1.77 塩の町ハテノ
「ハテノでドワーフのお爺さんがお酒を造ってるんだって。名前はオルド」
ドワーフたちから聞き出した情報をミラが教えてくれました。まあ少し離れたくらいでは全部聞こえていたのですけどね。エルフは耳がいいので。
「この辺りは鉄も金も宝石も取れぬからな。ドワーフは全然住んでおらんのよ」
とマッシュが言いました。
「鍛冶屋も人間ばかりじゃな。ハテノまで行くと雇われて岩塩の採掘をしとるドワーフもいるが」
「ところがそういうのとは別に一人だけドワーフが定住しておるのだ。酒造家の爺さんがな」
「気難しい爺さんでな、昔は腕のいい鍛冶屋だったとも聞くが何にも教えてくれんな」
「旨い酒というならまずはあれがリノスで一番じゃろうな。売ってくれるものかどうかはわからんが」
そして三人はそのジジイの住所と特徴を伝えたのでした。
「──でも気難しくて人間はあまり相手にしてくれないみたい。ましてエルフなんて……」
ミラは上目遣いでこっちを見ました。うん、ボクもダメかなという気がひしひしとします。まあ時間は無限にありますし、ダメ元で行ってみますか。
ハテノ町はイーデーズから西側に歩いて半日くらいのところにあるということです。ボクの足なら今から発てば夜には帰れるでしょう。
オーバーサイズのやわらかトップスにやわらか生地のワイドパンツ、足元は白いスニーカー。ソフトハットみたいなシルエットの麦わら帽子をかぶって、夏旅コーデで出発です。この町は東側は川のせいで発展のしようがないこともあり、必然的に西側に行くほど新しい建物が多くなります。特に西側の門の近くともなれば新築物件しかありません。その門もなんだか新しくて簡素です。町が延伸するたびに解体して移動するためでしょう。こちら側から外に出るのは初めてなので何だかウキウキします。
西門をくぐると町の近くは見渡すかぎりのジャガイモ畑です。そろそろ収穫が始まっていて大勢の人間やコビットが腰をかがめて土を掘っています。
しばらく進むとジャガイモ畑と入れ替わるようにして牧場があり、その先に今度はヒマワリ畑がありました。ヒマワリの花がズラリと並んで南を向いています。きっと油を取るのでしょう。ジャガイモ畑ほどではありませんけどこれも広いですね。
その先に巨大な豚舎がありました。生ごみ屋さんが町中の残飯を集めていましたけど、ここに持ってきていたのですね。すごく臭いです。豚舎自体も臭いのですけど、その奥の方にある建物から放たれる臭いと来たら、100m以上も離れているというのに鼻が曲がりそうです。
「あれは何ですか?」と豚舎の従業員らしい人に聞いてみると「豚ぷんの発酵場だよ」と言うことでした。肥料にして周辺の農家に売っているそうです。
なんとものどかな田舎道です。残暑の候とは言え乾いた風はさわやかで暑さを感じさせません。まあもう半月もしたら秋分ですしね。
エルフの暦では一年は春分から始まる前期と秋分から始まる後期とに分けられます。春分秋分はそれぞれ祭日になっていて、前の季節に食べ残した食材を一斉に調理して大騒ぎします。今頃カルスが仕込みを頑張っていることでしょう。
道に沿ってジャガイモ畑やヒマワリ畑、またソバ畑やマメ畑、その他トマトやらトウガラシやらいろんな作物の畑、休耕地、それから牧場が交互に見えてきます。輪作しているみたいです。ときどき道沿いに5、6軒の集落があって、峠の茶屋みたいな休憩所を開いています。ボクはソバの白い花に囲まれたお茶屋さんでソバ茶を飲みました。
代り映えのしない景色が続きますが何だか物珍しくて、あちこち立ち止まって遊んでいたらハテノ町に着くまで6時間もかかってしまいました。
ハテノ町はぐるりと高い壁に囲まれていました。薄汚れた町の門から吐き出された痩せたロバがトボトボと荷車を引いてゆくのとすれ違います。
ここは岩塩の大きな鉱山があるのと、ついでに建材の漆喰に使う石灰も取っているそうです。そんな土地柄ですからイーデーズと比べてすらさらに土が痩せていて、道端の草むらまではげちょろけでそこかしこ土が見えています。
遠くを見ればあちこちから石灰岩質の岩肌が顔をのぞかせています。そこからぐっと近くに寄れば岩に根を張る古い砦が蔦に埋もれて、それでもなお古い望楼が往古この地を守った誇りをのぞかせています。町の門に続く古い壁はこの眠ったような砦から始まっているようです。
イーデーズと違ってこちらには門番もなく道行く人は自由に出入りしています。本当に知った顔しか来ないのでしょう。ボクも勝手に門をくぐりました。
街角にはあまり人の姿が見えません。岩塩鉱山の町ということですし坑夫たちはまだみんな塩を掘っているのかもしれません。いつもと違ってボクのような都会派エルフが華麗に登場しても騒ぎにならないのです。
酒場らしきお店は開店準備中で出入りする店員に合わせて扉がキイキイ言っています。お肉や野菜を売るお店の店構えも小さく、並ぶ品数もなんだか少ない気がします。他にもお客の見えない飲食店、寂れた薬局、うらぶれた理髪店、細々としたものを少しずつ並べる雑貨屋、戸立てになってしまったお店……。下を向いて歩く老犬の前を風に吹かれた枯れ葉がカサカサと流れてゆきました。
なんとも寂しげな町です。イーデーズの田舎暮らしにもすっかり慣れたつもりでいましたけどここはレベルが違いました。ああ、前世の家族旅行で訪れたネバダの田舎町を思い出します。アメリカの千葉だネバダと呼ばれる田舎者の名産地の──その空気を吸うだけで、ボクは田舎者になれると思っていたのでしょうか……。
何を好き好んでこんなところに住んでいるのでしょうね、そのドワーフは。変わった奴です。




