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1.49 鹿肉ハンバーグのガレットサンド

「はい串かつお待ちぃ! こっちは串焼きね!」

 すっかり慣れた手つきでミラが働いています。一人が調理補助で一人が接客を朝からずっとやってます。分身の持続力はボクより断然上です。こいつにはこの魔法が合っていたのですね。ボクはかねて冒険者と言うのは反射と走光性だけで生きている原生動物の仲間だと思っていたのですけれども、こいつはどうやらプラナリアだったようです。


「ああ、もうくたくただよ」

 昼時の混雑が終わってようやく人波が切れました。おばちゃんは椅子にへたり込んですっかりくたびれた様子です。

「うわ、これもうめぇな」

 屋台の前に残っていた最後の客が串かつを食べて言いました。


「あれ、おっちゃんじゃないですか」

 よく見れば鉄板焼き屋のおっちゃんでした。おっちゃんは食べ終えた串を串捨て用の壺に捨てました。


「なぁエルフの姉ちゃん、この前の焼肉の作り方教えてくれよ。俺もあれ作ってみたいんだよ」

「ハンバーグですか。本当は牛肉が一番なのですけどね」

 この辺りは羊は盛んに生産している一方で牛はほとんどいないみたいです。農耕用の禽獣は馬やロバですね。多分羊と飼料がバッティングしちゃうのでしょう。ですので牛乳も牛肉も出回っていません。


「まあ羊でも作れないことはないと思います」

「いや姉ちゃんが作ってくれたやつがいいんだよ」

「あれですか? 鹿肉って市場では見かけませんでしたので、難しいと思いますけど」


 以前町の中の市場を冷やかしながら聞いてみたところ、肉類は豚が一番多くて次いで羊、それからアヒル。狩猟肉は特に注文しないと手に入らないそうです。ちなみにたいていの地域では森林資源──つまり材木とか薬草とかキノコとか野生動物とかは領主のもので森に入ってそれらのものを獲ってくるには領主の許可が必要なのだそうですが、ここイーデーズでは許可を出すのは市議会だそうです。またこの辺りは森の中にゴブリンやらオークやらが住み着いているので一般人にはまず入林許可が下りず、そういった獲物は基本的に冒険者が狩ってくるものだということです。まあこれは前にも聞きましたけど。


「鹿の肉が必要なんだな? よしわかった、冒険者ギルドに依頼してくる!」

 おっちゃんは走って行ってしまいました。


「どうだ、獲って来てもらったぞ!」

 おっちゃんは翌朝早速鹿の肉を抱えて得意げな顔を見せました。

「ええ……早くないですか?」

「それはだな……」


 どうやら冒険者ギルドに依頼→ギルドから市議会に確認→許可→狩猟、という流れだったようですが、何でも「鹿の肉がないと例の焼肉が作れない」と訴えたらクランリーダーが即市役所で許可を取って来て、さらに依頼を奪取したラーナたちが夜のうちに鹿を獲ってきたとのことでした。

 お前たち、そんなことができるなら普段からもうちょっとやる気出すといいです。


「でもボクも店番がありますし」

「いいよ、行っておいで。作り方もわかったし、ここはあたしたちでやってみるよ。うちばっかり繁盛したんじゃ悪いしね」

「まかせてー」

 断ろうと思ったのですけどおばちゃんとミラがそういうのでお言葉に甘えることにしました。お勘定は……まあミラが調理に入るならおばちゃんができますか。

「そうですか? ではちょっと行ってきます」

「頼むぜ!」



 というわけでおっちゃんの屋台にやってきました。

「ではまずは鹿の肉をひき肉にします」

 ミンサーなんてないので包丁でやるしかありません。うーん、ひき肉は作ったことないのですけど……いえ、なめろうと同じやり方でいけるはずです。


 まずはブロック肉を薄切りにします。今回は生ですけど半解凍の状態の方がやりやすいようです。薄切りにした肉を細切りにします。細切りにした肉をそろえてさらに細かく切ります。豚の脂身でも同じことをします。鹿の肉と豚の脂身を混ぜて、両手に包丁を持ってひたすら叩きます。粘りが出たらできあがり。


「へぇ、魔法を使わなくてもひき肉が作れるんだな」

「ボクが自分でやるならそうするのですけどね」

「俺も肉を切ったり潰したりする魔法なら使えるぜ」

「いやできるならそれでやってくださいよ」

 人間にはできないと思ったからわざわざ包丁でやりましたのに……。


 ではミンチは自分でやってもらうとして、この前と同じようにハンバーグのタネを作って焼きました。

 鉄板で炙られた鹿肉が香ばしい匂いを立ち上らせます。ひっくり返して裏表に充分焼き色が付いたらハンバーグの周りに水を掛け回して、蓋をかぶせて蒸し焼きにして、中まで火が通ったらできあがり。


「──とまあこんな感じです。焼き加減さえわかるようになれば難しいことはありません」

 そして縦に切ったハンバーグをチーズ、レタスのような葉物野菜、薄切りの玉ねぎと一緒にそば粉のガレットで挟みます。縦に切ったのは挟みやすいようにですね。ソースは今まで通りのマスタードに加えて新たに作ったトマトソースも入れてます。


「前のとちょっと違うけどこれもうまいな! 肉とチーズがお互いの旨さを補ってるのはもちろん、パリパリの葉野菜の食感がいいアクセントになってる。またこのトマトの酸味が脂身をさっぱり食わせると同時に甘みが肉の味を引き立ててる……。本当に旨い……。しかしうまく言えないんだが……何というか旨すぎる気がするんだが、何でだ?」

「それはですね、お肉やチーズの旨味の主成分はイノシン酸というのですが、人間の舌はイノシン酸単体では実はそれほど旨味を感じません。イノシン酸はグルタミン酸と出会うことで初めて真価を発揮します。そしてトマトにはそのグルタミン酸が豊富に含まれているのです」

「何だかよくわかんねぇけど、肉をトマトと一緒に食うとより旨くなるってことでいいんだな?」

「まあそんな感じです」


 一度焼いて見せたので今度は実際にさせました。焼いているところを見ていると横からちょいちょいと袖を引く者がいます。この猫耳の獣人はアヒルのローストを売っている屋台の店主です。


「なあなあ姉ちゃん、うちの商品も作ってくれよ」

「おう、こっちはもう大丈夫だ。とりあえず自分でやってみるわ。他の店も助けてやってくれよ」

 とおっちゃんが汗をぬぐいながら言うので、今度はアヒルの屋台に行くことになりました。

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