93マス目 見えない隠れ家
見た目は何もない空き地。
だが確かにそこにある見えない家。
俺は手探りでドアを探し、ゆっくりと押し開いた。
「おーい、フィズ?
いないのかー?」
家の中へ足を踏み入れるが、人の気配は感じられない。
ただど真ん中に馬車が置いてあるだけ。
「……まいっか。
あいつなら、勝手に入っても文句は言わんだろ」
気が付いたら、シランはもう中で座ってトマトの袋を漁っている。
見えない家に突っ込みもせず、トマトを食べることを優先させる。
その神経の図太さには、思わず感心してしまいそうになる。
……そうだ、今のうちにシランが操られてる仕組みを見ておくか。
「なあシラン、ベロが鼻に付く人は、
より多くの味を感じやすいって知ってるか?」
「え? んと……むひゅはひぃ(難しい)」
シランは大きく口を開け、舌を上に伸ばす。
それによって見えるようになった舌の裏側に、確かにそれはあった。
同色でカモフラージュしたピンク色の魔法陣。
これのせいでシランはあんな目にあったのか。
考えるだけで、もう一度あのおっさんを殴ってやりたくなる。
「ん~~! んーーー」
シランは鼻先に舌がついたのを、指差して見せつけてくる。
俺は「良かったな」と言いながら、シランの頭を優しくなでた。
「……なあシラン。
しばらくの間、ここで待てるか?」
ここからフラウトのいる学校までそう遠くない。
危険だが、裏路地を通っていけば見つかりにくいはず。
「いいよ、でもあんまり遅いとやだよ」
「了解、出来るだけさっさと戻ってくるよ」
俺は深くフードをかぶり、外の様子をうかがう。
「あ、もしフィズっていう家主が帰ってきたら、
俺の事を話せばわかってくれると思うから」
「うん、行ってらっしゃい」
シランの見送りに片腕を上げて答えると、音を立てないように扉を閉めた。
周りに人がいないことを確認して、近くの塀を乗り越える。
俺は今まで以上に周りの目に注意しつつ、学校を目指した。
「……着きましたぜ旦那」
「お、おう。
助かったよ」
「そんじゃ、あっしはここいらで消えますぜ」
そう言いながら、背の小さいゴロツキはどこかへ去っていった。
……いやまあ、裏路地で絡まれたから俺の顔見せたら、子分にしてくれとか言ってきた変な奴だ。
もちろんあいつの名前すら知らない。
しかし指名手配というのは、ある意味では権力のような力を持ってしまうようだ。
この街の裏路地を平気で歩けるというのは、また違った不安感を覚える。
「……お? 結構いい時間に着いたな」
ふと見た腕時計は、11時56分を指している。
計らずともちょうど頃合いの時間に来ることができた。
この時間は、前の世界で敷地内でフラウトに出会った時間帯。
つまり、そろそろフラウトが校門から出てくるはず。
そう思った矢先に、辺りを警戒しているフラウトの姿が見えた。
「よし、やっぱり来た。
入れ違いにならなくてよかった。
……おーい、フラウト!」
大きく手を振るが、向こうはこちらを見て首を傾げる。
まあこの格好では、教師や警備員には見えないし、
何故呼び止められているのか理解できてないのだろう。
そんなフラウトに、俺は顔を見せないように近づいて肩を叩く。
「シランを助けたい。
協力してくれないか?」
「は!? え、何でその事を!?」
驚くフラウトに対して、俺はゆっくりとフードを上げる。
手配書と同じ顔を目の前に、フラウトは固まってしまった。
そんなフラウトに俺は、体のいい嘘話を聞かせる。
「俺はヴァーデ公爵に罪をかぶせられた。
その時に知ったんだ、シランの事を。
シランを助けることは、俺の疑いを晴らす事にも繋がりそうなんだ。
君にも手伝ってもらいたい、頼めないか?」
もちろんこれは、口から出まかせ。
しかしフラウトは完全に信じ切ったようで、表情から怯えは消えていた。
「そ、そうだったんだ!
わかったよおじさん、僕も協力させて。
シランはどこにいるか知ってる?」
「ああ、ある場所で匿ってる。
案内しよう」
これでフラウトも仲間に引き入れる事ができた。
ここまでは今まで通り。
問題はこの先だ。
指名手配犯になったことで未来が大きく変わってる可能性がある。
……上手く源竜会を壊滅させられればいいんだが。
「おじさん、なんかすごい怖い顔してるね」
「え? ああ、ごめん。
何でもないんだ」
フラウトも指名手配犯と一緒にいるなんて、本音は怖いはず。
こいつのためにも、早くシランのいるところに戻ろう。
「よーし、着いたぞ」
さっきのチンピラの道案内が上手かったので、複雑な裏路地からすんなり帰って来られた。
だがフラウトは、俺に不審そうな目を向ける。
「着いたって何がさ?
何にもないじゃないか」
そう、どう見ても何もないただの空き地。
普通に見れば。
俺は中心辺りに歩いて行き、ゆっくりと手で触れた。
そこにあるのは確かな木の感触。
迷彩なんて目じゃない、触ってること自体が違和感を覚える見事なカモフラージュだ。
「お、おじさん!
これ何!?」
「秘密の隠れ家、ほら入るぞ」
俺は見えないドアノブを握る。
すると、扉の部分だけがうっすらと視認できた。
不自然に半透明な扉をゆっくりと押し開ける。
「ただいま」
中は相変わらずボロボロ。
そんな中に、絶妙なバランス感覚で杖に座るフィズの姿。
「おっ、来た来た。
シランちゃーん、トマトをくれた変なおじさんが帰って来たぞー」
いきなり人を変人呼ばわりをするフィズ。
どうやらこいつも帰って来てたらしい。
「おかえりなさ……あ! フラウト君!?」
シランは嬉しそうな顔をしてフラウトに走り寄る。
楽しそうにはしゃぐ二人を見ていたいところだが、フィズがこちらへ手招きしている。
何か話があるような表情。
俺は近くにカバンを置き、ローブを壁に掛けると、フィズの元へ歩み寄った。
「どうしたんだ?
……あ、そうだシランのこと見ててくれたみたいで、ありがとな」
「どういたしまして。
んでさ、ちょっと聞きたいことがあんだけど。
あんた、あのネスト追っ払ったって聞いたんだけどマジの話?」
「……そんなことまで知られているのかよ」
俺の推定レベルが5ってのも、それでか。
こりゃ捜索隊も相当気合入れてんだろうな。
「ふっふっふっ、こっちの情報網をなめたらいかんぞ。
でも追っ払った方法が見当もつかないんだよね。
あんたってレベル5とか言われてるけど、それって相当盛ってるでしょ?」
「盛ってんじゃなくて誤解されてんだよ。
というか何で分かったんだよ、俺が弱いって」
「そりゃそんだけ隙だらけなら、誰だってわかるだろ」
逃亡生活なんだから、相当気を張り詰めているつもりだったが、
実力者から見れば隙だらけだったのか……。
じゃあ、これ以上どうしろってんだ?
「俺はそのネストってやつに会ったことあるんだけどさ。
……ありゃ強いよ、化け物だ。
そんな相手に弱いあんたがどうやって勝ったのか。
俺めっちゃ知りたいんだよ!」
随分と食い下がってくるな。
……もしかして俺がこの家を見つけられたのって、
これを聞き出したかったから、わざと姿を現したとか?
でもそうでもなきゃ、普段姿を隠しているこの家が、俺に見つけられるはずないもんな。
「そんなに教えてほしいのか?」
「ああ、頼むぜ!」
フィズは目を輝かせている。
だが現実は物凄く汚い方法を使っている。
ここで真実を話したら失望されないだろうか?
もしも、「そんなつまらない人とは思わなかった、消えろ」とか言われて、
ここから追い出されたらと思うと、すっごく言い出しづらい。
「……仕方ない、教えるのには条件がある」
「条件? 何だよ、何でも言ってくれ」
「あの子たちを今日と明日の二日間守ってほしい。
守り切れたら教えてやるよ」
正直言うと、このフィズって少年がロネットに勝てるとは思ってない。
だが、隠密に限ればかなりの魔法だ。
逃げ切れる可能性は高い。
源竜会さえ潰してしまえば、フィズに失望されても問題ないしな。
「よしわかった、その話乗った!」
フィズは力強く右手を差し出してくる。
俺はすぐにその手を握り、約束を交わした。
お尋ね者となってしまったが、だんだんと新しい光が見えてきた。
俺はまだ這い上がれる。
ここからだ。
俺はこのどん底から這い上がって、亜人隊を倒して見せる、必ず!!




