かぶ。
「んで、何故俺なんだ?」
「実はリサさん、昨日の事で体調崩しちゃって、今フューラが看病してるんだ。だからカナタしか余ってなかった」
んー、腹の立つ言われ方をしたな。
「余ってなかったって言い方はどうなんだよ。仮にも人に頼む立場だろうが。お前はそういう言い方の出来るほど俺への信頼が回復していると思ってるのか?」
「あ、いや……ご、ごめんなさい」
ふと横を見るとレイアさんは分かっていない様子。こいつ、言ってないな?
「レイアさんね、実はこいつ」「あー! ごめんごめん本当謝るからレイアにだけは内緒にしててー!!」
「という事はやっぱり言ってないのか」
「……うん」
はあ……まー俺も、そこまでこいつを追い込もうだとは思ってないし。それに俺が言わなくてもレイアさんには頭が上がらない様子のアイシャだ。近々バレるだろう。
「あれ、もしかして武器持ってるの俺だけじゃないだろうな?」
「ううん。私はレイアから臨時で五シルバーの剣を買って、レイアは自前の槍を持ってる」
「槍? 狭いダンジョンで?」
と疑問をぶつけてみたところ、実際に槍と、ついでにアイシャのと似た防具も見せてくれた。シアと同じような収納魔法をレイアさんも使えるのだ。
レイアさんが取り出した槍は、俺が思うほど長くはなかった。せいぜい百五十センチというところか。装飾はなくて本当にシンプルな槍だ。これならば突きの動作に限定すれば狭いところでも大丈夫かな。
「これも私の製作なんですよ。なので実際に自分で使って、どうなのかなってのも確かめたいんだよね」
「なるほど。よっぽどアイシャよりもしっかりしているんだね」
「ちょっ、もーっ!」「あはは」
そして分かるのがこの二人の仲のよさ。何か俺がいると邪魔になりそうなくらいなんだが。
――王都北西のダンジョン。
俺にとっては初ダンジョン。周囲には金持ち冒険者狙いの小さな集落が出来上がっており、武器屋に道具屋、そして宿屋に病院まである。バックアップ体制が出来上がっているんだな。
「……それで、その鳥さんも連れて来ちゃってよかったんですか?」
「いいのいいの。こいつこれでも高レベルだし、それに俺のバックパック代わりも兼ねてるから。案外俺よりも頼れるよ」
(うん)
あっさり肯定されてしまった。
念の為シアには水筒を三本、弾数にして二千四百発分を持たせてある。これだけあれば、そしてダンジョン内で水を汲めるならば、弾切れの心配は無用だ。
俺たちはまず事務所のような施設へ。
「登録してエスケープリング借りてくるから待っててー」
アイシャはカウンターへ。
「エンゲージリング?」
「違います。エスケープリングというのは、ダンジョンの深層からすぐに戻ってこられるように脱出魔法を込めた指輪の事です。ただし安全な場所でないと魔法が発動しないけどね」
リレミト的な魔法か。便利な事この上ないな。
事務所内にはこのダンジョンの案内もあった。それによると階層数は三十。六階層ごとにセーフスペースと呼ばれる安全圏があり、地上に戻る時はここからのようだ。某不思議のダンジョンとは違い、上りも自由に出来る様子。
敵の種類も載っていて……喜べ、触手持ちがいるぞ! といっても二十階層以降だから多分行かないだろうけど。その他、スライムやスケルトン的なのもいる様子で、ようやく本格的にRPG臭がしてきた。
「今回私たちは第六階層までの予定です。余裕があったらもう少し進む事も考えていますけどね」
「なーるほど。まあ無理しても仕方ないからね」
さてアイシャも戻ってきたし、出発しますか。
――第一階層。
入るといきなり案内板があり、どこぞの観光地かよとツッコミを入れたくなる。
「目標レベルは5だね。私とレイアは超えてるし、カナタは……まーどうにかなるでしょ。今ここには三十人潜っているから、もしかしたら共闘する事になるかも」
「そういうのもあるのか。面白くなりそうだ」
さて行こうとしたところでレイアさんが小さく手を挙げた。
「あ、進む前にひとつ。カナタさん、私もっと気楽に喋っちゃっていいかな?」
「気楽って、アイシャみたいに? 全然構わないよ」
「よかった。私堅苦しいの苦手なんだよね。お客さん相手にもこんな感じだから、たまに怒られるけど。えへへ」
うん、可愛いから許す。
少し進むと早速一匹目の敵さん。
さて問題です。ダンジョンに潜って最初に出会う敵といえば?
正解はスライム。さすがに目や口はないけど、ぷにぷにした青緑色をしたスライムが一匹現れた。中央にこぶし大の何かがあり、あれがコアの役目をしている様子。
「これはレイアだけでもいけるよね」
「うん。とりゃああっ!」
可愛い雄叫びと共に自前の槍でスライムを叩き潰すレイアさん。これダメージ表示があったらどれくらい食らわせているんだろ。当のスライムは一撃で消滅。
「あれに殺される事はまずないな」
「あー余裕見せてるー。残念だけど大の大人でもスライムに殺される事はあるよ。口と鼻に張り付かれて息が出来なくなったり、そのまま体内まで入り込まれたり。まあ数年に一度の話で、逆に新聞に載るくらい珍しい事ではあるけどね。だから油断は絶対に駄目。カナタも、レイアもね」
「はあーい」
俺とレイアさんとの声が重なった。
「そうだシア。お前さんはこういうモンスターを操れたりするのか?」
(……うーん?)
「分からないってか。生み出したりは?」
(うーん?)
「じゃあ召喚は?」
(うん)
なるほど、呼び出す事は出来るんだな。という事は呼び出したモンスターは操れるけど、野生のモンスターは無理なのかも。そのうち余裕があれば試せるかな?
「……その鳥って言葉分かるの?」
「あー、うん。それくらい高いレベルだって事」
「へえ。すごいね」
(うん)
あぶねー。シアが元魔王だって事はレイアさんは知らないんだった。
ダンジョンを進むと、意外と広い事に気が付いた。面積がという意味もあるが、通路が広いのだ。歩道付きの一車線のトンネルを思い浮かべると、おおよそ正解。4トントラックも通れそうだ。
「カナタ、ちゃんと後ろ確認してね」
「分かってるよ。バックアタック警戒だろ」
「そういう事。レイアもこの階層でしっかり慣れておいてね」
「分かってるって。本当アイシャは昔から私に対してだけは心配性なんだから」
なんて言っていると、唐突にアイシャが足を止めた。
「……私達の立っているここでね、もしかしたら誰かが死んでいるかもしれないんだよ。ひとつ間違えたら私たちも死ぬかもしれないんだよ。それをちゃんと理解して」
アイシャは怒っている。顔は見せないが、声色で分かる。反省しなければ。
さて第一階層に入り今まで見たモンスターは、スライム・コボルト・ゴブリン・大こうもりの以上四種類。事務所の案内では更に大ウサギが出てくるらしいが、今のところ見ていない。
……なーんて思ってたらそれっぽい振動。ドシン、ドシンと少しずつ近付いてくる。
「ウサギか?」
「だと思う。動きがトリッキーだから気を付けて」
さてどんなウサギだろうな。一角ウサギか太っちょウザギか、はたまた象をも倒すボーパルバニーか。
一歩ごとに振動が大きくなり、そしてついに俺たちの眼前にその姿を表した。
「……でかっ!」「かわいい!」「構えて!」
三者三様の反応。現れたのはワンボックスカーくらいのサイズの、茶色い巨大ウサギさん。見た目はそのままウサギであり、つまり前歯が凶器という事になるだろう。ウサギに噛まれた事のある人ならば分かるが、肉まで突き刺さる前歯はこのサイズならば充分に殺人兵器となりうる。
大ウサギもこちらを視認。さあ来るぞ!
ウサギさんは猛ダッシュで突っ込んできた。アイシャも呼応して突撃。
「うおるあっ……って、あれ?」
アイシャ、飛び跳ねたウサギさんの下を通り抜けちゃいました。さすがは子供サイズ。
ドズーン! ズサー! 「ひぃっ……」
レイアさんが目の前に落ちてきたウサギに驚き固まってしまった。こりゃまずいと俺はレイアさんの腕を掴み後退。
「ここから先はマジで危険だ。固まるしか出来ないなら下がってろ!」
さてデカいという事は弾が当たりやすいという事。
「アイシャ撃つぞ!」「うん!」
俺は改造トミーガンの引き金を引いた。3点バーストの小気味いい銃撃音と共に三発とも命中。さあ……いや、まだ生きてやがる!
後退しながらもう一度引き金を引くが、大きく飛び上がられて外した。第一階層の雑魚でこれかよ!
飛び上がった大ウサギに照準を合わせたところでレイアさんが俺の横をすり抜け大ウサギの落下地点へ。
「死ぬぞ!?」
と叫んだと同時にウサギが落下。
「レイアあああっ!」
……。
サラサラという音と共に大ウサギが砂となり消滅。そしてレイアさんが槍を上に向け、しゃがんだ状態で現れた。
「……私、これでも成績優秀者だからね」
落下する大ウサギの首筋を狙い槍を構え、自分は踏まれないようにしゃがんで小さくなっていたという、なんとも人騒がせな、なんとも肝の冷える戦法。
そしてアイシャが怒りの表情でこちらへとやってきて――。
バシーン! とレイアさんを平手打ち。
「お前何考えてんだよ! 一歩間違ったら死んでたんだぞ! 何が成績優秀者だ、命を馬鹿にするんじゃねーよ!!」
まあ、そうなりますよね。
アイシャは無言でレイアの腕をむんずと掴み、そのまま引きずるように出口方面へ。レイアさんもアイシャの表情に負けてか、大人しく従った。
俺もついて行こうとしたところ、あのウサギが何か落としているのを発見。これは……まさかのウサギ肉。しかもかなりのサイズだ。十キロ近くあるのかな? 重いけど一応戦利品として回収するか。
――ダンジョン入り口。
無言のアイシャに引きずられる無言のレイアさん。その後ろを付いていく無言の俺。
出入り口の案内板まで来てアイシャが止まった。
「決めて。出るか戻るか」
明らかに激怒している。口調は静かだが、だからこそ心の底から本気で怒っている事が分かる。
まあ恐らくは反省してもう一度になるだろうな。
「……出る」
おっと。俺は少し驚いたが、アイシャは顔色を変えない。という事はこの答えを予想していた訳か。仕方ないので俺たちは一旦出て、近くの食堂へ。
――食堂。
「すみません、これで料理三人前お願い出来ますかね? 余った肉はそのまま差し上げますんで」
「大ウサギの肉かい? 構わないよ。丁度在庫が切れ掛かっていたところだからね。そのままもらえるなら今回はおごりにしてあげる」
ラッキー。何を作るのかは食堂のおばちゃんにお任せした。
注文を終え席へ。当然の如く二人とも無言。レイアさんはうつむきつつ、アイシャはそんなレイアさんを睨み続けている。これは俺の出る幕じゃないな。
料理が運ばれてきた。ウサギのリゾットと肉野菜炒めだな。
「いただきまーす」
うん、未だに二人は無言です。
味は……まあまあ。食堂として考えると中の下くらいかな? シアにも食べさせたが、反応はそれなり。
食べ終わって、さてどうするのかな?
レイアさんがチラチラとアイシャの様子をうかがい始めた。そして溜め息。
「はあ……ご飯食べても機嫌が直らないって、本当に怒ってるんだね」
「当たり前でしょうが」
その声は低く小さく。ここまで怒ったアイシャは初めて見た。しかしそれでも抑えているな。
「……うん。私こういうところがいけないんだよね。成績が優秀だったからって、未だに自分が正しいと思い込んでる。師匠にも怒られた事なのになあ」
すっかり凹んでいるレイアさん。そしてアイシャは表情を崩さず睨みっぱなし。
「……ごめんなさい。今日はこれで帰ろう。私も一晩考えて、ちゃんと反省したい」
まあ仕方がないかな。……しかし約一名余計に怒りを募らせている。
「レイア。あんた未だに一度もちゃんと謝ってない。今のごめんは、予定を変えた事に対して謝っただけで、自ら命を危険に晒した事に対してじゃない。命の重さを理解していない。そんな人の剣なんて握りたくない!」
アイシャは本当に剣を放り出してひとり店を出ていった。残ったのは俺とレイアさん。
俺はあくまでも優しく諭す事にした。
「あのね、分かってるとは思うけど、俺たちは命のやり取りをしてるんだよ。そこで命を軽視した言動を取れば、そりゃ俺だって怒るよ」
「……うん」
「それに――これは口外するなと言われていたけどさ、アイシャはレイアさんのおかげで自分から進んで勇者をやろうと決意した。だからアイシャにとってはレイアさんは特別なんだよ。そんな人が自分の最も重要視する事をないがしろにする態度を取ったら、あれくらい怒っても当然だよ。……というか、アイシャはあれで抑えてるほうだよ」
声を出さずに頷くレイアさん。
「……今のままでいいの?」
レイアさんは静かに首を横に振る。
「ならば、今出来る最善をするべきだよね。優秀だったんでしょ? だったらどうすればいいのかは分かるよね?」
数秒の間を置き、走りアイシャの後を追いかけ店を飛び出したレイアさん。あとはふたりにお任せして、俺は剣を回収して待機。
……していたのだが、その日は結局帰る事になった。アイシャは外で待つ事もなく、本当に帰っていた。三十分後、涙目で必死にアイシャを探すレイアさんを見て、俺は声をかけ、引き上げたのだった。
願わくば、二人の関係にこれ以上の亀裂が入らず、入ったとしてもきれいに修復してくれる事を望む。