第九十二話 夜会
――シア視点。
熱があるのだろう、アイシャの顔が赤い。
不安は払拭し切れていないのだが、しかしそうも言っていられない。……なにせ、扉一枚隔てた向こうは、夜会の会場であるからだ。
「シアさんは、ご経験は?」
「一応。しかし自信はない。私はもてなす側であったのでな」
「なるほど」
リサさんは妙に冷静だ。それがまた私の不安を煽る。
「この場はわたくしとシアさんにお任せを。そちらはアイシャさんをお願いいたします」
「何故リサさんが? ……まあ、しかしこの選択は私も同意だ」
各々も、アイシャも頷いた。……かなり辛そうだ。
――夜会会場。
全てが罠である可能性も考え、念のためいつでも魔法を放てる状態で扉を開ける。
「……夜会自体は本物でしたね」
「ああ。一つだけ安心だ」
一見して分かる華やかなパーティーと、どう見ても戦闘には向かない紳士淑女の方々。これは間違いなく本当にただの夜会だ。
しかし……我々は場違いな服装だ。私はカナタのスーツではあり男物だし、アイシャは普段着であり、フューラもいつもの白衣、リサさんは帽子を脱いだ魔女服でジリーは……上着を来たままだ。さすがにここであのTシャツは見せられない。つまりモーリスの服装が一番合っている。
「せっかくならばポール・テーラーで仕立ててもらえばよかったか?」
「誰がお金出すんだい?」
「うっ……」
入り口にたむろするのはよろしくないので、一旦壁際へ。
「作戦変更。モーリスも私に付け。周囲の、特に兵たちの動向に気を配り、なにか動きがあれば知らせてくれ」
(うん。――――)
「ああ、重要だ」
モーリスの読心能力をいかんなく発揮してもらう。
「そちらはフューラが周囲の動向を監視。少しでも怪しい動きをする者を見つけた場合、先に部屋を出て構わない」
「分かりました」
……ほぼ無意識だったのだが、私が指示をしてしまった。いや、私の感覚としては私ではない私が指示を出しているのだ。恐らくはカナタの経験がこのような指示をさせているのであろう。
「……あんたが指示するんだ……」
「自分でも不思議だ」
辛そうな顔で私を睨むアイシャ。そして長めの瞬きを一つ。
「いいよ。みんなも今はシアに従って」
やはりアイシャはそれだけ無理をしているのだな。
……そうか。あれだけカナタに怒られてもなお無理をするのか、この勇者は。やはり私が支えてやらなければ。
「アイシャ、貴様はしっかりと休め。これは友人としての言葉だ」
「ははは……うん」
よし。
我々三人はあえて中央へと進んだ。あの皇帝にしっかりと見える位置だ。
その皇帝もしっかりと我々を見据えた。
「来るぞ」
アレクス四世は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ。……リサさんは小声で魔法の詠唱を開始。モーリスはその手に力がこもっている。私はあくまでも冷静に。
「先ほどぶり。……勇者殿は?」
あちらはあまり表情がない。しかし現状、敵意は見出せない。相応に隠すのが上手いと見える。
「風邪を引いてしまったようで、休んでおりますよ」
「そうか。まあ仕方あるまい。再度申し上げるが、この夜会は本物であり、客人を晒し上げるつもりもない。なのでもう少し肩の力を抜いても構わないのだぞ?」
「それが出来るのならば我々はとっくにあの世だ。違いますか? 皇帝陛下」
「……ははは。では後ほど」
いいタイミングで他のご婦人が来て皇帝を引きずって行った。見た目だけならばギャグ調なのだが、中身は誤魔化して逃げたようなものだ。
「モーリス」
(……――――――、――――)
夜会の最中に、襲撃はないと。……つまり脱出が本番だな。
モーリスを一旦アイシャのところへと戻し、私とリサさんとでこの場を乗り切る事にした。当初の作戦に戻した訳だな。
さて多少なりとも余裕が出てきたので、夜会の出席者を物色。リサさんも同じように考えていたようで、あの目立つ耳をキョロキョロ動かし、尻尾をフリフリしている。
出席者は大半が人間族であるが、一部に獣人族や長耳族もいる。そして……魔族は一人もいないようだ。
「もし?」
「はい?」
「よろしければわたくしと一曲……と、女性の方でしたか。申し訳ございません」
「ははは、お気になさらず。男物の服装なので勘違いは仕方がありませんよ」
心はこれでもかと傷付いたがなっ!
その後私は周囲の話に耳を傾けつつテーブルを回り、リサさんは獣人族の男性と談笑している。あちらも偶然かシルバーフォックスだな。それで余計に気が合うのであろう。
その後は誘われ、二人優雅に舞って魅せている。
……やはり本物の血統を持つリサさんには、本物特有の優雅さ雰囲気がある。
私はあくまでも作られた存在。アイシャも同様であるが、あちらは自らの道を見定め、今まさに一心に歩んでいる。
私は…………いや、”私も”巣から飛び立ったのだ。今私は自らの翼で大空を羽ばたいているのだ。でなければ、アイシャがここで私を頼る事などあり得ない!
――リサさん視点。
一曲踊り終え、小休止。シアさんは……ボッチですね。この中には魔族が一人もいないというのが大きいのでしょう。
っと、目が合いました。しかしウインクをしてすぐに逸らされました。自身は大丈夫だというアピールでしょうね。
他は……。
「……ふふっ」
色とりどりのシルクという雪の中に埋もれる獲物を発見いたしました。さあ、狩りをいたしましょう。
「もし、わたくしと一曲踊っていただけませんか?」
「ああ今は……えっ!? 本気か!?」
「何か不都合でも?」
「……いや。それに女性に誘われたのならば断る術はない。よろしい、お手合わせ願おう。皆様は少々待たれよ」
わたくしが踊りに誘ったのは他でもない、フィノス帝国皇帝、アレクス四世その人です。
曲はスローテンポのワルツ。動きもないので先ほどの休憩にも丁度いい感じ。
さて、まずは小手調べ。
「おっと……うっ……あっ……」
ふむ、この皇帝陛下は体の芯が固く、踊りには向いていないようです。
その証拠に繋いだ手の平に汗が滲んでいますし、それにいくら下手に踊る演技をしたところで体の動きには出てしまいます。わたくしには分かるのですよ。
「ふふっ、その程度の身のこなしでは、立派な皇帝とは言えませんよ? 民に反旗を翻されても知りませんからね」
「い、言うな……これでも、必死なのだ……」
そういえばこのような不器用な方、最近よくお見かけしますね。
「へっくしゅん!」
おや、後ろでくしゃみをした方がおられます。
「さて、曲が終わる前にお聞きいたしましょう。我々をどう手にかけるおつもりですか?」
「……直球過ぎではないか? 貴殿は確か異世界の王女であるとお聞きしたが」「痛っ」「あっ! す、すまない」
話に集中したのでしょうね。足を踏まれました……。怪我はしていませんが、少々お仕置きしたくなります。
っと、曲が終わってしまいました。仕方がないので礼をして、その場を離れます。
……付いてきましたよ。
「すまない。足を踏んだ事は本当に謝る」
「いえ、陛下のお体は真冬のバイカル湖の氷よりも固いご様子ですから、気になどいたしません」
「……我ながら酷い言われようだな」
おっと、わたくしの本当の性格が少々漏れ出てしまいました。
「話を戻させていただくのだが」「皇帝陛下、次はわたくしと」「いいえわたくしとです」「抜け駆けなどさせません」
「おいおい、ちょっと待ってはいただけないか?」「ええ、一緒に舞って差し上げますわ!」「ちょ、ちょっとその言葉遊びはだな……って、あぁーれぇー……」
……強引な淑女の方々に連れ去られていきました。結局なんだったのでしょうね?
シアさんと合流し、アイシャさんのもとへ。先ほどよりも体調が悪化していますね。息も荒い。
「大丈夫ですか? やはり途中で退席すべきでは?」
「……それよりも、情報は?」
と、シアさんが鋭くアイシャさんを睨み付けました。そして胸倉を掴み、周囲にさとられないようにと小声で静かに口を開きました。
「いい加減にしろ。これ以上は貴様自身の命に関わる。貴様が今帰ると申し出なければ、気を失わせてでも連れ帰る」
……本気ですね。
「私は、情報があるのかないのか聞いてんの」
「……一ついい情報を教えてやる。貴様のせいで我々全員に命の危険が迫っている。フューラ、私の左後ろの兵を注視」
「はい。……はい、確認しました。部屋を出ましょう」
これでわたくしは確信いたしました。シアさんは”本物”です。
別れの挨拶もなしに去るのはいかがなものかとも思いますが、そのような事は言ってなどいられません。
「……ごめん」
「無事に帰宅してから聞いてやる。いいから大人しくしていろ」
「うん。……リサさんの事も聞けてないね」
「それも帰ってからです。今はご自身の心配をなさい」
「うん……」
幸いアイシャさんは子供サイズで体重も軽いですから、ジリーさんが抱えても何の苦もない様子です。
「リサさん、隠れられるような場所はあるか?」
「ええ。こちらです」
確かこの先を右に折れると倉庫があるはず。……ありました。鍵も掛かっておらず、一旦中へと入ります。
「フューラ、兵の様子は?」
「こちらへは……いえ。しかし動きから、僕たちを探しているのは間違いないですね」
シアさん、すっかり司令役になっていますね。
「……モーリス、やはり彼らの狙いは私とアイシャの殺害か?」
(うん。――、――――――――)
しかし、本来の計画ではないと。
(……――――、――――)
「公開処刑だと……」
暗殺かと思ったら見せしめに公開処刑とは……最低の皇帝ですね、あいつ。
「復活した凶悪な魔王と、それに手を貸した裏切り者の勇者という体で行くつもりなのでしょう。そして両者を討ち取ればフィノスには大きな名声が転がり込む。そうでなくても魔族領への侵略戦争を行うには格好の材料ですものね」
「……ここからグラティアまで一気に転送しよう。国のメンツなどに構っている場合ではない」
「待って……」
アイシャさんの制止に、シアさんの表情が真剣なものから一瞬で怒りへと変貌いたしました。
「……そうじゃない。安全考えて、二人ずつ……」
「……分かった。モーリスはジリー、リサさんはフューラ、私はアイシャ」
(うん)「ええ」
皆さんも頷き、シアさんとアイシャさんが転送したのを見送り、わたくしたちも転送いたしました。
――引き続きリサさん視点。
……何処でしょうか? ここは? 雪の森?
「フューラさ……ん? いない」
頭の中が真っ白になり、パニックを起こしそうです。いえ、起こしています!
「フューラさん!! どこですか!!」
……返事がない。これは間違いなくロステレポをしてしまったのでしょう。
まずは……まずは……落ち着きましょう。
とりあえず頭を冷やして……雪に突っ込みましょうか。そう考える時点でおかしいのですが、とにかくやってみましょう。
「つめたっ!」
と声を出したところ、とりあえず冷静さが戻ってきました。いわゆるショック療法です。
さて本題。状況の把握ですね。こちらの時代に来た当初も、状況の把握が疎かになった結果捕まってしまったのですから。
一旦カミエータで上空へと上がりましょう。
……ここは、やはり雪の森の中です。周囲に明かりはなく、方角は……この時間、月があの位置にあるのですから……ん? 月がある?
……まあいいでしょう。なんとなく把握いたしました。
そしてわたくしの当てにならない野生のカンでは南西に行くべきだと出ました。
ここがフィノスであるのならばグラティアは南西ですし、ここは先ほどの帝都トゥーレフよりも気温が低く感じます。つまりはより北方へと飛ばされた可能性が高いのです。
「……お仕置き、して差し上げなければ!」
大爆発は起こしませんが、しかし本気を出させていただきます。
――フューラ視点。
「ぬああああああっ!!」
突然上空に放り出され、そのまま自由落下を開始! 突然なので叫んでしまいました。
「あ、そうだ。僕は飛べるんだった」
という事で地面にたたきつけられる前に飛行装置を出し、闇夜の中無事に軟着陸。
着いた場所は……どこかの海岸。雪は無いのでフィノス国内ではないようです。
リサさんは……いませんね。レーダー探知範囲内にもいません。という事は、とんでもなく遠くに飛ばされてしまったんですね。
「……これが夜会の続きですか」
背後から殺気立つものがわらわらと。まあいいでしょう。タガの外れた僕の怖さ、たっぷりと味わっていただきます。
……もちろん、あの皇帝にもですよ。
「ふっ……さあ、いつでもどうぞ」
――ジリー視点。
……真っ暗。
「モーリスー……おーい……」
おかしいね。さっきまで手を繋いでいたんだから、そうあっさりと離れるはずがない。そしてあたしは闇に目が慣れやすいのにずっと暗い。何よりも声がすぐ近くで反響してる。
つまりここは……地下室だ。
……出るよ。あたしはもう暗いところに閉じ込められるのは嫌なんだ。あたしは光の下で生きたいんだ。
「おーい、誰かいるかー?」
………………。
反応なし。
壁は……いてっ! 何か踏んだ……。んー……これはー……っ!! がががががガイコツっ!?
「ひぃっ!!」って声が出て、尻餅をついちまった。そしたら手の上を何かがワサワサと……んがああああっ!! やべえええええっ!!
「だれかああーー!! だれかいねーのかああーー!!」
……何の音もしねー!
「てめー反応しねーなら壁ぶっ壊すぞ!! しらねーかんな!!」
――モーリス視点。
モーリスだけは事情が違った。
「……えーっと、どちら様?」
(え? え??)
モーリスは見た事のないお宅の中に転送してしまったのだ。家の中には狼っぽい獣人族の女性が一名。
キョロキョロと周囲を見渡し数秒。
(……分かった)
事態を飲み込んだモーリスは、冷静に事を進め始めた。
(――――。――――――、――――)
しっかりと頭を下げ謝罪し、ロステレポである事を説明。
「え、ロステレポ? あー……えっと、家は何処?」
(――――――)
「グラティア!? あーじゃあかなり遠くまで飛ばされちゃったんだね。ここはガン島って言って、大陸の南にある小さな島だよ」
モーリスは経度はほぼ変わらないが、緯度が正反対のような地点に出てしまったのだ。
(……――――。――――――?)
「帰る方法か。……三日後には船が出るから、それで大陸に行けるよ」
(――――――! ――――?)
「すぐにって……」
困惑する家主の女性。
「この島には転送屋がいなくてね、一旦隣の島まで船で渡らないと駄目なの」
一考する間もなく、モーリスは頭を下げ家を出て、隣の島へと向かった。
――そしてアイシャ視点。
「……やってくれやがって……」
「んあっはっはっはっ!! こうもあっさりと引っかかるとはな!!」
こいつ、わざとロステレポするように仕組んでた。そして私はそのまま城の牢屋に転送。自分から捕まりに行ったも同然。
「あいつは?」
「今は拷問部屋にいる。勇者殿も後ほど送って差し上げるので、楽しみに待つがいい。んあっはっはっはっはっ!」
……畜生。
そして私は、折からの体調の悪さも重なり、意識を失った――。
自分は基本的に四話先を書いてから投稿するので、もしも投稿期間が大幅に空いた場合、そこから四話先を意識してみると、どこでそんなに時間が掛かったのかというのが分かったりします。
特に何の役にも立たない情報でした。




