75マス目 運命の四分割
「それはできない」
国王は申し訳なさそうに言った。
きっと王という立場でなければ、頭を下げていただろう。
そんな表情でこちらを見ている。
「……そうですか」
だが俺も無理な要求だと分かっていた。
だからあえて提示したのだ。
最初に大きな要求をしてから、小さな要求に挿げ替えれば、意見は通りやすい。
交渉の初歩の初歩。
国王様相手にやりたくなかったが、背に腹は代えられない。
「それでしたら、少し作戦を練り直してはもらえませんか!?」
「すまんが、……もう遅いんだ」
国王の代わりにルガニスさんが答えた。
「もう調査用の馬車を出して、兵も準備をさせている。
今から作戦を換える時間はない」
俺は焦りを隠せなかった。
これでは作戦の穴でも見つからない限り、出発するのは時間の問題。
「……申し訳ないが、そろそろ時間になる。
王、ご支度を」
「ああ」
マズいマズいマズい!!
このまま行かせたら、またふりだしに戻ることになる!
とにかく少しでも頭を動かせ!
作戦をまとめると、先に馬車で偵察して、
安全な道を千里眼のような魔法で警戒しながら進む。
敵が来てもこれ以上ない最高戦力で迎え撃ち、カナリア国へ入国。
これだけの作戦の改良点。
もしそれさえ見つければ……。
「残念でしたわね。
でもお父様は、あなたの気持ちを汲み取っていますわよ。
国内最強の三人が決して国王に手は出させませんわ。
安心して待ってるといいですわ」
エリザベートの手が俺の肩に優しく触れた。
……国内最強の三人?
…………三人。
「それだ、もうそれくらいしかない!!」
「ど、どういたしましたの!?」
驚くエリザベートの横を抜け、廊下に出ようとしている国王に走り寄る。
「待ってください!!」
駆け寄ろうとする俺を、ルガニスが気まずそうに制止する。
「悪いな、本当に時間が無い。
こちらも恩人の頼みを無下にはしたくないが…」
「いいえ、作戦の変更じゃありません!」
俺はルガニスさんとの距離を詰める。
「……この作戦に、俺の考えを加えてほしいんです」
王が着替えている間に、俺は先ほど思い付いたことをルガニスに告げた。
「なるほど、囮を増やすのか」
「ええ」
俺の考えはこうだ。
まず最初に乗りこむはずだった馬車を4台に増やす。
それぞれの馬車に、ルガニスさん、エリザベート、リック、そして俺が乗りこむ。
もちろん安全のために、国王はルガニスさんの乗る馬車に搭乗してもらう。
4つの馬車は出発時間をずらしつつ進路を変える。
1番の馬車は調査済みの最短距離ルート。
2番の馬車は道が舗装されている交易ルート。
3番の馬車は森の中を通る危険な森林ルート。
4番の馬車は森を迂回する安全な遠距離ルート。
全員がバラバラの道を行くが、目的地は全部同じカナリア王国だ。
「しかし、君が来ることはないだろう?
レベル1と聞いたぞ?」
「悪知恵は働く方なんです。
色々考えてますから、安心してください」
本当はこんな地獄の片道切符、まっぴらごめんだ。
でも俺が行動しなかった場合、ふりだしに戻ったらまた情報無しで暗中模索する破目になる。
ここは危険を覚悟で、ついて行くしかないだろう。
それに拳銃にはまだ一発だけ弾が残っている。
戦いになっても絶対負けるとは限らない。
「……考えは悪くない。
だが、戦力の分断の意味はあるのか?
それぞれの馬車には、騎士団の部隊長が乗ればいいではないか」
もちろん俺も戦力は固まっていてほしい。
だが固まっていても全滅するのなら、ばらけさせても変わらない。
「もちろん危険です。
でも、国王様がいない馬車の人間は、すぐに逃げることができる。
王がいない馬車の人間は、敵の排除より自身の生存を優先してもらいます」
勝ち目がなくても逃げられないのは、国王を守っていたからだ。
悪い言い方になるが、足手まといがいなければ勝てる可能性だってある。
逃げに徹すれば、このメンバーなら生きて帰れるはずだ。
「だがその理屈なら、私はどうすればいい?
負ける気は更々ないが、
たった一人で戦うとなると、相手次第では陛下を守り切れないかもしれん」
「それは問題ないです」
それに関して、俺はいくつか策を思いついていた。
「あなたの乗る馬車には、普通に王様を乗車はさせません。
王様を隠すんです」
「隠す? 荷台にか?」
俺は首を横に振って、少し言いづらそうに答えた。
「床下に隙間を作って、そこに身を隠してもらうんです。
王の格好をした人形を中に座らせておき、この馬車はダミーだと敵に思わせるんです」
俺は自分で言いながら不安だった。
国王を床下になど、ふざけるなと怒鳴られると思っていた。
だが、ルガニスは大きく頷いた。
「なるほど、極力戦闘を避けるというのは良い判断だ。
王を危険にさらすよりはよっぽどいい」
想像以上の好感触に、俺の方が少し戸惑ってしまう。
どんなことでも言ってみるものだな。
「ふーむ、だがリックの索敵はどうする?
あいつが離れてしまえば、馬車の進路を探れなくなる。
調査だけでは絶対安全とは言い切れん」
正直言って、その索敵は当てにできない。
前に俺が見た世界では、
索敵があっても全員死亡していたのだから。
「索敵は言わば保険です。
過信しすぎると自身の警戒も薄れがちになります。
あなたほどの人間なら、気配を探った方が効果的だと思いますよ」
「そうだろうか?
……だが、あながち間違いではないかもしれんな」
良かった。
これさえ納得してくれれば、残りは話しやすい。
「しかし、調査した道しか王は通せないぞ。
危険だからな」
「それでいいんです、多分狙われやすいのはリックの馬車です」
俺が自信満々に言うと、ルガニスは首を傾げた。
「何故そう思う?」
「リックの馬車は、最も危険な森林ルートを通ります。
さらにその馬車は三番目に発車します。
三番目というのは、比較的意識しにくいんです」
一番は言うまでもなく、最も意識されやすい。
二番は隠したくない物を先頭に置きたくない状況で選ばれやすい。
四番は最後、一番後ろというのは大事な物を隠しているイメージが、つい湧いてしまうもの。
「よく見るとあからさまにしてあるんですよ。
王様が通りにくい道ばかりを選んでいるんです。
二番は見通しが良く見つかりやすい。
三番は馬車が走りづらく、魔物に襲われる可能性も高い。
四番はいくらなんでも時間がかかりすぎる。
隠そうとしてるように見えて、一番以外選択肢が無いんです。
でも、国を挙げての事態に、そんな馬鹿な案は採用されない。
そう敵国は思ってくれると考えています」
「なるほど、こちらが裏をかくと思わせれば、
敵が狙うのは、逆に一番王を乗せにくいリックの馬車だな。
つまり、王を乗せる馬車は……」
俺は人差し指を立てて、得意げに宣言した。
「ええ、最短距離を走る、安全な1番へお願いします。
相手の裏の、もう一個だけ裏をかきますよ」




