1.66 闇討ち
ところでその後一度だけ例のウアカリババアが怒鳴り込んできました。
「あんたがああ! ~~~ッ~ッ!!!」
うるさいですね……。
その時ボクは中央広場の屋台にいました。もう自分で店番をする意味がないのでただの視察ですけど。ババアは涙でグショグショで、化粧も乱れて2.5次元が2.8次元くらいになってます。
片耳を押さえながらもう一方の手では意味をなさない言葉を叫んで詰め寄るババアを押しのけています。どうしたらいいのですかね、これ。攻撃されてるわけではないので反撃できないのですけど。
「うるせえ!」
「ぎゃあっ!」
突然の怒声と共にウアカリが吹っ飛びました。ボクは何もしていません。通りがかった男が突然殴りつけたのです。おお、男女平等パンチ。まったく手加減なしでしたよ今の。
血の出た鼻を押さえて呻くババアをさらに一発蹴り込んだ男はボクに握手を求めました。
「こいつらには迷惑してたんだ。あんたのおかげで助かった人は何人もいる。ありがとう!」
手を握り返すとたちまち湧き上がる拍手喝采。さらに近所の商店の掃除婦たちが数人、手に手にバケツを持って駆けつけてババアに汚水を掛けました。
「ふざけんじゃねぇよ!」「あんたらが今まで何をしてきたと思ってるんだ!」「バチが当たったんだよ!」
「うぁぁぁぁ……」
嗚咽を漏らしながら逃げ帰るババアの背中を町の人々の罵声と笑い声が追いかけました。
「あーっはっは! 見てよあのみじめなカッコ!」「ざまぁみろ!」
いやー、ボクが言うのも何ですけど、この街の連中って結構容赦ないですねー。と言うかあいつらが嫌われまくってたのでしょうけど。ボクは図らずも街の美化に貢献してしまったようです。今頃になって「いいことしたな」という暖かい気持ちがわいてきました。
気分がいいので大盤振る舞いしちゃいます!
「よーし、今日はボクの奢りですよー! みんな食べていくといいですー!」
たちまち歓声が上がって人の波が広がりました。この日は商品の在庫があっという間になくなってしまったのでした。
まあババアなんか鼻血が出た程度で済んで良かった方です。あちこちから伝え聞くところによると、例えば意気がってたチンピラの息子は夜の街を歩いていたら暗がりに引きずり込まれて複数の男にボコボコに殴られてゴミ捨て場に捨てられていたそうです。命はあったものの全治数か月の重傷で、一応捜査はされているものの誰も協力しないので犯人を見つけるのは難しいだろうということでした。親の威を借るヤクザ予備軍だったそうでメチャクチャ嫌われてたみたいです。あるチンピラの嫁がやってた店は石を投げつけられたり落書きされたりして休業しています。また他のチンピラの親は引退した元ヤクザだったそうですが覆面の男たちに押し込まれて気絶するまで殴られて家の中もめちゃくちゃに壊されました。どのチンピラの家族たちもこの街にいる限りもう一生こんな感じで生きるしかないでしょう。
それからボク自身にもこんなことがありました。
ボクは普段は酒場のついていない木賃宿を定宿にしているのですけど(酒場があるとうるさいので)、先日いつもの酒場で女たちにおごった帰りのそのホテルへの道すがらで闇討ちを受けたのです。まあ【走査】で見えてましたので闇討ちになってませんでしたけど。ともかくとっぷりと日が暮れて街灯もない裏道の角の向こうに五人の男が隠れていました。
そこで気づいていないフリをして男たちの前に姿を見せてやったところ「うおおお!」「くたばりやがれ!」なんて叫びながら包丁を腰だめに構えて突っ込んで来ましたので即【スタン】の魔法を浴びせて全員気絶させてやりました。バタバタとその場に倒れる男たち……ひっくり返して顔を拝んでみましたけど見覚えがありません。とはいえどう見たって素性のよろしくない連中です。多分バガッド・ファミリーの生き残りでしょう。せっかく警告してやりましたのにあたら命を無駄遣いするとはアホですね。
まあやられる覚悟があって来たのでしょうからお望みどおりにしてあげます。ボクは全員の両腕の肘から先を魔法で炭化させて、全員の顎を魔法で外して、全員の眼球を魔法で引きずり出してやりました。これでもう悪いことはできないでしょう。
「ギャアアアア!」
「オッ、オワアアアアアッ!」
「イヤアアアアアッ!」
翌朝、窓の外からの叫び声がボクの耳を揺らしました。ちょうどいい目覚ましです。ボクはベッドの上でうーんと伸びをして、窓を開けて外を確認しました。するとそこには悲鳴を上げて逃げ惑う、あるいは叫びながら指さす町の人たちがいて、その視線の先には顎の外れた五人の男が「アー」「アー」と意味をなさない声を上げながら通りを歩いているのでした。炭になった腕と視神経でぶら下がった目玉がヨタヨタした歩きに振られてブーラブーラと揺れています。アハハ、つい口ずさんじゃいます。
やんやんヤクザの目ん玉は かーぜもないのにブーラブラ♪
「ウアッ」
一番後ろの男がつまずいて転んで、真っ黒な指が砕けて飛び散りました。