79マス目 接近する者
俺の持つ拳銃を、ホルトは穴が開くほど見つめていた。
「なんすかそれ? なんなんすかそれ!?
魔道具? 俺そんな魔道具見たことないですよ。
レア物? レア物ですか!? すげぇっすよ!」
物凄く興味を持っているようだが、今ので三発撃ち切ってしまった。
もうこの武器はガラクタ同然なんてちょっと言いづらい。
「そ、そんな事よりも、また魔物に襲われる前に森から距離を取ろう。
グランバム、草原の魔物に見つからないように森から離れてくれ」
「いえいえ、必要ありません」
……声が違う。
返ってきたのはグランバムの低い声ではない。
老人のような、妙に間延びした声。
俺がホルトの方へ視線を向けると、すでに風の剣を作りだしている。
「グラン!!」
ホルトが剣を構えながら、力なく手綱を握るグランバムの体を車内に引き込んだ。
その体はぐったりとしていて意識が無い。
だが呼吸はしているようだ。
「よかった、気を失ってるだけだな。
ホルト上を警戒しろ!」
グランバムがやられたのは、きっと魔物と戦っているときだ。
あの速度で走る馬車に誰にも気づかれず乗りこむとしたら、
魔物の攻撃を防御した瞬間、天井に飛び乗るくらいだろう。
そうすれば着地の衝撃を、魔物の攻撃の衝撃と錯覚させられる。
「上ですね、だったらこれで!」
ホルトは風の剣の形を変えていく。
その形は、無数の棘が片面に付いた大きめの板。
もはや武器とも呼べない棘付き板を、天井に思いっきり突き刺した。
だがその瞬間、馬車にブレーキがかかった。
俺とホルトはバランスを崩し、馬車の床板に顔面を擦り付ける。
「いっつ……。
ホルト、一旦脱出するぞ!」
「了解!」
俺はさっき魔物の攻撃で焼け、脆くなった壁を蹴り壊す。
その後ろを、ホルトはグランバムを抱えて馬車から飛び出した。
「お怪我はありませんか?」
またしても聞こえてくる、不気味な老人の声。
俺たちは声の方へ素早く振り向く。
そこにいたのは、何とも迫力のない小さな男。
手には杖を持ち、顔の上半分が隠れる大きな紳士帽子。
帽子の陰から見え隠れする顔は、しわだらけの老いた顔。
あまりの拍子抜けっぷりに、ホルトはその場で棒立ちしている。
だが俺にはわかる。
こいつはヤバ過ぎる。
だって……、だってこいつの着ている服。
…………俺と同じ格好だ。
「……走れぇぇ!!!」
ホルトの背中を突き飛ばすように、俺は喉が裂けそうなほどの声を出す。
その声に突き動かされるように、ホルトは走り出した。
「そうお急ぎになられなくても」
老人は小さく足を踏み出すと、瞬間高く飛び上がる。
その小さな体は、俺とホルトの頭上を軽々越え、行く手を塞ぐ。
「怯えないで大丈夫です。
話がしたいだけなのですから」
老人は帽子を取り、深々と頭を下げる。
「ワイゼム・ブラットソンと申します。
どうぞ、お見知り置きを」
その姿は弱々しく、吹けば倒れそうに見える。
でも見てくれに騙されたら、一瞬で殺される。
「お見知り置きをじゃねぇんだよ!
お前らだったのか、エリザベート達を殺したのは!!」
「おっしゃる意味が……」
帽子を被りなおし、ニヤリと笑うワイゼム。
その首に巻かれているのは真っ黒なネクタイ。
黒いスーツに身を包んだ、英国紳士のような佇まい。
「ホルト、見た目に騙されずよく見てみろ!
こいつの格好、お前ならよく知ってるはずだろ!」
「恰好…………!!?」
ホルトはわずかに後ずさりしながら息をのむ。
だんだんと呼吸が荒くなり、唇が震えてきている。
「まさか、まさかこいつが……」
こんな場所で出会うなんて思いもしなかった。
「ああ、知っておられたのですね。
説明の手間が省けましたよ」
ワイゼムの表情は翁のように笑っている。
けれども、その目は少しも笑っていない。
「こいつが暗殺部隊、”亜人隊”だ!!」
「っげふぅ、あっはっ……」
「無理して喋ろうとしない方が良いよ~。
喉に穴開いてるし、息するのもつらいでしょ?」
切り株に腰掛けた女は、白いナイフを磨いている。
その横でリックは首を抑えうずくまっていた。
「くっそ、リックさんから離れろ、猫女!!」
「え~、どこが猫さ、どう見ても犬でしょ犬!」
女の反論を意に介さず、レオは懐から小袋を取り出す。
「絶対殺す!
てめぇがミンチになっても止まんねぇぞクソッたれがぁ!!」
小袋から取り出した白い丸薬。
レオはそこから一粒口に入れ、力いっぱい噛み砕く。
「ガアァァア嗚呼ぁアァァァぁアァァッぁァァぁアァァ」
レオの全身に赤い模様が浮かぶ。
それに伴って全身の筋肉が著しく発達し、肉体が一回り巨大化する。
「へぇ~、魔法薬か。
あれ? でも暴走タイプってパロットじゃ法律違反だったような。
でもあなた騎士さんだよね?
あれ~?」
「アァァッぁアァァぁアアァああっぁあぁアァァぁァァァァ阿あぁ!!!」
狂った叫びと共に女へ飛びかかるレオ。
……だが。
「ま、どっちでもいっか。
あたしもよく知らないし」
レオの顔面を鷲掴みにしながら、世間話のように話す女。
完全に赤子扱い。
……次元が違う。
リックは何とか精霊を召喚する方法を考えるが、喉をやられた今、
状況の打破はあまりに難しい。
「ガアッァァぁあぁぁっっ!! ガッ、ガッ、ガアあアァァアぁアァァぁ!!」
「ちょっと~、あんま暴れないでよ。
あたし手加減そんな得意じゃないんだよ。
ん~~、よいしょっと!」
宙に放り投げてからの腹部への回し蹴り。
何本も骨が折れる音と、口から噴き出す鮮血と共に、
レオは森の奥へ消えていった。
「よし、任務完了!
さ~て、馬車の中調べるねー。
はーい、おじゃましま~す」
女は馬車の中へ入り込むが、リックはそれを止めることはできない。
もはや血の流し過ぎで体に力が入らない。
リックが意識を失うまで、そう時間はかからなかった。




