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第九十四話  一人も欠けず

 ――リサさん視点。

 わたくしは現在、帝都トゥーレフの南に隣接する村まで転送して来ました。

 直接乗り込まないのは、帝都全域でわたくしたちをロステレポさせる罠が張られている事を警戒したためです。

 「帝国城はこちらの方角でよろしいでしょうか?」

 「はい、そうですよ」

 「ありがとうございます」

 壮年の女性転送屋さんに方角を確認。では一気に行きます!



 ――フィノス帝国、帝都トゥーレフ。

 念のため落下しても大丈夫な低空から侵入します。

 ……大丈夫そうですね。しかしそう言って油断をするのがわたくしの悪い部分。

 城まではまだ低空飛行を続けましょう。


 屋根よりも高くはならないように慎重に飛行していると、雪がちらついてきました。ついでに城も見えてきました。……ここからは歩きにします。

 「石持って集まれだってよー」

 「まぁーた誰か処刑されるんでないの? こんなの楽しんでんのなんて、皇帝陛下くらいしかいないってのにねぇー」

 「まったくだ。あのボンボンはいつになったら目ぇ覚ますんだべなぁ?」

 「あー無理無理。先代からあんな感じだったべ? 親が親なら子も子よ」

 「はぁ……ため息出るなぁー」「ほんとなぁー」

 と、前方を歩いているおじ様二人の会話が聞こえました。

 やはりシアさんとアイシャさんは公開処刑されるのですね。そして、これもやはりですが、あの馬鹿は民の声など聞いてすらいない。

 ……私の知るとおりの評判です。


 しばらくおじ様二人の後を歩いていくと、見えました。お二人が鉄の棒に鎖で縛られています。

 フューラさんとジリーさんならばどうにか出来るでしょうが、今わたくしが出て行ってもお二人を救出するのは不可能です。なので時が来るまで建物に隠れ、様子をうかがいます。

 お二人の様子ですが、アイシャさんもシアさんも気を失っておられます。

 「……なんという……」

 シアさんの指がありません。血が凍って赤黒いツララになっていますし、あれではシアさんはもう……。


 あの馬鹿皇帝が来ました。そしてアイシャさんに平手打ち。

 ……よかった。アイシャさんが目を開けました。そして馬鹿と会話。元気そうに噛み付いている様子からして、どうやらアイシャさんは拷問をされずに済んだようです。

 「さあさあ諸君! 見たまえ! これがかの有名な魔王プロトシア、その人だ! そしてこっちの小人族は、その凶悪な魔王に手を貸し、人類の裏切り者となった勇者だ!」

 ふんっ、どちらが民にとっての裏切り者なのか、はっきりさせて差し上げますよ。

 「我らフィノスは世界を掴み、バビディーチリとなるのだ! さあ諸君! その手に持つ鉄槌を、我らの道を阻む諸悪へと向けようぞ!」

 バビディーチリ、即ち勝利者。わたくしからすれば鼻で笑えるお話ですね。

 なにせここフィノス帝国が敗北者となる事は、既に歴史が証明しています。ええ、わたくしの中にある歴史が、です。


 ……投石が始まりました。しかし飛び出すタイミングがない。せめて一瞬でも兵が弓から手を離してくれれば。

 アイシャさん、気を失いかけて………………んんんっ! もう我慢なりませんっ!!

 これがわたくしの悪い癖であるとしても結構! 見ているだけなど無理です!!

 「そこまでです!」

 カミエータに乗り、処刑台の直上へ。そしてそのままお二人の眼前へと飛び降りました。

 「ダイヤシールド!」

 防御魔法の中では最高硬度と最大消費量を誇る、土属性最強の魔法です。出し惜しみなどしてたまりますか!

 「アイシャさん!! シアさん!!」

 ……どちらも意識を失っている様子。これは一刻の猶予もありませんね。



 「はっはっはっ! まさか本当に来るとはな! 全兵! 弓を引け!」

 「そんなちっぽけな弓ではこの魔法は破れません!」

 「それはどうかな?」

 余裕たっぷり。という事は……これは!? シールドがゆっくりと消滅。

 ……あ、なるほど。あれですか。


 幸いわたくしの乱入により民衆は困惑し投石が止まっており、兵もわたくしの位置取りから、このまま弓矢を放てば私ではなく民衆を射てしまう事が分かっている様子。

 「はっはっは! 驚いたか? これが我が帝国の誇る対消滅魔法”ベロヴォーグ”よ! この魔法はフィノス帝国の皇族しか解除が出来ないのだ! つまり! 魔法しか脳のない貴様にはもう何をする手立てもないのだ! はっはっはっはっはっ!!」

 ……ふふっ。

 「ふっふっふっ! あっはっはっはっはっ!! これに笑わずにおられますか!!」

 「……何?」

 わたくしは、相当に悪どい表情で笑みを浮かべているでしょう。


 「お集まりの皆様! 今から皆様に、面白い余興をお見せいたしましょう!」

 っと、遠くの空に一つ影が見えました。影の形からして彼女しか考えられません。

 「余興? ははっ、貴様を血祭りに上げる事こそが余興であろう!」

 「ニィェ」

 ふふっ、少し驚いた表情をしましたよ、あの馬鹿。ちなみにニィェとはこの国の言葉で”いいえ”という意味です。

 もうここまで言ってしまえばお分かりでしょう。


 「わたくしはチェリノス連合王国、第十三王女、リサ。光の神ベロヴォーグよ、我を認め、その枷を解きなさい」

 「……ははっ、何かと思えば、そのような架空の国を名乗ったところで、この魔法は」「陛下! ま、魔法が……ベロヴォーグが解除されました!」

 「なんだとっ!? そんな馬鹿な事があってたまるか! 今一度発動し直せ!」

 ふふっ、このお馬鹿さんは、魔法の仕様というものを知らないようです。

 「おやおや、皇帝陛下はご存じないのですね。”ベロヴォーグ”は一度解除すると、再発動までに三日ほどの時間を要するのですよ。従ってこの魔法の使用には、とても密なタイミングの調整というものが必要なのです」

 「な、何故だ! 何故貴様がそのような事を知っている!!」

 何故だ、と聞かれたのならば、申し上げるのが世の情けでしょう。

 「ええいっ! そんな事はどうでもいい!」

 っと、どうでもいい事にされてしまいました。残念です。



 「くっくっくっ、ベロヴォーグが無くとも、こいつならばその魔法、破る事など造作もなかろう!」

 「……やはり手に入れていましたか」

 魔族が使っていた、偽魔王製のレーザーライフルを持ち出してきました。これも一応は予想の範疇ですが……一見して三十名ほどの兵がこちらを狙っています。さすがにこれはわたくしがどうにか出来る範疇を超えていますね。

 ……ふふっ、だとしても、わたくしは怖くも何ともありません。

 「このような場面で笑うなど、気がおかしくなったか?」

 「……このような場面、という言葉は、むしろわたくしの言葉ですよ」

 いい事を思いつきました。きっと彼女ならばすぐに理解してくれるでしょう。


 わたくしはお二人の前で手を広げ、仁王立ち。

 「さあ! さあさあさあ! 撃てるものならば撃ってみなさい! その引き金はこの国の崩壊へと繋がっています! それでも引けると言うのであれば、どうぞ! さあどうぞ撃ちなさい!」

 「くくく……ならばその蛮勇に免じ、私自らがこの武器を以って貴様を処刑してやろう! 覚悟!」

 覚悟などする必要もありません。

 ……何故ならば?

 「なっ!?」

 この馬鹿の指が引き金を引いた瞬間、黒い稲妻がその銃を真っ二つにしてしまったのですから。

 「フューラさん! わたくしが許可します。この城にある全ての武器を破壊してやってください!」

 「何を……なっ、なんだ!?」

 雪の降る白い曇り空が、みるみるうちに黒く塗りつぶされて行きます。それに驚き、民衆や兵の中には逃げる者もおり、混沌としています。

 「え、ええいうろたえるな!」

 馬鹿皇帝が側にいた兵から剣を奪い、わたくしへと突き出しました。が、これもわたくしが何を言う間もなく一瞬で破壊。

 そしてフューラさんの本気が炸裂。先ほどのような黒い稲妻が縦横に走り、何秒ほどでしょうか、ともかく驚きの早さで兵の武器を片っ端から粉砕いたしました。


 「な……こ、こんな……。なん……何なのだ! 貴様は!!」

 さて、次の段階へと移る前に、わたくしは魔法を使用してこの声をより広く、多くの方に聞こえるようにいたしました。準備は万全にです。

 「承知いたしました。全てをお聞かせいたしましょう。まずわたくしの国チェリノス連合王国の事を少々。我が国は、紆余曲折はあれど、チェリノスという名を冠してから一千年以上という長い歴史を誇る、大陸北部を丸ごと掌握する巨大国家なのです」

 図書館の歴史書により、フィノス帝国は八百年を数える国家である事を知識として知っておりますので、わたくしがそれよりも長い歴史を持つ国家の王女であるという、優位性を持たせました。

 「ではチェリノスの前身は何という名のどのような国家だったのか? これについては幾度かの戦争により証拠が消失しており不明となっておりました。しかし前身の国家がどう崩壊したのか、これについてははっきりとしております。それは、王の蛮行に業を煮やした民衆による、蜂起と革命です」


 「……ふんっ、他愛も無い」

 反省無しですか。

 「ならばもう直接申し上げても構いませんね。このフィノス帝国こそが、後のチェリノス連合王国です。そしてこの帝国城は、わたくしの父君が住まう城”ラド・クレムリ”。つまり一千年後のわたくしの生家という事でもあります」

 「ははっ! そのような世迷言、信用するはずが無かろう!」

 でしょうね。しかしそう来る事はとっくに予想済みなのですよ。なので、この城に住まう者しか知らない秘密を打ち明けましょう。

 「ではこれではいかがでしょう? 玉座の裏にはスイッチがあり、それを操作する事で隠し通路が開きます。そこは西方にある水路まで繋がっており、王族しか知らない緊急脱出路となっています」

 「な!?」

 おやおや、驚き口が開いておられますよ。

 「そしてもうひとつ。王の寝室にも隠し通路があり、そこはそのまま……あそこの酒場の倉庫にまで繋がっています。酒場のご主人は引退した隠密の方が歴任しておられますので、迅速な逃亡が可能という訳です」

 「そ……それは私と奴しか知らぬ事だぞ!? 父君母君にすらも秘密いにしているのに……」

 「おや? という事は、この城はあなたが建立を?」

 「ああ。……なのに、私ですらまだ使った事のない隠し通路の位置を知っているなど……どう考えても……なんという事だ……」

 ふふっ。これでようやく信じたようですね。そしてわたくしの生家はこのお馬鹿さんが建てたものでしたか。ちょっと残念。

 あ、わたくしの我が家はここではありませんよ。あくまでも我が父君がおり、わたくしの生家がここ、というだけですので。



 「ま、待て。という事は、貴様は私の子孫になるのか!?」

 「馬鹿ですか、あなた」

 蔑んだ目で見下して差し上げました。このような事をするのが、本来のわたくしです。嫌な人でしょう? ええ大丈夫、わたくしも自覚しております。

 「わたくしは先ほども申しましたよ? ここフィノス帝国は、民衆の蜂起と革命により滅ぶと。革命とは即ち民衆の手による君主の処刑。喜びなさいな。あなたは未来を知ったのです。自らが民の手により処刑されるという未来をね」

 「……何故だ……」

 膝から崩れ落ちたフィノス帝国”最後の皇帝”アレクス四世。

 ふふっ、人の絶望顔というものはとてもよいものですね。


 「私は国のためを思って魔族領を手に入れようとしたのだぞ? 国のためを思って兵を増やし、国のためを思って戦争を」「いい加減にしろ!」

 ついに民衆から声が上がりました。わたくしの役目はここまでです。

 「あんた国のため国のためって、誰がその国を支えると思ってんだ? 俺らだ! 俺ら国民だ! あんた俺ら国民の事ぁなーんも見ちゃいねーべ? この報いは当然だ!」

 先ほどまではフューラさんの脅しで散っていた民衆が、再び集まり始めました。

 「とーぜんとーぜん大とーぜん。あんたのせいでウチの田舎な、なくなっちまったんだぞ? 不作と疫病でやべー! ってんで嘆願書出したのに、それあんたは見ずに捨てたんだ。あんたはもう覚えてねーだろーけどな!」

 「俺の知り合いのところもなまら不作で子供が何人も死んだ。知り合いの娘もな!」

 方々からこのような話が投げかけられ始めました。……収拾がつかなくなる可能性がありますね。馬鹿皇帝に対する役目は終わりましたが、民衆に対してはまだやらねばならない事があります。

 「皆様! 一度落ち着いてください! まだこちらは終わっていないのです!」

 「ねーちゃんが誰かはよくわかんねーけど、これは俺らの問題だ! 邪魔立てすんなら容赦しねーぞ!」

 ……これは想定外です。まさかこれほどまで民衆の不満が溜まっていたとは。


 と、フューラさんが来ました。

 「まずは二人を」「ええ」

 しかし……鎖が固くて……んんーっ! ……びくともしません。

 「おまた!」(せ!)「わっ! と、驚かさないで下さい」

 ジリーさんとモーリスさんが、あろう事かわたくしの目の前に転送して現れました。近過ぎです。

 「状況は?」

 「あそこの馬鹿と兵はどうにか。しかし民衆が暴走しかかっています。早くお二人を運びたいのですが、なにせ鎖が……」

 「任せな! いよっ!」

 バリンッ! と、あっさりと鎖が千切れました。さすがはジリーさん。


 アイシャさんはわたくしが、シアさんはジリーさんとフューラさんが担ぎ、動かせる状況ではないのでその場に寝かせました。

 そしてモーリスさんがどこから持ってきたのか、シーツをかぶせてくれました。お二人とも裸ですから、少しでも温めて差し上げないと。

 「……まずいですね。アイシャさんはどうにかなりますけど、シアさんはどこかに運んでいる猶予がないです」

 「どれほど?」「数分です」

 フューラさんの少し早くなった口調とこの即答。あんな茶番などせず、もっと早く手を打つべきでした。


 「それが魔王ってのが本当なら、あんたらも魔王の仲間か?」

 次はそちらですか? もう……。

 「こっちはあたしに任せな。そっちはどうにかしてシアを助けろ!」

 「ええ。任せました!」

 と言ってもここまで酷いと、どうにも……。

 (――! ―――――、――!)

 「……そうですね。諦めては駄目ですよね」

 何か方法があるはず。無ければ作るまで。何か……。

 「僕ならばすぐに治るのに……。代われるものならば……」

 フューラさんまで涙目になって……ん?

 「……あっ!! その手がありました!!」

 一か八かですが、他の手を考えている時間などありません!


 「いいですか? これからフューラさんとシアさんの魔力を同調させ、同一人物に仕立てます。フューラさんの超回復は元を辿れば魔法ですから、お二人を同一人物と錯覚させられれば、フューラさんの超回復魔法でシアさんを助ける事が可能、かも知れません。先に言っておきますが、こんな事成功するとは到底思えません。しかし」「やります」

 フューラさんならばそう答えてくれると信じていました。

 「フューラさんはシアさんと手を繋いでいてください。モーリスさんも力を貸してくださいね。ここからはものすごく高度で繊細な魔力操作が必要です。なのでモーリスさんは、わたくしがなるべく集中出来る環境の構築をお願いします」

 (うん!)

 よし。では神童とまで謳われたわたくしの実力、如何なく発揮させていただきます!


 フューラさんはシアさんの手を握り、わたくしはシアさんの胸に手を置き、その魔力をフューラさんと同調させる事に集中いたします――。

 まずはシアさんの魔力構造の把握。しかしこれはもうある程度は察しが付いています。

 ……やはり。フューラさんとは似ても似つかない構造に、そしてとてつもなく強大な魔力。

 これはもしかすると……いえ、まずは同調をさせる事を優先!



 ――フューラ視点。

 リサさんは目を閉じて微動だにしなくなりました。本当に全神経を集中しているんですね。

 僕が出来る事は……祈るだけです……。



 ――ジリー視点。

 「あんたも魔王の手先か!」

 「そもそもそっちが勘違いしてんだよ! あいつはただ魔族の王ってだけ! 魔王っていうような奴じゃねーんだよ!」

 「どっちにしろ魔王じゃねーか!」

 「あーもうわかんねー奴らだな! 寒さで脳味噌凍ってんじゃねーのか!?」

 「うっせーこちとら明日の燃料買うのにも苦労してんだ!」

 「お、おう……」

 やべ、思わず引いちゃった。


 「魔王が復活したせいで俺らの生活更に悪化したんだ! 落とし前はつけてもらわにゃ気が済まん!」

 そういう事じゃないだろうに、もう暴走して手当たり次第って奴だね、こりゃ。

 ……手当たり次第か。なら、あたしだってそうさせてもらう!

 「あーわーったよ! てめーら片っ端から潰してやらぁ!」

 「ナメるなよ嬢ちゃん! いくぞおお!!」「うおおおおお!!」

 警官五十人に比べりゃ、一般人なんて何十何百来ても軽いもんよ!


 「な……」

 やっちまった。ちょっと力が入って、いきなり若い兄ちゃんを一人屋根の上までふっ飛ばしちまった。

 「えーっと、とりあえず……あれだ。こうなりたくなけりゃ、今はあの皇帝にだけ文句垂れてな!」

 責任転嫁、だっけ? ま、あいつが悪いんだし。

 「……それもそうだな。おおーし! 城に乗り込むぞー!」「うおおおお!!」

 物分りのいい人らでよかったぁ……。

 その後も警戒はしてるけど、みんな城を目指していて、こっちの事は二の次って感じだ。

 二人は……フューラが泣きそうな顔してるし、リサさんは脂汗がすごい。声……かけられる雰囲気じゃない。


 「……繋がった」

 お、リサさんが小さく一言。

 「行きます!」

 気合の入った声。そしてリサさんの全身が青白く輝いて、それがシアとフューラにも伝播。

 「……すげぇ……」

 思わず声に出た。切り落とされて血のツララが出来てたシアの指が、どんどん再生していく。まるで春先の竹の子の成長を早回しで見ているような、そんな感じ。

 「間に合って……」

 漏れた声はフューラか。っつー事はこれでもギリなんだね……。


 それからしばらく。見た目では傷も治ってるけど、シアは起きない。

 「回復自体はどうにか出来ました。しかしここからは、シアさん自身が生きたいと願う力に賭けるしかありません。……アイシャさんも看なければ……」

 そう言って立ち上がろうとしたリサさんがふらついて、あたしのところに倒れこんできた。こりゃー……。

 「リサさん、あんたも休まなきゃ駄目だ。ひどい熱じゃないか」

 「ちょっと……魔力を使い過ぎました。なにせシアさんの魔力はとてつもなく大きかったので」

 「わーったわーった。フューラは立てるかい?」

 「ええ。……っと、いいえでした。すみません」

 あちゃー。……っしゃ! あたしが全員運ぶしかないね!

 「モーリスはアイシャを抱えて。あたしが三人見るよ。フューラとリサさんはあたしの肩に掴まって。シアは抱えるから」



 ――宿屋。

 城のすぐ近くに宿屋があったから、ご主人に無理を言って部屋を貸してもらった。

 丁度ベッドが六つの大部屋が空いていたから助かった。

 「今動けるのはあたしとモーリスだけだね。モーリス、あたしはこれから城に行ってアイシャとシアの服を取ってくる。その間こいつらを守れるのはモーリスだけになる。頼むぞ白兎!」

 (うん。……――――)

 「わーってるっての。一人も欠けずに帰るんだよ、あたしらはね」



 ――帝国城。

 さてさて、中は大混乱。兵士が壁を作って人の波を押し止めてるけど、いつまで持つかな?

 「おーい、地下はどっちだーい?」

 「知るか!」

 ですよねー。

 「おい」

 っと、後ろから妙にガタイのいい兵士があたしの肩を掴んだ。

 「やるってんなら、容赦しねーよ?」

 「……ついてこい」

 ……罠だろこれ。っても、ついてくけどね。いざとなりゃー、ぶっ飛ばせばいい!


 そして着いた先は地下牢。

 「どういう事だい?」

 「こういう事だ……」

 声がしたのは牢屋の中。んー……げ。あの皇帝だよ。

 「牢屋にぶち込まれたのか」

 「自ら入ったのだ。……皮肉な事に、今はここが一番安全だからな」

 「なるほどねぇ。んで、二人の服と装備を返してもらうよ」

 って言ったら牢屋番がもう用意してた。

 「確かに。んじゃ、さいなら」

 「お待ちいただきたい」

 ……あたしを止めたのは、さっきのガタイのいい兵士。


 「失礼。私は先代よりここの兵隊長を務めさせて頂いているネストルという者です」

 「兵隊長さんか。何か用かい?」

 と、その兵隊長さんが座って頭を下げた。

 「この度の無礼、まことに申し訳ございませんでした。主君に成り代わり、教育係でもあった私から、謝罪をさせていただきます」

 「……駄目だね。こっちは二人死にかけたんだ。いや、一人は今も生死の境をさまよってる。例え二人が目を覚ましたところで、これは謝罪で済む話じゃない。だろ?」

 「はい。然るに皆様方には私の首を」「いらねー!」

 本気でいらねーよ。いや、あたしがガイコツ嫌いとかそういうの関係無しにいらねーよ。


 こういうのを、そういう舞台から一番遠いあたしが言うのも何だけど、でもあたしだからこそ言える話もあるから、あたしから叱ってやる事にした。

 「まずなー、あんたら命軽く見過ぎ。あたしはね、前の世界では死刑囚だったんだよ。死刑執行されて一度死んだ訳。んで死んだと思ったらなぜかこの世界にいたの。だからあたしは命の重みってのが死ぬほどよく分かる。だけどあんたら死んだ事ねーじゃん。あんたらみたいに一度も死んだ事のない人間が、そうあっさりと首を差し出すとか言ってんじゃねーよ。それに兵隊長さん、あんたが死んでも誰も嬉しくねーんだよ。だから責任ってのを取りたいって話しなら、二度とこういう馬鹿を作らないように努力しな」

 「……本当に……申し訳ない……」

 ははは。ガタイのいい大の大人が涙声になってるよ。

 「だけどそこの馬鹿皇帝。あんたは死にな」「なっ!?」

 まだ甘い心持ってんだね、この馬鹿は。

 「はあ……なぁーに驚いてんだか。あんたは死に相応しい事をしてきたんだよ。それは他の罪では贖えない。あんたに残された道は、さっさと覚悟決めて上で騒いでる連中に殺される。それだけ」

 「……」

 口が半開きで固まってる。


 ……けど、さすがは人の上にいた奴だね。もう覚悟を決めたみたいだ。

 「一つ聞きたい。……この先、この国はどうなる?」

 「あたしに聞くなよ。あたしが一番そういうのに疎いんだ」

 「……そうか。すまない、無粋な質問であったな」

 こいつ、この状況であたしに笑顔を見せやがった。

 「おいネストル、ここを開けろ。我が最後の晴れ舞台だ。大勢の観衆が今か今かと待ちわびているのだ」

 「はい」

 鍵は兵隊長が持ってた様子。そして鉄格子を開けて出てきた馬鹿皇帝は、始めにあたしに頭を下げた。

 「勇者殿と魔王殿には直接謝罪に行けず申し訳ないと、言伝をお願いしたい。二人だけではなく諸君の全員にも頼む。……それからリサ王女には、このような馬鹿が先人であって申し訳ないと、とりわけの謝罪を」

 ……それあたし聞いてない。あとで聞き出さないとね。

 「分かりました。必ず伝えるよ」



 「……ようやく王様らしい顔しやがった」

 兵隊長さんを従えて地下牢から出る時のあいつを見て、ポロッとこんな言葉が出た。

 「……ふふふっ、はっはっはっ! ……感謝する」

 大笑いしたあと、あたしに振り返ってこれだ。

 「死んでも恨むの言い間違いだろ?」

 「かもな」

 この期に及んで笑っていやがる。いや、もう心は決まったんだね。だからこその余裕だ。


 「最期なので言ってしまうが、私は貴君らが羨ましい。私にはおよそ仲の良いと言える存在がいなかったのでな」

 「はあ……あんたの目はどこまで節穴なんだい? 隣にいるじゃねーか。あんたより先に謝罪して、あんたより先に首を差し出そうとした馬鹿が。ただの主従関係だけじゃ、こんな芸当は出来ねーよ?」

 驚いた表情をして、兵隊長さんに目をやった馬鹿皇帝。

 「……なんと……ふふっ。私は本当にろくでもない皇帝なのだな。ネストル、貴様の人生の大半を無駄にしてしまった事、心より謝罪する。申し訳なかった」

 「いえ、アレクス様は確かに国のためを思っていらっしゃいました。他の者が何と言おうと、私はアレクス様を評価いたします。……ただ一つ間違っていたのは、その評価を下した私の目も、アレクス様と同様節穴だった事。はっはっはっ」

 「はっはっはっ、それは任命責任を取らねばな。……さあ、行こうか。最後の晴れ舞台だ。盛大に職務を全うしてやるぞ!」

 「はっ!」

 こうしてあの二人は、あたしを忘れたように残して、あの混乱の中へと向かっていった。


 ……仲の良い存在、か。



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