1.20 帰還
どうやらゴブリンの群れの縄張りの中に足を踏み入れてしまったようです。ボクたちは帰途に就いたのですが、その後もゴブリンとは散発的にエンカウントしました。なるほどチューターの言う通り『湧いて出る』という表現がぴったりです。
「ゴブリンは見つけ次第殺せ、見ゴブ必殺」ということでしたので目に入ったゴブリンをかたっぱしからブッ殺してやろうと思ったのですが……。
「ギエエエエ!」
絶叫しながら目の前に飛び出て来たゴブリンを切り捨ててやろうとアイテムボックスを探ったのですけど剣が見当たりません……そういえば預けっぱなしにしてたのを忘れてました。普段使わないものだとつい注意がおろそかになりますよね。てへっ☆
ないものは仕方ないので代わりに【換装】で手袋を装備します。ただの手袋ではありません。ボクのメイン武器です。一見ただの白い手袋ですけど素材はミスリルとオリハルコンと金の合金です。
ミスリルとオリハルコン、おなじみのファンタジー金属ですね。まあこの世界のミスリルとオリハルコンは厳密には金属ではなくてエルフの定義で物質態波動と呼ばれるエネルギー状態ですが、説明し出すと長いのでそれは置いときます。一般的には金属的な性質を持ち金属と任意の割合で合金(?)にすることができます。
さて今装備した手袋はこの世界でメアメールすなわち月白金と呼ばれるミスリルと金の合金を芯地にエルメールすなわち太陽金と呼ばれるオリハルコンと金の合金をコーティングした太さわずか1000分の1mmの糸で編み上げたものです(クリスにお願いしたらノリノリで作ってくれました)。この合金はいずれも柔らかくてグニャグニャ曲げることができますのに引張強度がメチャ強いのです。この糸を鉄筋コンクリートの柱に巻き付けて引っ張ったら糸ではなく柱の方が大根みたいにスパッと切れちゃうでしょう。
そうです! この手袋は細くて丈夫な糸で切ったり相手を操ったりする例のロマン武器なのです! そりゃ攻撃力も戦闘力も魔法を使った方が圧倒的に強いのですけれども、せっかくファンタジー世界に転生したので是非やってみたかったのです。夜叉丸に始まる、日本の歴史の中で連綿と受け継がれてきた糸使いの系譜にボクも連なってみたかったのです!
手袋から糸を伸ばして、気と繊維の神マールの【操糸】の魔法で操ります。あまりにも細すぎる糸は人の眼には見えませんけど、時々日の光を受けてかすむように輝いています。そんな糸をゴブリンの胴体にグルグル巻きつけて四方八方へグイッと引っ張ったら、ゴブリンの首から下は持っていた石槍ごとこま切れになってその場にズシャッと落ちました。
「!?」
「今何したの!?」
「フッフッフッ、ボクの秘密兵器『ミンゴの手袋』の力です」
チューターたちの疑問に答えながらゴブリンの右の耳を糸で切り取って引き寄せてアイテムボックスに回収します。
「いや答えになってないんだけど」
「まあゴブリン程度なら群れごと秒でブッ殺してやりますから安心してついてくるがいいです」
「頼もしい話だが一人でいいところを持っていかないで俺にも何匹か回してくれ。さっきの魔法を試してみたいんだ」
「ではゴブリンが出たらまずは魔法を使ってもらいましょう。せっかくですから後ろの二人に流星剣で撃ってもらって、取りこぼしたのをボクがやります」
「ああ、それで頼む」
しばらく進むとまたゴブリンがいました。散開して木の陰に5匹います。隠れているつもりなのでしょうけどバレバレです。ゴブリンたちが姿を隠したまま静かに弓を引こうとした瞬間──
ズパパッパパパーンッ!
空気を切り裂いて5発の雷が落ちました。雷は背の高い木をよけて見事にゴブリンたちを直撃しています。チューターの魔法です。さっそく使いこなしてますね。硬直して木の陰から弾き出されたゴブリンをラーナと金髪の流星剣が打ち倒し、残り2匹をボクの糸が腰斬します。
「これは使える!」
チューターから喜びの声が届いています。ゴブリン程度が相手なら1対10でも余裕で無双できるでしょう。
さらに進むと追加で3匹のゴブリンが待ち構えていました。流星剣の間合いに入ると同時にチューターの魔法の雷が落ち、3発の流星剣が一瞬でゴブリンを掃討します。ほとんど流れ作業です──が、今回はゴブリンの方も頭を使っていました。後ろから1匹のゴブリンが忍び寄っています。バックアタックです。
まあボクは走査の魔法で見えてましたので糸で切ってやろうとしたのです。ところがゴブリンは雷に打たれたわけでもありませんのに一瞬硬直しました。直後に金髪の流星剣が袈裟懸けに切り裂いて地に倒れ伏しています。
「お前……」
「どうかした?」
「いえ、別に」
金髪は素知らぬ顔をしていますけど、今しれっと【支配】の魔法を使ってましたよ、人間のくせに。支配権を用いてゴブリンの動きを縛って打ち倒しました。ボクたちには効きませんけど(同じ魔法使えますので)、人間相手にはかなり破滅的な威力を発揮するはずです。こいつ涼しい顔してやべーやつです。
ちなみに栗毛はずっと棒立ちで見てるだけでした。人生楽チンで羨ましいですね。
そんなこんなで特に危険なこともなく森を出て、ギルドに到着しました。
「ただ今帰還した」
というのが帰ったときの合言葉みたいです。声を掛けられた受付のオッサンが書類から顔を上げました。
「おう。どうだった?」
「依頼は達成、負傷者はなし。──いやこいつらすげえわ。即戦力だな」
褒められちゃいました。照れますね///
「当然の結果です」
「光栄だね」
「私特に何もしなかったんですけど……。誰か怪我していませんかぁ?」
栗毛はボクたちに声をかけたのですけど、聞きつけた冒険者たちがワラワラと寄ってきました。
「オレオレ!」「怪我人でーす!」「ホラここ、夕べ深爪しちゃってさあ!」
「は、はあ……」
スケベ心が丸見えです。栗毛は引きつった顔でボクの後ろに隠れてしまいました。
引取カウンターの方へ移動するように言われましたのでそこで今日の戦果をアイテムボックスから取って出しました。
依頼品の薬草各種に加えてオオカミの毛皮、ゴブリンの耳×10、アスパラガスの束。鹿は解体を依頼して毛皮は売却、お肉は後でくれるそうです。ところで本当は鹿を勝手に獲るのは密猟になるそうなのですけれど「ゴブリンの罠に引っかかって死んでいた」という体にすればお目こぼししてもらえる抜け道があるそうです。
報酬はリーダーが多めに取ってあとは山分けでした。