94マス目 フィズの研究室
「なあフィズ、お前魔法を解除する魔法って使えるか?」
のんびりと本を読むフィズに、俺はおもむろに話しかけた。
もしかしたら、フィズならシランの魔法も解けるのでは、と思ったからだ。
「解術系魔法の事?
使えなくもないけど、……でも何でよ?」
「それが、シランに変な魔法がかけられてんだよ」
俺は室内に入れてある馬車の車内で、
気持ち良さそうに昼寝をしているシランを指さす。
「ほほーう、んで?
あの子には、魔法陣とか術式刻印だとか、
そういったもんがへばりくっついてるって事?」
「ああ、舌の裏側に魔法陣を確認した」
「よ、よく見つけたね……」
「いや、……偶然だからな?」
フィズの目が軽蔑するようなものに変わったのは、きっと気のせいではない。
なんか変な誤解をされてそうだ。
「まあそんな事はどうでもいいや。
人の趣味に突っ込むつもりもないし。
ちょいと魔法陣を見せてもらうよー」
向こうで小説に熱中するフラウトをよそに、
フィズはシランの口をこじ開ける。
何だか心配なので、俺もフィズの肩越しに見守る。
シランを起こさないように、舌を指でそっと持ち上げ確認するフィズ。
その表情が少し曇る。
「こりゃまた性質の悪いもんをつけられてるな」
「性質の悪いって、傀儡魔法の事か?」
フィズは驚いた顔で俺の方へ振り向いた。
「良く知ってるな。
まあでも、ちょっと違うんだけどな。
……ほらここ、見えるか?」
フィズはさらにシランの舌を引っ張る。
というか、ここまでされて何でシランは起きないんだよ。
「ここの円形マークが精神作用の魔法陣。
んで問題はこっち。
ここに月みたいな模様があるのわかる?」
フィズが指差す場所、だいたい魔法陣の中心辺り。
そこには確かに、三日月のようなマークが描かれている。
「こいつは魔物の力を体に宿す魔法を秘めてる。
簡単に言えば、魔法陣が発動したら、
この子の体は魔物に近い姿になって、契約者の犬になり果てる。
いやー、こんな物を刻んだ奴は相当の術師だろうね」
「……治せるのか?」
「うーん、確かこの前似たような術式を調べたような気がするな。
資料が地下にあったと思うから、一緒に探してくれる?」
地下?
そう聞こうとしたが、部屋の隅で鳴った大きな音に意識を持って行かれる。
見てみると、床板が大きく外れて地下への階段が続いている。
「ええ! 何これ、何これぇ!!?」
珍しく飛び跳ねながら子供らしくはしゃぐフラウト。
まあ俺だって子供の時にこんなもの見せられたら、興奮して叫びまわるだろう。
「あー、ごめんな。
子供は危ないから入れられないんだ」
フィズは申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる。
物凄くしょんぼりするフラウトだったが、
取りあえず俺がフォローを入れといてやる。
「フラウト、俺らは席外すからシランを頼むぞ。
お前ら二人だけにしちゃうけど、勘弁してくれよ」
そう言った直後、フラウトの表情が一気に明るくなる。
何とも単純な騎士様だ。
俺は笑いを堪えつつ、フィズの後に続いて階段を下りた。
「狭いけど、まあ適当に座ってよ」
案内された地下室は、小さなランタンの明かりが灯りほんのりと明るい。
部屋広さは上より広そうだが、何分物が多い。
大きな本棚に入りきらず、床に積み上げられた魔術書。
見たことも無い生物のホルマリン漬け。
危なそうな薬品が各種取り揃えてある薬品棚。
その全てが、部屋全体を物々しく圧迫している。
「すごいな、魔女の部屋って感じ」
「女じゃないけど魔術師だし、間違ってはないでしょ」
そう言われればそうだ。
この世界では、魔法使いや魔女なんて珍しくも無いんだから。
俺はうっすら埃のたまった椅子を引き、腰を下ろした。
「んで、解術魔法だっけ。
そのあたりに資料があるから探してくれる?
材料はそろってるはずだから、調合方法さえわかれば薬が作れるから」
「資料ってこれか?
……ぶ厚いな」
「そう、それそれ。
見つけたら言ってな」
手に取ったのは六法全書を二回りほど大きくしたような、
立ち読みもできないドでかい本。
手にかかる重圧は、鉄アレイでも持っている気分になる。
「……こりゃ骨が折れそうだ」
ごちゃごちゃした机に本を置き、パラパラとページを捲る。
聞いたことも無い単語や複雑な計算式。
何重にも解説してある魔法陣。
なんだか目が痛くなってくる。
そんな中に俺は、気になる個所を見つけた。
ページの内容ではなく、隅の方に書いてある落書きのようなものだ。
「何だこれ?」
雑な殴り書きで全部は読めないが、”アイゼン” ”猫” ”伝令” などと書いてある。
それ以外は文字が汚くてうまく読めない。
「あぁー!!
それだよ、その魔法陣!」
突然フィズが声を上げた。
落書きに目が行ってて気づかなかったが、確かに俺が開いてるこのページに、
解術、解除、解放系と書かれている。
偶然にも正解のページにたどり着いていたようだ。
「これでシランを助けられるか?」
「そりゃもちろん!
今すぐ調合しちゃうよー」
フィズは俺から本を受け取ると、早速薬品を調合し始めた。
あとは任せても大丈夫だな。
「先に上戻ってるぞ」
「はいはーい」
……気のせいだろうか。
フィズの背中が少し震えていたように見えた。
「かーんせーい!!
おーい出来た出来た、薬が出来たよー」
勢いよく階段を駆け上がってきたフィズの口を素早く抑える。
俺はシランに聞こえないよう、フィズに耳打ちする。
「待て待て待て!
薬だなんて公言したらシランに飲ませにくいだろうが!」
「あ、……あ~そうだねぇ。
あの子に聞こえてなさそう?
セーフ? セーフ?」
俺はちらりと横目でシランの様子をうかがう。
……問題なさそうだ。
何だか眠そうにしながらボーッとしてる。
あれは絶対に聞こえていない。
「よし、ならジュースにでも混ぜてくるから、待っててよ」
そう言って、フィズは再び階段を降りて行った。
「……くすり?」
俺の間後ろでシランが首を傾げている。
まさかの聞えていたらしい。
……何でこんな時だけ聞こえてんだよ!?
「いや、何でもないんだ。
えっと、……そうだ。
ちょっと最近目が悪くなってきてな。
視力回復の薬を作ってもらったんだよ」
「そうなんだ、……私もちょっともらえるかな?」
意外な反応。
自分から飲みたいと言い出してくれるとは。
視力回復が嘘と言うのがとても心苦しい。
だがこれで飲んでくれるのなら、こちらとしては助かる。
「みんな喉乾かなーい?
ジュース持って来たぞ」
良いタイミングでフィズが飲み物を持ってきた。
お盆に三つ乗せていて、一つは手に持っている。
きっと持っているあれが薬入りだろう。
「それってオレンジジュースか?」
「そうだけど、酒とかが良かった?」
「どうせ無いんだろ」
「ありゃばれた?」
おどけるフィズからジュースを受け取り、二人に手渡す。
「ほれフラウトの分、こっちはシランな」
飲み物を受け取った二人は、フィズに礼を言ってコップを口に運ぶ。
すると、シランの口の中からバチンッと大きな音がした。
「シラン! 大丈夫か!?」
俺とフラウトは急いで駆け寄るが、シランは舌を出して目を丸くしている。
「ねぇシランちゃん、どうしたの!?」
「……わかんない、ベロがヒリヒリする」
俺はシランの舌を軽く摘み、上に引き上げる。
「ちょ!? おじさん何してんのさ!?」
「……消えてる!」
シランのベロの裏側にあった魔法陣が、綺麗に無くなっている。
やはりフィズに任せて正解だった。
「いやなんでも無い、ごめんな。
実はさっきの薬は苦いから、ジュースに混ぜといたんだよ。
薬が上手く効くとあんなふうになるんだ。
シランはそのうち目が良くなるはずだぞ」
「本当に!?」
シランは嬉しそうに喜び、話が分からずきょとんとするフラウト。
まあ何はともあれ、これでシランは解放された。
あとは源竜会を何とかすれば、シランの件は終わりだ。
「ありがとうなフィズ。
本当に助かった」
「この程度お安い御用さ。
またなんかあったら言ってくれよ」
「ああ、その時はよろしく頼む」
本当はヒゲ爺のところまで連れて行ってほしいというのもあった。
でも、もしフィズがこの家から離れれば、
その時間シランとフラウトを守る人間がいなくなる。
それならば自分で何とかした方がいい。
正直言って銃が無いのは不安だ。
しかし、何とかなるはず。
ネストが来ればロネットを止められることを確認したし、
シランの父、デニックス・クローバーはシランを操ることができない。
上手くいくはずだ、……上手くいくはず。
「不安そうな表情だねぇ。
明日なんかあるのかい?」
「……いやまあ、ちょっとな」
「手伝おうか?」
「いいや、その代わり二人を守ってくれ。 頼む」
「おお、こりゃ大任を任されたねぇ」
そう言って笑うフィズを横目に、俺は床に腰を下ろした。
いざという時の為、今は少しでも体を休めておきたい。
そんなことを考えていたら、だんだんと目蓋が重くなってきた。
数分後、俺は床に倒れこみごーごーといびきをかいていたらしい。




