293 ときめきの聖夜祭 19
さあ、これで回っていない場所は南エリアだけになったわ。
避けて通れないことは分かっているものの、あそこにはラスボスと裏ボスが揃っているから、足を踏み入れるのに勇気がいるのよね……と考えていると、セリアが邪気のない顔で提案してきた。
「残るはあと一つ、南エリアだけになりましたね。行ってみますか?」
恐る恐る頷くと、セリアとユーリア様が楽しそうに微笑んだ。
「とうとう南エリアですね! とっておきのエリアを訪れることができるなんて楽しみです!」
「恐らく、一番多くの人が集まっているでしょうね」
2人の笑顔を見て、私も南エリアに行くことが楽しみになる。
そうよね。びくついていたけれど、エルネスト王太子とラカーシュが極上の男性であることは間違いないから、訪れたらきっと楽しいわよね。
そう思い直していると、セリアが申し訳なさそうにダリルを見た。
何かあるのかしらと不思議に思っていると、ダリルが任せてよとばかりにどんと胸を叩く。
「分かっているよ。約束だからね」
あらあら、私の可愛らしい弟は何かを張り切っているわよ。
失敗することなく、セリアを満足させることができればいいのだけど、と思いながら南エリアに足を踏み入れる。
すると、遠くから女性たちの歓声が聞こえてきた。
「すごいですね。多分ですが、私はエルネスト様とラカーシュ様を即座に見つけることができますわ」
自信を持って言い切ると、ユーリア様とセリアが私の意見に同意してくる。
「奇遇ね。私も簡単に見つけられる気がするわ」
「私もできると思います」
ダリルが呆れたように顔をしかめる。
「それはとっても簡単だよね。きゃーきゃーと楽しそうな声が一番大きく響く場所に、2人はいるはずだもの」
「「「間違いないわ!」」」
3人でダリルの言葉を肯定した後、私は「だけど」と考え込んだ。
問題は普段から王太子とラカーシュを見慣れているであろう女子生徒たちが、これほど興奮する理由は何かしらということよね。
ああー、すごく気になるわと興味を引かれ、声が響く方へ急ぎ足で歩いていくと、秋の庭に大勢の人だかりができていた。
間違いなくあの中心に王太子とラカーシュがいるはずよという予想は当たり、紅葉が美しい木々の中に一対の男性が佇んでいた。
私は心を落ち着かせると、かっと目を見開き2人の男性をまじまじと見つめる。
―――周知の事実として、リリウム魔術学園には美形が多い。
加えて、学園外で知り合ったジョシュア陸上魔術師団長やオーバン副館長、アレクシス海上魔術師団長もすごい美形だ。
だから、私には美形耐性ができている……なんて思っていたけれど、ロイヤルな2人を見た途端、大いなる勘違いだったことを悟る。
そもそも秋の庭に踏み込んだ時点で、周りの景色が全てきらきらと輝いているように見えたのだ。
一体これは何かしらと不思議に思ったけれど、きっと王太子とラカーシュの煌びやかな成分が空気に溶けて周りを輝かせていたのだろう。
そう思うくらい、今夜の2人は輝いていた。
「わあ」
私の口から感嘆の声が飛び出る。
なぜなら王太子とラカーシュは、物語の中から抜け出てきたかのように最上級に麗しい格好をしていたからだ。
2人が着用しているのは騎士服だ。
王太子が着用しているのは白一色で、その服は首元までかっちり詰まっており、王太子をより高貴で潔癖に見せていた。
たくさんの飾りが胸元に飾ってあり、右肩から胸の前に垂らされた飾緒がさらに豪華さを演出している。
飾りの全ては王太子の髪と同じ銀色だったため、王太子の騎士服は全て白と銀で統一されていたものの、唯一の例外が左肩にかけられた黒いマントだった。
それが完璧に白と銀の騎士服を引き立てており、計算され尽くした色合いにため息が零れる。
しかし、極めつけは、鞘付きの豪華な白銀の剣を地面に垂直に立たせ、片手で支えていることだろう。
「完璧な白騎士様だわ! 何てカッコいいのかしら!!」
うっとりしながら、隣に並ぶもう一人の男性に視線をやる。
すると、黒一色の騎士服を着用しているラカーシュが立っていた。
王太子とはデザインが異なるものの、こちらも首元までかっちり詰まっており、ラカーシュを孤高で近寄りがたく見せている。
騎士服の左肩からはたくさんの紐状の飾りが垂れていたものの、それらは全て銀色で、ラカーシュの端整な美貌にマッチしていた。
さらに、騎士服の上から白いマントを羽織っているのだけれど、ちらりと見える裏地が紫色だったため、その色の鮮やかさにはっとする。
最後にとどめとばかり、腰に洒落た剣を佩いたことが、ラカーシュにこれまでにない勇猛果敢な印象を与えていた。
「何てことかしら! こちらも最上級に麗しい黒騎士様だわ!!」
そして、白騎士と黒騎士に扮しているところが、完璧に対になっているわよね。
これは間違いなく、最高の組み合わせだわ!
目の前の2人に興奮した私は、ぺらぺらとしゃべり出す。
「ああー、こうやって遠くから眺めると、あのお2方が高嶺の花だということがよく分かりますね! 恐れ多くて、近寄ることなんてとてもできませんもの。私ったらよくぞこれまで、あのお2方と気軽に話をしていたものですわ。今後、もしもお言葉を賜る栄誉をいただく場合、跪いて拝聴すべきですね」
「ふふ、ルチアーナ様ったら面白いことを言うのね。いつだってお2人方のほうが、ルチアーナ様と話をしたくてたまらないように見えるわよ」
ユーリア様がおかしそうに言葉を差し挟むと、セリアがすかさず同意してきた。
「ユーリア様の言う通りです! お兄様はお姉様と話をしたくて、いつだってそわそわしていますわ」
ラカーシュがそわそわ……想像がつかないわね。
セリアはラカーシュのことが大好きだから大袈裟に言っているのじゃないかしら、と思いながらにこりと微笑む。
「そうだとしたら、ありがたいことですわ」
角が立たないよう無難な返事をしていると、ダリルが不思議そうに私を見てきた。
「お姉様ったら、本当に自分の立場が分かっていないんだね。これだけ好意を抱かれているのなら、もっと強気で2人に迫ってもいいんじゃないの」
「それは以前やって懲りたの。強気で迫ったら、蛇蝎のごとく嫌われたもの」
悪役令嬢ルチアーナだった頃に、散々王太子に迫って嫌がられた黒歴史が蘇ってくる。
当時を思い出して顔をしかめていると、ダリルはこてりと首を傾げた。
「ふうん。でも、それは何か月も前の話だよね。今、お姉様が迫ったら、違う反応をされるんじゃない」
「そうは思わないわ」
エルネスト王太子は心底嫌がっていたし、相手が私でなくても積極的に迫ってくる相手は嫌いなはずだ。
同じように、相手の都合など考えずベタベタと迫ってくる令嬢を、ラカーシュが歓迎するはずがない。
「私がベタベタと迫ったら、間違いなく冷たい目で見られ、けんもほろろの対応をされるはずよ」
至極当然の言葉を返すと、ダリルはにこりと微笑んだ。
「だったら試してみる?」
「どういうこと?」
ダリルったら一体何を言い出したのかしら、と小首を傾げていると、小さな弟は私の顔を覗き込み、真剣な表情で口を開いた。
「魅了発動。ルチアーナは・ラカーシュが・けっこう好き♡」
その瞬間、心臓に大量の血液が流れ込んだような感覚が走る。
どくりどくりと高鳴り始めた胸を押さえると、私はとても大事なことを思い出したような気持ちになった。
ダリルは伸びあがってもう一度私の瞳を覗き込むと、セリアに話しかける。
「ほら、お姉様の瞳がけっこうなピンク色になったよ。魅了の魔術がけっこうかかったって印だ。ルイスの時もジョシュア兄上の時も効き過ぎたから、加減すべきかなと思ったけど、一人だけ条件を変えるのはよくないから同じにしておいたよ」
セリアは心配そうに私を見つめた後、眉尻を下げた。
「や、やっぱりダメだわ!」
セリアは泣きそうな顔で呟くと、私に向かって頭を下げる。
「お姉様、ごめんなさい! お姉様の心を操ろうとするなんて、私が間違っていました!!」
それから、セリアはダリルに向かってもう一度頭を下げた。
「ダリルもごめんなさい。せっかくかけてもらった特殊魔術だけれど、すぐに解除してほしいの」
私はびっくりしてセリアを見つめると、ぶんぶんと首を横に振る。
「止めてちょうだい。私はラカーシュ様から好意を告白してもらったのに、同じものを返せないことを心苦しく思っていたの。それは、これまで自分の心が分からなかったからだけど、ダリルの魔術のおかげで、自分の中に眠っていた恋心に気付けたわ。私はやっと一歩踏み出せるのよ」
「い、いえ、お姉様、その恋心は偽りのものですわ」
セリアは青ざめた顔で私の言葉を否定してきたけれど、ダリルがさらにセリアの言葉を否定した。
「偽りじゃないよ。お姉様の言う通り、お姉様の中に眠っていた恋心が目覚めただけだ。僕の魔術は、元々あった恋心をたくさん膨らませただけなんだから」
「そ、そのたくさん膨らませたというのが問題では……」
セリアは納得がいっていないようで食い下がったけれど、恋心を膨らませられたのは私だから、私が納得していればいいんじゃないかしら。
そう思ったものの、セリアの様子だと魅了の魔術を解除するよう訴え続け、根負けしたダリルが応じるかもしれない。
だとしたら、そうなる前に伝えたいことを伝えなきゃと、ラカーシュに向かって走り出す。
「ラカーシュ様!」
離れた場所から名前を呼んだけれど、彼は大勢の女子生徒に囲まれていたため、聞こえはしないだろう。
それに、大勢の女子生徒たちをかきわけてラカーシュに到達するのは至難の業だわと心配したけれど、全ては杞憂だった。
ラカーシュは私に気付いてくれ、さらには自ら女子生徒の囲いを抜けてくると、私の前に立ったからだ。
「ルチアーナ嬢、どうした?」
「ラカーシュ様!」
彼が私のもとまで来てくれたことが嬉しくて、ぱあっと笑顔になると、彼は頬を赤くした。
まあ、完璧な彼が私を見て赤くなるなんて、何てチャーミングなのかしら。
「ラカーシュ様にお話しがあるの」
「分かった」
ラカーシュは振り返ると、エルネスト王太子に向かって片手を上げた。
「エルネスト、私は少し抜ける! 後は任せた」
王太子はラカーシュと私を複雑な表情で見つめたけれど、すぐに冷静な表情を浮かべると、何も言うことなく頷いた。
そのため、ラカーシュと私は喧騒から逃れ、人がいない方向に歩いていったのだった。







