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ドッペルゲンガー  作者: ドM伯爵
第二章 協力者
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あふれる涙

 雄介はリビングにある木製の椅子に腰かけ、ダイニングテーブルを見つめいてる。そこには真実のマイナンバーカード、引きちぎられたネックレス、そして、沙良の形見でもある指輪が置かれている。

 この何日かの間、雄介は真実を殺した犯人を突き止める事だけを考えていた。それは、真実を死に追いやった責任が、自分にはないと思いたい気持ちによる物かもしれない。真実を殺した犯人を捜し出す事だけを考え、真実を失った悲しみを誤魔化していたのだ。だが、それはまやかしでしかなかった。雄介は、再び、真実を失った事実に向かい合わされていた。

 ところで、雄介がまだ死んでいない犯人と出くわしていたら、その時、どういう行動に出たのだろうか。それは雄介にも分からない。ただ、真実が死んだという現実と向き合う事から逃げるために、犯人を捜していたのだから。



 これからどうしたら良いのだろうか。そもそも、自分は何をしたいのだろう。雄介はアパートの首吊り死体の事を警察に通報していない。首吊り死体の身元を確認するために部屋を荒らしているし、そもそも、雄介は部屋に不法侵入している。それに、真実宛の手紙が届いた事すら警察に相談していない。首吊り死体を発見するに至った経緯を、警察に上手く説明するのは困難に思える。場合によっては、首吊り自殺にみせかけた殺人として、雄介は警察に疑いをかけられるかもしれない。彼を殺す動機が雄介には十分過ぎるほどにある。警察に何か疑われても不思議ではない。

 一連の出来事を警察に連絡しないせいで、真実が強姦された事件が迷宮入りするのは避けられなくなるかもしれない。首吊り死体と真実が繋がる物証も、雄介が持ち帰ってきてしまっている。だが、真実を殺した犯人が判明したところで、ただの・・・強姦事件として扱われているのだ。それでは雄介の気は治まるはずがない。それ以前に、犯人は既に死んでいる。警察に協力した所で、雄介には何のメリットも見当たらない。

 雄介は様々な思いに駆られるが、考えても仕方が無いという結論に至った。何をしても真実は帰ってこない。それよりも、もし、死んでしまった真実に自我があるとしたら、自分に何をして欲しいのかを考えてみる。

 周りを見渡してみると、いまだかつて経験した事がない程に部屋の中が散らかっている。雄介はこれでは真実に、そして、沙良にも呆れられてしまう事に気が付いた。



 例のごとく、雄介のデスク周り以外はすぐに片付けられた。いつもなら、自分のデスク周りを片付ける事はないが、今回からはデスク周りも片付ける事にした。自分を支えてくれる人はもういない。前以上にしっかりしなくては。

 デスクの上に散乱している中身が不明のデータメモリの山を見ると、雄介のやる気は途端にそがれてしまう。だが、我慢してメモリの中身を一つ一つ確認していく。

 携帯端末内でファイルを保存する時に、ほんの少し工程を加えるだけでメモリの外面にタイトルを表示する事ができる。だが、雄介はその作業を面倒くさがって怠っていた。そのせいで、雄介の身の回りにある全てのメモリには何も表示が無く、後日、保存した資料が必要な時は、その度に目当ての資料を探し当てるのに苦労していた。そんな時は、真実にも資料を探すのを手伝ってもらっていたが、一人で作業する事がこんなにも退屈な事だとは思いもよらなかった。

 真実に手伝ってもらっていた時は、普段なら話さない事も話していたものだ。黙々と作業をしていていると、その分、時は長く感じられてしまう事はお互いに理解していた。この時ばかりは、雄介の些細な質問にも、真実は面倒くさがらずに応えてくれていた。

 雄介はメモリの中身を確認しながら、外面に表示させるタイトルを指定していく。雄介の目の前にある無表記のメモリは、まだ山ほどあるが、その中に随分と古い物が紛れている。そのメモリにだけはタイトルが表示されていた。

―2044.6.25―

 これは何のファイルだろう。おそらく、表示されている数字は日付を表していると思われる。十二年前、まだ沙良が生きていた時の物だ。そのメモリを携帯に差し込むと、動画が再生され始めた。

 人工芝のグラウンド上で、子供たちが大きな曲線を描きながら走っている。この動画の撮影者は何を撮りたいのだろうか。どの子供にも焦点は合っていない。仕舞いには、子供達の姿を見失い、画面には良く分からない場所が映し出されている。


「雄ちゃん、真実はあっちにいるよ」


 雄介の事を呼ぶ真実の声が入っている。真実が自分の事を「雄ちゃん」なんて呼ぶ事はなかったはずだ。それに、この声の主が真実だとすると言っている事が不自然だ。違う、これは真実の声ではない。沙良の声だ。こんなにも沙良と真実の声は似ていたのか。

 いつの間にか、十二年前に撮影された動画に見入ってしまっていた。この動画の撮影者はどこの馬鹿なんだ、全くといって良いほど真実が映っていないではないか。撮影者に対して不満を募らせながらも、その瞳は涙で溢れていた。

 一時間ほどの動画が終わると、雄介の頭の中は沙良と真実の事で埋め尽くされていた。他の事は何も考えられない。真実に会いたい。そして、沙良に会いたい。あの頃に戻りたい。雄介の涙は止まりそうにない。これからの事など何も考えられない。どうしても二人に会いたい。そのためには自分も死ぬしかない。だが、自ら命を絶ったとして、二人はそれを祝福しくれるのだろうか。そもそも、自分の事を迎え入れてくれるのだろうか。だが、今の雄介にとって、その程度の事は何の問題でもない。

 沙良と真実がいない世界には何の未練もない。どうやっても二人を救う事はできないのだから。どんなに科学が進歩しても死んだ人間を蘇らせる事はできないのだ。それは、どんなに時代が進もうとも変わらない。

 科学が進歩。死んだ人間。時代が進む。

 盲点だった。どんなに時が経っても二人を救えないのなら、時を戻せば良いだけではないか。

 雄介は赤く充血した眼を見開くと、目の前に溢れかえっているメモリの中身を確認し始める。今の雄介には少しの時間ですら惜しく感じられた。結局、中身が確認されたメモリはデスクの脇に追いやられるだけで、メモリの外面にタイトルを表記する作業は、途中で放棄されてしまった。




 雄介は、今、東京都野田市にいる。目の前には真新しい施設がそびえ立っている。辺りは暗く、人影は少ない。施設の正門には法政大学情報科学特別研究棟と表記されている。目の前にある施設の中も暗く、視認できる物は非常灯のおぼろげな光だけだ。

 施設を取り囲んでいる塀はよじ登れないほどの高さではなく、施設内に忍び込む事だけなら困難ではなさそうだが、念のため、雄介は施設を一周する。

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