273 ときめきの聖夜祭 7
カールはピンクと白のグラデーションがかかった長い髪に、深海色の瞳を持っている。
彼の持つ色の組み合わせが、信じられないほど美しいことは間違いなく、整った顔立ちと相まって「幻想王子」と呼ばれていた。
そんなカールが頬を染めて微笑んできたのだから、破壊力は抜群だ。
私は至近距離でその微笑みを見てしまったため、とんでもない衝撃を受けて、よろりとよろけてしまう。
私の近くにいたユーリア様とセリアも間違いなく犠牲者になると思われたけれど、なぜかユーリア様は楽しそうな声を、セリアは焦った声を上げた。
「あらあら、まあ」
「ど、どうしましょう! お姉様の前に、新たな男性が現れてしまいましたわ」
2人と大勢の女子生徒が見守る中、よろけた私を支えてくれたのは目の前にいたカールで、彼は私の腕をぱしりと掴んだ。
「ルチアーナ嬢、大丈夫か?」
「え、いえ、大丈夫なはずがありません。あまりに近過ぎて、睡蓮の清楚で甘い香りに、頭がくらくらします。あ……ま、間違えました! もちろん、大丈夫です!」
まずい、まずい。
カールは学園内における最後の攻略対象者だけあって、恐ろしいほど麗しい外見をしているのだ。
それは、ラカーシュやルイス、王太子に心魅かれた後に出逢っても、心変わりをしてしまうほどの美貌だ。
この外見に加えて、自分だけに縋ってくる闇落ちキャラだから、刺さる人には刺さって、乙女ゲームをプレイする大勢の女性が、途中から彼に乗り換えたのだ。
今だって、私をしっかり支えてくれる腕は逞しいのに、まるで捨てられた子犬のように一心に見つめてくるから、心臓が不規則に拍動し始めてしまう。
「ルチアーナ嬢……」
その縋るような声を聞いて、カールは女子生徒たちの前から今すぐにでも逃げ出したいのだわ、と彼の心情を理解した。
私は多くの女子生徒たちに見つめられていることを意識しながら、外向けの笑みを浮かべる。
「カール様はずっと、この領地に留まるつもりですか? ユーリア様も私も役付きですが、色んな領地を回って楽しんでいるところです。カール様も少しばかり他の領地を回って、気分転換してみたらどうでしょう」
「あ、ああ……」
カールの気のない返事を聞いて、多分、行きたいところがないのだろうなと思う。
そのため、私は思い切って、私のチームを勧めてみた。
「この領地戦では、直接的なお誘いかけが許されていると聞いています。ですから、正面からお尋ねしますが、少しだけ北の領地を覗いてみませんか? 北チームには私の兄もいるんですが、兄は水魔術の使い手なんです。ですから、カール様にとって心地いい空間を提供できるかもしれません」
すると、カールは言いにくそうに小声で呟いた。
「オレも水魔術の使い手だ。しかし、……オレは上手く水を扱えないんだ」
そうだった。カールは王族ではあるものの、生贄になる者として、敢えて特定の教育を外されていたのだ。
その中の一つが魔術の学習で、精神が落ち着いておらず、幼い頃から上手く魔術を扱えなかったカールは、自身を傷付けることがないようにと魔術の学習が禁止されていた。
彼が落ち着きを取り戻し、魔術の才能を開花させるようになるのは、ヒロインに出逢ってからだ。
ということは、それまではカールをこんな風に、自分に自信がない状態のまま放っておかなければならないのだろうか。
それは嫌だわと思った瞬間、私の脳裏に、何だって楽しそうに、楽々とやり遂げる兄の姿が浮かんだ。
間違いなく、お兄様はカールと正反対のタイプよね。
カールは生真面目過ぎるから、少しばかりお兄様と付き合って、楽しさを優先する人生がどのようなものかを学ぶべきじゃないかしら。
それに、サフィアお兄様は何だってできるから、お兄様ならどうにかして、カールの状態を改善してくれそうだわ。
そう考えた私は、カールのことを兄に丸投げしようと決める。
私はにこりと微笑むと、カールに誘い掛けた。
「私の兄はずっと、出来が悪いと思われてきました。けれど、この聖夜祭で堂々と魔術戦を行い、同級生と渡り合っていましたわ。多分、兄であれば、魔術が不得意な気持ちも、どうすれば得意になるのかも、カール様にお伝えできるのじゃないでしょうか」
自分で発言しておきながら、酷い出まかせだわと思う。
多分、兄は生まれた瞬間から魔術が得意だっただろうし、魔術が不得意な気持ちなどさっぱり分からないだろう。
けれど、それでも、カールの力になってくれるような気がするのよね。
カールは躊躇うことなく頷いた。
「ルチアーナ嬢の兄上なら間違いないだろう」
「はい!」
私は元気よく返事をすると、ユーリア様とセリアを振り返った。
「ここから北エリアはすぐですから、私は一度、カール様を兄のもとに送り届けてきますね。お二人はここで休憩していても、どこかの領地を新たに回られてもいいですが、どうします?」
ユーリア様は間髪をいれずにきっぱり答えた。
「私は兄たちに用があるので、ここで話をしながらルチアーナ嬢を待っていますわ」
セリアも笑顔で頷く。
「でしたら、私もユーリア様の話を聞きながら、ここで待っていますわ」
グレッグとジーンは黙って成り行きを見守っていたけれど、ユーリア様とセリアの言葉を聞いて、慌てたような声を上げた。
「えっ、『黒百合の妖精』に観察されながら、まさかの公開説教プレイだって!?」
「ユーリア、兄ちゃんたちはお前に言われた通り、誠心誠意麗しの『幻想王子』を守護していただけだぞ!」
「ええ、そうでしょうとも。服を脱いで上半身裸になれというのも、私がお兄様方に指示したのでしょうね。ですが、そこら辺の記憶がないので、じっくり話をさせてください」
ユーリア様がきりりとした表情で言い返すと、グレッグとジーンは途端に情けない声を上げた。
「あっ、それはその、オ、オプションだ!」
「兄上の言う通りだ! イベントには盛り上がりが必要じゃないか!!」
ユーリア様は冷ややかな表情で頷く。
「お兄様方のノリは、ロサ剣術学園のものですわ。ここはリリウム魔術学園です。そのことを分かってもらうため……」
ユーリア様はとうとうと言って聞かせ始めたけれど、その途中でグレッグとジーンが私に向かって泣き言を言ってきた。
「ル、ルチアーナ嬢! 可及的速やかに、麗しの『幻想王子』を君の無敵の兄上のもとに預けてきてくれ!」
「そして、爆速で戻ってきてくれ!!」
私は無言で頷くと、カールとともに再び北エリアに向かったのだった。