290 緩衝地帯で一休み? 6
「それでは、過去の話をしようか。君たちが気に入ってくれればいいのだが」
そう前置きしてアレクシスが話し始めたのは、海上魔術師団での冒険譚だった。
アレクシスは話をするのが上手く、海上魔術師団長という高位の立場上、滅多にないような体験をしており、語られる話はものすごく面白かった。
そのため、ダリルが目をきらきらさせながら話に夢中になる。
アレクシスの話を聞き終わったダリルはほうっとため息をつくと、お返しとばかりに自分の話を始めた。
けれど、それは明らかに虹樹海での話だったため、しゃべってはいけないことをしゃべってしまうんじゃないかしらと心配でハラハラする。
ダリルは少しばかりしゃべり過ぎた気もするけれど、子どもの話だからと見逃してくれるわよね。
そう希望的観測を抱きながら、内心でだらだらと汗を流していると、アレクシスは次に彼の両親の話を始めた。
長い間両片想いですれ違ったものの、その後はとても仲良くなったカンナ侯爵夫妻の話を。
「まあ、『社交界の華』と呼ばれるカンナ侯爵夫人にも、そんなお辛い時代があったんですね」
「カンナ侯爵夫妻の話を聞いた後では、我が家の両親の関係が可愛らしく思えますわ」
相槌を打つセリアとユーリア様だったけれど、今度は自分の番だと思ったのか、ユーリア様がビオラ辺境伯夫妻の話を始める。
それは素敵な恋物語だったため、セリアと私はうっとりと聞いていたのだけれど、話を聞き終わった後に2人で首を傾げる。
「とっても素敵なお話を聞かせてくださりありがとうございました。お返しに我が家の話を披露したいのですけど、両親のなれそめを聞いたことがないと今気付きました」
「私もです。とはいえ、両親は恐らく政略結婚なので、カンナ侯爵家やビオラ辺境伯家のような素敵な話は出てこないと思います」
「残念ながら、我が家もです」
2人でがっかりしていると、ユーリア様がおかしそうに微笑んだ。
「私が聞いたのはあくまで噂話だけど、2家とも大変な恋愛結婚だと聞いているわ」
「え?」
「そうなんですか?」
セリアと一緒に目を丸くすると、ユーリア様は微笑みながら続ける。
「ええ、ダイアンサス侯爵は当代一の人気を誇っていらっしゃったものの、どんな女性にもなびかないため、『黄金の氷柱』と呼ばれていたそうよ。その万年氷柱を一瞬で溶かしたのが侯爵夫人らしいわ」
そんなことがあったのねと目を瞬かせていると、ユーリア様はセリアに向き直った。
「それから、フリティラリア公爵夫人は国王陛下の妹よね。どうしても妻にしたいから降嫁させてくれと、公爵が必死になって前国王に頼み込んだと聞いたわ」
ユーリア様の話はセリアにとっても初耳だったらしく、彼女は目をぱちぱちとさせる。
「そうなんですね。初めて聞きましたわ」
2人で驚いていると、今度はアレクシスが私と出会った時の話を始めた。
「私はルチアーナ嬢との出会いを後悔しているんだ。君はとても美しいから、私はすぐに近寄っていって自己紹介をした。しかし、今思えばあんなに慣れ慣れしく振る舞うべきではなかった。私はもっと礼節をもって君に接するべきだったのだ」
アレクシスが目に見えて落ち込んでいたので、私は慰めの言葉をかける。
「でも、あれからすぐに私たちは……アクシデントに見舞われたわよね」
私が仄めかしたのは、アレクシスとジョシュア師団長、サフィアお兄様と私の4人で『魔の★地帯』に飛ばされた話だ。
ただし、『魔の★地帯』に関する話は極秘事項だったので、はっきり言葉にするわけにはいかないとぼかしてみる。
「アレクシスが礼節をもって私に接した場合、挨拶を交わすのはもっとずっと後になったはずだわ。そうであれば、アクシデントに見舞われた時には知り合ってもいないことになるわよね。だから、一緒に事件に巻き込まれることはなかったでしょうね」
順を追って話をすると、アレクシスは顔をしかめた。
「それは嫌だな。一緒に事件に巻き込まれたからこそ、私は君と知り合えたし、自分とも向き合えたし、大切なものを見つけることができたのだから」
それから、アレクシスは自嘲の笑みを浮かべる。
「……そうか。だとしたら、君に会うまでの軽薄な私も、私に必要だったのかもしれないな。そう考えることにするよ」
「ええ」
私だって悪役令嬢だった頃の黒歴史がたくさんあるし、消えてなくなってほしいと思うけれど、そんなことは不可能だ。
だったら、当時の私も必要だったのだと考える方が健康的よね。
「はあ、何だろうねこの会話は。この部屋は『過去を振り返って話をする談話室』だ。だから、過去の話をすることで、これまでの自分について整理をすることが目的だ。卒業者である私が参加しているのは、生徒たちが考えを整理できるよう調整役を担うためなのに、私の方が君に教えられているよ」
そんなことはないわと思ったため、軽い調子で返す。
「アレクシスは自分の役割をきちんと果たしているわ。ただ、自分のことは自分で気付きにくいのかもしれないわ」
「そうだろうとも」
不満気なアレクシスに対し、私は言っておかなければいけないことがあったことを思い出す。
「アレクシス、カンナ侯爵領訪問の話だけれど、明日の夜には到着する予定だけど大丈夫かしら。その際、ニンファー王国の第二王子であるカール様も一緒に連れていきたいのだけれど、問題ない?」
「何時になったとしても歓迎するよ。それから、王子の訪問は問題があるといったら、君が来ないかもしれないんだろう? そんなハイリスクな返事はできないよね」
アレクシスの声はだんだん低いものになっていったので、最後の部分は聞き取ることができずに聞き返す。
「アレクシス?」
すると、アレクシスは何でもないとばかりに肩をすくめた。
「問題ないよ。先ほどサフィア殿に会ったのだが、同じことを言われたな。私の恩人であるサフィア殿と君の希望だ。拒絶できるわけがない」
アレクシスの言い方がおかしくて、ふふふと笑う。
「それはありがたいわ。でも、お兄様と私が希望したから受け入れるってわけではなく、アレクシスは誰が来ても歓迎するのよね」
船上パーティーで誰彼構わず歓迎していたアレクシスを思い出しながら返すと、彼は拗ねたように口を尖らせた。
「君が連れてくる男性は例外かもしれないよ」
「私が連れてくる男性というのは、サフィアお兄様のこと?」
アレクシスが言いたいことが分からずに質問すると、アレクシスはそうではないと首を横に振った。
「彼は君の兄だからね。例外の中のさらに例外だ」
「ややこしいわね」
つまり、誰がダメで、誰がいいのかしら。
さっぱり分からなくなった私は、アレクシスに簡単な答えを要求する。
「よく分からないから、全員OKってことでいいのかしら?」
すると、アレクシスは目を丸くした後、楽しそうに笑い出した。
「ルチアーナの思考はいいよね。考えるのが面倒になったから、全て受け入れる方向に持っていこうとするあたり、とても素敵な考えだ」
馬鹿にされているのかしらとじろりと見ると、邪気のない顔で微笑まれた。
「私は心から君に感心しているってことだ。明日はサフィア殿と異国の王子様と一緒に君が訪ねてきてくれるのを待っているよ」







