第九十一話 フィノス帝国
――アイシャ視点。
シアの希望でフィノスでの夜会に出席する事になった私たち。
それをトムに伝えると立ち上がって驚いてた。そして「行かせたくない」って。
でも最終的には私が納得させて、返事を出した。
そして今日がその夜会当日。
「全員準備万端だね? 忘れ物ないね? 覚悟は出来たね? よし、それじゃあ行こう」
以前シアが「死地に向かうのは一緒」なんて嬉しそうに言ってやがったけど、私としても半分は帰れなくなるんじゃないかっていう気持ちがある。
それだけ小人族にとっては、フィノスとメセルスタンは危険で野蛮な、トラウマそのものっていう存在。……正直私個人としては行きたくない。けど、勇者のカンが今はシアに従うべきって答えを出しちゃってる。
ほんと、自分が勇者やってる事を恨むよ。
――王宮の転送屋前。
「本当にいいんだね? 今ならばキャンセルしてもいいんだよ? 問題になったらオレがしっかり後片付けをするから、気を遣わなくてもいいんだよ?」
トムのこんな心配した表情、久しぶりに見た。カナタが死んだって言った時でさえ、もう少し冷静だったのに。
「大丈夫。……じゃないだろうけど、全員揃って帰ってくるって。この言葉は絶対。カナタの時みたいにはさせない。みんなも、いざとなったら国をぶっ壊す覚悟で行くよ」
「あはは」「ふふっ」「マジでやるぞ?」(うん)
四人は少し楽しそう。でもシアは申し訳なさそう。
「……はあ。巻き込んでしまった形になって、すまない」
「カナタに先導を任されたんでしょ? そのあんたが行くって言ったんだし、勇者としてもそういう選択をした。諦めなさい」
「諦め……ははは、そう来るか。分かった。私も諦めて覚悟を決めよう」
うん、表情が和らいだ。
――フィノス帝国、帝都トゥーレフ。
到着しちゃった。
ってか窓の外は結構雪が降ってる。これ絶対寒いよ!
「おー雪だー!」
早速ジリーがはしゃいでるし。
「ようこそフィノス帝国の帝都トゥーレフへ。その様子じゃここは初めてのようだね。すぐそこに洋服店があるから、温かい上着を買うといいよ。あと耳当てもね」
温和そうな転送屋のご主人さんが迎えてくれた。ここの転送屋さんは屋内にあるんだね。まあグラティアみたいに掘っ立て小屋や布張りテントだったら寒くて凍えちゃうか。
「みんな寒いのは?」
「僕は、中身はやっぱりアンドロイドですから」「わたくしは寒いのには慣れています」「嫌いじゃない」(平気)「魔王は寒さくらいでは動じないのだ」
最後のは嘘だね。
それじゃあ洋服店まで行きましょう。
「……さぶっ!!!」「冷却されます……」「……あっ、ふふっ」「うひぃー」(寒いっ!)「ぶぇっくしゅんっ!」
外に出た途端、芯まで凍える寒さに襲われた。これはちょっと急ぎ足で向かおう。
「……ふふふっ……」
そして外に出た途端、リサさんがずーっと含んで笑ってる。そして尻尾をすごく嬉しそうにフリフリ。
「どしたの?」
「ふふっ、カナタさんの言葉が当たっていたので、思わず……」
カナタの言葉?
「いいい今は先に服だ! わわわ私は寒いのがににに苦手なのだ!」
早速前言撤回? もう、ガタガタ震えてるよこの魔王。
――それから。
洋服店で温かそうな服を購入。シアは私のお金で、モーリスはジリーからのプレゼントっていう形。
「ポンコツ魔王」
「うぅ……面目ない」
シアのだけ他よりも温かそうでいい値段。ったく……。
「それで?」
私はリサさんに目線を送った。リサさんはさっきからずーっと嬉しそう。
「ふふっ、ひーみーつーですっ」
「……そう言ってカナタはいなくなったんだけど? 仮にも命を狙われかねない状況なんだから、些細な秘密もしてほしくないなぁ」
ここまで嬉しそうなリサさんも珍しいから、気分を害さないように甘えるようにお願いしてみた。
「そうですね、では夜会の席でお話いたしましょう。わたくし自身、まだ半分疑っていますから」
……疑うような内容なんだ。
「えーっと、お城はどこかなーっと」
「こちらですよ」
おややや? 誰にも聞いてないのにリサさんがどんどん歩いていく。……あ。
「フューラ」「違うと思いますよ」
即答、というか割り込んできた。
リサさんが雪に興奮して暴走し始めてるんじゃないかと思ったけど、違うの?
(ちがう)
モーリスがそう言うなら信じる。
そしてリサさんに付いて行った結果……。
「ありましたよ」
「うわ、本当だ。……それじゃあみんな、ここからは本当に気を引き締めるよ」
各々頷いて、城門をくぐる。
――帝国城。
まーそれはそれは厳つい城です事。高くて分厚い城壁のそこかしこに大砲がある。城壁に傷とかは無いから、かなり新しい城だよ、これ。
そして警備の兵士も一杯。目線を動かせば常に二人は視界に入る感じ。
……兵士の強さがどれくらいかは知らないけど、一人一人ならば私には敵わないかな? なんちゃって。
「止まれ」
おっと。甲冑に身を包んだ衛兵さんがこっちに来た。
「わたくしが」
「穏便にね」
こういうのはリサさんのフィールドだもんね。お任せしよう。
「今宵の夜会に招かれた者です。しかし早くに来過ぎてしまいましたね。申し訳ございません」
「いえいえ。確認のためお名前をよろしいですか?」
リサさんは私をちらっと見てきた。私の名前を出すんだね。という事で頷く。
「アイシャ・ロットと、その一行です」
「アイシャ……あ、勇者一行か。よくおいでなさった。このまま進み、緑の服を着た者に訊ねるといい」
「承知致しました」
兵士の目線が明らかに私に向いた。……分かってるんだね。こっちだって分かってるよ。
言われたとおり進むと……目線がある。しかも私への目線。やっぱりね。
城内は一応赤いじゅうたんが敷かれているけど、派手さはあまりない。そしてドアノブとかを見れば、やっぱり新しいお城なのが分かる。だから装飾品がまだ少ないのかな?
……それともいつでも城内で切り合いが発生してもいいって事かも。そうならない事を祈るけど。
「さて、緑の服緑の服ぅー……っと、いた」
ってかこっち来た。見た目は緑の服の神官。
「夜会にご出席の方々ですね。どうぞこちらへ」
「あの、その前に皇帝陛下にお目通りお願い出来ますか?」
「ええ。どうぞ」
少しでも先手を打っておきたい。みんなもすぐに私の考えに気付いてくれた。
――帝国城、謁見の間。
さぁて到着。扉はもう、いかにもって感じの、巨人の絵がある鋼鉄の扉だった。
扉を開けて……いた。
「ん? おおぉー勇者殿! よくいらした」
一見して歓迎ムードだけど、演出。その証拠に周囲の兵士から殺気が出てる。それでも今は穏便に、平静を装おう。
「えーっと、お招きに預かり光栄に存じます。だっけ?」
一応リサさんに確認。笑顔で頷いたから正解かな。……だから、先に切り込む事にした。
「先に申し上げておきますけど、罠ですよね? これ。夜会の最中か後かは知らないけど、シアと私を亡き者にするつもり、でしょ?」
私はアレクス四世よりも周りの兵士の動きに神経を尖らせている。
「はっはっはっ! まあそう取られてしまうのも仕方のない事ではある。しかし夜会は本当だ。開会は日が落ちてからなので、それまではゆっくりと城内を散策するといい。私は色々と準備に忙しいのでな」
「私を捕まえる準備?」
「はっはっはっ」
ほとんど間を持たずに笑った。……微妙。判断に困る。
次にシアが一歩前に出た。しっかりとひざまずいて、やっぱりシアもこういう事に慣れてる感がある。
「皇帝陛下に一つ確認がございます。よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「私の事を、城内の兵や今夜出席する方々は、どれほど承知しているのですか?」
「城の者でそれを知るのは一部だけだ。夜会の出席者どもは誰一人とて知らない。私とて客人を見世物にする趣味はない」
私の事は見世物にするつもりなのに。
後は……ってリサさんだ。
「わたくしからも一つ。陛下のご尊名を確認させていただけますでしょうか?」
「私の名を? ……ええ、まあ。私はアレクセイ・ロマン・コートフ。アレクセイというのが洗礼名であり、民衆にも同名が多いので、区別のためにアレクスと名乗っている。そして同名の皇帝が過去に三名いたので、私は四世であるという事だ」
リサさんの表情からちょーっと、喜びが消えた気がした。
「高貴な響きですね。お教え頂きありがとうございます」
アレクス四世……長いから皇帝でいいや。皇帝がなんか物足りなさそうな顔してる。
「……それだけか?」
「ええ。……シャックリ教皇はご存知ですよね? あの方の事がありましたので、少々気になっただけです」
「ははは、なるほどな。次はアクビだったか? あそこの宗教は何故にああも珍妙な名を教皇に付けるのだろうな」
「ふふっ、本当ですね」
なんか仲良さそうなんだけど。刺々しい雰囲気じゃないんだよね。それともこれも駆け引きなのかな?
――城内散歩。
許可が出たから私たちは城内をお散歩。って言ってもただ見て回るんじゃなくて、しっかり襲われた時の事も考えて道を覚える。
一応全員で行動してるけど、モーリスがいるから最悪の事態にはならない、はず。
「ちょっと複雑な構造だね。覚えられるかな……」
「わたくしは覚えていますよ」
なんか城に入ってから、リサさんの機嫌が更に上向きなんだけど。
「アイシャから見て、先ほどの謁見はどうであった?」
シアからの質問。やっぱり考える事は皆同じ。
「あれは全部知った上での演出。あんたとの会話もね。私がそう判断した理由は簡単で、周りにいた皇帝の親衛隊がどの会話でも動揺してなかったんだよね。動揺してないって事は、知ってるって事。こっちが最大限の警戒で来る事や、ああいう失礼な質問をぶち込む事も、とっくに織り込み済み。唯一リサさんとの会話だけは違うかな」
「んーなるほど、やはり罠か。……私としてはもう帰ってもいいぞ?」
「あはは、あんたが夜会に出たいって言うから来たんでしょうが」
「い、いや……」
……すっごーく”まずいっ!”っていう顔したぞこの魔王。
「どっちにしろ、私は夜会には出るよ。ここでさっさと帰ったらグラティアの恥にもなりかねないもん」
「……すまん」
「なんであんたが謝るんだか」
とにかく、今はここを乗り切る事に集中。
「……あれ? さっきここ通らなかった?」
私、迷子属性持ってないはずなのに……。
「通っていませんよ」
「本当? リサさんが言うとちょっと不安なんだけど」
「ふふっ、大丈夫ですよ。ああちなみに左は中庭へ、右は兵士の訓練場へと通じているはずです」
……は?
「何でリサさんが知ってるの? ……あ、もしかして依頼で一回来た事があるとか?」
「そういう事にしておいてください」
にっこり笑顔で返されましたー。うわー絶対なんか裏にあるー。
という事で左折して中庭へ。
「……本当に中庭に出た」
「こんなところで嘘は言いませんよ」
驚いたのは私だけじゃなくて、みんな意外な顔。一人を除いて。
「モーリスは分かってるんだよね?」
(うん。……うん)
リサさんの顔を見てもう一度頷いたって事は、口止めされたんだね。
だったらもう本人が言い出すまで待とう。
「分かった。リサさんが言いたくなるまで待ちます」
「ふふっ、夜会が終わる前にはお教えいたしますよ。戦闘が発生するとしたらその後でしょうからね」
「うん」
中庭は……雪に埋まってて何がなんだか分からない。
「そういえばこの中で雪見た事あるのって? ちなみに私は二回ある」
「僕もありますよ。色々な人に飼い犬にされていましたので」
「わたくしは以前も話しましたが、雪国出身ですので」
「あたしもあるよ。ただ何回もではないけどね」
普通の四人は見た事があると。
(ない!)
「私は、見た事はあるが、寒いのは苦手なのだ。というか魔族は全般的に寒いのが苦手でな、角が冷えると頭痛がしてくるのだ」
魔族二人はないんだね。っていうか、魔族が寒さが苦手って初めて聞いたかも。
「じゃあ……ちょっと遊ぶ?」
「いいですね。三対三で雪合戦しましょうか」
「おっ、フューラやる気だ。それじゃあ……私とフューラとリサさん、ジリーとモーリスとシアで」
みんな乗ってきた。……シアは微妙に嫌そうだけど。
丁度いい具合に防壁代わりの木があるから、あれを盾に投げる感じで行こうかな。
――雪合戦スタート。
「ルールはどうするのだ?」
「適当。んじゃいくよー!」
「ま、待て待て適当ってそん……んぎゃっ!」
はい、一発目シアに大当たりー!
「……よし、手加減はいらないという事だな!」
シアも本気になった!
さーて私の狙いは……やっぱりシアだね。一応これでも勇者対魔王の構図だし。
「うりゃっ!」「ひゃあっ!」
「やーいやーい! あうっ!」
シアに当たって喜んでたらモーリスの雪玉が顔面直撃……。
一応それぞれの状況を見てみると、私はシア狙い。フューラは満遍なくだけど、ジリー狙いかな? リサさんは……物凄い勢いで乱射してる。さすがは雪国出身。
あっちはジリーが雪玉を作ってモーリスとシアに分配。シアはとりあえず全体的に投げてるけど、下手。代わりにモーリスが命中させまくってる。やっぱり心が読めると何処に動くかっていうのも読めるのかな。
「っしゃ、あたしも投げに回るよー」
げ、ジリーの事だからきっと……って来た! 冗談じゃないレベルの剛速球!!
「ジリー! 球速落として! それ怪我する!」
「あっははは!」
笑ってるよ……。
「うるぁっ!」
もう一瞬で形勢逆転。顔出してあれ直撃したらタダじゃ済まないから攻撃出来ないの!
「ここは僕の出番ですね」
さすがフューラ! 頼りに「あうっ!」ならなかった……。
「大丈夫? あ、鼻血出てる」
「これくらいならばすぐ止まります。でも雪玉じゃなかったら顔に穴が空いていましたよ……」
「だよね。ちょっとストップ!」
一旦止めて、ジリーに注意。
「ジリー、さすがにやり過ぎ」
「ごめんごめん。雪だから大丈夫かなって思ったんだけど、結構痛そうだね」
「結構では済みませんよ!」
フューラが怒るのは珍しい。そしてジリーもようやく反省したみたい。
「あー、うん。ちょっとやり過ぎたね。ごめん」
これで雪合戦は中途半端に終了。フューラ曰くMVPはモーリスだって。命中率90%っていう、とんでもない数字をたたき出してた。
「はあ……っくしゅん! んー……」
「体が冷えたか?」
「かも。運動して汗かいた後だから余計だね。っくしゅん!」
失敗したなぁ。戦闘前に体調崩すって、あり得ないよ。はぁ……。
「一旦食堂に行きましょうか。こちらですよ」
「うん」
……うん? なんでリサさんが食堂までの道を知ってるの?
――帝国城の食堂。
本当に着いちゃったよ……。
「リサさん、もしかして……」「さてなんの事でしょうかー?」
はぐらかし方下手っ! まーいいや。
食堂はさすがにかなり広くて、しかも結構温かい。来て正解。
「いい時間になるまでここで待機してようか」
「そうですね。温かいですし」
「賛成だ」「あたしも」「わたくしも」(うん)
みんな賛成……って、モーリスが早速粗探し開始。私は……静かにしてようっと。
丁度いい高さにテーブルがあるから、テーブルに顎を乗せてダラーっとしてます。
……モーリスの粗探しにジリーが付き合ってる。本当にあの二人は仲がいいなぁ。
「本当にあの二人は仲が良いな」
「……」
そのままの体勢でシアを睨んでやった。
「な、なんだ?」
「なんでもなーい」
こいつとは、こういう事が時々ある。
嫌……って訳ではないけど、すっきりしない。何でだろうなぁ……。
――しばらく。
「……さーん、アイシャさーん」
「んにゃっ!? ……あ、寝てた?」
「はい。そろそろ移動しますよ」
「分かった。んしょっと……あ……」
あーやっちゃった……ふらつく……。完全に風邪引いた……。
「大丈夫か? どれ、私が支えよう」
シアが手を貸してくれた。
「魔王には支えられたくなぁい……とも言えないかも。ごめん」
「アイシャが謝る事は何もない」
風邪引いたのは私の失敗なんだけど。
あーそうそう。魔法で治せるのは怪我だけね。だからこれはリサさんでも無理。
「……やはり夜会はキャンセルすべきではないか?」
「座っていれば大丈夫だから」
「そう言ってもだな……」
心配性の魔王だなぁ。
「いいから。それにここで帰ればそれこそフィノスに借りを作る事になるもん。そっちのほうが面倒」
ついでに言えば、私のカンが帰るなって言ってる。……風邪で鈍っていなければ、だけど。
「……仕方がない。ただし何かあればすぐ言え。私たちは皆で帰るのであろう? 貴様が無理をすると逆効果なのだぞ」
「分かってる」
「本当に分かっているのか? 以前からそういう部分があるぞ?」
「分かってるっての」
……分かってる。何度カナタに怒られたと思ってんのさ……。
こうして私は、体調最悪のまま夜会に出向く事になった。
もう、どうせだからこの風邪を参加者全員に移しいてやろうかな、なーんて。




