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ドッペルゲンガー  作者: ドM伯爵
第一章 事の発端
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国家権力の限界

 警察の説明に納得のいかない雄介は、山梨県警本部の一室で声を荒げていた。


「娘は強姦された事が原因で死んだんだ。なら、それは強姦致死でしょう」


「神田さん、落ち着いてください。強姦致死傷罪は、強姦が直接的な要因となって被害者が死に至った場合に適用されます。真実さんに目立った外傷はありません。鑑識の報告によると、真実さんがお亡くなりになられた直接的な要因は大雨の中、衣服を身につけずにいた事による低体温症です」


「その衣服を剥がしたのは犯人でしょう。そいつが娘の衣服を剥ぎ、山の中に放置したのなら、娘がそいつによって殺された事に変わりはないでしょう」


 体格が良い四十歳前後の刑事は、大きく深呼吸をする。


「良いですか、神田さん、衣服を奪って放置し、それが死につながったとしても、それを裁く法は存在しません。我々ができる事は真実さんを強姦した犯人を逮捕する事です。この犯人を殺人罪で起訴することは不可能だと思ってください」


 言葉を失う雄介であるが、食い下がる事はできない。


「死体遺棄罪にはならないんですか」


「山中に放置された時点では、真実さんはまだお亡くなりになっていません。死体遺棄罪はその言葉が表す通り、死んだ人間を放置する事を指します」


 雄介は返す言葉が無くなってしまった。真実を死に至らしめた犯人が、殺人の容疑者として捜査されないでいる事が腑に落ちない。しかし、それよりも犯人を見つける事が先決だと気が付いた。


「それで、捜査状況は、捜査に進展はあったんですか」


 雄介の問いかけに、刑事は何も応えずに視線を落としてしまう。


「意味が分からない。あんた達は事件を解決する気が全然無いじゃないか」


 雄介の怒号が署内に響き、そこにいた職員全員が雄介の方に視線を向ける。


「捜査は難航しています。犯行直後、付近一帯が大雨だった事で、証拠となるような物は何も残されていません。この犯人は頭が切れます。通常なら被害者の衣服や爪に犯人の痕跡が残っている事で、事件の解決に繋がる事がありますが、今回は衣服を身につけていない状態でした。しかも、被害者の手足の指を全て深爪にしておくという念の入れようです」


 真実がどの様な状態で死んだのかまでは知らなかった雄介には、刑事の坦々とした状況説明は聞くに堪えないものであった。雄介は目の充血を堪える事しかできなかった。


「八ヶ岳の山中に真実さんを放置した事も偶然ではなく、天気の移り変わりを考慮しての事かも知れません」


 雄介の頭を迷宮入りという言葉が過ぎる。娘を殺した犯人が捕まる事は無いかもしれないという最悪の展開を雄介は考えてしまっていた。


「未解決事件観察計画(Project for Observe an Unsolved Cases)」


 雄介は言葉を発した時にはまだ、自分が何を言っているのか分からなかった。おそらく、タイムトラベルに関する記事の取材をした時に聞いたフレーズが頭に残っていたのであろう。


「POUCだ。未解決事件をタイムトラベルで解決する計画があったはずだ。刑事さん、タイムトラベルによる犯罪捜査は技術的には可能だと聞いています」


 雄介の口から思いも寄らない単語が飛び出した事に、刑事はあっけにとられる。


「よくご存知ですね。名称だけ聞いても何の事だか分かりませんでした」


「では、犯人は捕まるんですね」


 熱心になる雄介だが、刑事の態度とは温度差があった。


「神田さん、確かに犯罪捜査にタイムトラベルを用いる試みは存在します。しかし、現状はそれができません。いかなる理由であってもタイムトラベルで過去に干渉する事は許されません。勿論、犯罪捜査も例外でありません」


「そんな」


 雄介は再び言葉を失ってしまう。


「神田さん、我々は今、全力で捜査しています。何か真実さんの交友関係について何か聞いていませんか。恋人と上手くいっていないとか、友達と喧嘩しているでも」


 雄介には刑事の説明は全て詭弁に思えた。真実が誰かに怨まれていたとでも言うのか。真実に限ってそんな事はありえない。


「何も分かっていない」


「え」


「あんた達は何も分かってないって言ってるんですよ。全力で捜査するというのは、今、出来る事を何でもするという事ではないんですか。タイムトラベルで犯人が捕まるなら、それをする他ないでしょう」


「なるほど、神田さんの言うようにタイムトラベルで犯人を捕まえる事はできるかもしれません。しかし、タイムトラベルで得た情報は証拠にならないんです。犯人を法廷で裁く事ができないんです」


「それでも構わない」


 雄介の発した言葉が刑事は聞き取れなかった様だ。


「すみません、もう一度よろしいですか」


 雄介にはもう刑事の言葉は耳に入ってこなかった。雄介は黙々と帰る支度を始める。刑事は雄介が帰ろうとしている事にまだ気が付いていない。

 支度を終えた雄介は席を立ち、ロビーに向かって歩き出す。雄介が席を離れてから、刑事は雄介が帰ろうとしている事に気が付いた。


「待ってください。神田さん、まだお話が」


 雄介は警察に頼る事はできないと感じていた。真実の無念を晴らすには自分で何とかするしかない。山梨県警本部の建物を出ても、雄介を追いかけてきた刑事が何か大声で言っているが、雄介にはどうでも良い事だった。おそらく、自分を引きとめようとしているのだろう、しかし、雄介は構わず自分の車に向かう。

 車に乗り込んだ雄介は、自身の携帯端末に自宅までの経路を表示させると車を発進させた。

 山梨県警本部の正門を出る所でルームミラーに、さっきまで話していた刑事がこちらを見つめている姿が確認できたが、雄介は何も感じなかった。今、雄介の感情は警察への憤りにではなく、犯人を見つけ出すという事にのみ向けられている。

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