1.50 アヒルのスープ(下ごしらえ)
ここはローティーンの少女とお店をやってます。やっぱり猫耳ですね。
「うちの娘だ」
「エリです。よろしくお願いします!」
「こいつは将来屋台をやりたいって言うんで手伝わせてるんだ。俺はずっとこれ一本でやってたんだけど、あの串かつを見てたらうちもそろそろこれだけじゃいけないような気がしてきてな。娘の代ではもう一品メニューに加えてやりたいんだ」
「そういうことですか。ではちょっと考えてみましょう。アヒルですか……」
シンプルにローストするのが基本だと思うのですよね。でもそれだと変えるところがありませんし。あるいはアヒルの脂ってそばつゆと異様に相性がいいので鴨南蛮なんか素敵なのですけど、残念ながら鰹節も醤油もこの世界には存在しません。そば粉はあるのですけどね。
後はアヒルと言えばやはり北京ダックですけど……さすがに作ったことはありません。確か表面に砂糖水? を塗ってかまどで焼くのでしたっけ? でもこの世界って砂糖は貴重品なのですよね。いえ行くところに行けばあるのでしょうけどイーデーズでは超高級品です。うちの森にはいくらでもあったのですけど。この辺りで見かけた甘味料と言うとあとはハチミツかメイプルシロップですけど、砂糖ほどではないとは言えどちらもやはり高いのですよね……。魔法でスクロースを合成するのはたやすいことですけどそれじゃ継続性がありませんし、だいたい現地にない材料で料理を作ったって面白くもなんともないじゃないですか。
「うーん……」
考えつつ足元を見ると、箱の中に鶏ガラならぬアヒルのガラが捨てられていました。アヒルを丸のままで仕入れて自分で捌いているのですね。
……あ、いいもの見つけましたよ!
案がついたので隣のお店に行きました。髭のおっさんが一人でやってる野菜スープの屋台です。豚のひき肉のちっちゃな団子が入っている他は季節の野菜を適当にぶち込んだだけのもので正直全然味わいが足りないのですけど、ボクは野菜が好きなのでよく食べています。
「おう、エルフの姉ちゃんか。いつもひいきしてくれてありがとよ」
と髭の店主は何も言わないうちからお玉にスープをすくって左手を出しました。このお店は木のお椀を返却すると次のお客に使い回すというシステムで、ボクは他人と同じ器を使うのが嫌でいつもマイスープカップを持参しています。そのカップを要求しているのです。ボクはその左手にお断りを入れて「今日はお客として来たのではありません。ちょっと耳寄りなお話があるのですが──」とセールスをかけました。
「ああ、姉ちゃん料理もできるんだってな。串かつ食ったぜ。うまかった! ……まさか、うちのスープも何とかしてくれるのか?」
「あれ、なんだか話が早いですね」
「いやあれを食っちまうとなぁ。俺も料理人の端くれとしてもっと旨いものを作りたいという気持ちはあるんだが、うちは先代からずっとおなじやり方でやってて何をどうしたらいいのかさっぱりわかんねぇんだよ。教えてくれるっていうならありがたい」
ちっぽけな屋台の中年オヤジにしては意外な向上心が……。
「そういうことなら簡単です。ここのスープが今一つハジケない理由はハッキリしてますからね」
「弾けないとか言われると傷つくな……。で、何でだ?」
「出汁が取れてないからですよ」
というわけでまずはアヒルのガラの掃除です。隣の屋台のをもらってきました。ボクはSDGsエルフですからね、持続可能な屋台づくりに取り組んでいきます。
ボクが掃除しているのをエリと髭のおっさんが一緒になって覗き込んでいます。
「アヒルのガラは血合いを掃除して、できれば最初に熱湯をかけて余分な脂を流してやってください」
きれいになったガラを用意した寸胴鍋に入れます。さらに野菜くず──ニンジンの皮とかセロリの葉っぱとかトマトの皮とかキノコの軸とか玉ねぎとかニンニクとかとにかくありったけの野菜の切れっぱしを入れます。さらにローリエ、タイム、パセリの軸といったハーブも入れて、ガラがすっかり沈むまで水を加えます。
「これをひたすら煮込みます。最低でも鐘二つ分(※約四時間です)は煮込んでください」
「そんなに長い時間煮るのか」
「この屋台のスープだってずっと煮っぱなしじゃないですか」
「そりゃそうだ」
「すごい量のアクが出るのでこまめに取ってください。沸かし過ぎないように気を付けて。ときどき揺すってアクを出してやりましょう。水が足りなくなったら足してください」
西の空がそろそろ赤くなってきました。閉店の時間です。つきっきりでひたすらアクを取り続けたエリと髭とは額に汗を浮かべています。スープの様子を見るとガラはブヨブヨ、野菜くずはすっかり煮溶けています。そのガラと野菜を取り出して晒し布で漉して、鍋に蓋をしました。
「ご苦労でした。続きは明日にしましょう」




