表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/195

第十九話   愛と勇気と血と狂気と

 ――王宮。

 俺たちは無事合流し、ジリーを連れてトム王の元へ。

 「あたし王様とか分かんないからさ、失礼な事をしたらいきなり切り殺されたりすんのかな?」

 「トムはそういう王様じゃないから大丈夫。代わりに私が切り殺すかもだけど」

 「……あんた怖いな」

 ジリーの手綱はアイシャが握っている。そしてジリーは落ち着かない様子であちらこちらを見回している。まあ俺も初日はこんな感じだったか。


 玉座へと到着すると、手綱を見た衛兵が剣を構え寄って来た。

 「勇者様、その女性は?」

 「私が手綱を握ってるから大丈夫です。下がってください」

 そうアイシャに言われつつも剣を収めない衛兵。するとアイシャが怒鳴った。

 「下がれっつってんだろうが!」

 普段とは違うアイシャ。何かあったのか? ……あ、分かった。ジリーが怖がっているからだ。それも剣を向けられて怖いというものではなく、潜在的に恐怖している感じだ。手綱を握っているからこそ、それがアイシャに伝わったんだな。

 衛兵は困惑しながらもアイシャの怒鳴りに応じ、剣を収めて下がった。

 「ほら、行くよ」

 無言で従うジリー。


 「あれ? トムは?」

 空の玉座。と、後ろから来た。

 「ごめんごめん、今丁度休憩してたんだよ。ちょっと待ってね」

 一言言い残し前室に入るトム王。この意外なほど飾らないトム王の様子に、ジリーは物凄く驚いている。そして場所を考えてか、小声でアイシャに耳打ち。

 「な、なあ、あれが王様? あたしの想像してたのと全く違うんだけど!」

 「トムはあれでも優秀な王様だよ。そして私の幼馴染。……膝をついて座っておいて。トムが出てきたら、いいと言われるまで頭は上げない事」

 「お、おう」

 ジリーさん、完全に飲まれてます。


 トム王が前室で準備をしている間に、ようやく明るい場所でジリーを見たので、その容姿をまとめる。

 年齢は今の俺と同じくらいだろうか。身長も俺と近くて百七十センチくらい。その顔は欧米人そのものであり、そしてかなり可愛い部類だ。見事な金髪をしており、腰の辺りまでのストレート。そして赤い帽子をかぶっている。

 この帽子はハンチングとキャップの中間あたりのデザインで、更にかなり目深にかぶれるようにした感じ。きっちりかぶれば眉毛が隠れるくらいだ。恐らくは犯行時に顔を隠すために選んだんじゃないかな。……あ、リサさんに脱がされた。

 服装としては白のノースリーブにハーフ丈のジーパン。そして腰の位置がかなり低いので、見える。何がって? ピンクの縞々おパンツが。でもこれはいわゆる見せパンなんだろうな。

 次にその体格。はっきり言って筋肉質とは言えず、どう考えても家の壁を破壊するほどのパンチを繰り出せる体型には見えない。そして目線はお胸へ。きれいな形のそれはDはある。Eに迫るかな? でもリサさんよりは小さい。これで格闘型なんだから、揺れそう。

 最後にジリーの肌だ。これがうっすらきれいに日焼けしており、服の隙間からその境界線を拝める。特に腰周りはお腹ちらちらおパンツちらちら日焼けくっきりという三拍子揃っている。

 つまり俺の第一印象は、すげー可愛い。正直犯罪者にしておくのが勿体ない。



 ――トム王再登場。

 前室からトム王が出てきたので、ジリーとその手綱を握るアイシャを残し、俺たちは壁側へと避けた。

 「お待たせしてしまい申し訳ない。えーっと、アイシャたちっていう事は、あなたがネリデスールの連続監禁暴行犯で間違いありませんね?」

 「ああ、間違いないよ。……あっ」

 いいと言われる前に顔は上げるし言葉は乱暴。しかしジリーもまずいと思った様子で、焦って頭を下げた。

 「あーうん。頭を上げていいですよ」

 「えっと、すみません。あたしこういうの全く分かんなくって。あはは……」

 取り繕おうと苦笑いを浮かべるジリー。まートム王には不要だな。


 「それでは本題に移ります」

 そう一言、トム王の表情が仕事用の、王の威厳を感じさせるものへと変った。それを見たジリーも苦い笑顔が一瞬で吹っ飛び、先ほどの衛兵相手と同じく恐怖が見え隠れしている。本当に男が苦手なんだな。

 「まずあなたの名前、年齢などをお聞かせください」

 「じ、ジリー・エイス……です。年齢は……十八、かな? 事情があってあんまり自分の細かい事が分からないんだ。……です。えっと、あたしも一応異世界人の仲間だと思うよ。あ、です」

 全く慣れていないせいでボロボロである。そんな中でも顔色ひとつ変えないトム王。これ逆の立場だったら怖いわ。


 「あなたは異世界人だとしても犯罪者である事に変わりはありません。私の前では一切の秘密は許しません。いいですね?」

 「は、はい……」

 ジリーさん震えてるぞ? 大丈夫かよ? と思ったらアイシャが手綱ではなく手を握った。驚いたようにちらっとアイシャの顔を見たジリーだが、ちょっとだけ表情がほぐれた。こういうところが勇者たる所以かな。


 「まずは最初から。こちらの世界に来る事になった理由をお聞きします。……それと、話し方はあなたの言いやすいようにして構いません」

 さすがトム王、分かってるな。

 「最初からか。――じゃーあたしが子供の頃の話。いきなりだけどね、あたしは父親に監禁されてたんだよ。狭くて日の入らない真っ暗な地下室に、物心ついてから十三歳までずっと閉じ込められていた。そして日常的に虐待されていた。結構すごかったよ。腕の骨を折られた事もあったし、十日くらい飲まず食わずだった事もある。でも不思議なもので、それが日常だと思い込んじゃうんだね。だって、その世界しか知らないんだから。世界は真っ暗で、父親というものはあたしを痛くさせる存在。それがあたしの普通だったんだ」

 この話だけでジリーが何故犯行に及んだのか分かった気がする。しかし話は続くようだ。

 「ある日、今までとは違う声を聞いた。外から子供の楽しそうな笑い声がしたんだ。それであたしは気付いた。自分が異常な状況に置かれているんだって。そして日増しに外に出たいという願望が大きくなった」

 十三年間もそれに気付かないほど、ずっと監禁され続けたのか。そして疑問を抱かないほどに日常的に虐待を受けていた。そりゃー父親嫌いにもなるよ。


 「……あたしね、ずっと言葉が喋れなかったんだ。だって習ってないから。それでも漏れ聞こえる声が楽しそうなのは分かる。ある日父親にすがりついたんだよ。言葉は発せなくても、外に出たいとどうにかして伝えた。でも無駄だった。そしてそれからは子供の笑い声が聞こえなくなった」

 もうやめて! と言いたくなるほどの重い話。しかしアイシャは全く不動でジリーの傍に立っている。

 「別のある日、あたしは父親の目を盗んで外に出る事を思いついた。十年以上も狭い地下室にいれば、例え日が入らなくてもその構造は熟知出来ているからね。そして決行。結果から言うと、ほんの数秒で気付かれ、今度は鉄の鎖で拘束される事になった。でもその数秒間、あたしは外の景色を見たんだ。眩し過ぎて何がなんだか理解出来なかったけれど、その数秒間はあたしに生きる希望と、そしてもう一度挑戦する勇気をくれた」

 文字通りの光を見た訳か。

 「……その日、父親がまたあたしに殴る蹴るの虐待行為に及んでいた時、あたしは初めてもう嫌だと、この世界から脱したいと思った。そして力任せに鉄の鎖を引きちぎった。普通ならばそれは不可能な事だろうけれど、あたしには出来たんだよ。そして次に気付いた時、あたしの足元に父親が倒れていた。揺すっても叩いても動かないそれを、あたしは担いで外へと出た。これは父親からの、あたしは自由になってもいいというサインだと思ったからね」

 地下室に監禁されていながら鉄の鎖を引きちぎるほどの怪力か。それがパンチ一発で壁を粉砕したという話と繋がるんだな。


 「地下室から出て、父親を寝かせて、周りを見渡した。理解出来なかった。色が物が音が匂いが光景が、全てが理解出来なかった。その中でもあたしは少しずつ理解しようとした。そして写真を見つけた。男の人、女の人、知らない男の子が一人、赤ん坊が一人。その写真と父親とを見比べて理解した。あたしは父親を殺したんだと。そりゃそうだよね。あたしが担ぎ上げたその父親には、腕も頭もなかったんだから。あたしが引きちぎっていたんだ」

 ここでリサさん脱落。口を手で覆い、背を向けた。

 「真っ赤に染まった父親の遺体とリビングの絨毯。それを見てあたしは、本能的に逃げた。ドアも窓も知らないもんだから壁をぶち破って、とにかく逃げた」

 果たしてそのまま残っていればどうなっていただろうか? 保護されていただろうか? それともモンスター扱いされ、実験動物にされていただろうか?


 「あたしが逃げた先はスラムのマンション街だった。そこでゴミや鳥や虫を食いながら、自力で言葉を学び、自力で文字を学んだ。人の喋っている言葉と、捨てられた新聞の文字とを照らし合わせてね。そうして明日をも知れない日々を過ごしている時、目の前で女の子が父親に虐待されている光景を目にした。その女の子があたしに見えて、あたしは怖くなったんだ。怖くなって、その父親を殴り殺していた」

 これで二人殺しているのか。

 「その後も同じような光景を見るたびに恐怖心に駆られ、逃げ、たまに暴走して殺した。父親も含めて合計六人殺したところで、あたしは捕まった。警官五十人以上を相手に三時間以上も暴れ回った末にね」

 あっさりと言ってのけてくれるが、一対五十を三時間も続けるとか、尋常じゃない。


 「あたしに科せられた刑は、死刑だった。そして死刑の中でも重犯罪者向けの特殊な方法になった。……これが、あたしがこっちに来る事になった要因だよ。それはね、何も決めない状態で転移させるんだよ。普通ならば何もない場所に放り出されて死亡。もしも偶然別の星に着いたとしても人の住める環境じゃなければ死ぬし、環境があってももう戻る事は出来ない」

 ここでフューラが手を挙げようとしたが、俺が押さえた。この話を途中で脱線させるのはよくないと判断したからだ。

 「あたしもその無指定転移による死刑になって、いざ飛ばされてみたらあの街に着いちゃった訳さ。だからね、あたしは異世界人じゃなくて異星人なんだよ。多分ね」

 これでジリーがこちらに来た理由がはっきりした。自ら別の生き方を望んだのではなく、死にぞこなったのだ。



 「では次に、ネリデスールでの犯行理由を明確にしていただきます」

 「あんた顔色変えないね。正直あたしには怖いよ」

 仕事用だから仕方がないとはいえ、虐待経験者のジリーにはあの表情は怖いか。そしてそんな事を言われてもやはり顔色を変えないトム王。

 「……犯行理由はね、あたしの過去と同じ。あいつら全員、人に見えないところで自分の娘を虐待してるんだよ。だからあたしが父親にやられたように、真っ暗な地下室に監禁して暴行を加えた。腕を折ったのは、そうすれば当分は虐待なんて出来ないでしょ? だからだよ」

 これにはトム王も反応した。カキア参謀大臣を手招きし、何か指示を出した。恐らくは裏取りだろう。

 「どうして暴行だけで抑えたんですか? あなたならば殺す事も容易いはずだ」

 「あたしは死刑囚だけど、その根っこは快楽じゃなくて恐怖だからね。殺さずに済むならばそれが一番だよ。それとこの星に辿り着いて、正しく生きるための二度目の人生をもらったと思ったんだ。……まーその二度目の人生もこうして壊してしまったけれどね。あたしの力は、壊すしか出来ないんだよ……」

 最後の一言で、ジリーの目から涙が零れた。人生をやり直そうと思ったのは本当なんだな。あとは少しのボタンの掛け違い。


 「ここまで言ったんだ。あたしの秘密全部言うよ。警察に捕まった時、あたしは監禁されていたあの家にいたんだ。色々自力で調べて、あの家がまだ父親の持ち物なのを確認して、もしかしてあたしが殺したのは父親じゃない、別の人なんじゃないかって思ったからだ。でも、確かに父親はあたしの手で殺されていた。そして父親の部屋で、あたしは自分の秘密を知った」

 ジリーは顔を上げられず、床に向かって話しているような体勢になっている。恐らくは周りなど見えていない。

 「あたしね、父親の研究の、実験材料だったんだよ。父親は狂気に支配されていた。その研究内容が、遺伝子操作による超人類計画。そして実行され超人的な身体能力を持ったのがあたしっていう訳」

 遺伝子操作と聞いて、俺とフューラは理解したが、他のみんなは分かっていないな。

 「父親があたしを虐待していた理由ってね、すごく単純なんだよ。強い人間よりも高い地位にいる自分に酔っていたい。それだけ。娘に対する愛情だとか、実験の過程がどうとか、そんなの一切関係なかった。呆れた。呆れて、笑って、泣いた。死にたくなった。だから自分で警察を呼んだ。殺してもらいたかった。……それなのに、死ねないんだもんなあああっ!!」

 ジリーは床に頭をつけ、その体勢のまま絶叫し泣いている。

 自分が作られた化け物であると自覚し、そして死んでしまいたいと思いながらも、何故か運命はそれを良しとしない。恐らくはフューラが一番共感しているだろうな。



 ――審判の時。

 泣き顔のままではあるが、アイシャに促されトム王を見やるジリー。

 「話は分かりました。被害者が虐待を隠しているという件も早急に調査に入ります。……しかし例えそれが事実だとしても、罪が消える訳ではない。ジリー・エイス、あなたを無期懲役、及び無期の執行猶予刑とします。更に今後六ヶ月間の禁固刑を加えます」

 しっかりと自分の刑を噛み締めるように聞いているジリー。

 「……ごめん、何言ってるか分かんなかった」

 おいっ! とツッコミを入れたくなったが、そもそも勉強する機会さえ与えられなかったジリーには難しい話か。手を挙げて、俺から分かりやすい言葉で説明をしておいた。

 「――そういう事か。……随分と非情なんだね、王様は。こんなあたしを生かしておくだなんてさ」


 ジリーは立ち上がると、あっさりと手綱を引きちぎった。衛兵はうろたえるが、アイシャは動く気配を見せない。さて何をするつもりだろうな。さて……何故俺はこんなにも静観していられるんだろうな。

 ジリーはゆっくりとトム王の元へと歩いていく。衛兵が動きそうになるのを、当のトム王が片手で止めた。

 「……なあ、王様。あんたを殺せば、あたしは死刑になるかい?」

 答えないトム王。そしてジリーは玉座の目の前へ。叩くように背もたれに手をつき、玉座に座るトム王を見下す。

 「答えろよ。どうなんだって聞いてんだろうが!」

 「……知るか。それはオレが決める事じゃない」

 怒鳴るジリーに対してトム王は何事もないかのように振舞う。

 「君が言ったんだろう? 正しく生きるための二度目の人生をもらったんだと。ならば、正しく刑に服し、正しく刑期を終え、正しく執行猶予を全うしなさい。これはジリー・エイス、君自身が決めた刑だ」

 気付けばジリーの表情はぐずぐずに崩れ去り、醜態とも言えるほどの泣き顔を晒している。ポロポロと零れ落ちる涙は、トム王の膝元を濡らしている。

 「……あたしは、あんたが嫌いだ!」

 捨て台詞と共にアイシャの元へと戻り、また膝をついて座るジリー。口では嫌いと言ったが、実際に嫌いかもしれないが、しかしこの裁量に感謝はしているのだろう。


 その後ジリーはアイシャの手で王宮の地下牢に収監された。アイシャ曰く、男の手に触れさせるにはまだ早いから、だそうな。

 ここにそのまま半年間いるのではなく、被害者の調査が済み次第別の施設へと移動するらしい。そしてそれにはアイシャも同行するという。まるで自分が主人だとでも言いたげだ。



 ――話は終わらず、再度玉座へ。

 「さーて王様、俺はこれからとある人物を告発しようと思います」

 「告発?」

 王様にはあの話は行っていない。そして女性陣は皆一様にうつむいている。

 「窃盗及び売春斡旋の容疑で女性三名と鳥一羽を告発いたします」

 さすがトム王、あっさりと気付いた。

 「なーるほど。詳細をお聞かせ願います」

 「はい」

 針の筵の三人と一羽。説明に名前が出るたびに苦々しい顔をしている。愉快愉快。

 「――と、いう事です。なにとぞ厳正なる裁定をお願いいたします」

 我ながら悪い表情と声をしている。そして全てを理解したトム王も結構な悪人顔を晒している。


 「なるほど。それならば十年の禁固刑が相応しいな」

 「じゅ、じゅうねんっ!?」

 吃驚の声と共に崩れ落ちる三名と鳥一羽。

 「とはいえ、充分に反省はしている様子だ。情状酌量の余地を認め、十日間の禁固刑とする。それに、あまり長く拘束する訳にも行かないからね」

 十年が十日に短縮。どんだけ厚い温情なんだか。しかし仮にも勇者様ご一行だ。トム王の言うとおり、長く拘束する事は出来ない。

 きっちりと手錠をはめられる三人。まーシアは仕方がないか。そして衛兵に連れて行かれた。

 「……はあ。いやあ本当にご迷惑をおかけした。カナタさんには感謝してもし切れないよ。今回の報酬だけど、大きく出しますよ」

 「はあ……ようやく終わりでいいんですね? 本当散々な目に遭いましたよ。もう拘束はされたくないな。あはは」

 「ははは……」

 こうして、ネリデスールにおける犯罪者の逮捕及び保護という依頼は完遂。

 後にもらった報酬だが、五百シルバーもの大金となった。



 ――十日後、自宅。

 この十日間、オレは存分に羽根を伸ばした。なにせ問題に巻き込まれる事がないからな。


 「カナター!」

 来たよ……。

 「よお前科付きども」

 「えへへ……上がってもいい?」

 「嫌だと言っても上がり込むくせに……いっ!? なんでお前までいるんだよ!?」

 最後尾からリサさんに隠れるようにジリーが顔を出したのだ。

 「あー……あんたに言いたい事もあるから、アイシャ預かりで一日だけ出してもらったんだよ」

 「そういう事か。てっきり脱獄したのかと思ったぞ」

 「そんなのする訳ないだろっ!」

 まーいっか。本気を出したアイシャには勝てないだろうし。しかしたった十日で随分と毒気が抜けた様子。今の一言も中々に可愛かったし。


 俺は元世界から持ってきたデスクチェアへ。四人と一羽は整列し床に座った。

 誰から言い出そうかという雰囲気。そして最初に口を開いたのは、一番意外な人物……鳥だった。

 「ヒュっ」

 と小さく鳴き頭を下げたシア。

 「そもそもお前の鳴き声、初めて聞いたぞ」

 (うん)

 まるで作者が鳴き声を考えていなかったかのような展開だが、気にしてはいけない。ともかく口の聞けないシアなりの、最大限の謝罪なのだろう。


 「申し訳ございません」

 次はリサさんか。顔もそうだが、耳やしっぽにも感情が表れている。

 「元はといえば、わたくしがカジノで遊ぼうとわがままを言わなければ済んだ話。刑には服しましたが、しかしこの責任はそれだけでは収まらない、重いものであると受け止めております。今後は精神的にもっと大人になると、そう決意いたしました。今回は本当に、申し訳ございませんでした」

 さてそれは本当なのか、少し試してみるか。

 「そうだ、美味しい果物があるんですけど、食べますか?」

 「果物! ……あ」

 一瞬で耳が立ちしっぽがもっふり。しかし気付くのも早かった。そしてもう一度耳もしっぽもしゅんと垂れた。

 「まー、今後ですね」

 「……申し訳ございません」


 さて次は誰だろうな?

 「あの……私が」

 アイシャか。勇者のくせにデカい失敗をやらかしてくれたな。

 「私、リサさんの事でもフューラの事でも、引き止め役だったのに、逆に後押ししちゃった。最悪だよね。自分でもそう思う。勇者だとか以前に人として駄目だ。だから、金輪際こんな事はないようにする」

 「当然だ」

 「うん。……私ね、カナタに怒られて、カナタがいなくなって、本当に後悔した。私の間違った判断が人を殺すんだと、そう実感した」

 うつむきつつも、頬が濡れている。

 「私は未熟だから、今後も間違いは起こすと思う。でも、こんな人として最低の間違いはもう二度と起こさない。勇者としてではなく、アイシャ・ロット個人として、誓います。申し訳、ございませんでした」

 小人族で体が子供のように小さいのに、更に縮こまっているアイシャ。勇者という肩書きの上に反省を乗せるのではなく、その根元にある個人としての部分から深く反省をするという事か。

 「正直に言おう。今回俺の中で一番評価を下げたのがお前だ。力という意味での信頼には足るが、人としての信用はなくなったに等しい。一度失った信用を取り戻す事の難しさを、嫌というほど味わえ」

 「……ごめんなさい」


 「最後……僕ですね」

 さて何が飛び出すかと待っているのだが、目が泳ぎ口は動くが言葉が出てこない。処理落ち状態か? 仕方がない。俺から話そう。

 「フューラ、まずカジノに行った事だが、アイシャに命令だと言われたんだろう? ならば一考の余地はある。しかしだ、何故イカサマを見抜けなかった? 何故空になるまでつぎ込んだ? 何故途中で二人を止めなかった? お前ならどうにか出来たはずじゃないのか?」

 「……出来……ました。でもそうしなかった。これは僕の選択ミスです。返す言葉もございません」

 まーさすがは人に対して下位にあると言ってのけるだけはあり、腰がものすごく低い。しかし、だからこそ分別はつけさせなければ。

 「例の売春行為についてだが、これだけは何があろうとも容認出来ない。それから、もういい加減口で言わなけりゃお前は分かってくれん。いいか、お前は自分を人として扱え。自分をもっと大切にしろ」

 「売春行為についてはもうこのような事は起こしません。誓います。……でも、僕自身を人のように大切に扱うというのは……その……」

 相変わらず自分の事になると歯切れが悪いな。そしてフューラは何故かジリーを見やった。ジリーは不思議そうに確認のために自分自身を指差しており、頭の上に大きなハテナマークが出ている状態。


 「すみませんがカナタさん、オーナー権限を行使してください。僕から理由を聞き出してください。自分から言い出す事は出来ないんです」

 「出来ないんじゃなくて、したくないんだろ?」

 「……それもあります。でも、ジリーさんの過去を聞いて、僕自身も自分の過去を話すべきだと思ったんです。でも、良くない話ですから、それで」

 アイシャは過去かなり荒れた性格をしていた。リサさんは興味本位で使った魔法で大勢を殺してしまった。ジリーは言わずもがな。シアも元魔王だし、俺だって孤児院出身だから良くない時期はあった。唯一まともに過去を語っていないのはフューラだけ。そのフューラが俺を使って過去を吐露したいというのならば、そうしてやるべきだろう。

 「分かった。オーナー権限でフューラに命令する。過去を洗いざらい話せ」

 「……ご迷惑をおかけします」


 「僕が作られた理由はお話しましたよね? 局地停戦用戦闘アンドロイド。隊に帯同して反攻勢力の無力化を行います。しかしその過程で生じる様々な事案、つまり戦場における兵士の管理も機能として押し付けられていまして、その管理機能の中には、ストレスの解消や性的欲求の解消というものも含まれています」

 「だからそれを使って売春で金を稼いだんだろ」

 「はい。……ここからが本題なんですが、僕たちは五十四体いて、そのうちナンバー49までは既に廃棄、ナンバー51から53までは武装解除し各種変更を行い、普通のアンドロイド化されています。この変更は、人類が敵としての不死身のアンドロイドに危機感を抱いたためです。そして僕も武装を解除する予定でした。でも、僕だけは武装解除前に盗み出されてしまった」

 そりゃー最強の兵器だものな、悪い連中が盗もうと思うのも頷ける。

 「盗まれた僕は転売され、その度に地下組織の飼い犬として殺戮行為や、富豪の玩具として性奴隷の扱いを受けました。僕がこの話を切り出そうと思ったのは、ジリーさんも虐待経験があると聞いたからです」

 「あたしよりもずっとひどいじゃないかよ」

 「あはは、でも僕は……いえ、続けますね」

 例の一言を控えたフューラ。


 「僕が盗まれてから十年くらいでしょうか。政府はついに僕の所在を突き止め、唯一武装を解除していなかったナンバー50が派遣されました。そして僕と姉との不死身のアンドロイド同士の戦闘が始まります。もちろん両者共に超回復能力を有していますし、その戦闘力は強い。結果、たった二体の戦闘用アンドロイドにより、人類は滅亡の危機を迎えます」

 「あ、お前の世界が滅亡しかけてるって、まさか……」

 「いえ、これはその前段階に過ぎません。戦闘は三十年続き、僕が勝ちました。そして僕はまた地下で殺戮兵器、そして性奴隷として扱われます。それが二百年以上続きます」

 心のあるフューラが、そんな長い年月まともでいられるはずがない。

 「そして僕が造られてから約三百年後、ついに僕は政府に鹵獲される事になります。ただし、化学兵器工場の破壊による人類滅亡を決定付けさせて。僕の世界は、僕の手によって一度死に瀕し、そして二度目は決定事項になってしまった。そして政府に鹵獲された僕には、その責任のために最後の作戦が与えられました。それこそが、過去へと遡り自分自身を救出、または戦闘用アンドロイド自体の開発を阻止するというものでした」

 そしてフューラは過去へと遡ったつもりが、世界を渡ってしまうのか。


 「僕が、自分を機械だと言うのには理由があります」

 フューラは次にリサさんを見やった。

 「……もしも僕が自分の価値を肯定してしまうと、僕の過去までもが価値を持ってしまうんです。でもそんなのは嫌だ。あんな目には二度と遭いたくありません。だからせめて、過去に価値を持たせないために、僕は機械でいたいんです」

 フューラの表情はこれが本音だと雄弁に語っている。

 「……お前は、自分を守るために機械でい続けたんだな。そして以前、俺がオーナーになった時に泣いたのは、本当に嬉しかったんだな。ようやく自分を道具ではなく、心のある人間として扱うオーナーを見つけられたから。だからこそ、冗談でも俺がオーナーを辞めると言った時に必死にすがりついた」

 フューラはうつむき泣きながら頷いた。

 「だ……だからこそ、僕の誤った選択でカナタさんにはご迷惑をかけたくなくて……自分で出来る事を……それで……でも……」

 そういう事か。フューラはしっかりと俺の事を考えていた。だからこそ自分を省みず、自分を機械として扱う事で、俺に負担をかけまいとしていたんだ。しかし今回はそれが裏目に出て、最悪の選択をしてしまい、俺の怒りを買った。


 「僕は、どのような処遇も受ける覚悟です。僕は、それだけの事をしてしまった。自分の過去をカナタさんに押し付ける真似をしてしまった。これは許される事ではありません。……契約の解除も、甘んじて受けます。カナタさんから、僕に罰を与えてください」

 フューラは本気だな。例えば俺が百年牢に入っていろと言えば、喜々としてそれを受け入れるつもりだ。なればこそ、今こそフューラの心のかせを解いてやるべきだ。

 「本当にどんな事でも受け入れるんだな? ならばお前は機械である事を捨てろ。見た目は人なんだから、人として振舞え。”僕は機械だから”は今後一切使うな。そして機械だからと自分の身を犠牲にするような真似は二度とするな。今後一度でもそんな素振りを見せてみろ。お前を捨ててやる。いいな? 分かったな!」

 「……はい。……はい」

 よし。我ながら甘々ではあるが、これでフューラの処分は決まった。



 ――最後の最後にジリー。

 「あんたらの後だと重過ぎるんだけど!」

 軽いジャブが効き、先ほどまでのお通夜状態の雰囲気が殴り飛ばされた。あれだけ泣いていたフューラからも小さな笑いが漏れた。

 「まー……なんだ、ありがとう。無期限の執行猶予だから一生悪い事は出来ないけれど、でもそれは正しく生きていけば簡単な事なんだよな。……あたしの本当の名前だけど、ジリー・ワトキンソンって言うんだ。でもジリー・ワトキンソンは、死刑執行により死んだ。だから名前を変えたんだよ。名前を変えて、心を入れ替えるつもりだった。結局牢獄に逆戻りだけどな! あっはっはっ!」

 それを笑い飛ばせるほどに前向きになったか。

 「でも、あたしは生きていられるんだ。それだけでも本当に嬉しいんだよ。……まだ、父親ってのは怖いんだけど、でももうあんな事件は起こさない。これからは真っ当に生きてやるさ」

 俺はここで初めて、ジリーのしっかりとした笑顔を見た。

 「お前、本当に見た目は可愛いよな」

 「なっ!? ば、バッカじゃねーの! あ、あ、あたしが、か、可愛いとか、ありえないからっ!!」

 照れ隠しか。余計に可愛い。そして隣に座っているアイシャが、ジリーのジーパンを軽く引っ張り一言。

 「パンツ見えてるよ?」

 「やめっ! これは見えるようにしてんの! そういうファッションだから! って見んなよ!」

 見事に顔が赤くなった。恥ずかしがり屋なんだな。


 その後ジリーの世界、というか星を聞いた。雰囲気的には1900年代前半の都市部だった。一応蒸気機関車は知っており、しかし車は知らなかったので、ギリギリで発明されていない頃なのかも。それなのに遺伝子操作が行えるほど科学技術が発展しているという妙な状況だ。そして魔法は存在しておらず、代わりに特殊能力を持つ人が大半らしい。

 ジリーがこちらの言葉を使えるのは三ヶ月の間に覚えたからであり、もしかしたら身体能力だけじゃなくて頭脳も優秀かもしれない。ただし本人は必要以上を知りたくないらしい。それは父親の部屋で、自分の秘密を知ってしまった事に起因しているのだろう。

 俺から遺伝子操作とはなんぞやと簡単な説明を入れると、実はジリー本人もよく分かっていなかった。それでも理解は早く、改めて自分が作られた化け物である事を悔やんでおり、もう何も壊したくないと涙を流し、同じ作られたもの同士のフューラが肩を抱いていた。


 こうして、ジリーの刑期はまだまだあるが、一連の騒動には、幕が下ろされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ