278 ときめきの聖夜祭 12
そうだった。ダリルは『魅了』の持ち主だったわ。
特殊魔術で相手の気持ちを操ることができるから、恋を叶えるお手伝いができるというのはその通りかもしれない。
普通に考えたら、他人の恋愛に介入するなんてとんでもないことだけれど、聖夜というロマンティックな夜であれば、ぎりぎり許されるおせっかいかもしれないわ。
そう考えながらも、私は用心深くダリルを見つめる。
ダリルの表情に邪なものは見られないけど、どういうわけか彼の言葉に乗ってはいけない気がするのよね。
そもそもなぜダリルは積極的に、恋を叶えるお手伝いをしようと思ったのかしら。
「ダリル、あなたは魅了の魔術をあまり使いたくなかったんじゃないの?」
それなのに、どういう風の吹き回しかしらと、訝しく思いながら質問すると、ダリルはさらりと答えた。
「公爵家としての役目で、無理矢理特殊魔術を使わされるのは嫌だけど、自主的に恋のキューピッドになるのはやぶさかではないよ」
それは納得できる答えだったので、今度は事柄の是非について思考する。
「そうなのね。でも、恋心というのは繊細なものだから、第三者が介入するというのは難しい問題よね」
ダリルは100%善意だとしても、慎重に行うべきだわと考えていると、彼はきらきらと目を輝かせた。
「お姉様、言ってなかったけど、僕は能力が向上したんだ!」
「え、そうなの?」
驚いて質問すると、ダリルはにやりと微笑んだ。
「集中するとね、他人に対して抱く好意がオーラとなって見えるようになったんだ」
「ええっ!」
それはすごいわね。
例えば今だったら、私がダリルに抱く好意がオーラとして見えるということね。
この世界の基になった乙女ゲームの中では、魅了の魔術について詳しく語られることはなかった。
だから、初めて聞く話になるけど、魅了魔術の上級者になったら、そんなことまでできるようになるのね。
目を丸くしていると、ダリルは得意そうに胸を張った。
「だから、お互いに好意を持っているのに、どちらも言い出せない2人がいるとしたら、僕の力が役に立つと思わない?」
「それは……そうかもしれないわね……」
世の中には互いにシャイ過ぎて、どちらからも告白することができず、結ばれない組み合わせというのがあるのかもしれない。
そして、そういうケースにおいて、ダリルの特殊魔術は素晴らしい効果を発揮するのだろう。
ただし、そのようなタイプを正確に見極めるのは、ものすごく難しいんじゃないかしら。
ダリルもそのことは分かっているようで、もう少し一般的なケースを例に挙げてきた。
「あるいは、片想いをしていて、その気持ちを告白できない者がいるかもしれない。告白しないというのは一つの選択だけど、好意を告げることで、相手との関係が変わる場合があるから、告白した方がいいこともあるよね」
ダリルの言うことはその通りだと思うけど、これまた難しい問題よね。
「……そうねえ、ものすごく気が弱くて、本来なら叶うはずの恋を取り逃がしている人だったら、とってもありがたいでしょうね。でも、上手くいかなかった場合は辛いわね」
告白したことで、その後の関係性がダメになったら、告白しなければよかったと後悔するかもしれない。
それとも、その後何年も、叶うかどうか分からない片想いをぐずぐずしなくて済んだと、安堵するのかしら。
「そんな1か0かの告白じゃないよ。『少しばかり好意がありますよ』と示すだけで、劇的に関係性が変わる場合があるんだから、その小さな一歩を踏み出すお手伝いをするってことだよ」
「ああ、そういうことね。確かに『少しばかりの好意』を示すのはいい考えかもしれないわ」
私の場合でいくと、ラカーシュやジョシュア師団長、エルネスト王太子に告白されたけど、それまであの3人から好意らしきものは全く示されなかった。
今思えば、示してくれたような気もするけど、はっきり言われるまでこれっぽっちも気付かなかった。
だから、告白された時、本当に驚いたのだ。
男性であれ女性であれ、私のように相手の好意に気付かない者は大勢いるに違いない。
だから、『少しばかりの好意』がありますよと示されるのは、気付かなかったことを教えてもらうことになるので、ありがたいはずだ。
そして、好意を示されたら多くの者は嬉しくなるだろうし、相手の見方が変わって、場合によっては恋愛に発展するかもしれない。
逆に『少しばかりの好意』を持たれていると分かって、嫌になるケースというのは……あまりないんじゃないかしら。
「そうよね。本気の告白をするか、しないかといった極端な二者択一を考えていたけれど、そうじゃなくて、『少しばかり好意』があると、軽く示すのはいいかもしれないわ。恥ずかしくなったり、やっぱり違ったと思ったりしたら、友達としての好意だったことにすればいいし」
「うんうん」
ダリルがにこにこしながら同意してきたので、私は彼の耳元に口を近付けると、私の秘密を告白する。
「実のところ、お姉様は最近、男性に告白されたのだけど、それまでこれっぽっちも相手の気持ちに気付かなかったの。言われないと分からないことってあるわよね」
「うーん、それはちょっと同意できないかな。あれだけアプローチされて気付かないってのは、正気を疑うレベルだよ」
「え、何ですって?」
ダリルがぼそぼそと小声で呟いたので、よく聞き取れずに聞き返す。
すると、ダリルは私を見上げて顔をしかめた。
「でも、お姉様と一緒に暮らしたことで理解できたよ。全部サフィアが悪い。サフィアがあり得ないレベルでお姉様を甘やかすから、お姉様の中の『好意を抱かれる』って基準が歪んじゃったんだよ。お姉様は驚くほど純真で、全然男性と付き合ってこなかったから、他に基準を持っていないのも痛いよね」
「どういうこと?」
ダリルの言っていることが分からずに首を傾げると、彼は悪戯っぽく笑った。
「つまり、今夜の僕は、みんなに素敵な恋を運んであげるってこと」
そう言うと、ダリルは手に持ったおもちゃの弓を構えてみせた。
その時になってやっと、ダリルの格好は恋のキューピッドの真似をしていることに気付く。
ということは、ダリルは最初からキューピッドになる気満々だったのだわ。
「ダリルだったら素敵なキューピッドになれるとは思うけど、……恋心というのは繊細で大切なものだからね。慎重にしないといけないわ」
「はーい!」
軽い調子で頷くダリルを見て、本当に大丈夫かしらと心配になる。
「本当に大丈夫かしら? ダリルが他人への好意の度合いを読み取れるようになったのだとしても、まずは少しずつ能力を試してみた方がよくないかしら。たとえば家族だとか、よく分かっている相手から始めた方がいいかもしれないわ」
何気なく発言したものの、とてもいい考えじゃないかしらと考えていると、ダリルは素直に頷いた。
「お姉様の言う通りにするよ」
それから、ダリルはとてもいいことを聞いたとでもいうようににこりとしたので、少しだけ安心する。
ダリルを見つめていると、彼は俯いて、何ごとかをぼそぼそと呟いた。
「僕は皆の恋を叶えるキューピッドだけど、今夜は家族を大切にすべき聖夜だ。だから、特に家族に優しくしたくなるよね。それに、他ならぬお姉様が、魅了をかける相手として家族を勧めてきたのだから、やるしかないよね」
「ダリル?」
何を言っているのかしらと名前を呼ぶと、ダリルは顔を上げてにこりと微笑んだ。
「ウィステリア公爵家を離れ、お姉様と一緒に住んでいるのは僕の我儘だ。兄上たちとは普段一緒に住んでいないという負い目があるから、埋め合わせをしたくなるよね。それに、やっぱり兄上たちの幸せそうな顔を見たいんだ。だから、ちょっとだけ手助けしてもいいよね」
「ええ、その通りよ!」
具体的に何を手助けしようと思っているのかは不明だったけれど、複雑な生い立ちのダリルが、彼の兄たちの幸せを願う気持ちにじんとする。
ああ、長い間、すれ違いが続いた兄たちの幸せを願えるなんて、ダリルは世界一優しい子だわ。
そんなダリルを手伝えることがあれば、全力でお手伝いするわと言うと、愛のキューピッドは満面の笑みを浮かべたのだった。
本日、ノベル9巻&コミックス6巻が同時発売されました!
★ノベル9巻★
〇加筆分
1 ルチアーナのハニートラップ講座(サフィア生徒編)
2 ルチアーナのハニートラップ講座(ラカーシュ生徒編)
3 サフィア&ダリルと行うルチアーナの断罪シミュレーション
4 ルイス&セリアと開くルチアーナの『やられ茶った会』
5 【SIDEジョシュア師団長】サフィアとキノコ狩りに行く
〇スペシャルプレゼンツ
コミカライズ担当のさくまれんさんの特別マンガが掲載されています!!
店舗によっては特典SSが付いてきます。
※今回もさくまれんさんが超絶美麗な特典をまとめた画像を作ってくれました!(大感謝)
★コミックス6巻(通常版・特装版)★
魅了編完結です!例のお兄様左腕衝撃事件も収められていて、心を揺さぶられること間違いなしです。
ノベルオリジナル部分も漫画にしていただいているので、ぜひお楽しみください。
今回、特装版もありまして、ルチアーナとサフィア、それからラカーシュの魅力がたっぷりつまった1冊となっています。
こちらも、店舗によっては特典が付いてきます。
〇身代わりの魔女ノベル6(完結)&コミックス3同時発売
店舗によっては、溺愛ルートとの連動企画がありますので、よかったらチェックしてみてください。
★ノベル6巻(完結)店舗フェア
https://magazine.jp.square-enix.com/top/event/detail/3785/
★コミックス3巻店舗フェア
https://magazine.jp.square-enix.com/top/event/detail/3769/
ノベルもコミックスも、隅から隅まで楽しいとびっきりの1冊になりました!!
お手に取っていただき、楽しんでいただけると嬉しいですo(^-^)o