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第10話「不死者は煙草をやめられない③」

 午後11時を少し回った頃。


 月光荘の共用リビングには、冷蔵庫の低い駆動音だけが響いていた。


 窓の外はすっかり暗い。住宅街の街灯が、薄いカーテン越しにぼんやりとした光を落としている。


 白石千歳は、そんな静かなリビングにふらりと姿を現した。


「……お腹空いた」


 今日は喫茶店『玉兎』の仕事が休みだった。


 昼過ぎに起きて、ベッドの上で動画を眺め、気づけば夜になっていた。


 途中で何度か起き上がろうとはしたが、特に用事もなかったのでやめた。


 何もしない休日というのも、なかなか贅沢なものだ。


 そう思いながら簡易キッチンの戸棚を開ける。


「カップ麺……は、昨日食べたし」


 冷蔵庫を覗くと、卵と牛乳、それから誰のものか分からない調味料が並んでいた。


 どうにも食欲を刺激されない。


 仕方なく冷凍庫を開けると、奥の方に冷凍チャーハンが入っていた。


「あ、これ私のだ」


 数日前、スーパーで買っておいたものだ。


 すっかり忘れていた。


 千歳がパッケージを取り出したところで、背後から足音が聞こえた。


「あれ、千歳じゃん」


 振り返ると、紅月アカリが立っていた。


 赤い髪を適当にまとめ、妙な文字の書かれたTシャツを着ている。


 胸元には大きく『本日も概念』と印刷されていた。


 意味は分からない。


 本人にも分かっていないのだろう。


「こんばんは、アカリ」


「何してんの?」


「夜食探し。今ちょうど見つけたところ」


「あー、分かる。夜って急にお腹空くよね」


 アカリは冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「今日、仕事は?」


「今日は休み。溜めてたアニメ一気見してたんだよね。ちょっと休憩しようと思って。千歳は?」


「私も休み」


「へえ、珍しいね」


 アカリは麦茶をグラスに注ぎ、ひと口飲んだ。


「チャーハン?」


「うん。買ったの忘れてた」


「いいじゃん。私もちょっと食べたい」


「自分で買ってきなよ」


「ケチー」


「人の夜食を狙わないで」


 そんな会話をしていると、今度は廊下から別の足音が近づいてきた。


「……誰かいるの?」


 月永かぐやだった。


 黒い長髪を揺らしながらリビングへ入り、冷蔵庫へまっすぐ向かう。


「2人とも起きてたんだ」


「かぐやも夜更かし?」


「今日は配信ないから、これからゲームでもしようと思ってた」


 かぐやは冷蔵庫から炭酸飲料を取り出した。


 そこで、何かに気づいたように2人を見る。


「……そういえば、2人とも今日休みなの?」


「うん」


「そうだよ」


「じゃあさ」


 かぐやが、少し楽しそうに笑った。


「トゥーンラッシュ、やらない?」


     ◇


 15分後。


 冷凍チャーハンで腹を満たした千歳は、自室のパソコンの前に座っていた。


 ヘッドセットを装着し、ボイスチャットをつなぐ。


『聞こえる?』


『聞こえてるよー』


「私も大丈夫」


 画面には、派手な色使いのタイトルロゴが踊っている。


 『トゥーンラッシュ』。


 3人1組で戦う、対戦型のバトルアクションゲームだ。


 千歳はこのゲームが嫌いではない。


 操作はそこそこ複雑だが、遠くから敵を撃つのは性に合っていた。


 何より、こうして誰かと遊ぶ時間が好きだった。


 かつて、千歳が暮らした町には、夜になると人々が集まってカード遊びをする酒場があった。


 負ければ酒を奢り、勝てば大声で笑う。


 顔ぶれは変わっても、遊びに夢中になる人間の姿はあまり変わらない。


 ただ、今は違う場所にいても一緒に遊べる。


 500年前には、想像もできなかったことだ。


『千歳、準備できた?』


「うん。いつでも」


『じゃ、始めるよ!』


 かぐやの声とともに、マッチングが開始された。


 出撃前の装備画面が表示される。


 このゲームでは、武器の装備にコスト制が採用されている。


 プレイヤーが使用できる武器コストは最大4。上限を超えなければ、複数の武器を装備できる。


 それとは別に、スキルは4つまで装備可能だ。


 かぐやは片手剣を2本装備していた。


 片手剣は1本につき2コスト。上限の4コストを使い切って、二刀流にしている。


 アカリはサブマシンガンとチェーンソー。


 どちらも2コストなので、合計4コストだ。


 そして千歳はスナイパーライフル。


 こちらは1丁で4コストを使い切る。


 3人とも、いつもの装備だった。


「今日もスタンが発動するといいなあ」


『確率50%でしょ?』


「そう。発動しないとちょっと悲しいんだよね」


『まあ、千歳なら当てられるでしょ』


「そうだといいね」


『もっと自信持ちなよ!』


 かぐやのツッコミに、千歳は笑った。


     ◇


『降りる場所、ここでいい?』


『いいよー』


「私もいいよ」


 3人はマップの端にある建物群へ降下した。


 地面に着地すると、すぐに物資集めが始まる。


 回復アイテム、能力を一時的に強化するバフアイテム、そして弾薬。


 千歳は建物の2階へ上がり、床に落ちていたスナイパーライフル用の弾薬を拾った。


「お、助かる」


『何かあった?』


「スナイパーの弾。結構まとまった数あったよ」


『よかったじゃん。千歳、結構弾使うもんね』


「そうなんだよね。予備はいくらあっても困らないし」


 千歳は所持弾薬を確認した。


 これなら、しばらくは弾切れを心配しなくて済みそうだ。


 窓から周囲を見渡す。


 遠くに別の建物が並び、その向こうには低い丘が見える。


 敵の姿はない。


 静かなものだった。


 千歳は少し考え、机の上に置いてあった煙草の箱へ目を向けた。


 ちょうど1本、吸いたくなってきた。


「……ちょっと煙草吸ってくるね」


『え?』


『今?』


 2人の声が重なった。


「うん。まだ敵いないでしょ」


『いや、まだ漁ってる途中なんだけど』


『千歳、せめて安全な場所に移動してからにしなよ』


「建物の2階だし、大丈夫じゃない?」


『そういう問題じゃなくて!』


 かぐやの抗議を聞きながら、千歳はキャラクターを部屋の隅に移動させた。


「すぐ戻るから」


『ちょっと、千歳!』


 ヘッドセットを外す。


 途端に、かぐやの声が遠くなった。


 千歳は煙草とライターを手に取り、自室の窓際へ移動した。


 窓を開けると、外の空気が頬を撫でた。


 遠くで車の走る音がした。


 どこかの家の窓には、まだ明かりが灯っている。


 千歳は灰皿を窓際に置き、煙草を咥えて火をつけた。


 小さな炎が一瞬だけ指先を照らす。


「……ふう」


 吐き出した煙が、窓の外へゆっくり流れていった。


 昔から、煙草を吸う時間は好きだった。


 何かを考えるためでも、忘れるためでもない。


 ただ、少しだけ何もしない時間が欲しくなる。


 もっとも、さっきまでゲームをしていたのだから、別に忙しかったわけでもないのだが。


 千歳はそんな自分の矛盾を、特に気にしていなかった。


     ◇


 一方、その頃。


『……本当に行っちゃった』


 アカリは、建物の2階で動かなくなった千歳のキャラクターを見つめていた。


『自由すぎるでしょ』


『まあ、千歳だしね』


 かぐやは呆れたように言った。


『とりあえず、私たちで漁ろう』


『そうだね。千歳の分も回復アイテム拾っとく?』


『本人に拾わせなよ。こっちは護衛までしてるんだから』


『まあ、それもそうか』


 2人は千歳がいる建物を離れ、隣の倉庫へ移動した。


 倉庫は道路に面しており、千歳のいる建物へ向かう道を見渡せる位置にあった。


 ここを押さえておけば、敵が近づいてきても先に気づける。


 千歳が戻るまでは、なるべく敵をあちらへ通したくなかった。


 倉庫の中には回復アイテムが落ちている。


 アカリがそれを拾った瞬間だった。


 乾いた銃声が響いた。


『敵!』


『どこ!?』


『道路の向こう! 銃使いがいる!』


 アカリがサブマシンガンを構え、倉庫の入口から発砲する。


 敵は道路を挟んだ向かい側の建物にいた。


 その横から、片手剣を持ったキャラクターが飛び出してくる。


『片手剣、こっち来た!』


『任せて!』


 かぐやは2本の片手剣を構え、真正面から迎え撃った。


 片手剣使いが斬りかかってくる。


 かぐやは回避し、すれ違いざまに反撃した。


 回避成功時にクリティカル率が大幅に上昇するスキルが発動する。


 続けざまに左右の剣を振るう。


 攻撃を多段ヒットさせるスキルによって、斬撃が次々と敵に命中した。


 片手剣使いの体力が一気に減った。


『あと少し!』


 しかし、横から別の敵が飛び込んできた。


 かぐやは咄嗟に剣を振るう。


 斬撃が命中し、敵の体力が減った。


 だが、その直後。


 敵の姿が2つに増えた。


『分身使い!?』


 同じ姿のキャラクターが並んでいる。


 かぐやは先ほど斬りつけた相手の位置を見失わないようにしながら、後ろへ下がった。


『アカリ! 右が本体! さっきそっちにダメージ入った!』


『了解!』


 アカリが銃口を向ける。


 だが、分身使いの攻撃が先にかぐやを捉えた。


 さらに道路の向こうから銃撃が飛んでくる。


『ちょっ、待っ――』


 体力が一気に削られる。


 画面に、ダウンの表示が現れた。


『あああ! やられた!』


『かぐや、今行く!』


 アカリが駆け寄ろうとする。


 しかし、片手剣使いがダウンしたかぐやの前に立った。


 そして。


 しゃがむ。


 立つ。


 しゃがむ。


 立つ。


『…………』


 かぐやが黙った。


 敵はさらに屈伸を繰り返した。


『……アカリ』


『うん』


『こいつ、今、何してる?』


『屈伸してるね』


『私の目の前で?』


『うん』


『……へえ』


 声が低くなった。


『そういうことするんだ』


『かぐや、落ち着いて』


『いや、別に? 落ち着いてるけど?』


『絶対落ち着いてないじゃん』


『覚えたからな、この野郎……!』


『あー、民度下がった』


 アカリは苦笑しながら、サブマシンガンを撃ち込んだ。


 片手剣使いは、かぐやの目の前で屈伸を続けていたため、反応が遅れた。


 射撃を命中させるたびに、アカリの近接攻撃力が上昇していく。


 敵がこちらを向いた瞬間、アカリはワープを発動した。


 スキルを使用したことで、防御率が大幅に上昇する。


 銃使いから飛んできた弾を受けながら、片手剣使いの背後へ回り込んだ。


『はい、残念!』


 チェーンソーが唸りを上げた。


 片手剣使いが反撃する。


 だが、アカリのキャラクターは怯まない。


 近接攻撃中に怯みにくくなるスキルが、敵の反撃をものともしない強引な攻めを可能にしていた。


 チェーンソーの攻撃を止めず、そのまま敵をダウンさせた。


『よし、1人!』


『よくやった、アカリ!』


『まだ終わってないから!』


 分身使いが追ってくる。


 アカリは倉庫の角を利用して攻撃をかわし、右側の本体へサブマシンガンを撃ち込んだ。


 そのまま接近し、チェーンソーで追撃する。


 分身使いがダウンした。


『2人目!』


 しかし、道路の向こうから銃弾が飛んできた。


 アカリの体力が大きく削られる。


『うわ、危なっ!』


 アカリは壁の陰に隠れ、回復アイテムを使った。


 銃声が途切れる。


 相手がリロードに入ったらしい。


『今だ!』


 アカリは倉庫から飛び出した。


 道路を横切り、建物の入口へ向かう。


 銃使いが慌てて姿を現した。


 アカリはサブマシンガンを撃ち込み、ワープで側面へ回り込んだ。


 チェーンソーが唸る。


 銃使いがダウンした。


 その瞬間、敵チームの全滅を知らせる表示が画面に現れた。


 このゲームでは、チーム最後の1人がダウンした時点で、そのチーム全体が撃破扱いになる。


 これで敵の3人は全員脱落だ。


『……よっし! 勝った!』


『ナイス! ほんとナイス!』


 アカリは大きく息を吐いた。


『いや、危なかった……』


『ごめん、私が先にやられたから』


『いやいや、あれは挟まれたし仕方ないよ』


 アカリはかぐやのところへ戻り、蘇生を始めた。


『今起こすね』


『ありがと』


 蘇生が終わると、かぐやは回復しながら、倒した片手剣使いのいた場所を見つめた。


『……あいつ、絶対忘れない』


『もう倒したでしょ』


『そういう問題じゃない!』


『はいはい』


 アカリは敵の残した物資を確認した。


『あ、回復結構あるじゃん。千歳の分も拾っとこ』


『……千歳、まだ戻ってこないの?』


『煙草ってそんなに時間かかるっけ』


『吸わないからわかんない』


 アカリは千歳のいる建物へ視点を向けた。


 2階の窓には、動かないキャラクターの姿が見える。


『まあ、あっちまで行かれなくてよかったね』


『ほんとだよ。敵に見つかったら終わってたでしょ』


『戻ってきたら文句言わないと』


『もう言うこと決めてるんだ』


『当然!』


     ◇


 千歳が席に戻ったのは、それから少ししてのことだった。


 煙草を灰皿に押しつけ、窓を閉める。


 ヘッドセットを装着すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


『ああいう煽りが一番腹立つんだって!』


『分かった、分かったって!』


「……ただいま」


『あ、千歳!』


「なんかあった?」


『敵が来たんだよ!』


「へえ」


『へえ、じゃないでしょ!』


 かぐやの声が大きくなる。


 千歳はモニターを見た。


 自分のキャラクターは、離席した場所で無事に立っている。


 体力も減っていない。


「……私、生きてるね」


『そりゃ守ったからね!』


「ありがと」


『軽い!』


 千歳は小さく笑った。


 どうやら、自分が煙草を吸っている間に一騒動あったらしい。


 アカリが事情を説明してくれた。


 敵部隊に襲われたこと。


 かぐやがダウンしたこと。


 そして、片手剣使いに屈伸煽りを受けたこと。


「なるほどね」


『千歳、どう思う!?』


「嫌だったんだねえ」


『他人事すぎる!』


「実際、他人事だし」


『そうだけど!』


 千歳は笑いながら、キャラクターを動かした。


 建物の外へ出る。


 空には、ゲーム特有の鮮やかな夕焼けが広がっていた。


 かぐやとアカリのキャラクターが、こちらへ向かって走ってくる。


「……なんか、物資増えてない?」


『増えたよ。千歳が煙草吸ってる間にね』


「いいなあ」


『よくない!』


 かぐやが即座にツッコんだ。


 アカリは笑いながら、千歳の前に回復アイテムを落とした。


『ほら、千歳の分』


「ありがと。優しいね」


『その代わり、次はちゃんと戦ってよ?』


「はいはい」


 千歳はアイテムを拾った。


 かぐやはまだ少し不機嫌そうだった。


 千歳には、それが少しおかしかった。


 かぐやはゲームが上手い。


 だからこそ、負けることにも、煽られることにも本気になる。


 千歳にはそこまで熱くなれる自信はなかったが、何かに夢中になれるというのは悪いことではないと思う。


「……じゃ、次はちゃんと援護するね」


『最初からそうして!』


     ◇


 試合は、そこから順調に進んだ。


 かぐやが前へ出る。


 アカリがサブマシンガンで援護する。


 千歳は少し離れた高台から、スナイパーライフルのスコープを覗いていた。


『右の建物、敵いる!』


「見えてる」


 右の建物の窓際に、銃を構えた敵がいた。


 こちらには背を向けている。


 千歳は照準を合わせた。


 引き金を引く。


 乾いた銃声。


 弾丸が敵の頭部を捉えた。


 背後からの攻撃は必ずクリティカルになる。


 銃使いの体力が大きく減った。


 だが、ダウンには至らない。


 敵は慌てて窓から離れ、建物の奥へ逃げ込んだ。


 その一方で、ヘッドショットを決めた千歳のキャラクターは透明になっていた。


 装備しているスキルの効果だ。


 透明化は5秒間持続し、時間切れかダウンによって解除される。


 攻撃しても透明化は解除されないが、千歳は無理に追撃せず、姿が見えないうちに別の遮蔽物へ移動した。


『ナイス!』


『千歳、今の上手い!』


「ありがと」


 透明化が切れる頃には、千歳は次の狙撃位置に着いていた。


 今度は斧を持った敵が、かぐやの方へ向かっている。


「かぐや、斧の人そっち行ったよ」


『見えてる!』


 千歳は敵の動きに合わせて照準を動かし、引き金を引いた。


 命中。


 しかし、スタンは発動しなかった。


 千歳の装備しているスキルは、攻撃が命中した際、50%の確率で敵をスタンさせるものだ。


「あ、止まらなかった」


『了解! 自分で避ける!』


 かぐやは斧使いの振り下ろしを回避し、すれ違いざまに斬りつけた。


 回避成功によってクリティカル率が上昇する。


 2本の片手剣による連撃が敵の体力を削る。


 斧使いが反撃しようとしたところで、アカリのサブマシンガンが命中した。


『こっち向いて!』


 アカリはワープで敵の側面へ回り込んだ。


 スキル使用によって防御率が大幅に上昇する。


 敵の斧を受けながらも、チェーンソーの攻撃を止めない。


 斧使いがダウンした。


『よし!』


『いい感じ!』


 そのとき、建物の陰から槍使いが飛び出してきた。


『千歳、そっち行った!』


「見えてる」


 千歳は照準を合わせた。


 引き金を引く。


 しかし、弾が出なかった。


「あ、リロード」


『今!?』


「装填数少ないからね」


 千歳のスタンスキルには、マガジンの装填数が半分になるというデメリットがある。


 予備弾薬が減るわけではないが、その分リロードの回数が増えてしまうのだ。


 槍使いが千歳へ向かってくる。


 かぐやがすぐに間へ割り込んだ。


『千歳、下がって!』


「ありがと」


 千歳は岩陰へ移動し、リロードを始めた。


 その間、かぐやが槍使いの攻撃を引きつける。


 アカリもサブマシンガンで牽制し、敵を千歳の射線へ誘導した。


『千歳、まだ?』


「もうちょっと」


『早くー!』


「はいはい」


 リロード完了。


 千歳は再びスコープを覗いた。


 かぐやが敵の突きをジャストガードで弾き、反撃する。


 槍使いがわずかによろめいた。


 その瞬間、千歳は引き金を引いた。


 命中。


 またしてもスタンは発動しなかった。


「……今日は外れるねえ」


『当たってるだけ十分!』


 かぐやが敵の反撃を回避する。


 アカリが横から射撃を浴びせ、ワープで一気に距離を詰めた。


 チェーンソーで追撃し、槍使いをダウンさせる。


 千歳はすぐに別の敵を探した。


 先ほどヘッドショットを当てた銃使いが、再び建物の窓から姿を現していた。


「……さっきの人、戻ってきたね」


『どこ!?』


「右の窓」


 千歳は照準を合わせた。


 敵が発砲するより早く、引き金を引く。


 命中。


 今度はスタンが発動した。


「あ、止まった」


『やっと!?』


「やっとだね」


『じゃ、行く!』


 かぐやが建物へ突入する。


 動けなくなった敵へ、2本の片手剣による連撃を叩き込んだ。


 敵がダウンする。


 最後の1人がダウンしたことで、部隊の全滅が表示された。


『よし、全滅!』


『ナイス連携!』


「うん。今のはよかったね」


 3人の動きは、思った以上に噛み合っていた。


 千歳はスコープ越しに、2人のキャラクターが走り回る姿を眺めた。


 自分が撃った敵を、かぐやが仕留める。


 かぐやが追い込んだ敵を、アカリが倒す。


 アカリが敵を引きつけている間に、自分が狙撃する。


 スタンが発動しなくても、2人が対応してくれる。


 リロード中に敵が近づけば、かぐやが間に入ってくれる。


 誰かが失敗しても、別の誰かが補えばいい。


 それが、少しずつ楽しくなってきた。


 千歳は口元を緩めた。


「……もうちょっとで勝てそうだね」


『でしょ!?』


『このまま行こう!』


 千歳は、いつの間にか椅子の背から身体を起こしていた。


 最初は、ただ2人に誘われたから始めたゲームだった。


 けれど今は、少しだけ違う。


 ここまで来たのなら、勝って終わりたい。


 そんな気持ちが、胸の奥に芽生えていた。


     ◇


 残り3チーム。


 安全地帯は、丘の上にある小さな施設へと狭まっていた。


 千歳たちは施設の西側にある岩陰へ身を潜めていた。


 かぐやとアカリは前方の建物を警戒し、千歳は少し後ろの高台から周囲を見渡している。


『正面の建物、敵いる』


『大剣と、あと何?』


「ショットガンとクロスボウが見えるね」


 千歳はスコープを左右へ動かした。


 正面の建物の窓に、大剣使いの姿がちらりと見える。


 ショットガン使いは入口付近に陣取り、近づいてくる相手を待ち構えていた。


 クロスボウ使いは2階の窓から周囲を警戒している。


「大剣、撃てそう」


『お願い!』


「うん」


 照準を合わせる。


 敵が窓から顔を出した瞬間、引き金を引いた。


 命中。


 スタンが発動した。


「大剣、スタン入ったよ」


『ナイス! 今のうちに距離詰める!』


 かぐやが岩陰から飛び出した。


 2本の片手剣を構え、正面の建物へ向かって走る。


 アカリも後に続いた。


 スタンは長く続くものではない。


 それでも、大剣使いが一時的に動けなくなったことで、2人は射線を気にせず距離を詰めることができた。


 だが、建物の入口へ近づいたところで、ショットガン使いが姿を現した。


『待って! 入口にショットガンいる!』


『うわ、近づけないじゃん!』


 ショットガンの散弾が、かぐやの足元を叩いた。


 かぐやは慌てて回避する。


 アカリも射撃で牽制したが、ショットガン使いはすぐに建物の陰へ隠れた。


『あいつ、入口から動かないね』


『近づいたら撃たれる。厄介だなあ』


 千歳はスコープ越しにショットガン使いを狙った。


 だが、建物の壁に隠れていて射線が通らない。


「……見えないね」


 千歳は一度、周囲を見渡した。


 この高台からなら、正面の建物だけでなく、施設の東側も確認できる。


 ここを離れれば、かぐやとアカリが前進したときに、広い範囲を援護できなくなる。


 千歳は高台に残ることにした。


 画面の右端で、何かが動いた。


「……あれ?」


 施設の東側。


 別の岩陰から、敵のキャラクターが3人飛び出してきた。


 槍使い、サブマシンガン使い、そしてワープを使って移動する銃使い。


「右! 別チーム!」


『えっ!?』


『うわ、挟まれた!』


 東側から銃撃が飛んでくる。


 かぐやとアカリは正面の建物へ向かっていたため、横からの攻撃に晒されてしまった。


『1回下がって!』


 千歳はバリアを展開した。


 銃弾がバリアに弾かれる。


 その隙に、かぐやとアカリが近くの遮蔽物へ飛び込んだ。


『助かった!』


「まだ来るよ」


 千歳はスコープを覗いた。


 東側の槍使いを狙い、引き金を引く。


 命中。


 だが、スタンは発動しなかった。


 槍使いはすぐに岩陰へ隠れてしまう。


 千歳はもう1発撃とうとした。


 しかし、弾が出ない。


「……リロード」


『また!?』


「仕方ないでしょ」


 普段なら笑って済ませるところだが、今は少しだけ焦っていた。


 かぐやとアカリが必死に応戦している。


 自分も早く援護しなければ。


 リロードが終わる。


 千歳は再び照準を合わせた。


 その間にも、かぐやが東側の槍使いへ距離を詰めていた。


『まだ行ける!』


 槍使いが突きを繰り出す。


 かぐやはタイミングを合わせてジャストガードを成功させ、そのまま反撃した。


 2本の片手剣による連撃が敵を捉える。


『槍、ダウン!』


 アカリもサブマシンガン使いへ向けて発砲し、ワープで背後へ回り込む。


 チェーンソーが唸りを上げた。


『こっちもいける!』


 敵の体力が削られていく。


 千歳はスコープ越しに、その様子を見ていた。


 あと少し。


 東側の敵を倒せれば、正面のチームと改めて戦える。


 そう思った瞬間だった。


『あっ!』


 アカリの声が響いた。


 正面の建物の2階にいたクロスボウ使いが、窓からアカリを狙撃したのだ。


『ダウンした!』


『アカリ!』


 かぐやが振り返る。


 その一瞬の隙に、東側に残っていたサブマシンガン使いの攻撃が命中した。


『うそっ!』


 かぐやもダウンする。


 千歳はスコープを覗いた。


 東側には、まだ敵が残っている。


 正面の建物にも敵がいる。


 それでも、今なら1人くらいは倒せるかもしれない。


 そう思いながら照準を合わせる。


 指先に、少しだけ力が入った。


 だが、次の瞬間。


 背後から足音がした。


 千歳は慌てて視点を動かした。


 そこには、銃を構えた敵が立っていた。


 東側のチームのワープ使いだ。


 スキルを使って高台の背後へ回り込んでいたらしい。


「……あ」


 振り返るより早く、銃声が響いた。


 千歳のキャラクターがダウンする。


 それが、チーム最後の1人だった。


 画面に部隊全滅の表示が現れた。


 試合終了。


 順位が表示される。


 ――3位。


『あああああ!』


 かぐやの絶叫が、ヘッドセット越しに響いた。


『惜しい! 今の絶対勝てたのに!』


『いやー、最後の別チームが上手かったね』


 アカリが悔しそうに笑う。


 千歳は椅子の背にもたれ、画面を見つめた。


 3位。


 十分健闘したと言える順位だ。


 けれど、確かに惜しかった。


 東側の敵に気を取られすぎた。


 正面のクロスボウ使いにも、もう少し注意を向けていれば。


 アカリが撃たれる前に、何かできたかもしれない。


 それに、自分の背後もすっかり無防備だった。


「……ちょっと、前ばっかり見すぎたかな」


 千歳は小さく呟いた。


 まあ、今さら考えても仕方ない。


「……惜しかったね」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


『でしょ!?』


 かぐやが勢いよく反応する。


『もうちょっとだったのに!』


「うん。私もちょっと悔しいかも」


『お、千歳が珍しく悔しがってる』


 アカリが楽しそうに言った。


「そうかな」


『そうだよ。いつもなら「まあ、いいか」で終わるじゃん』


「……確かに」


 千歳は小さく笑った。


 勝敗なんて、普段はそれほど気にしない。


 ゲームは楽しければいい。


 今だって、その考えは変わっていない。


 けれど、2人と力を合わせて、あと1歩というところまで来た。


 だからこそ、少し悔しい。


 それは、思っていたより悪くない感覚だった。


     ◇


『……もう1戦』


 かぐやが言った。


『え?』


『もう1戦やる』


 その声には、先ほどまでの怒りとは少し違う熱があった。


『今のは勝てた。絶対勝てた』


『まあ、惜しかったもんね』


 アカリが同意する。


『千歳は?』


「私?」


 千歳は時計を見た。


 日付はとっくに変わっている。


 明日も特に予定はない。


 眠気もまだ来ていなかった。


「いいよ。もう1戦くらい」


『よし!』


『じゃ、決まりだね』


 かぐやが早速、次の試合の準備を始める。


 千歳はその様子を眺めながら、ふと煙草の箱に目を落とした。


 1本だけ、吸いたい。


 さっき吸ったばかりなのに。


 どうにも、こういうものは我慢が難しい。


「……じゃあ、次始まる前に1本吸ってくるね」


 沈黙。


 1秒。


 2秒。


『……は?』


 かぐやの声が低くなった。


『今、何て?』


「煙草」


『さっき吸ったでしょ!?』


「うん」


『また!?』


「うん」


『千歳ぇ!!』


 アカリが吹き出した。


『あははっ! 千歳、ほんと自由すぎ!』


「そんなに怒らなくても」


『怒るよ! 今度はちゃんと3人で始めるんだから!』


 千歳は煙草の箱を見つめた。


 それから、画面の向こうで待つ2人の声に耳を傾ける。


 煙草は、いつだって吸える。


 けれど、こうして3人で遊べる夜は、いつでもあるとは限らない。


 千歳は煙草の箱から手を離した。


「……じゃあ、この試合が終わってからにするよ」


『最初からそうして!』


 かぐやが即座に返す。


 アカリはまだ笑っていた。


 千歳も、つられて笑った。


 千歳はもう一度、画面に目を向けた。


 次は、もう少し上手くやれそうな気がした。


『じゃ、行くよ!』


『おっけー!』


「はいはい」


 マッチングが始まる。


 モニターの光が、千歳の顔を淡く照らした。


 窓の外は静かだったが、ヘッドセットの向こうでは、2人の楽しそうな声が響いていた。


 そして白石千歳は、500年生きてもなお、煙草をやめられない。


 ただし今夜は、もう少しだけ我慢することにした。


 ――次の試合が終わるまでは。

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