274 ときめきの聖夜祭 8
2人で並んで歩いていると、カールが独り言のように呟いた。
「ルチアーナ嬢はオレの守護者だな」
「え、私がガーディアンですか?」
思いもかけないことを言われたわ、と驚いて聞き返すと、カールが慌てて言い募ってきた。
「いや、すまない! オレには独り言を言う癖があって、うっかり声に出してしまったようだ。もちろん、君にオレを守護する義理がないことは承知している」
カールはいつだって一人でいる。
だから、つい独り言を言う癖がついてしまったのだろう。
それから、これまでの扱われ方が酷過ぎて、第二王子という立場にもかかわらず、誰にも守られないことを当然だと考えているのだ。
「カール様は素敵ですよ。ですから、あなたを守護する相手について、誰でもいいのではなく、相手を選別してやろうというくらいの気持ちで対応してもいいんじゃないですかね」
今のところはあまり女性が寄ってこないけれど、ヒロインと関わった後はカールの魅力が皆に認知され、エルネスト王太子、ラカーシュ、ルイスに肩を並べる4人目の攻略対象者として、学園で大人気になるはずだ。
だから、もっと自信を持っても大丈夫よと言ってみたところ、カールは驚いたように目を見張った。
それから、私に心酔するようなとろりとした目をしたので、あ、マズいわと内心で焦る。
カールは警戒心が強いけれど、一度受け入れると決めたら、とことん相手を信用するところがあるのだ。
もしかしたらその信用できる相手に私を入れようとしているのかもしれないと気付いたため、私を信じ過ぎないよう警告する。
「もしかしたら私には下心があり、望みを叶えてほしくてカール様に近付いたのかもしれません。ですから、信用し過ぎてはいけませんわ」
私は今さらながら、自分の行動に危ういものを感じていた。
私がカールに近付いたのは、南星が探している『陰の魔の★地帯』に侵入できる候補者として、カールが適任だと考えたからだ。
でも、カールは私が下心なく彼に近付いたと思っているから、そうでないことをカールが知ったら、裏切られたと思って、人間不信に拍車がかかるんじゃないかしら。
いやだわ、私は正しく悪役令嬢としての役割を果たしているじゃないの。
でも、これ以上カールを傷付けるのは、人間としてやってはいけないことよね。
決めたわ。南星の問題にカールを巻き込むのは止めよう。
私は下心を持ってカールに近付いたけれど、そのことを彼が知ったら間違いなく傷付くから、この問題はこれでお終いにすべきよね。
カールとは今後、適切な距離で付き合っていくことにして、南星には何か別の方法を考えてもらおう。
「カール様、先日、カンナ侯爵領に一緒に行かないかとお誘いした件ですが、あの提案を取り消します」
善は急げと、これ以上関係が進展しないうちに、カンナ領への同行依頼を取り消すことにする。
すると、なぜかカールは衝撃を受けたような表情を浮かべた。
「えっ!」
そのため、どうしたのかしらと小首を傾げる。
私の方から改めてお誘いを取り消したものの、実のところこの件は、事前にカールから婉曲にお断りされていたのだ。
ただ、あくまで婉曲だったし、うやむやになっているところもあったので、改めてはっきりさせただけで、カールの中では既に決定していた事項だったはずだ。
「こ、この数日で、オレは君に何かしたかな?」
動揺したように尋ねてくるカールに、私はまさかと首を横に振る。
「いいえ、何もしていません。あの……カール様は、前回お誘いした際、婉曲にお断りしてきましたよね。改めて、そのことをはっきりさせただけです」
「オレは断ってなど……」
カールが何か言いかけたけれど、その声は陽気な声に遮られた。
「やあ、ルチアーナ。聖夜祭の浮かれた雰囲気にあてられて、軽薄な男性についていくものではないと注意したのに、堂々と言いつけを破ったようだな」
はっとして顔を上げると、兄が楽しそうな表情で私とカールを見つめていた。
どうやら魔術戦は一段落して、兄はのんびり散歩でもしていたようだ。
兄が言っているのは冗談だと分かっていたけれど、私は焦って言い訳をする。
「お兄様! ち、違いますよ。逆です! 私が男性をつれてきたんです! しかも、カール様は軽薄ではなく、真面目ですよ」
言わないでいいことまで言っている気がしたけれど、兄はふむと考えるように小首を傾げた。
「それは失礼した。これまで2人が一緒にいるのを見たことがなかったのに、親密そうに体を寄せ合って歩いていたから、誤解をしたようだ。そうか、親しいと思ったのは私の勘違いで、ただの他人だったか」
兄らしくない含みのある言葉を聞いて、どうやら兄はカールを牽制しているのだわと気付く。
これまで兄がそんなことをした覚えがなかったのに、どうしてカールにだけ……と思ったところで、兄の観察眼が鋭かったことを思い出した。
もしかしたら兄は、カールが一人の人間に縋りつくタイプだと見抜いたのじゃないかしら。
そして、将来的にカールが私にべったり引っ付いてくるかもしれないと、用心したのかもしれない。
そのため、カールに不用意に近付かないよう、警告しているのだろう。
確かにカールから少しだけ懐かれている気がするけど、今だけのことのはずだ。
何といっても、近い将来、彼は大勢の女性たちから言い寄られるようになるのだから、ちょっとばかり親しかった私のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。
それなのに、兄は私のことを案じているのだから、とんだ心配性だわ。
「お兄様は随分ひいき目に私を見ているみたいですね。残念ですが、私はお兄様が心配するほど男性からの人気は高くないんですよ」
人生のモテ期が来ているような気もするけど、男性全てに影響を与えるものではないはずだ。
だから、カールと私のことを心配する必要はないのよ、と兄に言ってみる。
兄は何か言いたげな表情をしたけれど、私はそれよりもと、兄にカールを紹介した。
「お兄様、ご存じでしょうけれど、私のクラスメイトのカール様ですわ」
すると、社交的な兄はにこやかな笑みを浮かべ、カールに片手を差し出した。
「もちろん、存じておりますよ。美しき睡蓮の国を象徴するような、美しき幻想王子殿ですからね」
それから、兄は誰をも魅了するような笑みを浮かべる。
「言葉を交わすのは初めてですね。サフィア・ダイアンサスです」
人見知りの激しいカールは咄嗟に言葉が出ないようで、無言で片手を差し出したけれど、兄はその手を力強く握りしめた。
「ニンファー国には従兄がいましてね。貴国は水に満ち溢れた、とても美しい国だと聞いています。私は水魔術の使い手ですから、いつか訪れてみたいとずっと思っていました」
「ああ、それなんですけど」
ちょうどいいわと、私は兄にカールを頼むことにする。
「カール様は水魔術を上手く使えなくて困っているらしいんです。それから、他人との上手な付き合い方に悩んでいるみたいです。お兄様なら素敵なアドバイスができるのではないかと思うのですが」
私の言葉を聞いた兄は、じろりと横目で私を見てきた。
「……お前は、非常に大きな問題をさらりと頼んでくるな。しかも、一度に2つもだ」
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