81マス目 温もりのある冷たい手
「まあこんなもんかな。
どう? そっちは繋がった?」
テンダーは肩の傷口をハンカチで縛り上げながら、エリザベートへ聞いてみた。
だが、首を横に振っている。
どうやら上手くいかないようだ。
「何で繋がりませんの!?
壊れてはいないはずですけれど」
木の上で通信結晶を睨み付けるエリザベートの肩を、テンダーは優しく叩く。
「そろそろ移動しようか。
あの化物野郎が近づいてるかもしれない」
「そうですわね。
しかし屈辱ですわ。
このわたくしが逃げ回るしかないなんて」
文句を言うエリザベートと共に、テンダーは素早くこの場を離れる。
しかしこのままじゃジリ貧なのも確か。
打撃、斬撃、刺突が効かない体。
体が再生しているというようにも見えなかった。
「テンダー、ちょっといいですの?」
エリザベートの表情は真剣そのもの。
何か策があるのかもしれない。
「わかった、そこの木の上に身を隠そう」
出来るだけ葉が覆い茂った木を選び、外側から見えづらい位置へ座り込む。
すると、早速エリザベートが口を開いた。
「このままじゃ埒があきませんわ。
時間をかければかけるほど、わたくし達が不利になりますわよ」
「じゃあどうするのさ?
あいつを歩けないくらいに細切れにでもする?」
テンダーの言葉に、エリザベートは目を丸くする。
「何ですの、あなたも同じことを考えていましたのね」
「……え?」
それが出来れば苦労しない、と言いたかったが、
エリザベートの目は本気だ。
長い付き合いだからわかる。
これは言っても聞かないやつだ。
「不死身の人間なんていませんわよ。
きっと心臓かなにか、弱点があるはずですわ。
微塵切りにでもすれば、いやでも弱点に届きますわ」
「いやまあ、理屈はわかるけどね」
「そうと決まったら、早速行きますわよ。
オーホッホッホッホ!」
聞いちゃいない。
テンダーがため息混じりに遠くを見つめると、
エリザベートの肩越しに、青い何かが近づくのが見えた。
「行く必要はなさそうだよ」
テンダーはエリザベート手を強く引っ張る。
そして、抱き寄せながら木の下へ落下した。
その瞬間、木の中腹部分に巨大な水の砲弾が襲う。
「……た、助かりましたわ」
「どういたしまして。
さぁ、反撃するよ!」
テンダーは、尻もちを着いているエリザベートに手を差し伸べた。
それを見上げるエリザベートの顔が、少しだけ赤く火照る。
「ふふっ、生意気ですわ」
「ん? なんか言った?」
エリザベートは頬を緩ませると、
扇子を傘に変え剣を引き抜く。
「何でもないですわ!
行きますわよ!」
「うん」
テンダーは素早く指を鳴らし、エリザベートの幻影を作りだした。
4人に分身したエリザベートはダイタルへ向かって走る。
ダイタルはコポコポと音を鳴らし、全身からサボテンのように棘を生やす。
棘はだんだんとうねり始め、鞭のように鋭い攻撃がエリザベートを襲う。
一人、二人と幻影が消えていき、三人目が消えた。
だがその時にはすでに、エリザベートがダイタルの懐に入り込んでいる。
「これで終わらせますわ!」
頭、首、心臓をほぼ同時に貫いてから、
薪割りのように縦へ真っすぐ剣を振り下ろす。
ダイタルの包帯は千切れ、黒いスーツは裂けてゆく。
続けざまに剣を振りぬこうとしたエリザベートの手が、一瞬止まった。
「えっ?」
エリザベートの予想では、泥人形や肉体を変形させる魔法だと思っていた。
だが、その姿は生命力が感じられない。
青く蠢く無機質な流動体。
「……スライム!!」
「エリザベート!!!」
テンダーの叫びで気が付いた時には遅かった。
目の前に迫った刃状のスライム。
避けられる距離じゃない。
エリザベートは、思わず目を瞑る。
……攻撃が来ない。
目を閉じた真っ暗な世界で、音も聞こえない不気味な静寂。
いや、水の音がする。
水が零れるような音。
ふと、エリザベートの頭に何かが触れる。
何かと思い、エリザベートはゆっくりとその目を開けた。
「怯えなくていいよ」
水の音は血だ。
テンダーの血。
おびただしい出血が、テンダーの腹部から零れ落ちている。
「……いや」
エリザベートの頭をなでる優しい手のひら。
暖かいはずなのに、氷のように冷たい。
「いや……、いやぁ……」
刃を引き抜かれ、壊れた人形のように倒れこむテンダー。
まるで心配しないでと言っているように、穏やかに笑っている。
「…………いやだよぉ」
エリザベートの涙があふれ、テンダーの顔に零れ落ちる。
隙を見せた己の不甲斐なさ。
守れなかった悔しさ。
失った悲しさ。
そして、……怒り。
「返して」
エリザベートは剣を握りしめる。
様々な思いが頭を駆け巡り、涙が止まらない。
涙を拭うことも忘れ、エリザベートは剣を構える。
「返せ、……返してくれないのなら」
ダイタルは姿を変え、人からかけ離れていく。
腕は6本に増え、足はムカデのように醜く変わっている。
だがエリザベートは恐れない。
その目の奥には、鬼が宿っていた。
「殺してやる」
エリザベートの姿が消える。
ダイタルにもその姿は捕らえられない。
顔中に眼球を生やし、360度全方向を見回す。
その瞬間の一閃。
数十の眼球が同時に切り裂かれ、ダイタルの顔が沸騰したように激しく気泡を発する。
「まだ」
腹部への刺突。
ダイタルは触手を伸ばすが間に合わない。
「まだまだ」
高速の連撃が、ダイタルの体を細切れにしてゆく。
一撃一撃が音速を越え、衝撃波で流動する肉体がはじけ飛ぶ。
「まだまだまだ」
エリザベートは、その場で剣を真っ二つに叩き割る。
その二つを二本の傘に変化させ、剣を引き抜いた。
「テンダーの痛みは、こんなもんじゃない!」
再びエリザベートの姿が消える。
ダイタルは全方向に無数の刃を伸ばすが、もう遅い。
ダイタルの真上。
刃の隙間を縫うようにたたずむ姿は、もはや淑女の面影など微塵もない。
ただそこにあるのは、底なしの怒り。
「六契牡丹 …………アルパーダ!!!」
散弾銃のように降り注ぐ、超高速の連続刺突。
その衝撃波は、使用者本人すら破壊する諸刃の剣。
エリザベートは血まみれになりながらも、攻撃をやめない。
怒りに任せた攻撃は痛みをも忘れさせ、悲しみの咆哮を森へ響かせる。
ゴポッ
ひときわ大きな気泡。
ダイタルの体はミンチのように砕け、分離していく。
その中で、気泡が音を出すわけがない。
だが、……鳴ったのだ。
その時、水色の光が太陽のように光り輝く。
全てを飲み込む美しい光は、全てを消し去った。
テンダー・アルコベーリッシュ。
国王護衛作戦中に亜人隊と交戦。
同作戦に同行中のエリザベート・ベヨネッタを庇い戦死。
死体の回収は困難。
エリザベート・ベヨネッタ。
国王護衛作戦中に亜人隊と交戦。
戦闘中にダイタルの光に包まれ消息不明。
生存は不可能と判断。
戦死とする。
ダイタル・バックスフォード
国王襲撃犯、亜人隊の構成員。
エリザベート・ベヨネッタとの戦闘で負傷。
周囲1kmを巻き込み自爆を確認。
生死は不明。




