裏九十三話 信用と信頼
「全く、強情な魔王様だ」
――数時間前。シア視点。
アイシャの体調がかなり悪い。そして周囲の兵も動き始めたので、我々は私の指示でグラティアまで転送する事にした……のだが。
「……謀られたか」
転送場所はグラティアではなく、ここは……恐らくはフィノス帝国城の地下拷問部屋。そして転送を終えると、私の周囲には八方向に兵が展開済み。
ここまで計算していたか。となれば、恐らくは魔法の類も使用不能であろう。
皆は……最悪の想像しか浮かばない。
……やはり私は疫病神なのだな。昔も、今も……。
「プロトシアだな? 抵抗は無意味だ」
私の正面、唯一の出入り口に陣取る、一際ガタイのいい兵士だ。
……無理だな。私は演舞ならばともかく、実戦に使えるほどの技術はない。
「……ふっ、確かめる気すらも起こらんよ。どうせ魔法も使えなくしてあるのであろうからな」
それでも諦めはしない。どこかに隙があれば一矢報いるつもりでいる。
ドンッ!
……つもりなのに……。
……ん……。
「おっ、お目覚めなすったかーへっへっへっ」
……ああ。顔を見ずともこいつの容姿や性格、果ては周囲からの評判や人生の展望までもが全て、手に取るように分かる。
私は現在、手を鎖で巻かれ、足には鉄球の枷がはめられ、天井からぶら下げられている。
……裸でだ。
「貴様が尋問官か。精々私を殺さないようにな」
「あん?」
「日の出と共に民衆の眼前で公開処刑なのだろう? 今殺しては、それが出来なくなるではないか」
「……ああ! ははっ! さっすが魔王だ。頭いいなー!」
貴様が馬鹿なだけだ。
尋問官が壁に立てかけてある……あれは馬用の鞭だ。それを手にした、という事は、私はあれで殴られるのだな。
……覚悟を決めなければ。
「へへへ……えーっと、お前にはこれから尋問を受けてもらう。それで……んまーいーやっ!」
その瞬間、私の左頬には激痛が走り、口の中が切れた。
……痛いのは苦手なのだが、それ以上に心が痛いのだ。
「へへへ……んー? んー……なーんかお前、楽しくない」
「それはどうも」
尋問官は鞭を人の頬で擦りながら、本当につまらなさそうな顔をした。
「もっと強く殴れば、いい声出してくれるか?」
「知るか」
「んー、それじゃー試してみようっ!」
こうして私に対する、尋問という名の甚振りが始まった、
……因果応報。
私だって現役時代にはこのような拷問を指示した事はある。それが返ってきたに過ぎないのだ。
今私に出来る事は、ただ痛みに堪え続ける。それだけ――。
それからどれほど時間が経ったのだろうか。殴られた回数などもう数えてはいない。
「そちらはどうだね?」
……この声、奴か。
「ほほーぅ、まだ私を睨む気力があるのか。さすがは魔王、といったところかな?」
……。
「ふむ。そいつを貸せ」
「あ、どうぞ」
「ふんっ!」
思いっきり振りかぶってきた。……しかし、尋問官のほうが痛いぞ。あやつは慣れているので手首のスナップを効かせているのであろう。
……そうか。私はまだこれほどに冷静でいられているのだな。
「……ふふっ」
「おやぁ? 何か面白い事でも?」
おっと、声に出てしまった。……ならば。
「いや何、貴様の鞭よりも、そこの尋問官のほうが痛かったのでな。貴様は中々にひ弱なのだな。はっはっはっ」
敢えて笑ってやる。するとやはり鞭が飛んで来た。……ふっ、先ほどよりも威力が落ちているぞ、ひ弱皇帝。
「まあいいだろう。日の出まではまだ時間がある。たっぷりと甚振ってやるから、精々味わうがいい」
……なるほど。私が感じている時間の流れは、やはり遅くなっているのか。
はあ……。
「絶望いたしましたか?」
あえての敬語か。腹の立つ奴だ。
「元より希望など持ってはいない」
「はっはっはっ! それは殊勝な心掛けだ。ならばもうひとつ。あの勇者だが、牢の中で意識を失ったよ」
ああ、だろうな。でなければあの馬鹿の事だ、今頃ここまで怒鳴り声が響いて来ているに違いない。
「他のお仲間さんたちは今はどこで何をしているのだろうなぁ? お二人が処刑されるより先に死んでいるかもしれないぞ? はっはっはっ」
……ん? 他の四人も捕まっているのではないのか?
待て待て。だとするならばここで大っぴらにそれを気付かせるのはまずい。拙い脳味噌でよく考えろ、私……。
「……処刑には来そうか?」
「ん? お仲間さんか? ……さあ? なにせ、出来るだけ遠くにロステレポさせたのでな」
……くくく……そうか……こやつは大きな過ちを犯したのだな!
前言撤回! これで私には希望が見えた!
……たとえ私の命は果てるとしても、アイシャだけは助かる。それを確信した!
私にはそれを確信出来るほど強く、皆を信用、信頼しているのだ。
これが今、私が一番自慢出来る事だ。
ならば……ならば私がすべき事は何だ? ……こやつをここになるべく長く張り付けにする。アイシャに次の番が回らないようにしてやる。これしかない。
慣用句では身を削るという言葉があるが、なれば私は本当に身を削り、アイシャへと目が向かないようにしてやろう。
「おい貴様。貴様のやり方はただ鞭で殴るのみか?」
「……煽りは効きませんよ?」
「ふむ、ひ弱なのを認め、逃げるつもりなのだな」
一瞬強く鞭を握ったが、しかし私に背を向けた。
……こやつのウィークポイントは別にあるのか? ならば。
「ふっ、やはり逃げるつもりなのだな。このような者が皇帝とは、さぞ民衆も落胆するであろうな」
「――――」
小声で聞き取りにくくはあったが、口の動きからして恐らくは「魔族風情が」であろう。効いているのだな。しかしまだ足りない。
「このような才のない男を産んでしまったご両親も、さぞお嘆きの事であろう」
と言った瞬間、鞭が飛んで来た。当たりのようだ。このひ弱な皇帝の弱点は両親を弄られる事。……ふっ、ならば後は覚悟を決め、突き進むのみ!
「貴様のそのひ弱な部分は、果たして両親のどちらに似たのだ? ああー、はは。どちらもひ弱なのか」
「私が罵られるのは構わん! しかし父君母君への侮辱は許さん!」
鞭が一発、二発……合計何発だろうか。
すっかり皮が剥がれ、肉も削がれただろうか、私は全身血だらけだ。自分でも分かるのだから相当な事だ。
それでも私には余裕がある。勝機もある。もちろん正気でもある。
「はぁ……はぁ……」
なにせ私ではなく、あやつが息を上げているのだから。
「その程度か? やはりひ弱だな」
……自分で想像していたよりも喋りにくい。歯も折れているのだろう。
「……そこまで甚振られたいか。分かった。おい、爪を剥げ。それから指の骨を一本一本丁寧に砕き潰して差し上げろ」
「はい。でも」
「最後に指を切り落とせ!」
「あ、あの! あの、そこまでやっちまうと、処刑する前に死んじまいます……」
「構わん! それとも貴様がこうなりたいか!」
「……いえ……」
尋問官め、馬鹿なりに人間が堪えられる痛みの限界というものをよく分かっているのだな。
「くっくっくっ、さぁーて私は、貴様の悲鳴を子守唄にさせてもらうとするぞ」
あやつが入り口横にある木箱に腰掛けた。死ぬまで見届けるつもりか。よし、ならば作戦の第一段階は達成。後は日の出まで意識を保てば、私の勝ちだ。
……堪えるぞ、私。ここが魔王の意地の見せ所だ!
――アイシャ視点。
「おい、起きろ」
……。
「ちっ、仕方がない」
……。
バシーンッ! と、平手打ちをされ、目が覚めた。
「……ここは……」
「目が覚めたようだな、裏切り者の勇者」
私の目の前には、アレクス四世。
……そうか。捕まったんだ。それで、風邪が悪化して倒れた。思い出し……シアは!?
「あんた! シアは!?」
「プロトシアか? ははっ! 貴様の後ろにいるぞ」
後ろ? って、ここ……処刑台!?
空はチラチラ雪が降ってるし 何か寒いと思ったら裸にされてるし、それで鎖で鉄柱にぐるぐる巻きにされてるし。
……動けない。精々首だけ。
「シア! あんた生きてんでしょうね!?」
「……」
まずい。ちらっと横目でギリギリ見えたシアは、血で真っ赤。私は……無傷だ。どうして? 小人狩りのつもり? ……ともかく今はシアの事!
息は……分からない。呼吸で体が揺れてるかもよく分からない。生きていたとしても、それだけ弱ってるって事。
まずい。本気でまずい。
「……どういう事か、説明しなさい」
「すぐに分かるさ」
……なんかわらわらと人が集まってきた。手には小石。小って言えないくらいのを持ってる人もいる。
「あんた……!」
って文句を言おうとしたら、猿ぐつわをされて喋れなくなった! もがいても鎖が緩む様子もないし、そもそも私浮いた状態で縛られてるから踏ん張れないし!
なんて必死に暴れてたら、皇帝の奴が私の前に立ち、手を大きく広げた。
「さあさあ諸君! 見たまえ! これがかの有名な魔王プロトシア、その人だ! そしてこっちの小人族は、その凶悪な魔王に手を貸し、人類の裏切り者となった勇者だ!」
やっぱりそうきたか! こいつぶっ殺してやる! って言っても動けないんだけど!
「我らフィノスは世界を掴み、バビディーチリとなるのだ! さあ諸君! その手に持つ鉄槌を、我らの道を阻む諸悪へと向けようぞ!」
なぁーにがバビディーチリだよ。あ、フィノスの言葉で勝利者って意味。
「小人狩りの復活だ……」
あいつが私に振り返って、嫌味な笑いを見せて壇上から去った。
覚えてなさいよ。私は優しくないんだから……。
少しして小石が一つ飛んで来た。外れたけど。
はあ、やっぱりね。これは石打ち刑だ。
痛っ……あっ!
一つ当たれば、次々石が飛んで来た。
畜生……。
畜生っ! 畜生畜生畜生っ!!
それから、どれくらいの時間があったのかな……。
ギリギリまで意識はあったけど、なにか叫び声がしたのまでは覚えてるけど、そこから先はもう、何も――。
最近進行が遅かった原因がこの話。
こういう知識は持ってない自分なりに、どこまで書けばいいのか云々を考え、二度書き直した結果、そういう描写はばっさりカットしました。




