クリスマスパーティパニック 前篇
空条家で開催されるクリスマスパーティの会場は、自社ホテル丸ごと貸し切りという豪勢なものだった。
この稼ぎ時に…。
まあ、VIP客へのアピール的なおもてなしの一環なんだろう。よく知らないけど。
控室として女子二人で1部屋貰う。
1年男子も1部屋で、先輩方は裏方の仕事もあるらしく、別行動だった。
与えられた部屋で、着替え等パーティの準備していると、年末休暇に入って帰国したうちの父親と、保護者代表としてねじ込んで来た篠原の小父さんが様子を見に来た。
「櫻も、そんなドレスの似合う年頃になったんだね…」
「パパその発言、年齢的にアウト」
しみじみするような歳じゃないでしょうが。そう言うセリフは嫁に行く頃になったら言って下さい。
「友美いいいいいっ!!」
パーティはこれからだっていうのに、早くもリミッター解除された友美のお父さんが号泣している。
ドレス姿の友美は確かに凄く可愛いから、小父さんが感涙の涙をこぼす気持ちはよく分かるけど、正直…。
「小父さん」「お父さん」
「「五月蝿い」」
友美との連携も普段通りバッチリ☆
「へえ、2人ともそうやって見ると普段と別人みたいだな」
どういう意味かね白樹君。
「2人とも良く似合うよ」
サンキューです、木森君。
「友美ちゃんは真っ白いふわふわのロールケーキみたいで、櫻ちゃんは綺麗なバラジャムみたいだね」
いい例えだね、東雲君。一緒にしたら美味しそう。…今度観月先輩に作って貰おうかな。
友美のドレスはホワイトグレーのシフォンドレス。
サテン生地に細かなプリーツの入った胸元はVカットで、谷間自体は同色のレースでカバーされているけどそれでも視覚的に強調されていて、私でもちょっとドキッとするくらい。…篠原の小父さんが泣いた理由の一つ。
肩は胸元から続く太めのふわふわした布のストラップ。スカート部分は膝丈で、胸の下で切り替えられたシフォンスカートの上にひらひらしたメッシュ生地を重ねたもの。
普段結んでいる髪を緩く巻いて下ろしているので、東雲君の言う通り、本当に真っ白でふわふわなケーキみたい。
一方の私は、同じく膝丈の、光沢ある生地のシンプルなフレアワンピースドレス。色は華やかなローズピンクで、同色のバラ模様が自然に散らされている。
背面の網上げがポイント。コルセット部分はお尻の上くらいまである、しっかりしたもの。
ちなみに着るときは脇にジッパーがあるんだぜw
細いストラップだけでは肩が寂しいので、胸元を同じ素材のバラのコサージュで止めた、ブラックレースのケープ風ボレロを上に羽織っている。
髪は両サイドを下ろし、残りを後ろでひとつに纏め、緩く崩したお団子に。
私達も男性陣にコメントを返す。
「3人とも、タキシードよく似合ってるよ」
「かっこいいね」
何という褒め殺し大会。
野郎三人は所詮タキシードなので、詳細は省く。
でもさすが元攻略対象というだけあって、3人とも普段より大人っぽくて凛々しかった。
控え室から出て全員で会場に向かう。うわあ。
「さすがに凄いねー」
「うん…」
煌びやかに飾り付けられた広大な空間に圧倒される。さすが空条。
「ほら、そこで足を止めない。邪魔になるだろう?」
「友美っ」
父が苦笑して「行っておいで」と促した。あと小父さんウザい。
「先輩達見つけられるかなあ」
ここで合流する手筈になっているのだが。
まだ開場したばかりの筈なのに、広間はセレブな方々で埋められていた。
「大丈夫だよー」
「ほら、こっちに気付いたみたいだぜ」
東雲君と白樹君の言葉に視線を巡らせてみると、観月先輩と椿先輩がこちらにやってくるのが分かった。
「見違えたよ、2人とも。すごく大人っぽいね」
「ああ」
キラキラした笑顔の観月先輩と、目を見張った椿先輩。
2人のこんな顔を見られただけでも、着慣れないドレスを頑張って着たかいがあったな。
ちなみに私達2人のドレスは、空条先輩からのプレゼントだ。
レンタルで良いって言ったのに色々ダメ出しされた挙句、「もういい、俺が買う」って強引に買って贈られた。
つまり、友美のあのえろかわドレスは空条先輩のシュミという事で…。ゴクリ。
男子は知らない。木森君については観月、椿両先輩にぶん投げたから。
1年組の保護者代理を先輩達にお願いする事になっているので、父達とはここでお別れ。
これから仕事関係の人に挨拶回りをするらしく、篠原父を引きずって行った。
ところで本日は、パティシエとしての第一歩を踏み出した観月先輩のお披露目も兼ねているらしい。
あちこちに設置されたテーブルの1つには、先輩が作ったと言うケーキがずらりと並んでいた。
……先輩1人でも頑張ってるんだなあ。
世界に通用するパティシエになる、っていう夢に向かって、日々しっかり着実に歩んでいく観月先輩を、改めて尊敬する。
「ふわあ」
「ほんとに再現しちゃったんですか…」
目の前のケーキを見て思わず感嘆のため息が出るのを、私は抑える事が出来なかった。
観月先輩ぱない。
何時だったか言った、例のパティシエ主人公の漫画に出てきたゴージャスブッシュドノエルが今目の前に!
「すっごーい!ねえねえ、食べていい!? 食 べ て い い !?」
「さすがですねえ。この飾り細かッ」
「芸術的すぎて食べるのが勿体ない位ですね」
惜しむらくはそれほど大きくない事だ。しかしその分数を用意したらしい。
量産されただとッ!?
まあ、観月先輩だけじゃなく、ここには専門のパティシエさんも居るしね。
「その関係で、今日のパーティにも出席して貰ったんだよ。僕サイン貰っちゃった」
今すぐ見せられないのが残念だけど、と言う。
なんですとー!?作者さん来てるのかッ!知ってたら本持って来たのに!!
「後で出来ればサイン欲しいんですが…」
「わたしも!」
「僕も!」
気持ち控えめに言ったのに、君達と来たら…。
ほら、観月先輩苦笑してるよ。
「まあ、大丈夫だと思うよ。後で聞いてみるね」
ぜひよろしくお願いします!
やがて、空条先輩のお父さんが壇上に上がり、開会のあいさつをした。
細かい内情には触れなかったけど、空条はこれからも発展し続けて行くつもりだ、と。
それから先輩も壇上に上がり、次期後継者として空条の名に恥じない様に精進していくと述べた。
友美の顔、ぽーっとしてるの丸わかりだから。
まあ、同好会の時より、生徒会長の時の顔より、もっとずっと大人でカリスマオーラに溢れた姿だったから無理も無いけど。
壇上の空条先輩は、すでに若社長って言っても良い位の貫禄があった。
その隣には厳めしい顔の椿先輩。
また、将来空条グループの専属パティシエとなる予定の観月先輩も壇上で紹介され、私は改めて凄い人達と親しくなったんだなあ、と強く実感した。
ひと通り開幕の挨拶が終わり、立食形式のパーティが始まった。
観月先輩も戻って来たけど、椿先輩は空条先輩の所に留まっているらしい。
と思ったら、皆で空条先輩の所に挨拶に行こう、という流れになった。
観月先輩は私達を呼ぶ為に戻って来たらしい。
全員で空条先輩の所へ向かうと、そこには人だかりができていた。
観月先輩は気にせず、すいすいと進んでいくので、私達も後を追う。
「……のご令嬢」
「婚約も間近…」
周りからひそひそそんな声が聞こえてきた。
何の事かと言えば、ようやく見えた空条先輩に、べったりくっ付いた“例のあの人”の話らしい。
ドレスを着ているのでただでさえ大人っぽいのが、さらに凄く大人っぽく感じる。
自然と自分の目つきが厳しくなるのに気付きつつ、それでも表情には出さない様フラットな表情を心がけた。
その時、例の七星先輩が近づいて行くこちらに気付いた。
男性陣を見て優しく微笑みを浮かべかけたが、私と友美に視線が向くと途端にきつく睨みつけて来た。
うっわ、分かりやす!
空条先輩に腕をからめてがっちりホールドしてるけど、肝心の空条先輩の顔は冴えない。
張り付けた様な表情の無い顔で彼女をあしらっている。無視する事も多い。
それでも彼女は、空条先輩の気を引こうと必死だ。
彼女の行為が決して報われない事を、私は知っていた。
「連れて来たよ、明日葉」
「すまんな」
彼女をスルーして観月先輩が空条先輩に声を掛ける。
「お招き有り難うございます」
「どうも有り難うございます」
「あの、僕まで招待して頂いて、なんて言ったらいいのか…」
1年男子が先に挨拶する。
「あの、招待して頂いて…」
「ねえ、明日葉さん、この方達をわたくしに紹介しては下さらないのですか?」
友美の挨拶遮りやがった。
ああ、ほら友美、ここで負けちゃダメだよ、全く。
「本日は誠に有り難うございました」
こういう風に隙をついて挨拶しなきゃ。
上級生がものすっごく苦い顔をした。
「有り難うございますっ」
私に続いて友美も挨拶する事が出来た。
「何なんですの?わたくしが話しているのですけれど」
言い難く無いのかな?そのお嬢様しゃべり。
それにどうやら気が立ってるっぽい?以前椿先輩と一緒にいた時より余裕が無い様にも見える。
彼女について考えていたら、空条先輩がその彼女をスルーして友美の事を褒め始めた。
「ふむ、やはり似合うな。俺の目は確かだったか」
「えっ、あの、そうですか…?」
か、かわいいから!そのキョドった仕草も、ドレスの可愛らしさと相まってすっごく可愛いから!破壊力倍増だよ!!
先輩GJ!変態のスケベとか思ったの、全力で謝るんで!
「有り難うございます」
ふわあああああ。
鼻血出る。ふわっとした微笑みにノックアウトされたのは私だけでは無かったらしい。
空条先輩も普段余り見せない、優しげな表情を浮かべた。
あ、般若。
「明日葉さん!!」
……自称婚約者なら、もうちょっと懐の大きい所見せないと空条先輩に嫌われるぞ?
「そんなに紹介されたいならしてやる」
何事か考えていた空条先輩が、突然友美の腕を引いた。
あっ、こ れ は、
「コイツが“俺の決めた”俺の婚約者だ」
キターーーーーー!!
周りも一斉にどよめく。うおおおおおおお!空条先輩ルート最大の萌えイベントキターー!!
「おめでとう友美!」
戸惑う友美を、すかさず全力で後押し。ふふふ、これで逃げられまい!
「さ、櫻ちゃん!?」
「お、おい?」
「おい、明日葉?」
皆がそんなに戸惑ってちゃ、女狐、失礼、空条先輩についに力づくで引っぺがされた彼女に怪しまれるでしょうが。
「先輩、友美連れて早く離脱した方が良いですよ」
「そうだな。済まんが後は任せる」
「了解です」
淀みない連携で、しっかりうなづく。
「明日葉さん!」
追いかけようとした彼女を椿先輩が止める。
「離しなさい!」
命令しなれた口調で椿先輩を止まらせると、空条先輩達を追いかけて行った。
あ、警備員にとめられてやんの。ワロス。ついでに彼女の保護者まで出てきたっぽい。
あー、人垣で見えなくなっちゃった。
「びっくりした…」
「僕もです…」
東雲君と木森君が茫然と呟いた。
「ええと、どういう事なんだか…」
「央川?」
白樹君に聞かれたので正直に答える事にした。
でも、ここじゃ他の人の目があるから…。
「外で話しませんか?」
ホテルの敷地内にある英国式庭園は、美しくライトアップされていた。
コート着ないとさすがに寒いけど、今はそれどころじゃないので我慢。
「さっきの女性、名前、七星沙織さんでしたっけ?」
彼女こそが、空条先輩ルート専用サブキャラクター。
いわゆるライバルキャラってやつである。
「彼女の事知ってるの?」
観月先輩が問い返す。
「有名ですよ」
苦笑して返し、話を続ける。
「で、その彼女を始めとする、女性関係への牽制ですよ。空条先輩が友美を“選んだ”と言ったのは」
そう、それだけの理由。
あくまでとっさの判断で、どうという事は無い。現在の所は。
「まあねー、空条先輩はそういうの、すごく大変そうだっていうのは分かるけどさー」
「よく気付いたね」
「それにしても、央川なら止める方に回るかと思ったけど」
白樹君が言った事は、あながち間違っていない。
何も知らなければ、私はきっと全力で止めただろう。
でも、これも筋書きの内なら、私は止めない。
「空条先輩が選んだ理由がどんなものであろうと、私は友美を応援するよ」
ただ、彼女の未来の為。
ただ、それだけの為に。
「でも、凄かったねえ」
「まるでドラマみたいだった」
東雲君と木森君の言葉に、さっきのシーンを振り返ってみる。
確かに傍から見れば、どんなドラマの撮影かというほど、出来過ぎなシーンだったと思う。
ふと、思い出した。
この世界がゲームだった時、私は友美の位置にいたのだと。
いつかのあの日、擬似的とはいえ私が空条先輩の隣に立った日も、確かにあったのだと。
―――もし、私が友美だったら。
私が友美だったら、この知識を生かしてハーレムを築いたかも知れない。
私が友美だったら、どんな手段を取ってでも、きっと狙った相手を確実に落としにかかっただろう。
―――まるでそれが、この世に生まれ落ちた自分の使命だとでも言わんばかりに。
でも、私は友美では無く、ただの友人という名の脇役。
彼女の場所に、私はいない。―――居られない。
―――私は少し、友美の事が羨ましくなった。
「大丈夫か?」
不意に、白樹君に顔をのぞきこまれた。
考えに没頭して、呼ばれているのに気が付かなかったらしい。
「やっぱり少しはショックだったんじゃないの?」
観月先輩に優しく気を使われる。
「いえ、すみません、大丈夫です」
気を取り直す。
と、何か怒鳴り声の様なものが聞こえた気がした。
「何か聞こえた?」
「行ってみよう」
東雲君の一言に、顔色の変った観月先輩が声をかけた。
同じ庭園の反対側にいたのは友美と、先ほど空条先輩にくっついていたあの、七星沙織嬢だった。




