74マス目 王への謁見
「クローバー部隊長の件。
完全に私の監督不行き届きです。
大変申し訳ございません」
「かまわん。
顔を上げてくれ、ルガニス」
「はっ、国王陛下」
ルガニスは非常に気まずそうに顔を上げる。
国を挙げて行うものを数時間先延ばしにする。
それがどれだけ国民の信用を失うか。
それを考えただけで、ルガニスの胸のうちは、
申し訳なさで溢れかえる。
「そんな顔をしなくていい。
会合を成功させれば戦争を防げるかもしれない。
たとえわずかでも、不安要素を取り除くのは大切だ。
今は目先の信用より、国民の安全だ」
「ありがたきお言葉、大変感謝いたします」
国王は優しき目でルガニスを見据える。
そして思い出したように口を開いた。
「そういえば、お前さんの娘から話があるそうではないか。
カナリア国への会合の事かね?」
「いえ、わかりかねます。
少しごたごたしてたものですので、私も聞きそびれて……」
その時王の間の扉が力強く開かれた。
「遅くなり、申し訳ありませんわ!」
「エリザベート、ちょうど良かった」
そう言って振り返ったルガニスの頭に?マークが浮かぶ。
「……何故そんなに息を切らしている?」
「いえ、その~。
ついお父様のいる場所を聞き忘れて……。
ああいえ、そんなことよりお父様!
わたくしに用とは何でございますの?
それも国王様の御前で」
その問いに、ルガニスではなく国王が答えた。
「ルガニスの娘よ。
私に提案があるそうではないか?
述べてみよ」
「わかりましたわ、国王陛下。
実は、ある男がカナリア国への移動中に行う作戦に異議を唱えておりますの。
その者の話を聞いていただけますと幸いですわ」
「おじさん! 無理しちゃだめだよ!」
俺はフラウトが呼んできたきた騎士に王の間の場所を聞いて、部屋から飛び出していた。
痛む体に鞭を打ち、傷口を押さえながら、杖を突いて無理やり歩を進める。
「大丈夫だ、休憩は十分したさ」
「最低でもあと30分は横になってなきゃダメだよ!
……いやそもそも、今日は動いちゃダメだって!
治癒士のおばさんも言ってたんだよ!」
フラウトは必死に俺を止めようとする。
でも、もしこのまま寝ていたら数日後には全員死んでしまう。
たとえ傷が開いても、俺は休んでいられない。
「せっかく守り切ったのに、また死なせてたまるかよ!」
俺は足を引きずりながら王の間を目指す。
「あった! あのデカい扉だな?」
廊下に面した大きな扉。
金をあしらった装飾に警備兵までいる。
まず間違いないだろう。
「ああもぅ!
エリザ姉ちゃんに怒られても知らないからね」
「ああ、覚悟はしてる」
俺が声をかけるようと扉の前に近づくと、
俺の顔色を見て心配した警備兵が駆け寄ってきた。
「どういたしました?
具合が悪いなら治療室へお連れしますが」
「いえ、王の間に入れてほしいんです」
ベッドに逆戻りする気は更々ない。
だが警備兵は少し困った顔で首を捻る。
「……申し訳ありません。
謁見をするには事前に書類の申請が必要なんです。
まだお済みではないですよね?」
そう説明する顔に、どうも区役所の役員が重なる。
親族が死んだ際に書類書類とうるさかったもんだ。
もちろん申請どころか、この世界の役所に行ったこともない。
俺はうつむいて「済んでないです」とだけ言った。
「そうですか、では一度申請してもらって、
また後日御越しになって…」
「僕が許可するんじゃ駄目ですか?」
俺の後ろでフラウトが手を上げた。
「ああ、これはフラウト様!?
いらしていたのですか!」
「それはいいから、駄目なの? 良いの?」
警備兵の男性はすぐに振り向き、もう一人の兵と目を合わせる。
アイコンタクトを済ませてお互いに頷くと、またこちらへ向き直る。
「わかりました、ベヨネッタ家の親族様とご一緒なら問題ありません。
今すぐ開けますので、少々お待ちください」
フラウトの一声が効き、大きな扉が開かれてゆく。
こいつ思った子供ながらに凄い権力を持っていそうだ。
「どうぞ、お入りください」
警備兵二人が頭を下げ、俺は王の間に足を踏み入れた。
「……すっご」
まともな感想が浮かばなかった。
そこはまるで美術館のような美しさ。
天井は幻想的な模様が描かれ、壁には天使やペガサスの彫刻。
床には長いレッドカーペットに巨大な竜が描かれていた。
上から差し込む光に視線を移すと、
目を奪われそうな煌びやかなステンドグラスが、悠然と輝いている。
「あら? もう体は大丈夫なんですの?」
俺はエリザベートの声で我に返った。
「まあ、ボチボチかな」
「どこがだよ!
僕が止めたのに無理やり来たんじゃないか」
フラウトは不満げに頬を膨らませる。
「でも、ちょうど良かったですわ。
元気なら連れてこようと思ってたところですの」
「そうなのか?」
「ええ。
さぁ、準備は整っていますわよ。
あなたの意見を言うべき相手に、思う存分ぶつけなさいな」
エリザベートの手が俺の背中を軽く押す。
その瞬間、持っていた杖が手から零れ落ちた。
バランスを崩しかけて数歩前に出た瞬間、
言いようのないプレッシャーが全身を震えさせる。
俺はこの時初めて意識を正面に向けた。
「大丈夫かね?」
「息子を救ってくれたと聞いた、感謝する」
俺の眼前に二つの圧倒的な存在感。
どちらも並みの迫力ではない。
片方は屈強な体に鋼の鎧をまとった男性。
この人がエリザベートの父親、ルガニスさんだろう。
背中には身長と変わらないほどの大剣を担いでいる。
もはやあれを持てる時点で化物だ。
もう一人は玉座に座った渋い顔の男性。
胸まで伸びた長い髭に、細かな装飾の服。
見たところ、こちらの人が国王様だろう。
素人目からでもオーラが違うのがよく分かる。
「どうかしたかね?
体が震えているが」
「い、いえ! 大丈夫です!」
緊張で軽く声が裏返った。
その様子に、後ろで見ていたエリザベートが小さく笑みをこぼす。
「ご容赦願いますわ国王陛下。
その男はこういう場に不慣れなようですの」
助け船は嬉しいが、笑いを堪えながら言われると喜びも半減する。
でも、今はどもっている時間も惜しいんだ。
俺は深呼吸をすると、その場で深く跪いた。
「国王様。
カナリア国への国外会合の件で、お耳に入れていただきたい事が」
「……申してみよ」
俺は生唾を飲み込み、言葉を選びながら王へと告げ知らせた。
「……このままでは、この国は滅びます。
どうか、会合の中止をお願い申し上げます!!」
その場で頭を床にこすりつける。
この事実を信じてもらえるよう願って。




