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1.59 オープニングセレモニー

 季節は夏のさかりです。カラリと晴れ渡った空の下、今日は屋台の落成式が行われます。と言っても場所は町の外ではありません。中央広場のど真ん中、鐘楼の真下です。


 あれから一か月が経ちました。ギルド前の屋台の方は既に再建なって商売を再開しています。

 あの時議員に頼んだのは屋台株の新設と市内(それも中央広場)での営業許可でした。さすが力があるという議員、迅速に許可が下りました。ですのでこちらも約束通り名簿を渡しています。


 今度の屋台は元の屋台よりもずいぶんと大きいです。もはや屋台と言うより一つのお店のようです。その屋台の前に椅子を並べて来賓たちが着席しています。主賓は例の市長の座を狙う議員、他には屋台を建てた大工の棟梁、関係屋台の店主たち、商品の納入先の酒場のオーナーたち、商業者ギルドのサブマスター、それと老法律家の姿もあります。今回老法律家は議員の事情から市長選の動向まで一切の情報を提供してくれた功労者ですのでいいところに座らせてあげました。


 店長、と言うか屋台の所有者はおばちゃんです。市民ではないボクは屋台を経営できないので押し付けました。

「えー、本日はご多忙のところを、ご、ゴリンセキ賜りましたミナサマには、アツク御礼申し上げます。カクもニギヤカに開店の日を迎えることができましたのは、ヒトエにミナサマのご協力によるものと、か、感謝モウシアゲル次第でゴザイマス……」

 プレゼントした盛装に身を包んだおばちゃんがカチコチに固まりながら用意された原稿をたどたどしく読み上げました。


 つつがなく落成式が終わり、続いてプレオープンイベントです。正式な開店はまだ先ですが、宣伝とスタッフの練習を兼ねて今日から三日間、商品を格安で提供するのです。特に初日の今日はボクのふるまいで全商品無料で配布しています。

 ここ十日ほど市役所から商業者ギルドまで周辺の建物に新規オープンのお知らせチラシを配りまくりました。その甲斐があってバッタの群れのような人だかりができています。いつかの屋台の繁盛の比ではありません。


「ご注文はお決まりになりましたか? はい、串かつですね!」

「お待たせしました、ハンバーガーです!」

「モモのセットのお客様ー!」

「お一人様一個までですよ! 次のお客様のためにご協力お願いしまーす!」

「そこ押さないでくださいねー!」

 店長代理の金髪がバイトの子たちを指揮して列をさばかせています。あの一緒に研修を受けた金髪です。


 今後の展開を考えて、見栄えが良くて接客と計算ができてある程度戦闘能力がある店番が欲しかったのです。ミラ? ケーキの切れない冒険者たちはダメです。そこで冒険者ギルドに赤毛か栗毛がいないか探しに行ったのですがあいにく捕まりませんでした。


「やあ、久しぶりだね」

 そこに声を掛けてきたのがこいつでした。例のいかにもこの町の冒険者という装備に身を包んでいますが背中の籠が異彩を放っています。なんでもクランから回してもらえる仕事はアスパラや薬草の採取がメインで、それで生計を立てているそうです。


「リンスはすごいね。ご活躍の数々は伺っているよ」

 なんて朗らかに言ってます。そこでふと思い出したのですけど、こいつ確か計算ができると言っていました。それに人間としてはなかなかの色男……のような気がします。人間の顔の美醜ってよくわからないのです……。いえブサイクはわかるのですけど美形の方はどうも……。


 そうです! こんなときこそ前世の知識です。前世の感覚を思い出せばイケメンや美人が判別できるはずです!


 ……。


 …………。


 ダメです、全然わかりません。

 ボクの人生って生まれ変わってからの方が長いのですよね。前世女で今男でも性自認に何の混乱もないくらいですし。もう人間の顔の良し悪しなんて忘れました。まあ屋台に連れて行ったらおばちゃんが「あらいい男だね」などと言っていたのでいい男なのでしょう、多分。そういえば歓迎会の時も女たちが群がってましたしね。この際こいつで妥協します。


 今も列に並ぶ若い娘たちが口ではきゃあきゃあ言ってますけど目が笑っていません。野獣の眼光で見つめています。笑顔で接客するスタッフたちも目が笑っていません。貼りついたような微笑みで威嚇しています。笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点とでも言わんばかりです。


 それはともかくこの屋台はこれまでこの町になかったタイプのお店です。いえ屋台と言うよりアンテナショップと呼ぶべきでしょうか。実はこのお店では何一つとして料理していません。町の外の屋台で作った料理を持ってきて並べているだけなのです。と言っても焼いた石を入れた木箱で保温していますし、外で食べるのと変わらない味を提供できます。


「ここの料理おいしいね」

 若いお客が笑顔で言ってくれましたので「夜は同じ料理を酒場で出してますからそっちに行くといいですよ」と飲食店マップを渡しました。外の屋台から料理を配送しているお店の名前と位置が書いてある地図です。すると他のお客も欲しがったのでどんどん配りました。


 そう、単に屋台の料理をここで売りさばくだけではなく、更に市内の歓楽街の酒場に卸しているのです。このお店は見本市ですね。『今話題の屋台で作られた料理を酒場でそのまま提供するサービス』です。おそらくこの町では初めての商売でしょう。


 今日のオープンの日までにあちこちの酒場に営業を掛けました。

「──というやり方です。今までの料理よりおいしいものが出せますよ」

 まあシステムを説明してもたいていの場合最初は難色を示されました。お金の心配のためです。

「でもそれじゃウチで出すときに屋台より高くなるだろ」


 持ってきた料理は屋台そのままの価格設定ではなく配送料の分だけ高くなります。新設したボクの会社『リンス・デリバリーサービス』の利益分です(この新事業は非店舗型ですのでボクが社長をできるのです)。なおこのサービスはボクと屋台の店主たちとの個人的な信頼関係で成り立っている独占事業ですのでこいつらが自分で屋台に料理を受け取りに行っても相手にしてもらえません。


「料理人を減らせばいいのですよ。温めるだけですから。人件費が減る分今までと変わらない価格で提供できます」

 すると横から「おい、それって俺が首になるってことじゃねーか!」と下っ端っぽい料理人が怒りました。

「お前のことは屋台で雇うようにあっせんしてあげますよ。何しろあちらは忙しくなるのですからね」


 ご存知の通り、何しろこの町の酒場の料理はマズかったのです。酒場は酒を飲むかナンパをするか女を買うところで、純粋に食事を楽しみたければレストランに行け、と言うのがこれまでの常識でした(女冒険者たちが酔っ払いしかいないせいで今まで酒場でばかり過ごしてましたけど、あのホテルのようにちゃんとしたレストランもあるにはあるのです)。

 酒も価格もサービスもどっこいどっこいとなれば他店に差をつける手っ取り早い方法は料理の改善です。そしてこのやり方なら他所で作った料理を持ってきて並べるだけで何の努力もなくそれを達成できます。向上心がイトミミズほどしかない安酒場の主人たちだって同じ値段で出せるならおいしい料理を出したいと言う気持ちがなかったわけではないのです。収入減の懸念がなくなればみんなすぐに飛びつきました。横並びでやらないと自分のお店だけ置いて行かれますしね。


 なお例のババアの系列店には絶対に卸しません。仲間はずれです。


「本日はご来店ありがとうございましたー!」

「明日以降の商品は通常の半額で提供いたしまーす!」

「ぜひまたお越しくださいませー!」

 そして夕方、串かつの衣のかけらまで売り切って盛況の内にオープニングセレモニーは終わり、閉店の時間になりましたので屋台をアイテムボックスに回収しました。

 これでもう壊されませんよ!

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