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子犬の看病 1

 こっそりと自室に戻った私は、子犬を絨毯の上にそっとおろすと、すぐに踵を返して部屋を出ていった。

 確か、物置小屋に使っていない籠があったはず。

 それと、できれば厚手の布と、桶と水、いや、お湯とタオルがいる。

 あ、あの子に食事もさせなくちゃ。

 何がいいかな……ぴくりとも動かない程弱ってるし、咀嚼は厳しいよね……とりあえずミルクかな?

 そんな事を考えながら、使用人棟の脇にある物置小屋と、本棟の片隅にあるキッチンにこっそり入って、目的の物を手にして自室に戻る。

 そして籠と厚手の布で子犬の寝床を整えると、お湯をはった桶とタオルを手にして絨毯に膝をつき、子犬に向き直った。

 次いでタオルをお湯に浸して固く絞ると、子犬の体を拭くべく手を伸ばす。

 そしてその体に触れたところで、絨毯の上に置いていた左手にチクリとした痛みが走った。


「えっ」


 驚いてそちらを見ると、子犬の口がカプリと目の前にあった私の左手を噛んでいる。

 どうやらやっと気がついて、自分に触れた私に抵抗をしているつもりらしい。

 けれどその抵抗は弱々しいもので、噛まれている手もさほど痛みを感じない。

 じゃれて遊びに夢中になった飼い犬が甘噛みするよりも、きっと痛くない。


「……大丈夫だよ。私は絶対に貴方に酷い事はしない。約束するから、体を拭く事、許して? 貴方、だいぶ汚れてしまっているから。ね、お願い」


 噛みつかれた手とそこにある子犬の顔を見ながら、気づけば私はそう話しかけていた。

 言葉が通じる事は、きっとないのに。

 その証拠に、子犬は噛んだ手を離さない。

 私は苦笑すると、『体、拭かせてね』ともう一度子犬に一応の断りを入れて、タオルを持った右手を子犬の体に滑らせた。

 それを感じた子犬は私の左手をくわえたままで、その後も何度か噛み直して抵抗を示しているようだったけれど、さほど痛みを感じない私は、そのまま子犬の好きにさせておいた。

 そしてやがて体を全部拭き終わるとタオルと桶を端に片付け、今度はお皿とミルクを手に取って、再び絨毯に膝をついた。


「えっと、ミルクだけど……飲める? あ、毒とかは、入ってないからね? ほら、この通り、飲めるから」


 私は子犬の目の前でミルクをお皿に入れ、そのままお皿を傾けて一口飲んだ。

 その上で子犬の顔の前にお皿を置いた。

 けれど、やはりというべきか、子犬はそのお皿を見るだけで、ミルクを口にしようとはしない。


「う……やっぱり駄目? でも、何か口にしないと良くならないし……困ったな、さっき物置見た限り、スポイトなんてなさそうだったし……う~ん、し、仕方ない……!」


 しばらく子犬とミルクを見つめて手段を考えた後、私は意を決して立ち上がった。

 端に片付けたタオルをもう一度お湯に浸して固く絞ると、それを手に子犬の所に戻り、膝をつく。


「……ごめんね。ちょっと手荒な事するけど、許してね……!」


 次いで子犬に向かってそう言うと、左腕で子犬を抱き上げ、上を向かせる。

 そして顎の下にタオルを置くと、右手でお皿を持って、ゆっくりとそれを傾け、休み休み、少しずつ子犬の口の中にミルクを流し込んだ。

 案の定幾らかは溢れてしまったけれど、それでもミルクは無事に子犬の喉を滑っていったようだったから、良しとする。

 それを二回程繰り返した後、私は子犬をさっき作った寝床の上にそっとおろした。


「ごめんね。でも、ちゃんと自分で飲んでくれるようになるまでは、ああするからね。ごめんね、許してね」


 子犬の目を見てそう呟くと、寝床の籠からはみ出た布をその体の上にかけ、私は再度部屋を出た。

 向かう先は、メルティナさんの所。

 しばらくはあの子に付いていたいから、水路を作るお手伝いは休みたい。

 そしてあの子の存在がバレないように、極力誰も部屋には近づかないようにする必要もある。

 さて……何て言ったらいいものかな。

 水路を作るお手伝いを休む為の理由をあれこれ考えながら、私はメルティナさんがいるであろう場所に向かった。

 ちょっとした罪悪感を、その胸に感じながら。

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