1.80 森の妖精亭
翌日レストランに顔を出すとミラが死にそうな顔をしていました。
「どうしたのです?」
聞いてみるとミラは「ゆうべは、ドワーフと一緒に飲んだ……」と青い顔で言いました。二日酔いみたいです。
「いくらなんでも飲みすぎだよ」
おばちゃんは呆れ顔です。
「ナナに……酒抜いてもらったんだけど……それでもキツイ……」
ミラは屋台の営業の他に屋台飯のデリバリーとおしぼりの回収・配達をやっています。お金欲しさに一人で仕事を抱え過ぎたせいでこういう時に代わりを任せられる者がいなくて、聞けば分身の方も死にそうになりながら働いているみたいです。
やれやれ、仕方ありません。ボクはなろうで一番優しい主人公ですからね。従業員への福利厚生として【アセトアルデヒド⇒酢酸反応】の魔法をかけてあげました。
「今……何かした……?」
「毒を消す魔法を。あとはこまめに水分を取っておけばそのうち楽になると思いますよ」
「そう……?よくわかんないけど、ありがと……」
ところでおばちゃんとミラの他にもう二人女性がいます。新しいスタッフみたいです。
「よろしくね……」
とミラが言いました。ホール担当です。今日は何で本体がここにいるのかと思ったら紹介のためだったみたいです。
「デリラの娘のマリーです。よろしくお願いします」
見たことのない顔の少女はおばちゃんの娘でした。顔が似てないのでわかりませんでした。17歳でミラの一つ上だそうです。こちらもホール担当です。他所のレストランで働いていたということですので即戦力として期待できます。
「こちらでお世話になることになりました。よろしくお願いしますね」
さらにいつも飲んでいた酒場で売春婦をやっていた女が転職してきました。おばちゃんの近所に住んでいると言っていた女です。名前はカミラ。介護していた父親が死んでやる意味がなくなったそうです。でも「もうウェイトレスは嫌」というので厨房の手伝いに入ってもらうことにしました。当面は修行で、いずれはスーシェフを務めることになるでしょう。
「ということはキッチンとホールがあと一人ずつですか」
「言われた条件で昨日ギルドに求人を出しておいたよ」
「助かります」
ついでにお店の入り口にも貼り紙をすることにしました。『スタッフ募集中!接客・皿洗い・調理を各一名。日給五プライドル~保証、昇給アリ。勤務時間は応相談。経験者優遇。制服貸与。おいしいまかないあります』っと。
それからホール用の制服を作るために二人を採寸しました。マリーは顔は似てないと言いましたけど体つきは乳と尻がデカくて将来おばちゃんそっくりになりそうです。ミラは何と言うかすごく普通でした。
「──というわけで即完成です!」
「早っ!」
「え? ……え?」
魔法で新調した制服をアイテムボックスから取り出します。布とデザインはあらかじめできていたのであとはサイズを調整するだけでした。ボクの魔法を初めて見たマリーは混乱してます。
今回採用したのはヴィクトリア朝スタイルのクラシックなメイド服です。クラシックと言ってもこの世界の基準では斬新で、しかし奥ゆかしい印象を与えるでしょう。ところで、酒場でウリをやってるウェイトレスとそうでないウェイトレスは簡単な見分け方があります。ネームプレートが丸いのが一般従業員、ハート型なのが売春婦です。男どもはハートマークの女の子を狙って声をかけるわけです。ここは健全なお店ですので全員丸い名札を採用します。
二人とも早速試着して着心地を確かめています。
「わー、ピッタリ!」
「すっごくスベスベしてる……」
ボクが出した姿見をのぞき込んだミラはやにさがった顔で「私かわいいかも!」なんて言ってます(お酒は抜けたみたいです)。馬子にも衣裳ですね。
「あの、こんな高そうな服着て働くの怖いんですけど」
マリーが心配そうな顔をするので「こんなのいくらでも作れますから汚しても大丈夫ですよ」と言ってあげました。
「ひぇぇ……」
「あ、それとお店の名前は『森の妖精亭』にしようと思うんだけど、それでいいかい?」
思い出したようにおばちゃんが言いました。森の妖精ってボクのことでしょうか?
エルフの自画自賛は留まることを知らない……