91マス目 風の少年
薄暗い夜道。
外を出歩くのは体格のいい人間ばかり。
女性や子供の姿はどこにも見られない。
それだけ夜出歩くのは危険という事だ。
だが馬車は違う。
「やっぱ、この時間は空いてるな。
これならすぐにでも身を隠せそうだ」
もちろん豪華な馬車や積載量の多い馬車は襲われやすい。
でも俺が走らせているのは、小さくて地味な馬車。
金がある保証もなく、止めさせるのが面倒で目立ちやすい。
こんな馬車を襲うくらいなら、スリでもした方が断然楽なのだ。
「……ここに来るのも、久々な気がするな」
街並みにひっそりと佇むレンガ造りの建物。
その正面に馬車を止める。
「きっと俺は、明日にはお尋ね者だ。
ここへ入る姿は絶対に見られるわけにはいかないな。
……というか、馬車どうしよ」
今さらだが、駐車場のような都合のいい保管場所は無い。
道端に置いておくのも長時間だと難しい。
それ以前に、近くに馬車があれば速攻で居場所がばれてしまう。
「どこか、……いい感じに死角になる場所は無いか?」
俺は手綱を振るい、辺りに目を凝らす。
けれども、馬車が入れそうな路地も隠せそうな空き地も見当たらない。
「まずいな、あんまり一か所をウロウロしてると怪しまれる。
何かないのか?
いい感じに馬車を隠せる廃お…く……」
俺は無意識に馬車を止めていた。
それは上手く木に隠れて、見えづらく薄暗い通路。
その奥に薄ぼんやりと見える小さな建物。
「……あれだ、あそこしかない!!」
辺りに人はいない。
今のうちだ!
俺は路地に馬車を突っ込ませた。
車体をこすりながらも、ギリギリ入れる幅。
その奥にある小さな空き地に、その建物はあった。
「空き家に見えるけど、誰か住んでるとか無いよな」
馬車を降りて扉に手をかける。
木の軋む音を鳴らしながら、腐りかけた扉を押し開けた。
「何か用かい?」
若い男の声。
中は暗く何も見えないが、確かに人がいる。
まさかこんな建物に人がいるなんて、思いもしなかった。
「ああ、えっと……、間違えました」
そう言って、俺はさっさとその場を後にしようとする。
だが暗がりの声は、俺を引き留めた。
「ちょっとタンマ、頼みがあんだよ」
「……頼み?」
突然の申し出に、俺は思わず足を止める。
「俺がここにいる事、黙っててくんない?」
暗がりの人影は、小さな結晶に光を灯した。
白い光に照らされ、その姿が明らかになる。
綺麗なイエローの瞳。
背丈は小さめで緑色の綺麗な髪。
長く白いマフラーを口元にかかるくらいに巻いている。
所持品らしき大きな杖の上に座って足をプラプラさせているその姿は、
若者というよりは子供。
中性的な顔立ちだが、声の感じからして男だろう。
「あ、名乗りもしないでごめんごめん。
俺、フィズ・ヴェルナー。 フィズでいいよ」
「……え? おお、よろしく。
てか、もしかして無断で住んでんのか?」
「そうなるね。
だってここ家賃ないしさ。
周りはあんまりうるさくないから、魔法の練習に集中できるし。
俺にとっちゃ、そこそこ快適なんだよね」
このフィズと名乗る少年、怪しいが悪い奴ではなさそうだ。
それに向こうが口外しないでくれるなら、こちらとしてもうれしい限り。
でもせっかくだから、すんなりとは頷かないでおく。
「ん~、一つだけ条件がある!」
「お? 何だい?」
「馬車があるんだ。
この家の脇にあるスペースでいい。
そこに置かせてもらえないか?」
俺の提案にフィズは深く考え込む。
しかしこの後の発言は、俺の予想だにしないものだった。
「外は駄目だけど、この中なら構わないよ」
「……中!?」
中と言われても入口は一つ。
それも普通の玄関口で、人二人分のスペースもない。
「どうやって入れるつもりだよ」
「そりゃまあ、壁の板を外して……」
いくら見つかりたくないとはいえ、そんなことをすれば逆に目立ちそうだ。
でもこの子の顔を見るに本気らしい。
「……あ、今ちょっと馬鹿にしたでしょ?
いいよ、んじゃ見せたげる」
フィズは腰掛けていた杖を床から引き抜くと、先端の宝玉を壁に向け小さく呟く。
まるで若木のような美しい緑色の輝きを放ち、杖が震えだす。
すると辺りに心地のいい風が吹き始めた。
「これって……」
「風魔法だよ、でも本領はこっから!」
フィズは杖の握り手を軽く滑らせ、宝玉に指先を添える。
家全体を包み込むような優しい風は、フィズの前方に収縮されていく。
「よーく見てなよ」
まるで見えない妖精が作業しているような光景だった。
わずかに光を帯びた流れる風は、板の接合部分を綺麗に外し、
そこに初めからあったかのような大きな入り口を、ものの数秒で作り上げてしまった。
「どうだい、おじさん。
結構すごいっしょ?」
「すごいって言うか……。
今まで見た中で、一番魔法らしい魔法だった」
俺の率直な感想だったが、フィズには冗談に聞こえたようだ。
その証拠に、横でケタケタと笑い声をあげている。
「はははははっ、おじさんて見た目と違って面白いね。
あ、そうだ、早く馬車しまっちゃってよ」
「本当に入れて大丈夫か?
まあ、せっかく開けてくれたし、お言葉に甘えさせてもらうけどさ」
俺は速足で馬車に乗りこみ、慎重に馬を家の中へ誘導した。
「ギリギリだな」
「大丈夫大丈夫、もう少し前に……うん、ストップ」
指示に従い馬車を停車させる。
動かないよう車輪にロックをかけながら、俺は不安になって来た。
「なあ、やっぱりこれじゃ、見つかるんじゃないか?
絶対に馬が鳴いてばれるだろ」
心配そうな表情を見せる俺の横で、フィズは妙に得意げだ。
「そんなに心配かい?」
上から目線の言葉がいちいち癇に障る。
だがこれだけの自信だ。
きっと他にも何かあるのだろう。
「そんな顔されたら、心配する気も起きないっての。
今度は一体何する気だ?」
フィズはよくぞ聞いてくれました、と言った表情でにこやかに笑う。
「おじさん、ちょっと外に出ていてもらえる?」
「ん? ああ、別に構わないけど」
何をする気かは知らないが、何だか俺も楽しみになって来た。
俺は馬車用の出口から外に出ると、すぐにフィズが穴をふさぐ。
さて、こっから何が始まるのか。
「葉っぱで隠して、木の葉隠れとか言わないことを祈……、あれ?」
しょうも無いことを言っていたら、家を見失ってしまった。
……って、あれ?
見失うってなんだよ!?
「ええ! 消えた!?
今ここにあったのに!
どうなってんだよ、まさかどこかにワープ?
あの野郎、まさか馬車泥棒!?」
「誰が馬車泥棒だよ、人聞き悪いな」
フィズは何もない虚空からひょいと顔を出す。
正直何が起こっているのか理解できない。
「別に難しい事じゃないよ、ただ見えなくしてるだけさ。
光の屈折を利用した特殊な風魔法。
あとは音を風で流すだけで、完璧な隠れ蓑の完成だよ」
フィズの目は、感想を求めるように俺を覗き込んでいる。
……でもここまでくると、驚きを通り越して苦笑いが出てくる。
「一つ聞いていいか?
お前、相当強いだろ?」
フィズはわざとらしく目線を逸らす。
また変な奴と関わってしまった。
けれども、馬車も無事に隠せて結果としては大助かり。
俺は何とも言い難い思いで、この少年に礼を言うのだった。




