1.76 目くそVS鼻くそ
敗北者たちをロビーの隅のテーブルに誘導して質問タイムです。以前他の冒険者から名前を聞いたような覚えはあるのですけど完全に忘れたので右から順にガイア、オルテガ、マッシュと呼ぶことにしました。
「エルフよ、儂らはこれから仕事なのじゃ。開放してくれんか」
ガイアがブスッと言いました。
「お前たちに聞きたいことがあるのです」
「フン、今のやり取りで十分じゃろう」
「こっちは全然足りません。お前たちの自分の頭をハンマーで叩いて縮めたような寸詰まりの胴体のように足りません」
「細長いだけのキリンレイヨウが何を言うやら」
「プロテイン足りてるか? ザー汁飲むか?」
「お前のような姿になるなら豚の方がまだマシじゃ」
「おお、なんという知性の欠如……。お肌はシワシワなのに脳みそはツルツルですね! この姿は控えめに言っても翼を隠したエンジェルでしょうに」
「そのangelとやらが何だか知らんがヒョロ長くて生っ白くて毒があるもののようじゃな。ドクツルタケの親戚か?」
「知性が貧困なら知識も貧困発想も貧困、これでは人生空虚じゃありゃしませんか? ちょっとそこの橋の上から飛び降りてみてはいかがです? 異世界を聖地巡礼できるそうですよ?」
「もー、わけのわかんないケンカしないでよ。ほらリンス、あれ出して」
「チッ……はい、これです」
ミラが間に入って促すのでアイテムボックスからジョッキを取り出して渡します。昨日のレストランからお持ち帰りでもらってきたビールです。お酒さえ飲んでいれば気のいい奴らだそうですので。とりあえずこれでも飲んで懐柔されとけです。
「むむ」
「これは気が利くの」
ドワーフたちは並んで揃ってゴッゴッゴッと一息で飲み干しました。朝から景気よく……。ドワーフという連中は肝機能の強さが尋常でなく、ちょっとやそっと飲んでも酔いません。この程度のお酒なんて水みたいなものでしょう。人間だったらクズもいいとこですけど。
「うん、ちと薄いが旨い酒だ」
「エルフにしては話の分かる奴だな」
「よしよし、儂らに何の用じゃ?」
お酒を飲ませてやったらコロッと態度が変わりました。安いクズ共です。
ボクってサバサバしてますからさっきの無礼は許してあげることにします。
「おいしいお酒を探しているのです。お店で出せるやつをです。もしもお前たちに犬並みにでも恩を感じる心があるのでしたら、今のビールの対価としてお前たちが知る一番の名醸家を教えるがいいです」
「えーっと、新しくレストランを出すことになったんで美味しいお酒を探してるんだけど、誰かそういうお酒造ってる人知らない?」
ドワーフはエルフの言葉がわからないみたいですのでミラを間に挟んで通訳してもらうことにしました。
「ドワーフは恩知らずではないぞ。エルフとは違ってな」
などとマッシュが言います。ムカッとしましたけど我慢します。こいつらと違ってボクは大人ですから。
「言葉ではなく態度で示すがいいです」
「教えてくれると嬉しいな」
「ハテノ町に住む爺さんが酒を造っているのだ」
とオルテガが言いました。
「ハテノ町とは?」
知らない名前だったのでミラに聞いてみると「塩の町ハテノ。ずっと西の方に岩塩を取ってる町があるの。そこのこと」と答えが返ってきました。あーそう言えば聞いたことあります。人間の言葉で塩はハッテン(hatten)ですから、そのことでしょう。
「ハテノに行ったときに爺さんの家で飲ませてもらったのだが……うむ、あれは旨かった」
「何がうまいのか教えるがいいです。子供の使いでももう少し気が利いてますよ」
「具体的にどんな風に?」
「どんなって言われても……何か旨かったのだ」
「あ、香りが良かったのう」
「よく働いた後の小便みたいな色の蒸留酒でな、とにかく香りが良かった」
「雑味は一切なしで独特の匂いがしたな」
「だからその匂いとやらを表現するように言っているのです。痴呆老人ですか」
「どんな匂い?」
「何じゃろうな……何か薬草みたいな匂いじゃった」
「と言っても薬臭いわけじゃないぞ?いい匂いだった」
「お前たちの話は同じことの繰り返しで要領も得なければとめどもありませんね。まるで開きっぱなしのケツの穴から垂れ流される一本グソです」
「それじゃ話の腰を折るお前さんはクソかきベラかい」
「ヘラは真珠で柄は白檀。そりゃ何とも豪華なクソかきベラじゃの」
「高貴なクソかきベラ様のなさるクソはさぞやかぐわしかろうな」
「えーえーエルフのうんこは沈香の練り物でおしっこは煮返した丁子の上澄みです。お前たちのニンニクと腐った魚の混合物とは違うのです!」
「あーもうリンスは黙ってて!」
ミラは三人と少し離れたところに移動してしまいました。なんでボクが仲間はずれにされるのですか……? この世界は何かが間違っています。
「ちなみに一般的にはむやみなチクチク言葉や上から目線の尊大な物言いこそがエルフ語じゃと認識されておる」
「何ですか人をクルタ族みたいに。ドワーフとかの血を絶やしますよ?」